第30話 ぼくたちは、イギリスに行ったってアホだった。

 ぼくたちは、お茶とおやつを楽しんだ。

「このお店、マタニティの人多いですね」

 祥子がきょろきょろあたりを見回している。そういえば、多いみたいだ。

「カフェインレスのドリンクメニューが多いし、オーガニックのメニューも多いから、わりとマタニティの人に有名なんだ」

「うん。わたしも気をつけよう」

「え?妊娠してないでしょ?」

「まえから気をつけた方がいいんだよ。ですよね?」

「そうみたいなんだよね。わたしは知らなかったんだけど。もっと早くから気をつけておけばよかったって思う」

「そうなんですか。横浜だからこういうのあるんじゃない?」

「そうかもしれない。あー、横浜に部屋借りればよかったね」

「もう遅いよ」

「新居、決めたんだ」

「そうなんです。祥子の両親に挨拶に行った帰りに、事務所兼自宅の借主募集の貼り紙を見つけて、そのまま決めちゃったんです」

「へー。すごい。そういうのは決められるんだ」

「蒸し返さないでください」

 祥子ちゃんまたねと沙希さんが手を振り、いっぱい話しましょうと祥子も手を振り、ぼくはひどく焦りながら沙希さんとわかれた。女同士で通じるものがあったみたいだ。


 沙希さんに会って影響されたのか、祥子が赤ちゃん欲しいねっていいだして、ぼくも祥子に似たかわいい娘がいたら幸せだろうなと思うようになった。

 新居へ引っ越し、クリスマスには結婚のパーティーをした。

 新婚旅行はイギリスへ行った。祥子が英文学科出身で、イギリスを希望したからだ。シェイクスピアの生まれた町にロンドンから電車で行ったんだけど、のどかでなかなかいいところだった。一年中シェイクスピアの劇ばかりを上演している劇場があって、祥子に連れていかれたけど、ぜんぜん英語が聞き取れなかった。スイスに行ったときのスイス人の英語と違う言語みたいな気がした。ネイティブだから言葉がスラスラでてくるとか、そういうことなんだろうか。

「小説好きじゃないって割には、祥子って英文学科だったんだよね」

「うん。文学部なんてやりたいことがない人がいくところなんだよ。まちがった。何もやりたくない人がいくところだった」

「ヒドイな。文学部の人全員敵にまわす勢いだぞ」

「大丈夫大丈夫。本人たちみんなそう思ってるんだから。小説のこととか、書いた人のこととか調べたってなんの役にも立たないでしょう?科学を勉強しても役に立たないなんて言う人がいるけど、とんでもない、文学部の方がぜんっぜんまったくなんの役にも立たないよ。だから文学部を役に立たないって言う人がいないのが不思議だし、科学の人に申し訳ないよ」

「科学は役に立つんだってことはわかるけど、どこでどう役に立ってるかわからないってことかもしれないな。文学はもともと役になんか立たないってわかってるから誰も文句を言わないってことかな」

「カズキ、ひどい」

「あれ?ちがった?」

「ちがわないよーだ」

「もう。あれじゃないかな。食品の原材料名みたいに、このケータイには、これこれこういう技術が使われています、こういう理論にもとづいていますなんてのを書いておいたらいいんじゃないかな。そしたら、科学役に立たないって言う人がいたら、じゃあケータイだして見ろそこに使われている科学が書いてあるだろ、どうだ役に立ってるじゃないかとかいえるんじゃない?テレビとか、エアコンとか、照明とか。車とか、道路とか、橋とか、コンクリートとか」

「なるほど。わたしは勘弁してもらいたいけど、気になる人にはいいかもね」

「じゃあ、キューアールコードにしておいて、ウェブサイトで見られるようにすれば、見ただけで頭痛になっちゃう人も大丈夫なんじゃない?」

「わたしそこまでダメじゃないから」

「そうだった?文学部なのに?」

「カズキ、文学部全員を敵にまわしたよ」

「あ、ズルい」

「ズルくありません」

「ふふふ」

「イギリスにきてまで?ははははは」

「あーはっはっはっはっは」

「もー、へんな外国人て思われるー、こんなのどかないい場所なのにー」

 ぼくたちは、イギリスに行ったってアホだった。

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