シンデレラ☆ストーリー

たかぱし かげる

拝啓 お母様お姉様、私は前向きに生きてます。


「あっ痛ったー」

 ごちんとなにかが頭を叩く衝撃で我に返る。

 なんだ? なにがあたった?

 キョロキョロ辺りを見回せば、転がったでっかいカボチャとごてごて着飾った女たちが目に入った。

 はて。この状況は一体?

 頭が混乱している。落ち着け私!

 私は平凡なOL、戸桐舞子だ。領収証片手に営業部へ怒鳴りこむべく階段を下りていた。そうだ、そのはずだ。

 ではこのオレンジのカボチャと趣味の悪いドレスの女はなに? なんで突然意味不明な仮装大会が始まってる?

「ちょっと~大丈夫~?」

 気持ち悪いしゃべり方のお姉様が、さほど心配そうでもなく聞いてくる。

 ん? 姉?

 この人は私の姉だ。が、私舞子は一人っ子である。なぜだ。

「んまあ。大変! そんなアホのようにぽかんとしちゃって、どこかまずいのではなくて?」

 分厚い化粧でシワを誤魔化したお母様が、大袈裟な仕草でかけ寄り手を添えてくる。

 母? これが? どう見ても西洋人だが? でも、残念ながら、母だ。脳がそう認識している。

「あんた! カボチャなんて落としてどういうつもり!? 私たちの大事な妹プリティちゃんを殺そうっての!?」

 きもいセリフとともにお姉様が階段上のバルコニーへ向かって声を張り上げる。見上げる先にいたのは義妹のエラだった。エラ。あだ名は、灰かぶりのシンデレラ。

 ……シンデレラ!?

「あ、ああ! ごめんなさい、あたし」

 慌ててシンデレラが階段を駆け下りてくる。

 よく分からんがこいつ、上からこのデカイカボチャを落としたのか? それが私の頭に当たったのか? さすがにまずいだろ? 痛っとかいうレベルじゃないぞ?

 シンデレラはかがみこんで私に「大丈夫ですか? 大丈夫ですか?」と必死に聞いてくる。

 その顔は煤で薄汚れているのに大層かわいい。さすが童話の主人公シンデレラだな。

 などと思っている場合ではない。

「だだだ大丈夫ですわよ!?」

 正しい口調が分からん。やっぱりおかしかったのか、母も姉も義妹も不審そうな顔で見てくる。

「お姉様、本当にごめんなさい。私がうっかりカボチャを落としたりしたから」

 可愛らしく眉を寄せて申し訳なさそうにするシンデレラ。しかしこいつ、天然ドジっ子とかなのか?

「やはり打ち所が悪かったのでない? エラ、すぐにお医者様を呼びなさい」

 お母様が厳しい口調でシンデレラに命令する。シンデレラは「はい」と可愛い声で答えて立ち上がろうとした。

 慌ててそのボロエプロンの裾を掴んで止める。

「大丈夫! ちょっとカボチャが当たっただけですわだもの!」

 ばかでかいカボチャだがな。

「ぜんぜん頭も首もなんともないですわですの!」

 とにかく今は状況が(いや、頭が?)混乱している。一人になって考えたい。医者とかやめてくれ。

「そうなのですか、お姉様。ああ、良かった!」

 やっぱりこのシンデレラ、天然だな。しかしなんか言動がちょっとイラっとする。

「そう、そうなの。ところで! 疲れたのでちょっとお昼寝してきますわ!」

 ええお姉様とうなずくシンデレラと、いまだ不審げなお母様お姉様を振り切り、私は階段を上る。幸いそれが止められることはなかった。


 私の部屋、私の部屋、と考えながら屋敷の中を歩く。

 思い出そうとするとおぼろげに記憶がよみがえり、すぐに自分の部屋へたどり着けた。って、だからなんの記憶だ、これ!

 部屋には天蓋つきベッドがどどんとあって、インテリアは全体的になんか趣味が悪い。ごてごてしている。けれど残念なことにここが間違いなく私の部屋だ。

 遠慮なくベッドに座りこみ、なんとか状況を飲み込もうとしてみる。

 母がいて、姉がいて、義妹のシンデレラがいて。そして私はシンデレラの義理の姉(妹の方)。意地悪な、義理の姉(妹の方)。思い出そうとすればするほど記憶ははっきりしてくる。なんだこれ。

 ということは。これが流行りの『悪役令嬢もの』というやつか!?

 いや待て、戸桐舞子は別に死んでねぇ! 転生とか認めない! だいたい悪役令嬢ってのはあれだ、乙女ゲームの世界とかだろ!? なぜにシンデレラ!?

