第3話 日本

 僕は白い光の中でニナとのきれいな顔や優しい声を思い出す。

 ニナ、今から行くからね......。ニナ!


 その時、白い光がパッと消えた。

 え......?僕は道の真ん中につったていた。吹いてくる風は少し冷たくて爽やかな、気持ちのいい風だ。両側には背の高い緑色の植物がたくさん生えている。


「ビナは?!」


 ビナが見当たらない。僕が不安で目に涙を浮かべたとき、急にビナの声が聞こえてきた。


「私がいなくてびっくりした??」


 驚き焦ってキョロキョロと周りを見渡すと、右肩から、ふふふっという笑い声が聞こえた。声の方を見るとそこにはビナが立っていた。そして僕が文句を言う前にビナが早口で喋り始めた。


「ここは嵐山よ!アナン、この緑の植物って知っている?草でもない、木でもないこれはね、竹っていうの、風にそよいでとってもきれいね」


 向こうの橋からみられない服を着ている人がたくさん歩いてくる。あれは確かキモノだろうか?あぁ、本当に僕は日本に来たのだと感動した。


「ねえねえ、どうして?どうやってアメリカから日本に移動したの??」

「それはねぇ......」


 ビナは目の前をひらひらと右に左に飛ぶ。僕はワクワクしながらそんなビナを目で追いかけた。


「ないしょっ!!」


 その言葉に僕はがっくりと肩を落とし、ビナはイタズラな顔で僕を見つめる。


「アナンはパズルが得意?」

「うん、でも、どうして?」

「私はね、ニナの記憶の中の風景がわかるの。でもそれは絵画の断片のようなもの。正確にはわからないのよね。だから、アナンに協力してもらいたくて」

「もちろんだよ、でも何をすればいいの?」

「この風景を探して。ニナからもらった記憶には、座っているモンク、ドラゴンの絵が書いてある天井、いっぱいのお寺......そんなイメージがあるのよ。この場所にいるに違いないわ!」


 橋の上で道交う人に聞いて回る。誰もが首をかしげる中、一人のおばあちゃんが笑顔で教えてくれた。


「あぁ、それは妙心寺だね。座っているお坊さんは坐禅という心の修行をしているんだよ」

「心の修行?」

「そうだよ、坊や。坐禅というのはね、坐って目を閉じて周りの音をよく聞くことなの。それによって、普段感じられない自然の音や自分の気持ちに気づけるのよ。もしかしたら、あなたの探している人も見つかるかもね」 

「そうなんだ、どうもありがとう! そういえば、どうしてぼくが人を探していることを事知ってるの?」


 ふふっと笑っておばあちゃんは歩いて行ってしまった。僕はビナに駆け寄って、妙心寺に向かおう!とおばあちゃんから聞いた話を話した。


「そうなの?アナン意外とやるじゃない。さっそく行きましょ!」


 パチンッ!!


 僕たちは妙心寺というお寺の前に立っていた。目の前には大きな門、ドキドキと心臓が高鳴る。緊張しながらも門をくぐって進んでいく。石でできた道だったから少し歩きにくかったけれど、目の前に広がる景色に夢中になっていた。すると、あっ!僕はつまずいて転んでしまった。


「大丈夫デスカ?怪我シテませんか?」


 差し伸べられた手をとり立ち上がる。やけに白い手......?


「すみません、ありがとうございます」


 そういって顔をあげると、そこには彫りの深い顔をした白人の外国人が立っていた。彼は日本人でないはずなのに、お坊さんの格好をしている。僕がびっくりした顔でいると、


「ひざから血が出てるじゃないデスカ、消毒しないト!」

「え?あ、ほんとだ」


 手を引かれるままについて行った。


 消毒をしてもらったあと、僕は少し時間をもらって話をした。


「日本のお坊さんは外国人でもできるの?」

「なんでお坊さんになろうと思ったの?」

「母国と離れたところで生活するのは不安じゃなかった?」


 矢継ぎ早の僕の質問に対して彼はこう言った。


「僕の答えを聞く前に、坐禅をして自分を見つめ直してみたらどうだい?なにかわかるかもしれないよ」


 急なことだったけれど、坐禅の仕方は彼が一から細かく教えてくれたから試しに坐ってみた。


 パンッパンッ! チーン チーン チーン


 はじまりの合図が鳴って、僕は目を半分閉じた。少しすると周りの音がよく聞こえてきた。これまで僕には聞こえていなかったチュンチュンという鳥のさえずりやサラサラという風の音だ。少しずつ心が落ち着いてきて、お坊さんに聞きたかったことやニナについて改めて考えてみた。


