第15話 GW旅行③
「……やっと来たか、遅かったな」
和仁の後を追うように女性陣の部屋に行くと、部屋の前の壁に背中を預けるようにして和仁が立っていた。
「お前なんで部屋入ってないの?」
訝しむような目を向けると、和仁はハッと笑い、遠くを見るような目をし始めた。
「――俺が女子の部屋に1人で入れるわけないだろ?」
「カッコつけて言うな。要するにヘタれたんだろ」
思った数倍クソださい理由だったわ。……よくそれでRPGでライバルが主人公を待ってたみたいなセリフ吐けたな。
ついでに言うと女子風呂覗こうとしたり、混浴には入れるのにこういうのは無理なのかよ。
「でも、行くって伝えずに来ちゃって平気だったのかな?」
「……そういやそうだな。温泉入りに行ってるかもしれないしな」
俺が声に出して数秒後、カラリと音を立てて襖が開いて、中から有彩が顔を覗かせた。
長く艶やかな黒髪に、浴衣が映えてドキリとさせされた。
「本当ですね、陽菜ちゃんの言う通り、理玖くんたちがいましたよ」
「ねっ? 外からりっくんの声がしたから、絶対皆がいるって言った通りでしょ?」
続いて同じく浴衣に身を包んだ陽菜が出てきた。
幼い頃から見慣れていたはずの陽菜の顔がいつもより大人びて見えて、心臓が再びドクリと音を立てて弾む。
一度大きく跳ねたあとはボールでもドリブルしてるように一定のリズムで力強く躍動し続けている。
……浴衣だと余計に、胸部が強調されてこれはとてもイカン。……俺はエロオヤジか。
かぶりを振って邪念を払い、柏木に視線を向けると目が合ってしまった。
なんか急にドヤ顔になったあと、浴衣姿を見せつけるようにくるりと回ってポージングを取り始めやがったんだが。
……まあ、似合って無くはないな。柏木だって十分可愛い方だし、でもその顔はムカつくからやめろ。ポニテ引きちぎるぞてめえ。
「ふふーん! どう? なるちゃんの貴重な浴衣姿だよ? 見惚れた?」
「おう、2秒ぐらい見惚れたぞ。ところでお前らもう温泉に入ったのか?」
「扱いが雑だし秒!?」
浴衣姿とか普段見ない服装は着飾らなかったり、堂々としてるよりも恥じらいながら着てる姿がいいんだろうが。恥じらいが足りねえよ出直してこい。
「まだですよ、理玖くんたちも恰好を見る限りだとまだなんですね」
「まあな。先に明日どうするかっていうのを相談しておきたくて」
和仁が既に混浴に入って桃源郷じゃなくて現実を見て帰ってきたっていうのは黙っておいた方がよさそうだ。
別に和仁のためじゃなく、それでぎゃあぎゃあ騒がれるのは周りに迷惑になるからな。なんなら息の根を止めるのも厭わない。
「明日も天音さんが色々と案内してくれるって言ってたよ。あたし美味しいもの食べにいきたい!」
「そうだね、僕も美味しいもの食べたいかな? 今日は午後からの数時間だけであまりゆっくり観光も出来なかったから」
「じゃあ明日は美味いものを食べることをメインにして観光ってことでいいな」
そもそも陽菜は味音痴だから不味い食い物でも美味しいって言いそうとかいうツッコミは野暮だからしない。
いつも有彩の作った飯を美味い美味い言いながら食べてるわけだし、正常な部分があるのも事実……味音痴の基準ってよく分からんわ。
「その天音さんはどこに?」
「うーん、あとで時間取れたら部屋に遊びに来るって言ってたけど……どうだろうね? 天音ちゃん旅館の手伝いとかで忙しいから」
「俺、手伝ってくるわ」
「やめとけ、素人がいっても邪魔になるだけだ。それに旅館側からしたらお客様に手伝わせてるみたいな感じになっても大変だろ」
いきり立つ和仁を手で制し、大人しく座らせる。
「本来なら天音さんが旅行の案内をしてくれるのも特別なことなんですよね。旅館のお手伝いで忙しいのに時間を頂いているようで申し訳ないです……」
