第2話 同棲に至るきっかけが修羅場っぽい①

「あのっ、理玖くん!」


「竜胆? どうしたんだよ? わざわざ自販機まで追いかけて来たのか?」


 クラス一緒なんだし、戻ってくるまで待てば良かったのに……それともそこまで急な用事なのか?


「はい、その……みんなの前では少々伝えにくい内容と言いますか……」


「とりあえずなんか飲むか? 奢るぜ」


「あ、ありがとうございます! ではミルクティーをお願いします」


 ミルクティー、っと。

 

 ガコンッと音を立てて落ちて来たそれを竜胆に手渡すと、両手でギュッと缶を握ってはにかみながらお礼を言われた。


 なにそれ、めっちゃ可愛いじゃん。


「それで? 言いにくい内容って?」


「そ、それはですね……えっとー……」


 顔を赤くして、もじもじしだした?


 2人きり……みんなの前で言いにくい内容、顔を赤くしてもじもじとする……?


 これって告白シチュエーションじゃね?


 え!? マジで!? ついに俺にも春が来ちゃうの!?


「どうしたんですか? なんだか顔が……そのぉ、気持ち悪いですよ?」


「……ごめん、なんでもない」


 ニヤけるのを堪えてたら逆に変な顔になってしまったみたいだ。


 女子に顔が気持ち悪いって言われるのがここまで心にくると思わなかった……。


「どうしたんですか!? なんでそんなに泣きそうな顔をしてるんですか!?」


「いや、本当になんでもないから……生きててごめん」


「生きてて!?」


「ほら、そんなことより話に戻ろうぜ。脱線させたの俺だけど」


「は、はい。……り、理玖くん! 私を……」


 心なしかさっきよりも目が潤んで、頬の赤みが増してるような気が……やっぱり告白じゃね!?


「――私を理玖くんのお家に住まわせてもらえないでしょうか!!」


「……ごめん、もう1度言ってもらっていいか? ちょっと理解が追いつかなかった」


「も、もうっ! 理玖くんは意地悪です! 私この1回を口にするのでもすごく勇気を振り絞ったんですよ!!」


「い、いや……だってなぁ……いきなりクラスメイトに一緒に住ませてくれって頼まれたら、竜胆はどうする?」


「相手にもよりますけど……冗談だと受け取りますね」


「だろ? 今の俺がそれ」


 クラスメイトの美少女に同棲を申し込まれるとかそれなんてラノベ? 


 橘理玖、16歳。 

 交際を申し込まれたことはないものの、同棲を申し込まれた経験ならあります。

 和仁に言ったら鼻で笑われそう。


 イメージでもなんかムカついたから1発殴っておこう。


「す、すみません。ちゃんと理由を説明しますので……」


「そうしてくれると助かる」


 竜胆が深呼吸して落ち着こうとしてる間に、脳内で笑われた分だけ和仁をぶん殴っておこう。


「それでですね、実は私の両親が……というよりはお父さんが海外で仕事することになりましてですね? お母さんはお父さんに着いて行くということになったんです」


「なるほど……そこからどうして俺の家に住むなんて話になるんだ?」


「お父さんは私が1人暮らしをするのに反対なんです……というか海外に一緒に着いてきて欲しいみたいで……お母さんは1人暮らしに賛成してくれてはいるんですが、やっぱり心配みたいで」


「そりゃそうだな、なんかあったら怖いし」


 手に持っていた強炭酸を喉に流し込む。


「……なので、お父さんにはお友達とルームシェアをするとだけ話して、お母さんには男の人と一緒に住むからと正直に話してしまいました」


「ぶっ!? がはぁ!! 強炭酸が!! 鼻から出ていてぇ!?」


「だ、大丈夫ですか!?」


 なんでそこはハッキリと言っちゃったんだよ!! ビックリして強炭酸が逆流しちまったじゃねえか!!


