第10話 納得いかない



 アリスとセレスは調査資料を二人で順に読み込んだ結果、書かれている内容には半信半疑な気持ちを持ったようだ。分析しながらも胡散臭そうで、何とも言えない表情になっている。


 と言うのも未来視の内容は、そのほぼ全てがヒロインと呼ばれる少女の恋愛話だからだ。

 国の未来を左右するような重大な予言というものでもなく、ヒロインと王立学園の周辺というごく狭い範囲を中心に起こる恋愛絡みの出来事だけに偏っている。


 今回の資料にはヒロインと攻略対象者の出会いまでが書かれてあったが、そこだけ妙に具体的に予言が成就していた。




「あの、お二人の未来視を疑うわけではないのですが、このようなこと、王立学園で可能なのでしょうか」


 どうにも納得いかないようで、セレスが質問してきた。


「ヒロインだと言うヒューシャ男爵令嬢は、元平民の上、今のご身分でも男爵令嬢です。なのに、由緒正しい高貴な青年貴族の方々が最大で五人……揃って好意を持たれると。そんなことって……出来るものですか?」


「それぞれ既に婚約者のご令嬢がいらっしゃいますのにねぇ……それでもですか?」


「……そう言いたくなるのは分かりますわ」


 ゲームの世界に酷似しているとはいえ、今を生きるヴィヴィアン達にとって、ここは現実。


 いくら王立学園が平民にも門戸が開かれ、例外的に身分に関係なく学ぶことを理念として掲げているとはいえ、暗黙の了解というやつで普通に身分差は考慮されるし、相手の身分に則った対応をしないといけないのだ。学園は社会の縮図で、小さな社交界なのだから……。

 表立っては厳しい罰則が無いというだけで、一般的な礼儀は疎かにしてはならないし、必要なのである。


 それなのに、貴族としては最下位の男爵令嬢が、最悪の場合、第二王子を筆頭に上位貴族のご令息方を侍らせ逆ハーレムのようなものまで築く……などと言われても納得出来ないのだろう。この世界では、それが普通の感覚である。

 ランドル王国には国王を頂点とした貴族制度があり、れっきとした身分社会なのだから。




「でも実際に、このヒューシャ男爵令嬢は未来視した予告通り、学園で五人の殿方と出会いましたでしょう?」


「ええ、確かに報告書にもそうありました」


「それ以降も好意的かどうかはともかく、共に過ごされる時間がよくあるようですし……」


「……つまり、あり得ないと思われる事でも、起こってしまう可能性が高いと……そう、おっしゃるのですね?」


「ええ」


 わたくしがこの魔法学院まで逃げてきたのも、彼女の側にいるだけで否応なしに悪役にされ、破滅する未来へと強制的に導かれしまう可能性を潰すためですから……。


 もしシナリオの強制力が強ければ王立学院からも逃げられないかもしれないと心配しましたが、ちゃんとこうして悪役令嬢と攻略対象の内の一人が転校できている。回避することは可能なはず。


「……よく、分かりましたわ」






「ではお嬢様。これからのことですが、そういった事情を踏まえますと、詳しい調査結果が上がってくるまではくれぐれも、お一人で行動なさらないようにお願い致します」


「お部屋の中はご自由になさって結構ですが、ここを出てどちらかに向かわれる時場合は、必ず私かアリスのどちらかを伴ってくださいませね」


「せっかく彼女がいらっしゃらない魔法学院にまで逃げてきましたのに……やはり、そこまで用心した方が良いかしら?」


「ええ。ここは、念には念を入れましょう。聞けばその方、お嬢様方と同じ未来視をなっている可能性が高いとか。狙いが判明するまでは、用心した方がいいですわ」


「……仕方ないですわね」


 ――少し窮屈ですが、身の安全には変えられませんもの……ね。




「それから、学院ではフレデリック様が気をつけてくださるとのことです。ご一緒に行動なさってくださいね」


「分かりましたわ……って、やっぱり駄目ですわっ」


「……お嬢様、油断大敵だと、先程確認したばかりですわよね?」


「アリスの言う通りですわ。ここは我が儘おっしゃらずに……」


「違いますわよっ。わたくし達、まだそれぞれの婚約者の誤解を解いてないのです。今、一緒に行動するのは不味いのですわ!」


 あぁ成る程と言うように二人も頷く。


「そういえばそちらの問題もありましたわね。対外的にお嬢様を追ってフレデリック様が転校なさったように見えてしまう……でしたか?」


「ええ、そうなんですのっ。その上ほら、先程、校門前で悪目立ちしてしまいましたでしょ」


「婚約者の方々には、今日にでも連絡が行きそうですわねぇ。それで不貞を疑われる可能性があると…… 例の男爵令嬢の対策もありますのに、何故そんな駄目押しをなさったのです!?」


「これは不幸な事故ですわっ。わたくしだってそんなつもりはありませんでしたわよ。全力で回避しようと逃げましたのに、捕まってしまったと言うか……たまたまそれが校門前で……全てが成り行きで仕方なくですもの!」


 ヴィヴィアンどうしてもが避けられなかったのだと力説すると、二人も仕方がないというように渋々納得してくれた。


 納得はしてくれたのだが、彼女達を説得できても根本的な解決にはなっていないのは変わらない。





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