第3話 まさか貴方も!?




 ◇ ◇ ◇




 だからわたくしはやりきったった感でいっぱいに、満足して式に臨んでいた。


 破滅フラグをへし折って自ら切り開いた未来に、希望を持って……。


 でも、それも式が終わり、割り振られた教室へ移動して扉を開けた途端、非常にも終わりを告げたのである。




 ついうっかり道に迷ったために、ぎりぎりで教室に飛び込む羽目になり、大事な初対面の波に乗り遅れてしまったと焦っていたせいだと思いたかった……。


 ここにはいない筈の、見覚えがある誰かの幻をみてしまったんだと。


 嫌な予感に襲われながらも、視界を掠めた何かを確かめないわけにはいかない。


 間違いであってほしいと思いながら、じっと注目してみると……。



「……っ!」



 何故貴方がここに……予想外です!?


 魔法学院には変人が多いというし、皆様と仲良くできるものか不安だ、なんて思ってはいたけれど、こんなのは望んでいません!



 ――サクス伯爵家の次男、フレデリック様。



 どうして!?


 の、幼馴染みの攻略対象がここにいるの!?



 ……。



 ――よしっ、見なかったことにしましょう。彼とは関わりたくありません。早く逃げなくてはっ。

 


 迷ったのは一瞬。



 私は後ろ手にピシャリと扉を締めると、さっさとその場から逃げ出した。



 それはもう、目一杯全力で……。




 何事かと目を向く周囲をものともせず、校門を目指してひたすら走るっ。


「ヴィヴィアン嬢~!」


「いやぁぁぁぁぁ!? 追って来ないでぇぇっ!?」


「見捨てないでくださいぃぃぃ!」


「冗談でしょっ、見捨てるに決まってます!」


「待ってくださいって~!」


「嫌っ」



 魔法で身体強化してまで全力で逃走したのに……。



「捕まえた!」



 ――あえなく捕まえられてしまった。



 そうですわよね、貴方の方が魔法学は優秀だったし、魔法量も多いとあっては逃げ切るには厳しいって分かってましたわよっ。


 でもっ、あともうちょっとだったのに!


 校門の手前で右手を捕まれ、逃げないようにと捕獲されて項垂れた。


「よかったですっ、ここでお会い出来て!」


 満面の笑みを浮かべ、ニコニコと無邪気に挨拶してくる友人の婚約者が憎い。




 転生してからこっち、貴族令嬢らしく完璧に感情を制御する術を身につけていた為、そう簡単には曖昧な微笑みの仮面は外れないはずだった。


 いつも通り、鉄壁の構えで迎え撃とうとしたものの、さすがにこれには頬が引きつるのが止められなくて……。


「……何故なの? どうしてフレデリック様がこちらにいらっしゃるの!?」


「そんなの、追ってきたからに決まってます。酷いよヴィヴィアン嬢っ、何も言わずに一人で転校するなんて!」


「だから何故ですかっ。わたくしは貴方の幼馴染みで友人の婚約者。それだけの関係ですわ。お知らせする必要など、全くありませんでしょう?」

 

「……いいや。それが、こっちにはちゃんとした理由があるんだよね」


 周りをさりげなく見渡してから声を潜めてそう言うと、ツツツッと身を寄せてきた。


「ち、ちょっと、近いですわ!」


「あ、ごめんなさいっ」


 慌てて謝ってくれて、すぐに一人分の距離を置き離れてくれた。


「それで、さっきのことだけど……。あのね、隠したがってるみたいだから僕も気づかないふりをして黙ってたんです。でも、そうもいってられなくなってさ」


 少し言うのを躊躇ってから、それでもじっと目を合わせるとこう言った。


「君って…転生者、だよね?」


「……っ!?」



 何を言われるのかと固唾を飲んで身構えていたわたくしに、フレデリック様はとんでもない爆弾を落としてくださったのでした……。



 ――いったい、どこでわたくしだと気がつかれたのでしょう!?



「……



 わたくしにだけ届くようにと、ボソリと呟かれた単語はインパクト抜群で……。


「……っ!?」


 思わずピクリと、肩が跳ねてしまう。


「その反応。やはり、僕と同じ、日本からの転生者なんですね?」


 嬉しそうに、確信をもって瞳を輝かせた。


 ……誰か嘘だと言って欲しい。


 信じられないことに、幼馴染みで攻略対象者でもあるフレデリック様が転生者だったなんて!?




 ――はぁ、油断しました……。



 こんな展開、想定外もいいところですわ。これでは、誤魔化しようがないじゃありませんか。


 でも、あの乙女ゲームをご存じというなら詳しい情報を教えていただきたいものです。


 わたくしが知らず知らず、破滅に向かって突進して行く前にっ。


「まさか、同じ知識を持つ転生者がこんなに近くにいらっしゃるとは……驚きました」


「うん。僕もびっくりしたよ。でも前世を思い出したのは、つい最近なんです。ヒロインちゃんと入園式後に起こるイベントで接触して、いきなり記憶が戻ったんですよ」


「まあ、わたくしの時とよく似ております。わたくしの場合は、入園式に殿下のご尊顔を拝して突然に。気づいて愕然と致しましたわ。何故、よりによって悪役令嬢ヴィヴィアンに転生してしまったのかと」


「……ああ、それは……お気の毒というか。確か、破滅ルートだけは無駄にバラエティー豊かというか、盛り沢山のキャラでしたもんね」


「ええ、そうなんですの。なので、ヒロインさんに迂闊に近寄らないのが一番よろしいんですの」


「分かります。王立学園から一刻も早く立ち去りたかった貴女の気持ちが……。僕も記憶が戻ってきてからは即、転校しようとしたんですが、気づいた時が貴女より遅かったですからね。魔法学院の方の入試がギリギリで焦りましたよ」


「はぁ……ギリギリ、間に合ってしまわれたのですね……」


「え……ち、ちょっと、そんな残念そうに言わなくても!?」


「い・い・え。攻略対象の殿方が近くにいらっしゃることはわたくしにとって死活問題ですもの。とっても残念です!」


「えええぇぇぇ、そんなぁ……」


 ガーンとショックを受けたお顔になってしまわれた。



 ――もうっ、フレデリック様ったら!



 わたくしの保身を台無しになさったくせに、そんな可愛らしくしゅんっとしないでくださいませっ。


 こんなに間近で拝見すると、美少年の傷付いたお顔はインパクトがありすぎますのよ。


 保護欲を掻き立てられますし、ちょっぴり謎の悪罪感まで……ってほらっ、うっかり流されそうになるではありませんか!?


 いくら貴方とはいえ、許せない一線と言うものがございますのにっ。


 腐っても幼馴染みで友人でもあるリリアンヌの婚約者ですもの。


 邪険には出来ませんし、少し不満を溢すくらい良いですわよね!?





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