「えー。そこはむかつくところかな」

「むかつくだろ。かなわねえなってさ。お前もそう思わね?」

「ぼくがどうして伊藤さんにむかつくの」

「似てんだろ、あれ」

「え?」

「三津谷タイプだろ」


 優秀で、リーダーシップに満ち溢れてる。その言葉を聞いたとき、たしかに勇気くんの顔が浮かんだ。

 それを見透かされたようで、ぼくは恥ずかしくなって、ふいとそっぽを向いた。


「似てない。勇気くんは、外見もかっこつけてないし」

「……でも、ダチが自分より女にもてたり、人気があったりしたら、むかつくだろ」

「羨ましいとは思うかもだけど、むかつかないよ。すごいな、かっこいいなってだけで」

「なんだ、そりゃあ。お前、タマついてんのかよ」


 タマ、と聞いて、かあっとなった。勢いよく立ち上がり、頭から声を出す。


「つ、ついてるよ! ていうか、なんでこんなとこでそんなこと言うんだよ!」

「前から思ってたんだけど、女子力高すぎだろ、お前。料理が得意だっつーわ、洗濯にうるせえわ」

「その恩恵にあずかってるのはだれなのさ!」

「ああ?」


 と、お兄ちゃんは低く唸りながら腰を上げる。ぼくは負けじと睨みつけてやった。

 そこに、「なにやってるんだ」という怒鳴り声が割って入ってきた。広美さんの姿も見えて、ぼくは怒らせた肩を下げた。


「そんな大きな声出してたら周りに迷惑だろ」


 いかにも自分は悪くないって顔で、お兄ちゃんがあぐらをかいた。それから、広美さんが持ってきた差し入れを無言で漁り始める。

 広美さんはため息をついて、ぼくにも視線を投げた。


「人夢も気をつけないと」

「……ごめんなさい」


 広美さんは肘でお兄ちゃんの頭を小突いてから、買ってきたものをシートへ並べた。

 それぞれ食べたいものを選んで、ぼくは最後にオレンジジュースを取った。

 なぜかお兄ちゃんもそれを掴んでいる。


「え? ちょっと。なんで」


 ぼくは、お兄ちゃんがオレンジジュースを飲むはずないと思って、ぐいと引いた。

 しかし、あの手の本気は尋常じゃない。

 足にも力を入れ、ぼくはぐっと引いた。


「豪。いい加減にしろ」

「へいへい」


 お兄ちゃんがぱっと離した。

 全身を使って引っ張っていたぼくはその反動で後ろへ倒れた。

 そこをお兄ちゃんに笑われる。

 ぼくは体を起こしながら、広美さんへ視線をやった。広美さんがお兄ちゃんの頭に「脳天グリグリの刑」をしてくれた。


「いって!」


 頭をさすっているお兄ちゃんにあかんべをして、ぼくはオムライスとお菓子を持った。座る場所を移動したところで、肝心のオレンジジュースがないことに気づいて取りに戻った。

 ジュースのペットボトルは広美さんの近くに転がっていた。また意地悪されたらかなわないから、急いで自分のものにし、こっちを見上げているお兄ちゃんにもう一度あかんべをお見舞いしてやる。

 そして、シートの隅へ腰を下ろし、オムライスを食べながら思う。

 さっき伊藤さんと話してたときに考えていたことを撤回したい、と。

 ぼくは決してお兄ちゃんを受け入れたわけじゃない。一清さん、次郎さん、広美さん、善之さんの弟になっただけ。そこにたまたまお兄ちゃんというアニキがいた。

 受け入れざるを得なかったんだ。




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