第4話 同棲生活のルール
竜胆の荷物を持って、帰って来ると、既に陽菜は戻ってきていた。
ホームセンターで竜胆用の布団を買ったりしてたら普通に遅くなってしまった。
……布団結構重かったのは竜胆には秘密にしておこう。
「とりあえず、全員揃ったことだし同棲のルールを決めておこうと思う」
「同棲のルールですか……確かに大事ですね」
「3人寄れば饅頭の知恵って言うし、大事だね!」
「3人寄れば文殊の知恵な! 食いしん坊の会合みてえになってんじゃねえか!!」
だから覚えたての言葉を使うなとアレほど言っただろうに……。
「家事とか分担しないとね! 有彩は家事とか得意な方?」
「はい、一応お家でもお手伝いはしてましたし、苦手ではないですよ」
「それは頼もしいな。男の1人暮らしってそういうの雑になりがちだから」
洗濯物とかネットに入れて分けて洗うぐらいしかしないし、掃除だって気が向いた時にしかしないし。
飯なんて、最初は1人暮らしだから自炊頑張るとか思ってても続くのは精々1週間ぐらいだろう。
コンビニとスーパーの総菜はマイフレンド。
「掃除は分担してやればいいとして……洗濯をどうするか、だな……俺はまず選択肢から外してもらっていいか?」
「洗濯だけに?」
「黙ってろ」
「そうですね……し、下着とか……同い年の男の子に洗ってもらうのは……恥ずかしいですし……」
洗濯の度に理性と戦わないといけなくなりそうだしな……大人の本とかは読めるのに、こういうことは出来そうにもない俺ってやっぱチキンなのか?
……いや、生は威力が違うんですよ。……誰に対しての言い訳なんだ?
「なんなら自分の分は自分で洗うから、女性陣は洗濯も分担してくれ」
「……いえ、私はお父さんの下着も洗ってましたし……慣れてるので大丈夫ですよ?」
「俺が大丈夫じゃないんですよ? 同世代と父親のパンツじゃ天と地ほどの差があるだろ」
「あっ! あたしも弟ので慣れてるから、平気だよ!」
「だから俺が平気じゃないんだよ?」
流石にパンツを把握されるのは俺の精神衛生上よろしくない。
「むっ……私が洗います」
「あたしが洗うってば」
「えっ? お前らそんなに俺のパンツを洗濯したいわけ? 恥ずかしいからやめてくれない?」
なんかバチバチと火花を散らし始めたぞ、おい。
いや、本当……洗われる方が罰ゲームみたいだからやめない?
「……はぁ。とりあえず、俺以外の2人で順番に洗濯係してくれ」
「そうですね、まだ決めないといけないことはありますし……」
「次は……料理係とか? あたしやりたい!」
「それは俺と竜胆の2人で担当しよう。陽菜はキッチンに入るのを禁じる」
「酷いよりっくん!! あたしだってちゃんと練習して上達してるんだからね!?」
「どの口が言いやがる!!」
味音痴のお前の口から出てきた調理関係の言葉なんて1mmたりとも信用出来ねえんだよ!!
「陽菜ちゃんのお料理ってそんなに酷いんですか?」
「……論より証拠だな。よし、陽菜。試しにオムライスを1人分作ってみてくれないか?」
「いいの!? 任せてよ!! ほっぺが落ちるぐらいの作っちゃうんだから!!」
「……ほっぺどころか命まで落としそうだな」
腕をまくり、意気揚々とキッチンに入っていく陽菜。
たったそれだけなのに、不安な気持ちにさせられるって凄い才能だよな……。
竜胆と2人、陽菜の調理工程を見守ることに。
「ちなみに、陽菜ちゃんのお料理の腕は……?」
「……中学2年生の時、調理実習があって、俺は陽菜と同じ班だったんだ。高嶋家が食中毒になったってこともあるし、あいつが味音痴だって言うのは小さい時から知っていた」
「……そ、それでどうなったんですか?」
「1度自分で弁当を作ってくるっていう日があった時、クラス全員が陽菜の料理の腕を見ちまってるからな、俺たちの班は絶対に陽菜には味付けをさせないって誓い合って、役割分担に挑んだんだ」
ごくり、と固唾を飲んで俺の話に聞き入る竜胆。
その間にも陽菜は着々と必要な物を準備し終えていた。
まるで死刑囚が死刑を待ってる気分だぜ……。
「順調に調理の役割が決まっていって、残るは食材を切る人と味を付ける人になった。そこで残ったのが陽菜と無口で喋らないことで有名な田中君だった。運命はじゃんけんに委ねられることに……」
「け、結果は……?」
「俺たちの班どころか、クラス中が見守る中……田中君がじゃんけんに勝った。その瞬間、無口で大人しい田中君が天高く拳を突き上げて勝利の雄叫びをあげたぐらい、陽菜の料理はやばい」
「そこまでのレベルなんですか!?」
「準備出来たよー!! それじゃあ作っていくね!!」
準備出来ちゃったかー……。
竜胆も今の話を聞いて青ざめてるし、やばくなったら食材が無駄になる前に止めよう。
まず、当然の如く卵の殻が混入しているにも関わらず、無慈悲にかき混ぜられていく卵。
その次に、目分量で測りもしない上に、多すぎる牛乳。
買ったばかりの牛乳のパックはきっと残り半分を切ったことだろう。
「えっと……お塩を一掴みっと……」
「バカ!! 一摘まみだ!! お前は力士か!!」
「もうやめてください!! 食材が泣いています!! これ以上は見ていられません!!」
竜胆がついに両手で顔を覆ってしまうぐらいに、見ているだけでとてもスリリングな時間だった……。
止められた陽菜は不服そうにしていたが、俺たちは心の底から安堵し、生きているって素晴らしいなって喜びを噛みしめるレベルだ。
「とりあえず、分担的にはこれでいいとして……ルールとしては、最後に大切なことがある」
「大切なこと? なんですか?」
「りっくんが隠しているお宝本やDVDは触らないようにとか?」
「お前この状況で俺がそんなこと言うと思うか!? 死んでも隠し場所は言わねえからな!?」
あと、俺は大体パソコンの中やスマホの中にパスワードをかけて厳重に保存するタイプだ。抜かりはない。
紙媒体も捨てられないから持ってるってだけだ!!
