第37話 信じたい



 勿論、前世の記憶があることや、ここが乙女ゲームの世界に類似していることについては除いて全てを話し終え、ドキドキする胸に手を添えてギュッと握りしめる。


 予知夢だということして話すのには緊張したが、二人は思ったよりも真剣に聞いてくれていたようだ。信じて欲しいと願いながら、ソッと様子を伺うと……。


「確かに信じがたい話だけれど……二人揃ってほぼ同時期に同じような予知夢を見た、というんだね?」


「ええ、そうなんですの。わたくしは 王立学園の入学式の時でしたわ」


「僕は初めてヒューシャ男爵令嬢見た時でしたね」


「……そして、その夢が一部で既に現実に起こっている。余りにも似かよっていて、ただの夢だとは思えないほどに……」


「ええ、残念ながら」


「まあ、何てことでしょう。フレデリック様とヴィヴィアン様にそのようなことが起こっていただなんて。それなのにわたくしったらお二人の仲を疑うようなことをしてしまって……申し訳なかったですわ。まさかそのような重大な秘密を抱えておられたとは思いもせず……」


「いいんですよ、リリー。僕達も内容がないようなので、中々言い出せなかったんですから」


「誓って嘘ではないのですが…… ただ、わたくしたちにも確信が持てないことが、お二人に信じていただけるかどうかと思いまして、少し様子を見ておりましたの」


「成る程……妥当な判断だったと思います」


「シリル様」


「話してくれてありがとう。つまり、君達の推測では、ヒューシャ男爵令嬢も同じ予知夢を見ているのではと疑っていたんだね。あの不可解で大胆な振る舞いには意味があったと」


「はい、そう考えています」


「……だとすると、何だか納得できますわ」


「そうですね。二人がやけに彼女のことを気にしている風だったから疑問だったんですが、これで謎が解けた気がします」


わたくし、お二人を信じますわ。シリル様はどう思われます?」


「信じるしかない……と思ってます。ヴィヴィアン嬢の悲惨な末路を聞かされた後だと、本当は信じたくはないんですけれどね」


「シリル様、リリアンヌ様……ありがとうございます」


 話を聞いた上で二人共、そう言ってくれて、黙っていたことも許してくれた。


 逆の立場だったら自分達も隠し事をされたら悲しいだろうし、予知夢なんて聞かされたら半信半疑にもなってしまうと思う。

 でも彼等はヴィヴィアン達の説明した内容を否定せずに、受け入れてくれた。その事がとても嬉しかった。




「しかし、困りましたね。ヒューシャ男爵令嬢の狙いがはっきりしたのは良かったのですが、これで彼女達とダンジョンで遭遇する確率が上がることが決定的になりました」


わたくし、なるべくなら彼女とは直接お会いしたくはないですわっ」


 この世界に愛されているヒロインに不用意に近づけば、悪役令嬢役を割り振られているヴィヴィアンはきっと、乙女ゲームの強制力とやらで不利益を被るだろう。豊富なバッドエンドを用意されてしまっている身としては、避けたいのは当然である。


「ええ、わたくしも同じ思いですわ、ヴィヴィアン様。予知夢では貴女様ほどではないにしろ、わたくしにも理不尽な断罪が振りかかる可能性が高いのでしょう? ……具体的にはどうなるのか、お聞きしてもよろしくて?」


 リリアンヌが怖いけれど聞いておきたいと恐る恐る尋ねた質問には、フレデリックが答えることにした。細部は不明だと前置きしてから、前世の知識でひとつだけ確実に覚えていたことを、予知夢で見たということにして話す。


「彼女と接触する機会が多くなるほど、リリーの名誉が傷つき、最悪だと僕達の婚約が解消されてしまいます。そして、僕がヒューシャ男爵令嬢と婚約することになってしまうんです」


「まあぁぁっ、恐ろしいこと! だから、フレデリック様はお手紙で彼女と関わらないでとおっしゃっていたのですね!?」


「ええ、そうなんです。僕達が彼女のせいで婚約破棄させられるなんて冗談じゃないですから。でも、絶対に嫌だと思っていても、予知夢というのは現実になる可能性が高いものでしょう? だから僕だけでも早々に学園を転校したんですよ」


「……わたくし、これからは全力で彼女を避けますわ!」


「是非、そうしてください。僕達の未来のためにも!」


「フレデリック様っ」


「リリー!」


 二人はひっしと手を取り合い、互いを失うまいとするように熱く見つめあった。家同士が決めた婚約ではあるものの、そんな事は関係ないくらいに仲が良い。大好きな婚約者が近くにいると、何かきっかけさえあれば二人の世界に入ってしまい、こうして脱線するのはよくあるのだ。周りはちょっと困ってしまうが……。


 反対に恋愛を苦手とするシリルと、生き残るのに必死で恋愛どころではないヴィヴィアンだと、こんなに素直な言葉で好意を伝え合うことも、良い雰囲気になることもない。

 今は時期が悪いというのもあるだろうが、信頼関係はあっても恋人のような雰囲気にはならず、一緒にいても、まるで家族や友人と一緒にいる時のような感じになってしまうのだ。まるで正反対の二組なのである。




 恋する二人の甘い雰囲気に当てられて、珍しくも少し動揺していたシリルが、話を進めようとする。


「……おほん。まあ皆、ヒューシャ男爵令嬢とは遭遇したくない訳です。予知夢で起こることを思えば当然ですが。だからまず、彼女を回避する方法を考えようか?」


「あ……はい、シリル様。そうですね」


 声をかけられて我に返ったフレデリックが、デロデロに蕩けていた顔を何事も無かったようにキリッと引き締めて答えたことで、話し合いに戻ったのだった。





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