思い言葉

越野 来郎

思い言葉

――僕は何も変わってないな。あの時も同じようにただ空を見ていた気がする。


 僕は5年前に事故にあっている。小学3年生の夏も終わりに近い頃だった。

何気なく家族と横断歩道を渡っているときに暴走車が突っ込んできた。

原因はアクセルとブレーキの踏み間違いだったらしい。突っ込んできた瞬間、一生懸命母が抱き着いたのだけはわかった。そのあと時間が急にスローモーションになったように感じた。時間が止まっていたのかもしれない。救急車のサイレンの音が消えるくらい泣いていた。

 その事故で母と姉を亡くした。姉は高校3年生であり僕と9歳も離れていた。

姉は母の後ろを歩いていてそのまま巻き込まれたらしい。僕は小さい頃からおねぇちゃんっ子であり、9歳差ということもあり、よく甘えていた。父は病弱であったため、僕が生まれてすぐに死んでしまったらしい。そのため父がどんな人だったかはあまりわからないが、母はいつも、父のように立派な人になれと言った。

 この事故の後、頭を強く打った僕は少しばかり記憶があいまいになっている。なぜあの時母と姉とあの道を歩いていたのか、姉のこと、母のこと、ぜんぜん思い出せないでいる。


 家族もいなくなり、生きる希望を失った僕に与えてくれたのが祖父である。

祖父は僕を引き取り、男手一人で育ててくれた。学校に行きたくないと言い張ったとき、優しく頭をなで少しずつ、一歩ずつでいいと言ってくれた。いろいろなことを教えてくれた。川に釣りに行き、釣りの方法を教えてくれた。結局一匹もつれなかった僕にスーパーのマグロを買ってくれた。図書館にいっては、おすすめの本を教えてくれた。もちろん古い本もあったが、若い作家の本も教えてくれた。その時は知らなかったけど、パソコンで調べたりや司書に聞いていたらしい。祖父との生活はとても楽しかったし、幸せだった。そのうち学校にも行くようになった。そして学校が終わるとすぐに家に帰り、将棋やオセロをするのが日課になっていった。


 しかしその時間も永遠ではなかった。中学3年の夏、祖父は倒れた。末期の心臓病だった。どうやら診断は出ており、入院を勧められていたらしい。しかし病院での延命より僕と過ごすことを選んだ。僕は祖父の最後の日にずっと話していた。

穏やかな笑顔だった。ずっとずっと聞いてほしいと思った。祖父は静かに目をつむった。呼吸器を外し、ありがとうっと。声は聞こえなかったが確かにそういっていた。僕は泣きながら、ありがとう、ありがとうっと感謝のお礼を言った。


 僕は母と姉を亡くした時から何か変わっただろうか。祖父が死にまた一人で空を見ている。空にはいくつもの星がでているが、どれもみんな悲しそうに光っていた。

夏の終わりを告げる冷えた風が通り抜けていった。


 夏休みが終わり、普通の中学生なら2学期の始まりだろう。僕は祖父の死後、祖父の家に親戚の夫婦と暮らしている。二人ともいい人ではあるが、仕事が忙しいため

なかなか家にいない。一人暮らしのようなものであったが、こっちのほうが僕らしいのであろう。学校にはいっても別室で授業をするくらいであり、成績も落ちていった。だがもう成績やら内申などは気にならなかった。ただ学校に行き、ただご飯を食べ、ただ寝る。意味なんてものはないに等しかった。

 

 その日は学校に行く気分にも慣れず、町を歩いていた。警察に補導されようが関係なかった。いっそのこと物を盗んでしまおうかと思ったが、親戚に迷惑をかけてしまうのでやめた。町はいつも通り、何も変わらない。そこにあるのが当たり前であり、変わらないことに平然としている。そんな風景を見ていると自分を風刺しているようでむかついた。その時だった。

