第15話 幸三⑩

 本棚から有泉が練習用と言っていたカードと、近くに置いてある解説本を取り出し、CDプレイヤーのスイッチを入れる。岩村さんが入れたままにしていたジッタリンジンのCDが入っていたようで、リズミカルな音楽が占いに合うかどうか微妙だな、と思ったが、特に彰が不審な顔をすることもなかったので、そのままにしておく。

「なにそれ、解説本?」

「ああ、そうらしい」

「じゃあ、この間出てきたカードの解説見せてくれよ」

「この間のカードって、どれだっけ?」

「どれだったけかな……」

 二人で、カードを表にして探し始める。見慣れていないので、どのカードだかよくわからない。

「あ、これだ」

 彰は、すぐに目当てのカードを見つけ出した。

 解説書を見てみると、黒い太字でキーワードと書いてあり、その下に有泉が言っていたようなことが書かれている。さらに詳しく文章を読もうとすると、彰は突然ぱたんと本を閉じた。

「あ、読もうとしてたのに」

「読まなくていいよ。どうせどうでもいいことしか書いてないし」

「ええー。見たいみたい」

「いいんだよ」 

 彰は本を奪うと、本棚に戻す。机の上に散らばっているカードも、さっさと一つにまとめて片づけてしまった。

 占いへの興味もそがれたようだし、そろそろ帰ってしまうのかなと思ったときだった。CDから流れた曲の前奏を聴いて、彰の顔が輝いた。

「バイバイハニーじゃないか」

「知ってるの? ああ、そういえば、以前ライブで歌ってた曲かな?」

 彰は返事をしなかった。

「そういえば、彰って、すごい才能あるらしいじゃん」

「らしいじゃんって、何だよ。平林も観に来てただろう? あんなもんだよ」

「いや、僕は音楽のことはよくわからないから」

「誰か、僕のこと言ってたの?」

「成吉君が」

 彰は、どこかほっとしたような、物足りなさそうな様子を見せる。

「あいつが僕のこと買ってたなんて、びっくりだよ」

「成吉君に褒められても、うれしくない?」

「まあ、うれしいよ。あいつ、あんまり人のこと褒めなさそうだし。でも、素直に喜んでいいのか、迷うところだ」

「うん、深読みしちゃうよな」

 ぼくらの間に、しばしの間沈黙が流れた。

「それより、このBGMは君の趣味なの?」

「ううん」

「じゃあ、成吉? もしかして、意外にも有泉さんの好み?」

 僕は首を横にふる。

「ちょっと古いもんな。OBが置いてったのか」

「なんでそんなに気になるんだ?」

「いや、珍しいなと思ってさ」

「ふうん。これを持ってきたのは、最近、園芸部に出いりするようになった人だよ」

「そんなの知らないよ。そもそも園芸部員って何の活動してるわけ?」

 彰は、何か自分の知りたくないことが近づいているような気配を察したのか、時折見せる、いら立ち始めた表情を見せ始める。

「まあ、いいや。俺、そろそろ行くわ」

「これ、岩村さんのCDだよ」

 彰はぎくっとしたようだったが、すぐにその様子を隠すと、「あっそう」と言った。

「あのさ、君たち、何なの?」

「何なのって、どういう意味だよ」

「なんだか、二人が一緒になるといつも変な雰囲気になるから、こっちもやりにくいんだけど」

「知るかよ。たまたま一緒になるだけで、好き好んでのことじゃないし」

 彰の口調が、心なしか荒っぽくなる。

「あいつ、最近園芸部に出入りしてるんだ」

「ああ、成吉君とつきあってるからね」

 彰の表情が見る間に変わるのがわかる。

「冗談だよ」

「いい加減にしろよ」

 彰は小声で呟くと、出て行こうとする。

「なんで怒るんだよ。いいじゃないか、岩村さんが誰と仲良くしようが、彰には関係ないだろう」

「別に、岩村のことで怒ってるんじゃない。幸三が俺のことからかって楽しんでるから怒ってるだけだ」

 あっという間に冷静になってしまう。つまんないやつだ。

「あのさ、本当はこんなこと言っちゃいけないんだけど、岩村さんも占ってもらいにきたんだ。そして、君みたいに一枚引いてもらったら、さっきのカードが出たんだよ」

「ふうん。それで、あの子はなんて言ったんだ?」

「何も言わないで、そのまま帰っちゃった」

 彰が息を飲む音が聴こえた。次を促しているかのように、僕の顔を見ている。

「それからなんだか様子が変で、有泉さんも心配してるんだと思うよ。だから、あの有泉さんが、一生懸命努力して、彼女と仲良くしようとしてるんだよ。本当は一人でいるほうが好きなのに」

