ホテルちどり

 イルミナは壁に掛けられた小さな額をじっと見ている。額は硝子がらす張りで、中にはごく小さな透明の瓶が納められている。銀の蓋、桜の絵付け。瓶の中には透明な液体。


「亡くなったんですね」


「ええ、まあ」


も一緒に埋葬すればよかったのに」


「あのしち面倒くさい申請通してまた行くのもね……ここにあった方が思い出すよすがになりますし」


「そんなものですか。まあ、よろしいんじゃない? あなたを魔法使いにした人をいたんで流した涙を、こうして飾っているというのも。情念の強い者の方が魔法使いに向いてると昔から言いますからね」


「いいえ、私を寄せ集め者アルカ・パトラにしたのはあなたでしょ、イルミナ」


 結界内の魔力の濃さだけで選別する訳ではなくて、ある程度以上の圧に耐える二、三人の中から性質をみて最も魔法使いに向きそうな子供を担当者が選び出している、と知ったのはこちらに来て間もなくのことだった。つまり私はイルミナに目を付けられてこうなったのだ。

 選別理由は明かされなかった。結界内の様子を見ながら、実質的に担当者の独断で決めているという。その決定で私の人生はまるで違うものになったわけだ。

 それから三十年。寄せ集め者アルカ・パトラも受け入れる魔法学校に入り、魔法の知識を学びながら適性をみて、私は式符師セルティマになった。

 その間、イルミナはずっと私を訪れ続けた。聞くと、自分が関わって選別された寄せ集め者アルカ・パトラの全員にそうしているらしい。トンチキ化粧の変人とばかり思っていたが、これで案外マメなところがあるようだ。


「私があなたを造った。そうかもしれません。ユア・センカー」


 イルミナにはセンカワのワがなぜか発音しにくいらしく、私の名は魔法界こちらに来ると同時にセンカーになってしまった。


「どうでしょう、あなた、私のように寄せ集め者アルカ・パトラ選びをやってみる気はない? 年に一度、人間界で混入術痕デュー集め。ある意味、最も創造的な仕事ですよ」


「創造的」


「魔法使いでなかった者を魔法使いにするんですから、こんなに劇的なことはないでしょ」


「まさかあなたは、楽しんでやっているわけ」


「もちろん。でなければ、ただの苦役じゃありませんか。楽しみは積極的に見出だすもの。あなたが式符セル作りにそれを見出だしたようにね」


 私も魔法使いのスカウトに楽しみを見つけたの。それで救われる子がいるということに気がついたから。私は古いタイプの担当者に単純な魔力圧耐性だけで選ばれて、泣く泣く魔法界に強制連行されたクチだけど、そうじゃなく新しい人生を手に入れて生き直す子もいる。人によってはこれは大きな機会でしょう? あなたがそうだったように。

 イルミナはそう話しながら、外套の隠しに手をやり何かを取り出している。


「役割は役割ですよ、当局の都合だらけで作られた。でも、その中で好き勝手やるのが使われる者の醍醐味でしょうよ」


 にっ、と人の悪い笑みを美しく見せながら、イルミナは。


「さ、お取りなさい。『ホテルうみねこ』の姉妹館、『ホテルちどり』の鍵です」


 ……鈍い銀色に輝く鍵束を、私に差し出した。






 * * *



 そうして私は今日、初めて自分の張った結界――魔力圧の密室に子供たちを迎え入れた。

 十二人に合わせて十二の階層に分裂し重なった『ホテルちどり』のロビーで、子供たちはそれぞれに一人きりになって呆然と私、千川ユアの話を聞いている。


「――つまり、選別に敗れて死んでもそれはこの結界の中での限定的な死。きちんと無傷で元の世界に帰れます。魔法を得た生き残り以外の皆さんはね」


 最後のひとりが生き残るとは限らないのだけどね。


 孤立した十二人に同時に説明をしていた私は、その中にひとりだけ、他とは違う光を瞳の奥に隠した少年を目にとめた。

 どうしようもない期待。無意識の。

 ああこれは、もしかして。


 子供たちの前から姿を消した私は、自分で作った式符セルを組み合わせて魔法界の当局に連絡を出した。さっきの子を含む数名の身辺調査を要求するために。

 そうしながら、密室内の魔力濃度を上げていく。

 耐えられず死んだ子が次々とロビーに吊られていく。


 少年はラウンジの炭酸水を飲みながらぼんやりしている。


 なるほどね、と思う。

 確かに、イルミナの言うとおり。

 新しい人生を手に入れて生き直す子もいる。人によってはこれは大きな機会だ。

 私の手で、彼の人生は大きく変わる可能性があるのだ。


 魔法使いでなかった者を魔法使いにする。

 こんなに劇的なことはない。



 やがて私は少年の前に立つ。




寄せ集め者アルカ・パトラの魔法使いとして、これまでの暮らしを捨てる代償に一つだけ願いを叶えてあげましょう。

 さあ、何が望み?」










〈了〉

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ユア・センカーと密室の島 鍋島小骨 @alphecca_

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