「母親にもルームシェアって言えばよかっただろ!?」


「お母さんに嘘は通じないんです!! 男の子と一緒に住むって言ったらむしろ嬉しそうでしたし!!」


「なんで!?」


「そ、それは……とにかく!! 私は海外には行きたくないんですよ!!」


「勢いで誤魔化そうとするな!! というかなんでそんな海外に行きたくないんだよ」


 そう聞くと、竜胆は顔を更に真っ赤にして、眠たげな半眼を潤ませて上目遣いで俺を見てきて……破壊力がやべえ。


「――好きな人がいるんです。その人と離れたくないんですよ」


「お、おう……そうか」


 その瞳から伝わる熱意は嘘を言っているようには見えない。


 竜胆みたいな美少女にこんな風に思われてそいつは幸せ者だな……とりあえず、羨ましすぎるからそいつとついでに和仁に一生を童貞で終える呪いをかけておこう。


「ん? でも好きな人がいるなら尚更、他の男の家に住むのはまずいんじゃないか?」


「……理玖くんのバカ」


「え!? 急にどうした!?」


「なんでもないですっ!!」


 えー……? 女の子って本当分からん……。


 だけど、同棲か……俺は確かにマンションに1人暮らしだし、3LDKだから部屋も余っているけど、同棲かー。


「私に出来ることならなんでもします!! ……ですから」


「なんでも!?」


 ごくりと俺の喉が鳴って、視線が自然と竜胆の顔から下にいってしまう。


 なんでもって……つまりなんでもだよな!?


「り、理玖くん……あまりジロジロ見ないでください……恥ずかしいです……」


「ご、ごめん!! そんなつもりは!! 男の性というか……とにかくごめん!」


「理玖くんが望むなら……え、えっちなことも頑張りますっ!」


「マジで!?」


 いかんいかん!! 静まれ、俺!! 

 竜胆には好きな相手がいる!! 俺を信頼してくれた彼女を裏切る気か!!


 目をきつく瞑り、歯を食いしばる。


「……理玖くん、は……私と同棲するの、いやですか?」


 不安になったのか、竜胆はおずおずとしながら袖をきゅっと握ってきた。


 驚いて目を開けた瞬間の涙目+上目遣い+美少女の3コンボだと!? こんなん彼女出来たことない男に耐えられるわけがねえっ!!


「嫌、じゃないけど……はぁ。仕方ねえ、この後家に来てみるか?」


「いいんですかっ!? ありがとうございます!!」


 美少女のお願いには勝てなかったよ……。


♦♦♦


 そもそも、俺と竜胆の付き合いは高校1年生からだ。

 

 竜胆がウェブで書いてた作品を俺がたまたま見て、ずっと応援してきて、SNSでやり取りを始めて、書籍化したから俺に直接会ってお礼を言いたいって言われて、行ってみればその場に竜胆がいただけのこと。


 たったこれだけの偶然で、俺たちの関係は今も続いているわけだが……同棲を申し込まれるのは予想外が過ぎた。


 以前、竜胆に『顔も知らない赤の他人に合うのは怖くなかったのか?』と軽く会話のボールを投げてみたことがあった。


『――あんなにずっと熱心に応援してくれた人が悪い人のはずがありませんから!』


 めっちゃ笑顔で剛速球を投げ返されて、心臓が止まるかと思った。

 美少女の笑顔はどうやら心臓に悪いらしい。


「んー? なんか忘れてる気がするんだよなぁ……」


「なにがですか?」


「いや、なにか重大なことが抜けてる気がするんだよ……」


 なんだっけ? いや、忘れるってことは大したことじゃないのか?