「大丈夫だよー。叔父さんと叔母さんもその辺りは寛容だし、私たちが来るのに合わせて時間を取れるように配分してるんだって。観光案内も接客の内だからって天音ちゃんも楽しそうに言ってたから!」
「よく知らないけど旅館ってそういう時間取れるものなのかな? 有彩は何か知ってる?」
「私もよく分からないですけど、本来ならきっとかなり無理がありますよ。この時期は人も多いでしょうし……旅館自体に休館日なんてあるんでしょうか?」
従業員にはそれぞれ休日はあるだろうし、有給もあると思う。
今は働き方を考え直すみたいな取り組みになってるからどの職種でも休みを取りやすくなったとは聞くな。
話していると襖が開く音がしたから音がした方に視線を向ける。
……遅刻した時とか授業中に教室に入ろうとしてドア開いたらクラスメイトが一斉にこっちを見てくるのマジで気まずいよな。今関係ないけど。
「何々? なんの話してたの?」
噂をすれば、天音さんの登場だ。
旅館の名前が入っている羽織を浴衣の上から来て、ぱっと見で従業員ということが分かるようになっている。
「天音ちゃんがお手伝いで忙しいのに私たちの為に時間を割いてくれてるのがありがたくて申し訳ないって」
「あはは! そんなこと気にしなくていいよ! 私がやりたくてやってるんだから! 可愛い妹分とその友達がいい旅行していい思い出を作るお手伝いを出来るなんて楽しいよ!」
「俺に手伝えることがあったらなんなりと! なんなら犬とお呼びください!」
「静かにしろよ犬」
「んだとこらぁ!!!!」
犬って呼べって言ったじゃねーか。
「ぷっ、くふふ! ……本当君たち面白いねー! 私も皆が来るのに合わせて上手く有給取ってるから大丈夫だよ!」
家業だから大学在学しながらでも従業員扱いになってるのか? まあ正直その辺りのことは詳しくは知らないけど、天音さんが有給を取って上手くやってるって言ってるんだからそういうことなんだろうな。
「明日の予定なんだけど、なんか美味しいもの食べたいって話になったよ」
「おっ、じゃあ私がいいお店に連れてってあげる」
その後、しばらく予定を話し合って流石に温泉に入りに行こうということに。
天音さんはやっぱり忙しいらしく、やり取りも早々に切り上げて仕事に戻って行った。
……そうだ、このパンツを上手く返却しておかなければ! 女性陣の荷物を置いてある辺りに陣取っておいたおかげでポケットから落とすだけで任務遂行出来そうだ。
「遥、とりあえず去り際にここにパンツ落としていくから皆の視線を惹き付けてくれるか?」
「いいけど……どうやって?」
隣に座っていた遥に小声で話しかけると顔を近くに寄せてきた……ってなんでこいつこんないい匂いすんの? 本当に男?
「――理玖?」
「お、おう悪い。ちょっと考え事してた……とりあえずスマホでここに行きたいんだけどみたいな感じで皆の注目を集めてくれ」
こくりと無言で頷いた遥はスマホで何かを調べ始め、手を止めた。俺はさり気なく部屋を出る為に立ち上がるタイミングで遥に合図を送る。
「じゃ、俺はそろそろ部屋に戻って準備するわ。遥はどうする?」
「僕はもう少しあとで戻るよ。ねえ皆、僕ここに行ってみたいんだけど、どうかな?」
「えっ、どこどこ?」
今だ! サンキュー遥! 愛してるぜ!
皆の視線が遥の差し出したスマホに集まった瞬間、ポケットから物を落とし何事もなかったかのように部屋を出ようとした瞬間――。
「理玖くん、今ポケットから何か落とさなかった?」
「おっとすまん俺のハンカチだ!!!」
即座に荷物の所まで戻って滑り込んで拾ってしまった!!
柏木ぃ!? おいちょっと本当柏木さぁん!? なんつう視野の広さしてんだお前ぇ!! 今絶対死角だっただろ!?
「りっくんって意外とドジだよねー!」
「はい、意外とドジですよね」
今俺が落としたのお前らどっちかのパンツ!! なんでお前らにドジ扱いされねえといけないんだ!! 納得がいかん!!
