9−7「死者の提案」

『…エージェント・カサンドラにも内に秘めた事情はあるだろう。だが、その不安定な感情を君にぶつけてしまう道理はない。昨日入った2人も死ぬまで彼女に対してやや不信感を感じていたようだが、我が劇団に入ったがゆえにそんなことは些細なことへと変化した…実際、今の彼らに苦しむ様子は微塵も見られない。…君もそう思わないか?』


そう言って客席で大賀見が差す先には元撤去班にいた佐藤と須藤が大道具を運び出している様子が見える。二人とも顔は土気色になっていたもののその表情はどこか満たされているようにも感じた。


「…でも、名前で縛っているんでしょ?」と僕はボソッとつぶやく。


僕は手に持っている掃除機の延長コードを客席の1番下まで伸ばす。

昼休みの時刻ではあったが、時間が押しているので先に作業ができるように準備をしておいてくれとのカサンドラの指示に従ったものだ。


それに対し、大賀見は肩をすくめてみせる。


『否定はしない。意識を完全に掌握している者もいるし、残している者もいる。イエスマンだらけの集団よりは、ある程度自由思想を持った者もいる方が集団として面白みがあると思うゆえの判断なのだが…おっと、そんなことを話しているうちに君が気にしているお嬢さんが来たようだ。』


そう言って、大賀見は座席から姿を消す。


変わって舞台袖から出てきたのは髪をゆるい三つ編みにした中世の村娘風の衣装の翼さん。彼女は自分の着ている衣装が恥ずかしいのか、少し周りを気にしながら僕の方へとやってくる。


『…警備員室で困っていたら、舞台衣装の人たちが来てこれを貸してくれたの。今はこれしか服がないからごめんなさいって言われて…でも、変だよね?』


恥ずかしそうに自分の服を見る翼さん。


でも、その姿は正直めちゃくちゃ可愛い。

…いや、女優なんだから可愛いのは当たり前なんだろうけど、やっぱり可愛い。


僕はしばらく彼女に見とれていたが、先ほどの失態を思い出して慌てて謝る。


「…いや、というか僕の方こそ、ごめん。仕事がどうしても外せなくって結果的に警備員室に君を置いてきぼりにしてしまって。まだ寒さは感じる?」


それに彼女は首を振った。


『ううん、寒さはもう収まったの。衣装さんから聞いたけど本当はお仕事中だったんでしょ?邪魔をしちゃってごめんなさい。でも、今は昼休みだって聞いて…難しいなら後にするけど、妹についてちょっと話したいことがあって。』


そして劇場にかけられたデジタル時計を見る翼さん。


時刻を見るとまだ昼休みの半ば。

カサンドラは準備だけしておけとの指示だったので、時間には余裕がある。


「いいよ。少しだけなら。」


『…ありがとう。』


そして、僕と翼さんは話をするために南階段へと移動した。

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