第12話 野郎どものプレイボール
「じゃあ俺ピッチャーな、和仁はキャッチャーで」
「任せろ、カッコよく決めて女子にいいとこ見せるぜ!」
GWを目前にした4月の下旬のとある日。
もう桜の花びらが風に乗ることは来年までお預けだけど、代わりに段々と暖かくなってきた春の日。
俺たちは体育で野球をすることになった。
ちなみに、女子はテニスをするらしく、男子が野球をやってる場所から近い場所にコートがある為、一部の男子は野球そっちのけで女子の方に行っている奴も少なくない。
ポジション決めは問題なくスムーズに終わったし、女子にいいところを見せるかどうかは置いといて、俺はやることをしっかりとやろう。
――相手の1番バッターは隣のクラスの佐藤か……。和仁、どうする?
アイコンタクトを送ると、和仁はニッと笑って立ち上がり、バッターの頭の後ろにミットを構えた。
……ふむ、なるほど。
「――タァイム!!」
和仁のバカ野郎を早速マウンドに呼ぶことに。
「なんだよ? なんか問題があったか?」
「大アリだよこのバカ野郎!! なんでバッターの頭のとこでミット構えてんの!?」
こいつ躊躇なく立ち上がって笑顔でミット構えやがったぞ!? しかも球種はストレート!! 完全に殺る気100%じゃねえか!!
「だって、あいつイケメンだし」
「それだけの理由で顔面にデッドボールを要求するな!! というかそこに俺が投げ込んだ時点で構えた奴より投げた奴が悪いってなるだろうが!! 真面目にやれ!!」
自分の手は汚さない気だな……!? なんて汚え野郎だ!!
「チッ、分かったよ」
ったく……。
渋々と和仁が戻り、シンプルにサードゴロでアウトにする。
――次のバッターは田中か。……和仁、次は?
――ここにいい具合のを頼む。
……ふむ、なるほど。
「――タァァイム!!!!」
再び和仁をマウンドに召喚。
「今度はなんだよ? 何が気に食わないんだ?」
「全部だよ!! 構える位置も球種も!! お前なにバッターの股間に向かってシュートとか要求してんの!? ってか俺シュートなんか投げられねえよ!!」
いい具合のを頼むじゃねえよ!!
「だって、あいつ彼女持ちだし」
「お前の私怨に俺を巻き込もうとすんのやめてくんない!?」
不服そうな顔をしやがる和仁に一喝して、キャッチャーの定位置に追い返して、バッターをセカンドフライで打ち取った。
次のバッターは鈴木か……。
「おーい、りっくーん! 頑張ってー!!」
和仁とアイコンタクトしてたら陽菜がぶんぶんと両手を大きく振ってテニスコートから声を掛けてきた。
女子がめっちゃこっち見てるんだが……恥ずかしい。
見てくる女子の1人、有彩と目が合った。
向こうも目が合ったことに気が付いたのか、控えめに手を振ってきて、口をぱくぱくさせている。
――頑張ってください。
聞こえはしないけど、俺にはそう言ってるようにしか感じられなかった。
とりあえず軽くガッツポーズを返しておいて、バッターに向き直ると、和仁からストレートの要請があったので全力で投げ込む。
「おーっと!! 1塁ランナーが走ったぁ!! そうはさせるかぁ!!」
「あっぶねえ!? ……ふざけんな!! 今ランナーいねえだろうが!!」
明らかに俺の顔を狙った速球だったぞ!? このクソ野郎……!!
「いやー悪い悪い。俺の目の前で幼馴染に応援されてるカス野郎が目に付いたもんで牽制しておこうかと」
どうやら有彩とのことは気付かれていないらしいが、とんでもねえクズだ!
「次の球、覚悟しとけよボケが……!」
「上等だ、クソが……!」
こいつにはストレート投げ込むんじゃなくてあとで右ストレートぶち込んでやる……!
「おらぁ!!」
「甘え!! 喰らえやっ!!」
全力で和仁の頭部目掛けてストレートを投げ込むと、和仁からの返球も俺の頭部を狙ったストレートが返ってきた。
互いの頭部を狙い合う命掛けのキャッチボールが幕を開けた。
バッターは突然の展開にポカンとしていたが、とりあえずバットを振り当ててこようとしてきやがった。
「「なにバット振ってやがんだ!! 邪魔してんじゃねえぞごらぁ!!」」
「ひっ!? ご、ごめん!!」
3球三振で打ち取ってアウトにしたにも関わらず、俺たちはマウンドとホームベースで全力でキャッチボールを続ける。
「ちょっ!? いつまでやってるのさ!! 理玖、和仁!! もう3アウトだよ!! チェンジだよ!!」
「「まだこいつを討ち取ってねえ!!」」
「それは野球的なアウトじゃなくて倫理的にアウトだから!! ほら、いいからバット持って!!」
「「よっしゃ武器ゲット!!」」
「ああもうっ!! いい加減にしなよ!!」
遥の堪忍袋の緒が切れたらしく、和仁が無理矢理バッターボックスに立たされる。
そういやこいつ怒ると怖いタイプだった……。
「桐島さん!! 殺っちゃってくださいよ!!」
「ホームラン!! もしくはショート守ってるイケメンの佐藤に向かってライナーを!!」
「彼女持ちの田中はファーストですよ!!」
これそういう競技じゃねえから。
的を狙う的なゲームじゃねえから。
そもそもそんなバットコントロールなんて野球選手でも持ってる奴いねえよ。
とりあえずピッチャーと和仁の対決を見守る。
「しゃあ!! 任せろぉ!! がはっ!?」
あ、和仁の脇腹にボールが……ざまあみろ。
「桐島さぁーん!!!!!!!!」
「桐島さんが殺られた……!? ……まぁ、いいか」
「あぁ、とりあえず塁には出られたしな。あと、俺あのカス
人望無さすぎィッ!!!!