「は、はは……気を付ける。じゃあ部屋に戻るな……」
こうして、パンツは俺のポケットに舞い戻り、俺自身もすごすごと部屋に舞い戻ることになった。こういう言い方すると俺とパンツが運命共同体みたいに聞こえるな。本来の持ち主じゃなくて仮の依り代の俺と運命一緒にするのはおかしいと思いましたまる。
♦♦♦
「いい湯だったな……俺ちょっとコンビニ行ってくるから、先に部屋に戻ってていいぞ。何かいるか?」
「じゃあアイスをお願い」
「俺は骨無しフライドチキンを頼む」
「了解。じゃまたあとで」
和仁と遥と別れて、旅館の出入口に向かう。
どうでもいいけど骨無しフライドチキンって単語で聞くと悪口に聞こえるから一瞬自己紹介されたのかと思った。
「あ、理玖くん」
「有彩? どうした?」
出入口付近まで行くと、有彩が立っていた。多分だけど女性陣も風呂上りっぽいな。
「えっと、陽菜ちゃんがコンビニに行ったまま帰ってこなくて……」
「何処かで寄り道してるんじゃないか? 陽菜がコンビニに行ったのは何時頃だ?」
「確か21時頃だったと思うんですけど……」
スマホで時間を確認すると今は21時20分を表示したところだった。
……確かにコンビニ行ったにしてはちょっと時間がかかりすぎだな。ここからコンビニまでは5分足らずで着くし。
ざわり、と胸の内側から嫌な予感めいた何かがじわじわと湧き出て来る。
それを外に出して有彩に心配をかけないよう、微笑むようにして有彩を見つめ直す。
「俺もちょうど今からコンビニ行ってくるところだから探してくる」
「あ、あの私もいきます!」
「いや、いいから待っててくれ。湯冷めして風邪でもひいたら大変だからな」
後ろから有彩の声が聞こえたが、足を止めることはせずに小走り気味にコンビニへ向かう。
あぁ、クソッ!! 浴衣だと走り辛い!! 靴もちゃんとしたのじゃなくて備え付けの外出用のスリッパだし!!
本来なら5分程度かかるところを体感的に半分以下の時間で駆け抜け、コンビニの光が見えたところで立ち止まる。
――陽菜がいた。
でも、1人じゃなかった。
見るからにチャラそうな男2人に絡まれて、逃げるに逃げられないって感じだ。
それを見つけたタイミングで、1人が陽菜の手を掴んだ。
「ねえ、いいじゃん! 連絡先の交換だけ! ねっ?」
「離してください! 嫌だって言ってるじゃないですか!」
「悪いようにはしないからさ! 俺らと遊ぼうよ!」
「やだ……やだ……!」
――助けて、りっくん!
耳がその声を、目が陽菜の目に滲んだ涙を認識した瞬間。
俺の中で何かが切れた。
「――陽菜!」
突然上げられた大声に、男たちと陽菜が俺の方を見る。
その隙を逃さず、男と陽菜の間に割って入り、陽菜を背中に隠すように立つ。
「おいおい、なんだお前」
「今いいところなんだから邪魔すんじゃねえよ」
上背も俺より高い2人組の男は僅かに後ろに下がったが、あからさまに苛立ったような目を向けてきて、直ぐに空いた分の距離を威圧するように詰めてきた。
かなりケンカ慣れしてそうだし、体格だっていい。
普段だったら逃げるようにしてる俺だけど、背中に隠した陽菜が俺の背中にしがみついてきて、背中から震えが伝わってきた時点で逃げるなんて考えは頭から消えた。
「知ったことか。俺の連れだ。手を出すんじゃねえよ」
「あ?」
殺気が一段と濃くなったと肌で感じ取った瞬間、男の1人が俺の胸倉を掴んでくる。
「おい調子乗ってんじゃねえぞ」
「クソガキがいっちょ前にカッコつけると痛い目見るぞ? それとも見せてやろうか?」
拳を見せつけるようにすごんで脅してくるが、鼻で笑うようにあしらう。
「お前らがケンカ慣れしてようが、俺がこの場でボコられようが、そんなのどうだっていいよ。今、重要なのは1つだけだ」
「はぁ?」
掴まれた腕を自分の腕に巻き付けるようにして無理矢理外し、逆に胸倉を掴み返し、睨む。
「――てめえらよくも陽菜を泣かせたな……!」
掴んだ胸倉よりも、背中に回した腕に力を込め、今もなお震え続ける陽菜を安心させるようにする。
俺の啖呵に一瞬だけ面食らった様子だった男はもう一度胸倉を掴み返してきやがった。
「もうキレたわ、今更謝ったって許してやんねーからな?」
「病院送りは確定な」
さて、相手は2人だし、両方強そうときた。
しかも俺の後ろには陽菜がいるし、かばいながら戦うとなるとどう足掻いても俺に勝ち目はないだろうな。
怒り任せに行動したけど、手詰まりだ。
胸倉を掴んできた男が拳を俺に叩きつける為に振り上げた瞬間――。
「お巡りさぁん!! こっちです!!」
そんな声が聞こえて、男の拳がピタリと止まって、チャラ男たちは顔を見合わせる。
あれは和仁!? なんでここに!?