「君、中学生でしょ。ダメだよ、昼間からここにいたら。学校行かないと。」

どこかで聞いたことのある声がしてバッっと振り向いた。

そこには、制服に身を包み、高校生くらいの女の子が立っていた。身長は僕とあまり変わらなく、お姉さんといった感じだ。

「お姉さんも高校生くらいじゃないですか。サボってんじゃないんですか。

っていうか、僕のことはほっといてください。」

イライラを言葉のとげにしてぶつけた。彼女はびっくりした目になっていた。

図星かと思ったが違うらしい。

「わたしは今日で高校を転校するんだよ。だから早くかえってるの。」

「転校ですか。友達と離れるんですよね。いやですか?」

ちょっと失礼だった。だが僕は聞かずにはいられなかった。一人になることは怖いのかということを。もしかしたら自分と同じ境遇に立たされるかもしれない彼女の気持ちを。

「うーん。確かにみんなと離れるのは嫌だけど、楽しいこともあると思うよ。

そう思わないと人生って苦痛になっちゃうんじゃないかな。」

まさに自分に言われているような感じだった。でも、現実はそんなに甘くない。

そういってあげるしかないのだ。

「人生なんてもう嫌だ。」

気づいたらそう言っていた。自分でも何を言っているのだろう。彼女にこんなこと言ったってなにも変わりはしないのに。でも僕は唖然とした。

彼女は泣いていた。まったく意味が分からなかった。泣かせてしまったということよりも、自分のことで泣いていることが分からなかった。彼女は手で顔をぬぐうとまっすぐこちらを見た。

「ごめんごめん、気にしないで。私はサキ。そんなこと言わないで、とは言わないよ。私もその気持ちわからないでもないから。だから決めたわ、あなたの勉強を教えてあげる。私が転校する2週間だけ。こう見えても私意外と頭がいいのよ。」


「どうして僕にそんなにかまうんですか!勉強とかもうどうでもいいんです!」

僕は周りの目を気にせずに叫んだ。はたから見ればおかしい光景だっただろう。


「どうしてって、あなたに知ってほしいの。人生は嫌なことばかりじゃないってこと。それにどうせここから離れちゃうんだし最後の思い出として付き合ってよ。」

気づけばみんなが僕のほうを見ていた。

「わかった、わかったよ。お願いします、サキ先生。」

さすがに気まずくなり認めてしまった。

「先生はやめてよ。うーんせめてサキさんって感じで。」

彼女は嬉しそうになんどもうなずいた。場所は僕の家になった。どうやら図書館とかだと集中ができないらしい。どうせ家には僕一人なのだから断る理由もない。


次の日から彼女、サキさんはうちに来た。彼女は家に入るなり、置物に目を輝かせた。祖父の趣味の骨董品集めに夢中になっている姿を見ると、昔の自分を思い出す。

よく知らない置物の名前を祖父に教えてもらっていた。今でもあの優しい声が聞こえるのではないかと思ったが、聞こえるのは窓の外から聞こえる車の音くらいだった。サキさんは一番近い椅子に座ると手を後ろで組んだり、足を直したりと落ち着きがなかった。緊張しているのかと聞いたが、そんなわけないといわれたから、そんなわけあるのだろう。とりあえず、冷蔵庫からお茶を取り出す。朝入れたばかりのお茶はまだ少しぬるかった。


 「さあ!はじめよっか。とりあえず苦手なものからやっていこうか。」

お茶を飲み落ち着いたところで本題の勉強へと入っていく。まずは苦手なものからやっていくみたいだ。ここは素直に数学と答えた。彼女はなるほどっと手を組み、

パラパラっと何かを取り出した。日記帳のようなもので、カレンダーがついていた。どうやら何年か関係なく使える、日にちしか書いてないタイプのカレンダーだった。

「じゃあ、数学を一週間くらい集中的にやろっか。のこりの一週間は幅広い教科みたいな感じで。それでいい?」

特に異議もないので軽くうなずく。しかし本当にこれで僕の考え方は変わるのだろうか。あまり期待はできそうにないとため息をついた。


 「あ、そういえば目標を決めよっか。行きたい高校とかある?」

高校名をいえばその高校に受かるのだろうか。別に目標はいらないというのが正直なところだ。高校は行かなくても別にいい、そう思う自分がいるからだ。

「うーん。ダメだよ、目標があるから頑張れるでしょ。目標がないんじゃ、生きる意味もないのと同じだよ。あ、そうだ行きたい高校ないのなら私の高校に行けばいいんじゃない。結構楽しかったし、市立大倉高校。」

大倉高校といえば名門の高校じゃないか。ほんとに頭がよかったなんて。

うちの親戚か誰かも大倉高校出身の人がいた気がする。そんなの無理だよっと弱気になる僕にサキさんは「無理とか行けるとかの問題じゃないの。目指すだけなんだから、目標なんて無理くらいがちょうどいいんだよ。」っといわれ渋々目標を設定した。

 そのあとは家庭教師のごとく数学をみっちり教えられた。ブランクがあったが、わかりやすく教えてくれるサキさんの授業にひかれていった。気が付くと時計は

17時を指していた。おなかも空いてくる頃だろうと何か食べるかと聞いたが、特に何もいらないらしい。それからは僕はお菓子をつまみながら、サキさんは嬉しそうに高校のことをはなした。校長の話はながいことや、山田先生の授業は雑談ばっかりだとか、くだらない話をした。僕も祖父から教えてくれた本などの話した。

