第43話 監禁

 沿岸部のホテル・サンビセンテ午前八時。

 

 白いワイシャツと白いネクタイをした崇士は自分が場違いな格好をしているようで落ち着かなかった。同じ格好をした清田晃がとなりにいるのも、嫌だった。


 悔しいことに、体格も背丈も負けているため、撫で肩で茶髪にしている自分が酷く幼いガキに見える気がした。


 ワゴン車の運転をかって出た高橋さんは、少し眠たそうにしている。せっかくのスーツだったが広い背中にはシワがよっている。


 海岸線の望める大広間に案内したのは、本物のコンシェルジュではなく、ポーター型アンドロイドだった。決まり文句の『こちらになります』くらいしか、喋らない。


 高い天井にキラキラとしたシャンデリア。まだ準備前なのか、会場にはテーブルや椅子もなくがらんとしており、正面には舞台に花がいけてある。小倉さんが手持ちぶさたな様子でうろうろしている。


「だめ、電話出ないよ。忙しいのかな」


 西野先輩がスマホをバッグにしまい、不安な顔を工藤さんに向ける。


「ワタクシ、料理学校の生徒達がいないか聞いてきましょうか。少し早く来すぎたにしても、誰も居ないのは解せませんね」


 正面舞台の上に女性がひとり、立っていた。華々しくいけられた大きな花の影にひっそりと。


「私なら、ここにいます。どうして、あなた方がここにいるんですか?」


「……おお、典子さん」


 西野先輩の母親には初めて会った。印象は、清純派のヒロインをやるには年齢が高すぎて、コメディードラマに無理やり出演させられてる母親役の女優のようなイメージだ。


 一昔前には、絶世の美女だったのは間違いない。細くて綺麗な黒髪は短く肩まで伸びていて、ボーイッシュにも見える。


 女手ひとつで軽食店を経営し、子供を育ててきたという苦労は少しも感じさせない幸せそうな笑顔を見せている。

 

「……違う。母さんじゃない」


「えっ?」

 

 西野家の母と娘。俺と清田は西野晴香挟んだまま、目を合わせた。他の男三人組は典子さんに向かい確かめるように前に歩み出た。


「まったくっ」工藤さをは腹をたてていた。


「典子さんをひとりで待たせるなんて、どうかしてますね」


「ああ、典子さん。招待状も無いのに押し掛けてしまい、すみません」


「く、工藤さん、小倉さん待って!」


 何かを察した先輩が叫ぶと、部屋全体がグラグラと地震のように揺れていることに気づく。


 足が知らぬ間に前にでていた。生々しくリアルな夢――明晰夢を見ているのかと思った。


 ゴゴゴ……ゴゴゴ……。


 パーティー会場のホールが閉鎖されていく。七人がいるフロアはスリーディー変装機能により、形を変えている。


 天井はドーム状に盛り上り、正面には古代ローマのような白造りの柱がたっていた。この技術を極小化して応用したのがターミーだが、実際に人がいる部屋でこいつを稼働されるのは恐怖以外の何物でも無かった。


 胃が持ち上がり、吐き気がした。向き直る先には対のポータードロイドが番兵のように立っている。


 三つある扉は対角にあり、ホテルのコンシェルジュの姿をした女性型アンドロイドが、合計六体で囲んでいる。


《……少し、聞きたいことがある》


「……!」


 どこからか男の声が聞こえた。広間を見回すがスピーカーの類いは見当たらない。


「何なの? どういうことなの」


 西野先輩が ホールの大きな扉に向かいノックをする。応答なし。ガチャガチャと開けようとするが、扉はびくともしない。


「駄目です。こっちのドアも鍵がかかってる」


 既に小倉さんと高橋さんもドアに走っていた。「あー、こっちもダメだ」


 ホテルの黒服を着たコンシェルジュ型アンドロイドが、全員の動きを追っている。まるでいつでも攻撃出来る体制を維持しているようだ。


《さて……スティグマの残した電子マネーと、佐竹の作った伝馬式ルート。その行方を知っているものが居るならさっさと話した方がいい。偽善者に金が渡るのは無性に腹が立つ》


「何だって? 何でそんな」

 

