第2話 オリハルコン都市国家連合ー①

「ニックさん、忘れ物は無いですか?」


「元々金どころか銃ぐらいしか持ってなかったんだから忘れて困る物なんかない、と言いたいとこだが自分でも気づかないうちに色々買ってたんだな」


 ワーカーズホリデーの一室、朝日が昇り出す前にベッドから起きた二人はアスモが新しく用意したトランクにそれぞれ荷物を入れて旅支度をしていた。


 二人共仮宿暮らしな身の上なので余計な物は買わない様にしていたのだが、着替え以外にもなんだかんだで地方都市のハジュリに居た頃よりも圧倒的に売っている物の物量が多いフリームで過ごしている内に私物が増えており、荷造りに少し手間取っていた。


 丁寧に服は畳み、私物もきっちりと取り出しやすいようにトランクに収めていくアスモと、とにかく入ればいいという風に乱雑に詰め込んでいくニックの対照的な荷造りが終わる頃には窓から朝日が差し込んでいた。


 朝一番に出発する予定なので昨日のうちに贔屓にしてくれた依頼人や知り合いにへの挨拶回りは済ませ、ギルドには国を出ることは伝えておいた。


 鉄道の切符も購入済みだったので荷造りが終わった二人は長らく厄介になっていたホテルを出ると、鉄道に乗る為に駅へと向かう。


「おねえちゃーん!」


 出発時間より少し早く駅に着いた二人が発車までの待ち時間を持て余していると、大きな声と共にアシュリーがニックにタックルを決めた。


「んぬふぅ!ア、アシュリー、見送りに来てくれたのか……」


 一昨日のビックマンとの戦いで全身打身だらけのニックは、アシュリーとその後ろで頭を下げているクレアに気を遣わせまいとタックルの痛みに耐えながら引き攣った笑みでアシュリーを抱きしめる。


「一昨日大捕物をしてボロボロでギルドに報告に来たばかりなのにもう出発とは忙しないね」


 娘を抱きしめるニックに嫉妬しているのか、若干の嫌味を込めながらヨシュアが目が笑っていない笑顔で話しかけてくる。


「こっちも色々忙しいんだよ。アンタだってこんなところで油を売ってていいのか?」


「少しくらいなら問題ないさ。いい加減息抜きの一つもしないと参ってしまいそうだしね」


 やれやれという風に首をすくめて溜息を吐くヨシュアの目元の隈はニックが一昨日見た時よりも濃くなっていた。


「少しでも問題大有りですよ、支部長」


 カツン、というハイヒールの音共に背後から殺気を感じたヨシュアが振り返ると、氷のように冷たい目をしたファロンがいた。


「それじゃあニック君、アスモ君。旅の無事を祈っている。私は街の様子を視察しに行くからここで失礼するよ」


 ファロンを見なかった事にして逃げ出さそうとしたヨシュアだったが、ファロンの後ろに控えていた屈強な運転手に捕獲され、抵抗虚しく魔動車の後部座席に押し込まれた。


「……アイツまた脱走してたのか」


「わざわざ見送りに来てくださったのかと思いましたが、そのようですわね……」


 ニック達の間に何とも言えない空気が漂ったが、ファロンの咳払いがそれを吹き払ってくれた。


「お二人共これから出発という時に失礼しました。……貴方方の旅の目的が何かは詮索しません。ですが、今後もギルドに所属する一ワーカーとして活動するのなら、ギルドの看板に泥を塗るような真似だけは絶対にしないで下さい」


 先程よりも冷たい目でニック達を睨みつけたファロンは、話はこれで終わりだとばかりにヨシュアが押し込まれた魔動車の助手席に乗り込むと、魔動車はギルドへ向けて走り去っていった。


 ヨシュアの余計な騒ぎのせいであっという間に時間が流れたようで、構内にニック達が乗る便の発車時刻が近づいているアナウンスが流れた。


「そろそろ時間の様ですわね。クレアさん、アシュリーちゃん、見送りありがとうございました」


 二人が行ってしまうのが寂しいのか、アシュリーが泣きそうな顔をする。


 するとニックはアシュリーと目線が合う様に屈むと、懐からキャンディを取り出し、アシュリーに渡しながら頭を撫で始めた。


「これやるからそんな顔するなって。ニッコリ笑った可愛い顔で送り出してくれよ」


 母親から受け取ったハンカチで顔を拭くついでに鼻をかんだアシュリーは笑顔を作った。


「上出来だ。じゃあな、ちゃんと親の言う事を聞いて良い子にしろよ」


「フフ、全く良い子じゃない人に言われたくはないですわよね。お二人共、お元気で」


「お姉ちゃん達! またねー!」


 大きく手を振るアシュリーに見送られ、ニックも背中越しに手を振りながら改札を通った。


 本人は気付かれていないと思っているが、ニックが涙目で鼻を啜ったのをアスモは見逃さなかったのだが、今回ばかりは揶揄わずに見て見ぬフリをすることにした。


 ホームにはすでに列車が到着していた。


 乗り込んだニックは以前フリームに来るのに乗った車両とは違い、座席の代わりに個室が並ぶ車両に驚く。


 今回二人が乗り込んだ列車は、乗り換えなしでそのまま国境を超えてドワーフ達の国があるロックウォー山脈の麓まで行く寝台列車だ。


 この列車の切符は一等から三等までの区分がある。


 狭いとはいえベッドが二つある個室の二等はそれなりに値が張るのだが、安いカーテンで仕切られただけの鮨詰め状態の三等では人に聞かせられない話を出来ないので、アスモが奮発して二等の切符を買ったのだ。


 一等にもなると部屋も大きくサービスも一流ホテル並らしいのだが、流石に二人の懐事情では手が出なかった。


「前みたいに何時間も座りっぱなしで揺られるのは勘弁だと思っていたが、ベッドで寝っ転がれるのは有難いな」


 トランクを適当に放り出したニックは出発前だというのにもうベッドに寝転ぶと、寝る体勢に入る。


「一昨日の大捕物でニックさんの可愛いお尻には大きな痣できてますものね。良かったらまた軟膏を塗って差し上げますわよ」


 手をワキワキと動かしながら近寄ってきたアスモに、咄嗟にベッドから体を起こしたニックは自分の尻を掴まれるより早くアスモの頭を掴んだ。


「遠慮しとくよ。昨日お前に任せたらえらい目に遭ったからな」


 昨日つい油断して軟膏を塗るのを任せたら、尻を揉みしだくは頬ずりするはと、とんでもない目にあったのでもう二度とニックはアスモに頼まないと決めていたところでの、昨日は上手く行ったからと調子に乗ったアスモの行動にニックの怒りのアイアンクローが炸裂する。


「ニックさん! ゆっくりはやめて下さい! いっそ一思いにやって下さい!」


「そうかい、だったらお望み通りにしてやるよ!」


 全力で頭を握られたアスモの悲鳴は幸いな事に出発の汽笛でかき消され、他の乗客達が気付くことはなかった。

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異世界ガンマン相棒♂を失う 武海 進 @shin_takeumi

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