そして19時くらいになると彼女は帰る。そんな感じで一週間があっという間に過ぎた。気づくとサキさんが来るのを待っている自分がいた。


 いつものように彼女が来るのを待っていた。インターホンがなり、玄関までいったがいつもとは少し違かった。彼女の服装が制服から私服になっていたのである。

薄めの七分丈の黄緑色のカーディガンをはおり、下は長めのスカートをはいていた。急な私服に驚いたが、サキさんはかわいいでしょ、といって笑っていた。

さらに今日は休みにするらしい。ちょうどあと半分なので気休みに遊びに行くといった。そう、あと6日で彼女ともお別れである。ならば今日くらい遊んでも怒られはしないだろう。どこに行くんですか?っと聞いた。おおよそ、今から行ける場所は限られているだろう。彼女は、観覧車に行こう、といった。

僕の町のすぐ近くに観覧車が置いてあるビルがある。そこは冬はイルミネーションが、夏は近くの海が見れる絶景スポットであり、デートスポットでもある。


 僕は軽く支度を済ませ、彼女と駅に向かった。駅に着くと切符を買うからと言われ、先に改札を通過した。駅員には平日から中学生が来ていることで見られてはいたが、注意はされなかった。ホームの階段の近くで待っていると、サキさんが来た。

電車に乗るの久しぶりだからと言って、駅のホームに上がっていく。自然と足が軽くなっている気がした。

電車がやってくると、一駅ということで座らずにお互い立ちながら乗車した。

「人とどこかに行くのって久しぶりだなぁ。楽しみだね。」

サキさんはあまり外に出ないタイプなのか、とてもうれしそうだ。僕は観覧車自体が小さい頃に乗った覚えがあるくらいで、あまり覚えていない。

 電車に揺られること3分。目的地の大倉駅に着く。県の中心ということもあり、平日ながら駅は人でにぎわっていた。駅から出る人たちに押されながら、改札を通る。サキさんとは一回離れてしまうが、すぐに見つかった。


「ええ!今日休みなの!」

目的地の観覧車に着くも、「本日 臨時休業」という文字が。こういうことなら調べてくればよかった。

「残念だけど乗れないみたいだし、ほかのところ行く?」

僕は頬を膨らませている彼女に提案した。

ほかって言ってもどこか行きたいところあるの?っと、聞かれた。まあ一応候補もないわけではなく、

「別にここじゃなくてもいいんだけど、図書館に行きたいな。」と答えた。

サキさんは図書館か、と考え込んだ格好をしたが、すぐにいいよと言ってくれた。


少し歩いたところの図書館にはいった。平日の昼下がりの図書館は空いており、

中はおじいさんが新聞を広げていたり、大学生くらいの男がパソコンで作業をしていた。とりあえず近場の三人掛けの机に腰を下ろした。そこから少し雑談をし、図書館の中から一番お気に入りの本を持ってくることになった。もちろん僕のお気に入りの本は祖父が教えてくれた青春ものの小説にした。部活に打ち込む男の子と、親友とのきずなの物語であり、当時小5の時の僕の心に深く刺さった。いつかこんな友達がほしいと思ったこともある。

 

そんな感じで軽く説明をし、サキさんの本に注目する。頭もいい人であり、純粋に高校生が選ぶ本にとても興味があったからだ。しかし彼女が持ってきた本は、小さい子が読むような大きい文字で書かれた児童書だった。僕はこれを読んだ覚えがあった。というか、みんなが知っているようなビックタイトルではないものの、有名であり確かうちにも同じ本があった気がするので間違いない。サキさんはこの本を小さいときに出会って以来、つらいときに読んでいるといった。パラパラっと読んでみると母が読んでくれたのを思い出す。それと同時に懐かしさからか胸が締め付けられる。泣きだしそうになり、いそいで唇をかむ。だが、サキさんは僕の目を見てにこりと笑うと、我慢しなくていい、泣いてもいいんだよ。と言って僕の頭をなでる。彼女の手を感じる前に泣き始めた。声を上げずに静かに、ぼろぼろと涙が止まらない。たぶんずっと頭をなでてくれたのだろう、泣くことに夢中で何も感じなかった。音も、においも、感覚も、なにもかも。


 「今日はありがとうございました。また明日からお願いします。」

家に帰ると日が暮れていた。今日は泣き疲れたのであろう、体がくたくたである。

ベットに体を倒し、目をつむる。そこからまたツーっと涙が零れ落ちた。


 次の日から彼女はまた家庭教師として家に来た。数学は終わり、国語や英語そして理科、社会を教わった。もとから勉強は嫌いではなかったので、のみこみも早いとほめてもらった。勉強が終わるといつも通りお話をする。将来の夢の話になったとき、僕はサキさんに教師になるの、と聞いてみた。彼女は首を横に振り、なりたかったけど、ほらいま君に教えられてるってことで叶ってるから、っと笑っていた。