いつもの結束力の欠片も感じられねえほどあっさり切り捨てられてやがる!!
やっぱクズの周りにはクズが集まってくるんですね。
脇腹を押さえながら塁に向かう和仁を見送る。
どうやら痛すぎてピッチャーに殴りかかる気力が湧かないらしい。
とりあえず、次のバッターは俺だ。
「いけっ!! ストレートだ!!」
「顎を狙え!! 顎だ!!」
外野がうるせえ……いや、外野って言っても野球の守備的な話じゃなく同じクラスの奴らからの野次がうるせえ。
お前らこれボクシングと勘違いしてない?
1球目は様子見で見送ると、背後でパシッといい音が響く。
ストライクか。
「おいおいピッチャーノーコンかぁ!?」
「ビビってんじゃねえぞぉ!!」
――ちょっと素振りでもしておくか……おっと、手が滑った。
「うおわぁ!? あっぶねえ!? 橘てめえバット投げやがったな!?」
「不意打ちなんて、なんて卑劣な野郎なんだ!! 恥を知れ!!」
「お前らに言われたくねえんだよ!!」
いつも多人数で武器持ってる奴らのセリフとは思えねえな!! どこまでも根性が腐ってやがる!!
2球目は普通に芯で捉え、二塁打を放つ。
「さっすがりっくーん!! 輝いてるよぉー!!」
いや、止めてくんない? マジで恥ずかしいから。
大声で騒ぐ陽菜から目を逸らし、ふと有彩を見ると、両手を胸元でグッと握ってガッツポーズか何かをしていた。
「ここを通りたければ俺を倒してからいけやぁ!!!」
「おいふざけんな!! 早く走れよ!! アウトになるだろうが!!」
こいつ一塁と二塁の間に仁王立ちしてやがんだけど!?
走る気全くねえ!!
「お前が塁に出たら活躍したみたいな感じで癪に障るんだよっ!!! 俺がデッドボールで出塁した後に打たれると俺が引き立て役みたいになるだろうがっ!!! このまま道連れにしてやらぁ!!!!」
「とっとと走れこのカス野郎!!!」
健闘虚しく、俺と和仁はアウトになってしまった。
胸倉を掴み合いながら自陣へと戻る。
「なにやってるのさ2人とも!」
「「このバカが悪い!!!」」
取っ組み合う俺たちを見て、遥はため息を吐いてバッターボックスへ向かって行った。
♦♦♦
「おーし、そろそろ時間だからなー。負けたクラスが片付けするってことで」
時間も終わりに近づいてきて、体育の担当教師がそんなことを言い出した。
スコアを見ると、3-0で俺たちのクラスは完全に負けているわけで、このままだと片付けが確定だ……それは面倒くさい。
「おい、和仁。ちょっと話があるんだが」
「あ? なんだよ、遺言か? 聞いても仕方ねえだろ」
あれから時間の許す限り要所要所で足を引っ張り合ってきた和仁に話しかける。
言い方はムカつくが、片付けが面倒だって思っているのはこいつも同じはずだ。
「そうか、女子に関する話なんだが、聞く気が無いならいいわ」
「――詳しく」
よし、釣れた。
「実はな、GW中に旅行に行く話が出てるんだ……メンバーは男が俺と遥、女子が陽菜と有彩と柏木。行き先は柏木の親戚がやってるっていう旅館なんだが……ここ勝つことが出来たら、柏木に話を通してお前も行けるようにしてやれるぞ?」
「てめえら絶対に勝つぞォッ!!!!!」
この勝負に勝ったら甲子園行ける野球部員並の咆哮がグラウンドに響き渡り、鬼気迫る表情でバットを持って打席に向かう和仁。
気合の入れ方が半端じゃない。
「すごいね、一体なにを言ったの?」
「え? 柏木に言ってお前も旅行に行けるようにしてやるって」
「……でも、最初から和仁も数に入ってるはずだよね? というか僕と理玖でそう決めたよね? 和仁に話してなかったの?」
「まあここぞって時の取引材料に使えると思ってたからな」
遥の言う通り、和仁は最初から旅行に行く人数に入っている。
もう旅館には6人で行くと話を通してあるし、あいつならGW中に予定が入っていたとしても全キャンセルしてこの旅行を優先させるってことも見越してだ。
俺は和仁を誘うのはあまり気乗りはしなかったが、遥に言われてしまったら断り辛かった。
「……理玖って結構いい性格してるよね」
「おう、女子の間でも性格のいい橘君で通ってるからな」
「言葉を並び替えただけでニュアンスってここまで違ってくるもんなんだね……とりあえず、旅行、楽しみだね」
「あぁ、そうだな」
「――ソォイッ!!!!!!」
何気にホームランを放った和仁がそこまで速度を出して走る必要もないのに爆走しているのを見ながら、俺は打席に向かった。
……ま、なんだかんだで俺も結構旅行を楽しみにしているらしい。
その証拠にバットを握る手にこんなに力が入っているんだからな。
少し口角も上げてしまった俺は、ピッチャーが投げた球に向かってフルスイングした。
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