 確かにシンデレラの姉もある意味悪役令嬢かもしれないけどね!?

 状況へのツッコミがとめどない。

 疲れて思考をいっそ放棄したい。ああ、これ夢で、そろそろ私のワンルームで目を覚ましたりしないかな。いや無理か、だって舞子の最後の記憶は仕事中の階段だもん。あの領収証、どうなったかなー。

 面倒になった私は寝ることにした。

 願わくば我が布団で目覚めんことを!


 ダメでしたー! 起きても趣味悪い天蓋ベッドでしたー!

 これは本格的にシンデレラの世界に巻き込まれたようだ。しかも、意地悪な姉(妹の方)として。

 シンデレラの姉である私に待っているのは破滅エンドだ。さて、具体的にはどんな結末だっただろう。燃えるガラスの靴でダンスさせられるんだっけ? 違う? 石になるんだっけ? 違う? 正直童話には詳しくないし、覚えてない。

 だいたいシンデレラの物語といったっていろいろあるはずだ。本当は恐いグリム童話的なやつもあれば、お子さまに配慮した表現的なやつもあるだろう。この世界がどうなんだか、まず分からない。

 ともかくそれでも、このままいたらザマアされて破滅、というのは想定しなくてはならない。

 ではどうするべきか。は物語としてはいつ頃なんだろうか。シンデレラの格好を見るに、すでに酷いいじめは始まっているようである。というか、いじめた記憶がある。なんてことだ。

 でもお城の舞踏会の話はまだ聞いてない。ということは、破滅エンドまでいましばらく猶予があるはずだ。

 回避のためにいじめをやめさせる? ……うーん、物語を変えてしまっていいんだろうか。破滅エンド。確かにお母様とお姉様も身内としての情はあるようで大切なのだが、いかんせん自業自得と思う舞子もいる。だいたいシンデレラがハッピーエンドを迎えられなかったら、それはそれで申し訳ない。

 つまり。母姉にはないじめをさせておき? 私はさりげなくシンデレラの味方として立ち回り? 最後の断罪イベントでシンデレラに「下のお姉様にはいじわるされてません」と言わせれば? いいんじゃね?

 それだ!

 私は上手いこと立ち回ることにした。


 結論から言おう。失敗した。

 シンデレラへの過酷ないじめを止められなかったとか、一緒にいじめてしまったとか、そういう失敗ではない。

 想像してほしい。学校のクラスで一人の女子がいじめのターゲットになっている。そのうち見かねたクラスメイトの女子、たぶんもと友達とかが間に入ろうとする。すると、今度はその女子がいじめのターゲットになり、あまつさえ最初のいじめられっ子までもがいじめ始める。

 つまり私は、やっちまった。現代日本の女子として女子サーでの立ち回りテクもそこそこあると自負していたのに。完敗だった。

 まずもって最初にシンデレラの好感度をあげようと焦ってかばいすぎた。それだけでもう母と姉に白い目で見られた。

 まずいとは思ったが、まさかシンデレラを率先していじめるわけにもいかない。その後も中途半端な態度をとってしまい、それが最悪だったようだ。

 完全にターゲットは私になった。そして母と姉は代わりとばかりにシンデレラを可愛がりはじめた。

 またシンデレラが天然クソ娘で、あーんお義母様!お義姉様!と甘えまくる。まったく悪気もなく天然に私を貶めてくる。なんなんだ、この娘。もともといじめられてたのはそのクソな天然ぶりっ子っぷりのせいか!

 一人石の廊下を冷たい水と藁でごしごし磨きつつ、口汚い文句をつらつら連ねる。

 まぁいいけどね!

 家電のない家事はしんどいけど。正直な話、あの天然ドジっ子のシンデレラが家事するより! 一人暮らしでそれなりに家事経験もある私がやるほうが! 効率いいぞコノヤロー!

 イライラしながらてきぱき掃除を片付け、料理はなんちゃって手抜き料理で誤魔化し、繕い物もあらほらさっさー。腹立たしくはあるものの死ぬほどのことはなく、結局彼女らは言って童話世界の住人。いじめのレパートリーもさほどない。適当にいなしつつ暮らせばいいのだ。