「僕がしたいことはなんだろう?そのためには、どうするかな?ニナはどうしてるだろう?」


 二十分くらいだったかな?足がしびれて我慢できなくなったくらいのタイミングでまた合図が鳴った。


パンッパンッ! チーン


「どうだった?見つめ直せた?」


 僕はお坊さんの前に座り直して、坐禅しているときに考えたことを話した。


「僕は日本に来て少ししか経ってないけど、素晴らしくて魅力的な国だと思うんだ。でも、その国の伝統的な職業をしたり住んだりするのはとても難しいことで勇気のいることでしょ?」


 彼は落ち着いた様子でこう答える。


「そうだね、いっぱい不安もあったし家族にも反対された。でも二年前、この日本ですばらしい出会いがあったんだ。僕がちょうど日本に来たとき大きな悩みを抱えていてね、そのリフレッシュのために日本のいろいろなお寺を巡っていたんだけど、そこで多くのお坊さんの話を聞いて僕の考えは大きく変わったんだ。日本のお坊さんたちには、"牛に引かれて善光寺参り"などの言葉を教えてもらったんだ。この意味はわかるかい?これは、自分の意志ではなく思いがけない縁から良い方向へ導かれるという意味を持っているんだ。


 この言葉を聞いたとき、これまでの僕の考えがおかしく思えたんだ。悩みで頭が一杯になりすぎてて、自分が求めていた答えに気づけていなかったんだよね。

僕はこれをきっかけに仏教の考えは素晴らしいと思って、お坊さんになったんだよ。」

「それに、外国人であってもお坊さんにはなれるんだよ。色んな国から出家してきて仏教を勉強する人は多くいるんだ。だから、君も人種や肌の色とか気にせずに自分のしたいことを追いかければいいんだよ」


 僕は話を聞いてこれまでなかった自信と期待がでてきた。この人のように国の垣根に関係なくがんばって働いている人もいるんだから、僕もクラスメイトに話しかけたら友だちになれるかもしれない......。


「僕にもできるかな?」

「できるよ!きみの勇気と気持ちがあれば」


 彼のキラキラと輝く目と自信あふれる言葉が、僕の背中を押してくれたような気がした。


「ありがとう!僕、がんばってみるよ!」


 自分に自信を持つことができてお寺を去ろうとしたとき、あっ!僕が日本に来た目的を思い出した。


「ねえ、お兄さん!僕、人探しをしているんだけど外国人の女の人が訪れていない?」

「どんな女の人かな?ここには多くの外国人が来ているんだけど」

「うーんと、オレンジ色の髪の毛で目のきれいな人だよ。ニナっていうの」

「あ、その人知ってるよ!確か一週間くらい前に来たかな?すごく礼儀正しい人で、お互いに気があったから話し込んじゃったんだよ」


 やっとニナを見つけられた!そう思ったけれど......


「でも、もう日本にはいないと思うな」

「え、どういうこと?ニナは日本にいないの?」

「彼女ここに来たあと、そろそろ違う国に行くと言ってたからね」

「それってどこかわかる?僕ニナに渡さないといけないものがあるんだけど」

「うーん、わからないなぁ...。あ、でも、次はチャイナ服を着るから写真を撮ったら手紙を送ってくれるって言ってたっけな?」

「そうなのか。じゃあ、中国だね!早速行ってみるよ」

「え、でも君一人じゃ行けないんじゃ......」


 僕はニヤッと笑ってピースサインをする。


「大丈夫!僕はどこにでも行けるんだよね」

「え?」


 彼は首を傾げていたけど、僕は笑顔で手を振ってお寺を離れた。もうちょっと日本でいろんなことしたいけど......、ニナを探しに行かなきゃだよね!


「ビナ、僕を中国に行かせてほしいんだ。お願いできるかな?」

「次は中国なのね、わかったわ。またニナのことを強く思い出してね」

「わかった」

「じゃあ、行くわよ。ハッ、ハッ......」


 ハックション! パチンッ

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アナンの冒険 @summermandarin

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