「そうなんですか……そう言えば、理玖くんのお家にお邪魔するのって初めてですよね! やっぱりちょっと緊張します!」


「俺も陽菜以外の女の子上げたことないから、緊張する」


「高嶋さんですか……確か幼馴染なんですよね?」


「まぁ、腐れ縁ってやつだな。保育園から今までクラス別になったことすらねえの」


 中学上がるまでは驚いていたような気もするが、今となってはハイハイ予定調和という感じに済ましている。


「1人暮らしとは聞いてましたけど……ご両親はどうされてるんですか?」


「あー……俺、両親いないんだ。昔事故で、引き取ってくれた叔父さんと2人で暮らしてたんだけど、叔父さんが仕事の都合で転勤しちゃったから。俺だけ残って暮らしてるってわけ」


「ご、ごめんなさい……あまりにデリカシーが無さすぎました」


「いいよ、俺がまだ小さい時だから。そりゃ亡くなった当時はしばらく悲しかったけど、俺が悲しむ暇を与えてくれないぐらい叔父さんが笑わしてくれたから、もう吹っ切れてるよ」


 まぁ、本当に当時は凄い落ち込みようだったと思うけど。

 両親がいきなり事故で亡くなって、手元には多額の保険金。


 その保険金を目当てに俺を引き取ろうとした親戚たちに喝を入れて、俺をここまで育ててくれたのが、達哉たつや叔父さんだった。


 保険金はもしもの時にしか使わないようにと叔父さんと約束をしているから、手をつけていない。


「なんかしんみりした空気になっちゃったな。ちょうどいいタイミングで部屋には着いたけど」


「本当にごめんなさい……」


「いいって、ほら上がって!」


「で、では……お邪魔します!」


 リビングに竜胆を入れた瞬間、俺は思い出した。


 





































――リビングのテーブルの上に大人の本とDVD置きっぱなしじゃね?


 や、やべえ!? そうだ!! 昨日リビングの大きいテレビで観てそのままだった!! 


「理玖くん? どうかしたんですか?」


「なななななんでもないぞ!? そうだ!! 喉乾かないか!? 今すぐ用意するから廊下で待っててくれ!!」


「えぇ!? なんで廊下なんですか!?」


「いいから!! 見られたら困る、というか見られた瞬間俺が死ぬ!! 社会的に死ぬ!! 俺の命が惜しくないのか!?」


「なんですかその斬新な脅し文句!? そこまで言われたらとても気になるんですけど!? 通してください!!」


「あっ!? しまった!! 待ってくれ!! いや、本当待ってください!!」


 思わぬ抵抗にあって、うっかり道を開けてしまった。

 そして、固まる竜胆。


 ……終わった、グッバイ俺の青春。


「な、なななな……なんですか!! これ!? え、えええっちなやつですよね!?」


「やめて!? そんな大声で確認取らないで!?」


 テーブルの上に置かれたパッケージや表紙に映る巨乳のお姉さん方の笑顔が今は恨めしい……ちゃんと片付ける癖付けとけばよかった!! ちくしょう!!


「どうして……どうして胸の大きな女性ばかりなんですか!? 小さい方はいないんですか!? 理玖くんは大きいのが好きなんですか!!」


「そこぉ!? 落ち着け竜胆!! 多分今話し合うべきはそこじゃない!!」


 目をぐるぐると渦巻状にして、今日1で顔が真っ赤になった竜胆が勢いよく俺に詰め寄って……どわっ!?


「きゃっ!!」


 俺たちはどさりとソファに倒れ込む形になってしまった。

 その距離はあと数cmでキスが出来てしまいそうな程で、竜胆の長いまつ毛や大きな目がより鮮明に俺の記憶に刻まれた。


 うぉぉぉぉおおおおおお!? 近い!! 顔が近い!! 近くで見てもやっぱ美少女!! すげえ!! ってそうじゃねえだろ!!


「だ、大丈夫か? ケガとかしてないか?」


「は、はい! 取り乱してしまってすみません……今すぐ退きますから!!」


 竜胆が慌てて俺の上から身を引こうとした瞬間――


「りっくん!? 今凄い音したけど大丈夫!?」


 ――幼馴染ひながリビングに入ってきて、俺たち3人の時が同時に止まった。


 どうやら、俺の修羅場はこれかららしい。

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