 意味が分からなかった。佐竹を刑務所送りにしたのは自分である。西野先輩や清田、小倉さんや高橋さんには無縁のことだ。


《とぼけるなよ、西野典子。西野晴香。貴様らが佐竹の血縁者だという情報は、とっくに割れている》


「……はぁ!?」


 分からない。西野先輩のストーカーを追っていた行為が、どうしてスティグマの遺産と繋がるのか。


「まさか……俺はまた兄貴たちの手のひらで転がされていたのか。いつから、どこから?」


《その遺産は、部外者が簡単に手にするべきものじゃない。関係筋である我々がまず、手にするべきモノだ》


 完全に閉鎖したホールには緊張感が広がっていた。誰もこの状況が呑み込めなかった。あるのは極度の不快感と胸を締め付けられるほどの恐怖だけだった。


「に、西野先輩。あの佐竹勇武の孫娘だったんですか?」


「えっ……う、うん。でも赤ん坊の時にしか会ってない。私、忘れてたくらいなの。母さんも何十年も会ってないはずだけど」


「世界は、なんて狭いんだ。よりによって、あの爺さんの孫娘だったなんて」


「ご、ごめんなさい。騙してたみたいで」


「いや。騙したのはクソ兄貴たちだ。先輩は何も悪くないんだから、謝らないでよ。それに知っていたとしても結果は同じだったと思う」


 いや……知っていたら俺は先輩とここに居なかったのではないだろうか。


 典子さんを前に立ち止まったまま、工藤さんは動けずにいた。壁際に張り付いて動こうとしない典子さんに違和感があった。


 こちらに……近づいてはいけないと訴えているような。


《様々な組織の頭や権力者が、君達を見ている。君たちの処刑を。佐竹が伝馬式ルートのありかを言わなければ全員が死ぬことになるだろう》

 

「た、助けてくれ! ボクらは無関係だ」


 飛び出した清田はアンドロイドに後頭部を叩きつけられ地面に突っ伏した。


《助かりたかったら少しは努力したらどうかね? 偽善者どもが》


「っつ……何も…知らないんだ」


 俺は頭を抑えながら立ち上がる清田の腕を掴み、ホールの中央へ引き戻した。ざわざわと六人が同時に口を開き、わめきあっている。


 巨大な生き物に飲み込まれた虫のような閉塞感。突然の恐怖にはらわたがちぎれそうになる。パニックになりそうだ。


《知らないでは済まない。聞き出さない限り誰も助からないと思え》


「ひゃあああっ!」


「ゲッヘヘ、女も殺っちまっていいのか」


 工藤さんの目前の扉が開き、ナイフを持った男が三人現れた。揃いの青いジャンプスーツを着ている。背中にある文字は英語で囚人を意味していた。


《まずはその男達を見せしめにしろ。喉を掻ききってしまえ》


 小倉さんと工藤さんは短く視線を交錯させた。二人が一番近い場所に立っていた。工藤さんは祈るように手を合わせた。


「やめてくれよぉ……知っていることは全部はなすからさぁあ」


 その言葉に囚人たち三人は声をあげて笑った。しわくちゃの顔をした悪漢はゆっくりと、工藤さんに近づき――ゆっくりとだが、確実に心臓に向けて真っすぐとナイフを伸ばした。


「死ねっ」


「逃げて! 工藤さん」


 西野先輩は唇を震わせながら叫んだ。頭のネジの外れた囚人は、完全な殺意を持っていた。

 

 俺は、本気で同じ人間を殺そうとする行為を目にして、自分でも気付かぬうちに涙を流していた。そして突っ立ったまま眺めていることしか出来なかった。


「ひいっ! ひっいっ!」


 ナイフは左右に空を切り、囚人はイラついた悲鳴をあげる。


「こいつ、この痩せメガネ、上手く避けやがるじゃねぇかっ」


 身をくねらせながらギリギリで避ける姿は、さながらカンフー映画のようだった。


「やめっ、やめてって、やめっ!」


 必死に逃げる工藤さんを、二人の囚人がおなじようなセリフを繰り返して順々に攻撃する。


 だが、刃渡り十五センチのナイフを振り回すというのは簡単ではない。味方や自分に当てないよう注意しなければならない。俺は少しずつ冷静さを取り戻していた。


 そうだ……まったく敵わない相手ではない。昂揚した囚人の表情は、楽しんでいる証拠だ。自分がまるで絶対的な存在だとでも思っているような余裕の表情。


 囚人のひとり、ハゲたタレ目が西野先輩に向かってくる。チビだが体重は俺の倍はありそうだった。


「ひっひっひ。ほおぉ……いい女だぜ、まったく」


 無意識に間に立ちふさがった瞬間、こぶしで顔面を殴られ吹っ飛ばされた。身体はグルリと回転して地面に両手をついて倒れた。


「たっ、崇士くん!」


 頭がグラグラして視界がぼやけた。囚人は先輩を見て、やらしい笑みを浮かべる。悔しかった。こんな事態になるまで状況を何も知らずに、兄貴からも何も知らされて居なかったことに、怒りを覚えた。


 自分は情けなくて、悔しくて、興奮して尿意を覚えて、余計に惨めで役立たずな馬鹿に思えた。兄貴が話さなかったのは、自分が弱いからだ。頼りないから……いや、違う。


「ぷははははっ、二メートルは飛んだな。今のは大分手加減したんだけどな」


 違う、違う……今ので目が覚めた。話さなかったのは、俺を守るためだ。何も期待していないからじゃない。むしろ、期待されているから……。


 自分でも気づいていた。知っていてもいなくても、結果は同じ。あるいは、俺はそれ以上の仕事をしただろう。


 俺は血の混じった唾を吐いて、立ち上がった。大きく振りかぶり、思い切りハゲた囚人の顔面を殴り飛ばした。


 囚人の頭はガクンと仰け反り、膝から崩れ落ちるように床に倒れた。ひくひくと泡を吹き、白目を剥いて気絶していた。


「手加減しただって? 俺もだ」

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