「陽菜ちゃんって……割とそういうの抵抗ないんですね? 私見るのは初めてでびっくりしちゃいました」
「まあね。うちには弟がいるわけだから、他の人よりは理解もあると思うよ。例えば、夜にトイレに行って妙にスッキリした顔で帰ってきた時とか……」
「やめて!? それ凛が聞いたらあいつ部屋に引き籠っちゃうから!! うっかり首とか吊っちゃうかもしれないから!!」
陽菜の弟、
そんな多感なお年頃に姉に行為がバレてると知ったら……俺なら迷いなく死を選ぶ。
ちなみに、凛は双子で
陽菜に負けず劣らず元気で天然で、スタイルもいい。
最近反抗期なのか、なんかめっちゃ冷たくて心が挫けそうになるけど。
「この同棲生活を絶対に口外しないこと! 友達にだって言ったらダメ! もちろん誰かをこの家に呼ぶのも絶対やめてくれ。どこからバレるか分からないからな」
「はい、私は特に遊ぶような友達もいませんから、その部分は問題ないかと」
「それはそれで悲しいからちゃんと友達を作るように」
「あたしは遊ぶ時って大体外に行くか、友達の家だから大丈夫だよ! あとはうっかり口を滑らせなければ大丈夫!」
今、絶対フラグが立ったぞ? こいつはいずれやらかしそうだから、ちゃんと俺が手綱握ってないとな……。
幼馴染とクラスメイトと同棲していることが学校の連中にバレてみろ、死ぞ?
どんな目に遭わされるか、という過程をすっ飛ばして俺の頭に浮かんできたのは死というビジョンだけだった。
「今日はもうコンビニで飯買えばいいとして、寝るとこだな。俺はソファで寝るから、陽菜は俺のベッド使ってくれ」
「りっくんのベッド使ってもいいの!? 本当に!?」
「おい何をする気だ!?」
「ずるいですよ! 陽菜ちゃん! 私も……ベッドがいいです!」
「ごめんな竜胆、俺の家にベッドが1つしかないせいで」
「あ、あぁ……そうと言えばそうなんですけど……違うと言えばそうじゃないんです……」
何を言ってるのかは分からないが、とりあえず竜胆はベッド派だということが分かったな。
これは早急に宅配便でベッドを注文しておかないと。
「だって、有彩は自分の布団買ったんでしょ? それなら今寝床がないあたしがベッドを使うのが普通じゃない?」
「そ、それを言ってしまえば、元々の持ち主である理玖くんが使うべきです! 陽菜ちゃんがソファで眠ればいいじゃないですか!」
「じゃあ間を取って3人で一緒に寝ようよ! これなら解決だね!」
「じゃあってなんだ!? どこの間を取った!?」
さては俺を殺す気だな!? 寝不足でも死に、社会的にも死……なんて恐ろしい策士なんだ!!
「いいでしょう! 受けて立ちます!」
「受けて立たないで!? いいのか!? 狼になるぞ!? 満月も出てないのに理玖さん狼男に変身するぞ!? いいのか!?」
「りっくんにそんな度胸があるなら、あたしは全然襲ってくれてもいいんだよ?」
「……わ、私も、何でもするって約束したわけですし……理玖くんになら……」
「――コンビニ行ってくるけど、お前ら何がいい?」
2人から向けられるジト目なんか知らん、俺には何も見えない!
というか俺になら襲われていいってこいつら俺のこと好きなん?
いやいや、まさかね……? 理玖さん騙されませんよ?
「3人で一緒に行きましょうよ」
「そうだよ! 3人分の買い物は面倒でしょ?」
「いや、誰が見てるか分からないんだから、なるべく買い物は一緒に行動しない方がいいだろ」
「あー……それはそうかもしれませんね」
「えー? そうかなあ? 警戒し過ぎじゃない?」
「そのぐらいのことをしようとしてるってことを自覚してくれ……とりあえず、行ってくるから」
「はい、行ってらっしゃい」
「うん! 行ってらっしゃい!」
2人分の行ってらっしゃいに背中を押され、俺は外に出る。
――なんか、誰かに行ってらっしゃいって言ってもらえるのっていいもんだな。
俺は緩んだ頬を引き締めるように、アスファルトを蹴った。
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