 そして。とうとう私たちの耳にお城の舞踏会の噂と招待状が届いた。


 案の定というかなんというか、母たちは私が舞踏会へ行くことを禁止した。

 そしてシンデレラを連れていくと言う。

「エラちゃんは可愛いから。きっと王子様のお目にとまると思うの!」

「そうね、そうしたら私たちも王族の親戚だわね」

 どうやら母と姉はシンデレラを使って玉の輿のおこぼれに与る算段のようだ。おい、物語の原型がもうないぞ。

「ええー! そんなぁ! 可愛いだなんてぇ! もうっ、お義母様お義姉様ったら~。エラ、照れちゃう。うふっ!」

 そしてシンデレラはこんな感じだ。頭の中お花畑なのか。

「あんたみたいなブスで汚い娘は王子様に失礼だわ! 家で掃除と繕い物でもしてなさい!」

「あーはいはい」

 そんなところだけ原作に忠実でなくてよくってよ。私はややうんざりしながらごてごて着飾って出かける三人を見送った。

 さて、シンデレラの物語なら、ここで魔法使いだかフェアリーゴッドマザーだかなんだかが現れて、哀れな私を助けてくれるはずである。さすがにそれはちょっと期待と興奮が抑えられない。ネズミとかはあれだったけど、カボチャやらは用意して、いまかいまかと待ち望む。

 ……しかし、来ない! 待てど暮らせど、来ない!

 うん。考えてみれば当たり前だよな。私は主人公シンデレラじゃないし。だいたいあれはシンデレラの亡くなった母だかなんだかが見守っているよとか、よく知らないがそういうなんやかやがあって起きるイベントである。そういう背景のない私に超常現象など起きるはずもない。だいたいそこまで哀れじゃないしな、私。

 ここでぼーっと待っててもなにも起きないのである。

 私は自ら行動を起こした。

 私のドレスはどれもこれもシンデレラに取られている。が、そうそうお直しが全てできるわけではない。つまり、シンデレラのクローゼットを漁れば私の着られるドレスの一着二着あるはずなのだ。

 だいたい洗濯から片付けからしている私はこの家のクローゼットの中など知悉している。即座に残った中で一番のブツを身につけ身支度をした。

 魔法使いなどいないから、カボチャの馬車もない。しかし! 若者をナメんな! 馬車がないなら走っていくのみ!

 ヒールの靴は手に持ち、私は裸足で駆け出した。

 待ってろ、王子! 私は絶対に行ってやるからな! 見てろよ、お母様お姉様エラ!

 勢いよく門を飛び出したところで、しかし私は立ち止まった。

 ……待てよ? なんで私は舞踏会へ行こうとしてる? 果たして舞踏会へ行く必要などあるんだろうか?

 私はシンデレラではない。行ったからといって王子の目にとまるはずもない。そもそも本当に私は王子と結ばれたいか? 見ず知らずの王子と?

 いやいや。ないない。ないでしょ。

 そりゃ童話の世界なら、王子と結婚さえすれば「幸せに暮らしました」かもしれない。が、本当に幸せかどうかの保証などないのだ。うっかり王族になんかなって、面倒が増えるかもしれない。王子にただ夢を見られるほど私はお子ちゃまじゃない。

 私はくるりときびすを返した。

 てくてくと来た通りお屋敷へ戻る。今私がすべきは、お城へ走ることじゃない。

 お母様の部屋へ行き、大きな鞄を引っ張り出す。そしてその中へ手当たり次第に服と貴金属を詰め込む。

 当面の生活費はお金でほしいが、それ以外は持ち運びの楽な宝飾品とかでいい。

 ありったけパンパンになった鞄を二つ携え、私は屋敷を出た。

 なんとかなるだろうという目算はつく。だいたい町娘を手当たり次第に王子の嫁候補としてお城の舞踏会へ呼ぶような国だ。庶民の生活レベルも文化度も低いはずがない。苦労はするかもしれないが、女一人でも生きていけるはずだ。

 なにより、私の中身は小娘ではない。女子サーでの立ち回りはしくじったものの、現代日本の社会人である。

 というわけで、クソな家族の皆さん、さようなら。


 その後の噂、というか正式発表された王子の婚約者はシンデレラなどではなく、つまり彼女らの玉の輿計画は失敗したようだ。

 シンデレラ、主人公なのに。可憐だったのに。たぶんごてごて飾りすぎたのが敗因だと思う。それほど同情心はわかなかった。ごめんあそばせ。

 私は家と完全に縁を切り行方をくらましたから、その後の彼女らについては詳しく知らない。知りたくもない、とまでは言わないけれど、でも下手に近づいたら窃盗罪で捕まりそうだ。止めておいた。

 その後の私?

 私は城下町でほそぼそながら劇作家をして暮らしている。苦労もあるが、なかなか悪くない。生活を質素倹約にしているおかげで持ち出した宝飾はまだまだある。仕事は、だからつまり半分は楽しみみたいなもんだ。

 実に悪くない人生だ。

 思えばそれもこれもあの時シンデレラがうっかりカボチャを落としてくれたおかげである。


 だから感謝している。カボチャに。

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