声の主を確認するように暗闇に目を凝らすとよく知った顔が立っていた。
「おい、警察だってよ。流石にパクられるのはまずくね?」
「落ち着けよ。こういうのは大体警察呼んだってのは嘘だ。それで逃げるのは小心者の雑魚だけだぜ? つまり俺らがこいつをボコったとしても本当に呼ばれる頃には終わってるってことだ」
2人組の1人は狼狽えたが、1人は慣れているのか落ち着き払った様子で拳を構え直す。
クソッ! チャラ男の癖に見た目とは裏腹に知恵が回りやがる。
――ファンファンファン!!!!
「おい! マジで警察が来やがったっぽいぞ!?」
「チッ!! クソがっ!!」
パトカーのサイレンが聞こえてきたと思ったら、乱暴に胸倉を突き放して2人組は舌打ちと共に去っていった。
……助かった、みたいだな。
「おいおい、理玖。大丈夫か?」
「正直足腰ガックガクだっての。……助かったけど、なんでここに?」
「いや、俺もちょっとコンビニに用事があっただけでたまたまだ」
「というか警察は?」
「ああ、あれか。スマホでサイレンの音鳴らしただけだ。あいつら警察って聞いても逃げなかったからな」
「マジで助かった、サンキュ……そうだ、大丈夫か陽菜……おわっと!」
背中にかばっていた陽菜に向き直ると、力強く抱きしめられてしまった。
思っていたよりも華奢で、小柄なその身体は未だに震えていて、俺の胸元に顔を埋めるようにして、微動だにしない。
「お、おい陽菜? もう大丈夫だから、な?」
「……普段だったら処刑案件だけど、ここは何も見なかったことにしてやるよ」
そう言って、和仁はコンビニの中に入っていった。今度何かで借りは返さないとな。
「……怖かった」
「まあ、男の俺でも迫られたら怖かったからな」
「違うの、そうじゃなくて……!」
ガバッと音を立てるぐらいの勢いで、陽菜が顔を勢いよくあげる。
その顔は涙やらでぐしゃぐしゃになっていて、いつもの陽菜の笑顔は見る影もなかった。
「あたしのせいでりっくんが傷ついちゃうのが、どうしようもなく怖かったの! ケガしちゃったらどうしようって!!」
「まぁ、俺なら大丈夫だからさ、ほら……体だけは頑丈だし」
「――でも!」
「あとあれだ……その……」
陽菜が何かを言う前に、遮って口を開いたが、なんかとんでもなく恥ずかしいことを言いそうになっていると気づいて、口を閉じてしまった。
「なに? りっくん……言ってよ」
ジッと避難するようなしかめっ面を向けられて、喉からうぐっと音が漏れる。
誤魔化すように視線を右から左にバタフライ並に泳がせて、観念して口を開いた。
「――お前が無事で本当に良かったよ」
心から安堵が滲み出た笑みをきょとんとする陽菜に見せて、俺は逃げるようにコンビニに駆け込んだ。
……ま、あんなことがあったあとで1人で帰す訳にはいかなかったから、結局俺がコンビニから出たあとで一緒に帰ることになったんだけどな!
「おい理玖、お前顔真っ赤だぞ? そんなに照れるようなこと言ったりやったりしたのか? やっぱ殴っていい?」
「はぁ!? 違ぇし!! これ信号の赤色が反射して赤く見えてるだけだし!!」
「いやここ信号ねえけど!?」
和仁がいたとはいえ、帰る時の気恥ずかしさって言ったらもう……!
そんなこんなで旅行の時間は怒涛のように過ぎていくのだった。
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