彼女にとっては家庭教師をしてみたいというのが夢だったらしい。


 二週間というのはすぐに過ぎてしまう。今日が終われば明日で最後という日。つまりあと二日しかない。僕は薄々気づいていた。彼女のことが好きになっていることに。もっと一緒にいたい。もっといろいろな話がしたいと思うようになっていた。だから決めた。今日思いを伝えようと。明日デートに行こうと。


 授業も終わり、軽く話をしタイミングを見計らった。離れてしまうことなんて誰でもわかってる。でも、伝えないと一生後悔する。そんな気がしていた。笑いながら話す彼女の正面にたち、真っすぐ見つめていった。


 「僕はサキさんのことが好きです。どこに行ってもいい。たった二週間だったかもしれない。でも、だけど、僕はサキさんに救われた。あなたはほんとに人生の良さを教えてくれた。だから、僕はあなたが好きなんです。」


 頭を下げる。怖くて、はずかしくて前がむけない。


 「ありがとう。私を好きになってくれてありがとう。」

泣いていた。出会った時と同じように。


――次の日彼女は僕の家に来なかった。


彼女と会ってちょうど二週間の今日。待っていても彼女が来ない。昨日彼女は間違いなく言った。「また明日。最後の日だね」と。なのに来ないのはおかしい。不安に襲われる。いてもたってもいられなくなった僕は思い当たるところに行く。


大倉駅に着く。間違いなく観覧車にいると踏んできた。探しても探してもいない。

本当にたまたま彼女が遅れてしまったのだろうか。近くに歩いていた女子高校生に聞いてみた。こんな感じの女の子を見ていないかなど聞くが見ていないらしい。

その制服に見覚えがあった。

あまりにも信じられないが、一つだけ彼女たちに質問してみた。


そしてそれは確信へと変わった。






座ってうつむいている彼女の後ろから声をかける。


できるだけ笑って。


「サキさん。一緒に観覧車乗りましょ。」

サキさんは驚いた顔でこっちを見たがうなずいた。


 観覧車は少し小さめで一周10分くらいであろう。それが僕と彼女との最後の時間だろう。中に入ると少し狭いが彼女の近くに入れることがうれしかった。


だけど

。図書館で頭なでられたのを思い出す。


。だから出会ったとき、周りから変な目で見られる。


彼女は僕を、僕も彼女を。彼女の泣いた理由がやっとわかる。


「今までありがとう。サキさん、いや。」


彼女は僕の姉であった。


「いつから気づいたの。少なくとも昨日までは気づいてないと思うんだけどな。」

彼女は笑いながら、かなしそうな顔で聞いた。


「少し前から違和感はあったんだよね。こんなにも気をかけるのはやっぱりおかしいと思って。でも別に不思議程度だった。さっき大倉高校の生徒に会うまでは。

前に話してくれたよね、山田先生のこと。でもその先生3年前に移動されてるんだって。つまり会えるわけがないんだ。今までの違和感がつながったよ。そして思い出したよ。この観覧車、事故の日にみんなで乗ったやつだよね。この帰りに事故にあったんだ。思い出すと、何もかも思い出せた、姉ちゃんの顔も...」

そこまで言うと口に手を当てられる。


「うん。全部言う通りだよ。お姉ちゃんだよ。やっと会えたね。」

姉は泣いていた。でも嬉しそうに、祖父のような優しい笑顔だった。

「ごめんね、あんたを一人にして。それが私の未練だった。お母さんは私に託して先に行ったよ。でも大丈夫だと思った。おじいちゃんがあんたを育ててくれていたから。でも死んじゃってから、またあんたは希望をなくした。だから私は前に現れた。二週間だけっていう期間をもらって。でも自分からばらしてはいけないものなの。だから、気づいてくれなくてもいいと思った。でも、やっぱりそれじゃあまたあんたはダメになる。だからさこれだけは言わせて。

言えなかったひとこと、

言いたかった一言


じゃあいってくるね。いままでありがとう」


彼女は消えた。光となって、スーッと空にのぼっていく。


観覧車から出ると空を見上げた。空には星がのぼっていた。

そのすべてが美しくきらめいていた。


――4月

今日から新入生だ。大倉高校の制服に身を包む。鏡を見てネクタイを整える。


よしっ!頬をバシッとたたくと玄関を開ける。


行ってきます。


春の風が彼の背中を押していった。

              










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