第38話 駆け引き



「まずは、ヒューシャ男爵令嬢に悟られないことですね」


「ええ。見つかれば、予知夢の強制力のようなものが発動して、こちらに不利になるかもしれませんから」


「厄介ですわねぇ。特にわたくし達の中で、最も過酷な運命が襲いかかると予知されているヴィヴィアン様と、彼女を鉢合わせしないように気をつけませんと」


「そうですね。ここで一気に幸運値を上げられるチャンスですし」


「ええ、この機会を逃したくありません」


「あの方、殿方といちゃつくのに夢中で、今もレベル上げなどしているご様子はありませんわよ。本格的にダンジョンへ向かうには力不足ですし、準備などに少し、時間が掛かるのではないかしら?」


「……だと良いのですが。少しでもこちらのレベルを上げて、差をつけておきたいですわね」


 レベルというのは個人の階梯を表しているから、どのくらいの経験を積んだかという目安でもある。自己研鑽に手を抜いているのならちょうどいい。




「そうですね。お二人にもお手紙でお伝えしたように、僕とヴィヴィアン嬢は精霊玉との契約に成功していますから、ヒューシャ男爵令嬢よりは有利に進められると思います」


「つまり、私達四人共の幸運値が彼女達を上回っている今ならまだ、出し抜ける可能性もあるし、遭遇を回避出来る確率も高くなる……ということか」


 シリルが確認するように言う。


「ええ。彼女達は多分、実戦を多く経験していないと思いますから」


 普通、成人である十五才まで魔物と戦ったことのない人のレベルは、よほど不運な人じゃない限り何もしなくても年齢と同じになる。

 ヒロインポジションのヒューシャ男爵令嬢のパーソナルレベル値は不明だが、すでに冒険者として活動しているヴィヴィアン達ほどは高くないだろう。まぁ、ヒロイン補正で幸運値だけは確実に高いだろうが……。


「でも、時間との勝負になりそうです」


「そうなるとやはり、早々にダンジョンに籠りたいですわね?」


「ええ。ただまとまった期間、学園を休むとなると明確な理由がない限り全員、家の許可が下りないだろう。どうしたものかな」


「困りましたわね」


 親を説得するのは、難しそうだ。


「う~ん? いっそのこと、それぞれの家にこの秘密を教えて許可を取る……というのはどうでしょう?」


「まあ、せっかく掴んだ情報ですのに……よろしいんですの、シリル様?」


「いや、出来れば秘密にしたい気持ちもあるのですが多分、私達が黙っていても、ヒューシャ男爵令嬢側から情報が漏れる気がするんですよ」


「確かに、そうですわね。あの方、あれだけ学園で騒いでいるのですもの。すぐにバレそうですわ」


 リリアンヌもしみじみとそう言って賛成した。


「お二人がそうおっしゃるなら、利用させていただきましょうか」


「ああ、あまり迷っている時間もないしね」


 そういうことになった。




「ところで君たちが契約した精霊たちは、ダンジョンまで連れて行けるのかな?」


「ええ、シリル様。それは大丈夫みたいです。契約者から離れなければ問題ないらしいんですよ。精霊玉と契約してからヴィヴィアン嬢とダンジョンに潜ったんですけれど、その時に確認済みです」


「そう、なのかい?」


 シリルがそれを聞いて、ヴィヴィアンにも確認する。


「ええ。それに精霊さんたちはおまじないをかけてくれましたの」


「まぁ、おまじない? それってどんな効果があるのかしら?」


 妖精のおまじないと聞いて、珍しさにワクワクしながらリリアンヌが尋ねる。


「一定時間、幸運が上がるというおまじないなんですよ」


「へぇ、それはいいな」


「いいですわねぇ。あっ、でもフレデリック様達はそのおまじないで幸運値が上昇しても、わたくし達のように何かを発見されたりはしなかった……んですわね? 下級精霊ですし、力が弱いのかしら?」


「それは……言いにくいのですが、原因は精霊ではなく……その、ヴィヴィアン嬢の幸運値が低すぎるからだと思われます……ただ、ダンジョンに潜る時間も短かったですし浅い階層で戻ったことも一因としてあるかもですが」


 ヴィヴィアンを気遣いながらも、申し訳なさそうに事実を伝えるフレデリック。


「ま、そう言うことですわ、リリアンヌ様。わたくしの運の悲惨さがお分かりになりまして?」


「え、えぇ。ヴィヴィアン様って本当に大変ですのね……このお歳まで、よくご無事に成長なさいましたわねぇ」


「ホホホホッ、色々ありましたけれど一応は、ね?」


「ヴィヴィアン嬢に降りかかる災難は、公爵家が一丸となって対応されていたから何とかなったんだよ。彼女が庶民だったらきっともう……」


 とシリルは言葉を濁したが、おそらく警護してくれる者もない庶民だったら生きてはいなかっただろう。


 幼い頃から賊に襲われかけたり誘拐されかけたり事故に巻き込まれかけたりと、全く無事というわけではなかったヴィヴィアンの人生。公爵令嬢であったお陰で、周囲の涙ぐましい努力もあってギリギリ危険を凌いできたのだ。




「まあ、わたくしの話はもういいですわ。それよりも、これで大体の話は終わったかと思いますが?」


「そうですわね、ヴィヴィアン様」


「では、難しい話は一旦、これで終了と言うことで!」


「ええ、フレデリック様」


 皆の同意を得た彼がパンっと手を鳴らして笑うと、知らずに緊張していた皆からも、ホッとしたような空気が流れる。




 そこからは、他愛もない話をして気心の知れた四人での会話を楽しんだ。


 王立学園と魔法学院では異なる授業内容についてや、契約した精霊玉の事、王都で人気の菓子店の話や最近の社交界事情まで、手紙のやり取りだけでは伝えきれない多くの話題で盛り上がった。



 ――しかし、楽しい時間には終わりがある。



 ヴィヴィアンやフレデリックは魔法学院の寮に入っているので門限もあった。小会議室の使用も時間制限があるし、あまり長く冒険者ギルドにいるわけにも行かない。


 名残惜しいが、最後にダンジョンに行く日を決めてから今日はもう解散となったのだった。





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