 そんなことを言いながらも、手作りお菓子を交換し合って笑っていた有泉の姿が目に浮かぶ。あれは努力してのことなのだろうか。楽しそうだった気もするが。

「自分の占いが当たってるかどうか観察したいだけなんじゃないか?」

「有泉さんはそんな人じゃない」

「有泉さんがどんな人かなんて、僕にとってはどうでもいいんだけど」

 彰は軽く微笑んだ。

「そういえば、岩村さんと彰は、どういう知り合いなの?」

「さっきのカードにあっただろう」

「さっきのカード?」

「子供の頃の知り合いだ。もういいだろう。これ以上僕たちのこと詮索すんなよ。今はもう、関係ないんだから」

 そう言い捨てると、今度こそ本当に去って行った。

 詮索するな、と言われてもなあ、と思う。

 先ほど彰が懐かしそうな顔をして聴いていた、バイバイハニーという曲は、“一番大切なものは君が笑っている写真”という一節から始まり、今はもうどこかへ行ってしまった、かつて大切にしていたであろう女の子のことを懐かしんでいる歌だった。

“可愛いハニー、元気なハニー、大好きだったハニー”

 というさびの部分が頭の中でこだまする。軽快なリズムなので気づきにくいが、どこかもの悲しさが伝わってくる。もう関係ないなら、なんでずっとこの歌を歌い続けているのか、訊いてやればよかった。

 本棚から先ほどのタロットの本を取り出してみる。彰が見つめていたカードを、やっとのことで探し出す。

――古い建物が並ぶ庭園の中で、二人の子供が仲良く遊んでいます。

 解説文は、そんな一文から始まっている。

――これは現在進行している場面ではなく、記憶の中に温められている過去の一場面です。この少年、もしくは少女は今はすっかり大人になり、子供の頃の出来事を回想しているのです。その記憶は非常に暖かく、そして懐かしくよみがえり、心を温めてくれます。

 勝手に過去のことにしやがって。逃げやがって。涼しい顔をして受け流している彰に、無性に腹が立ってくる。

  彰と入れ違いで、再び成吉がやってきた。暇な奴だ。

「ここに来るとき須長とすれ違ったんだけどよ、まさかあいつ、俺たちの活動に関心があるんじゃないだろうな?」

「全然」

「あっそう」

 つまらなさそうな様子を見せる成吉の後から、岩村さんも入ってきた。

「二人とも一緒に来たの?」

 幸三が驚いて尋ねると、成吉は「悪いかよ」と鼻で笑った。

二人の仲にやきもきしてるんじゃなくて、彰がここに来たのを岩村さんに見られたんじゃないかとやきもきしているのだが……ちょっと癪だったけど、ここは弁解しないでおくしかないようだった。

「二人で何話してたんですか?」

 と岩村さんが微笑む。探りを入れているのか、社交辞令として訊いてるだけなのか、判断しかねる曖昧な表情を見せる。

「いや、色々と」

「色々ってなんだよ、色恋の話か」

 何も知らないくせに、直感的に今最も避けたい話題をさらりと出す。成吉はこういうことだけは得意なのである。

「違う違う、進路のことだよ」

 誤魔化したはいいものの、詳しく訊かれたらぼろが出るな、と思っていると、

「ふーん、そうか、あいつ留学するんだもんな」

 と言った。

「何故にそのことを?」

「なんだ、やっぱりお前も知ってたのか。まさか有泉も知ってるんじゃないだろうな」

「……知ってる」

 一番初めに有泉と彰が交わした会話が、そういえばそのことだったと思い出す。有泉の「守秘義務」と怒る姿が頭に浮かぶが、一度口から出た言葉は取り消せない。

「なーんだ、じゃあ知らなかったのは俺だけだったんだな」

 ふと岩村さんの様子を見ると、知らなかったのは決して成吉だけではないことが伺えたが、この場で占いの話を持ち出すわけにはいかず、言い訳ができない。

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