第11話 本当の家族とは


「もしもーし!」


 俺は二人が出かけている間に父さんに電話をかけた。

さっきの封筒の中身。その、中身の真実を確認しなければならない。


『おう、どうしたー? 事件か? 事故か?』


 ワンコールで電話に出た父さん。

のんきな声に俺はイラッとする。


「事件だ。説明を求む」


 大きく深呼吸をし、冷静になる。

窓は全開、掃除機は出しっぱなし。

ここで大声を出すわけにはいかない。


『説明? なんの説明だ? テレビの録画方法か?』


「入学書類関係の書類を見た。いや、見てしまった」


『…………』


 返事が無い。おかしいな、スマホの調子でも悪いのか?


「もしもーし? 電波切れた?」


『いや、聞こえている。そうか、見てしまったのか……』


「直接父さんの口から聞きたい。説明、してもらえるか?」


 父さんの声を聞いたら、何だかすこし冷静になれた気がした。

それでも、真実は一つしかない。


『お前の見た通りだ』


 俺の予想『あの紙に書かれたのは嘘だ』が見事に打ち破られた瞬間だった。

俺は、父さんと母さんの子供じゃない。


 その事実だけが心に残る。


「そう、か……。何でもっと早く言ってくれなかったんだ?」


 少しの沈黙。父さんは言葉を選んでいるのだろうか?


『お前が高校を卒業する時に話そうと思っていた。今はまだ早いと思ってな』


「俺はもう子供じゃない。今だって――」


 『父さん達と離れて暮らしている』と、言おうとしたが言葉に詰まった。

父さんと呼んでいる人間は本当の父さんではない。

これから、なんと呼べばいいんだ……。


『今度帰ったら詳しく話そう。ただ、一つだけ先に言わせてもらうぞ』


「なに?」


『お前は父さんと母さんの子供だ。そして、葵の兄だ。誰が何と言おうと、お前は俺の息子だからな』


 何となく胸が熱くなる。

そうか、別に考える必要なんてなかった。


「分かったよ、父さん。今度帰ってきたら詳しく話を聞かせてくれ」


『分かった。葵にはこの事――』


「黙っておく。父さんたちがそのうち話すだろ。今はまだ早い、だっけ?」


『すまないな、今まで黙っていて……』


 過去を思い返す。

幼稚園、小学校、中学校。

どの場面にも父さんや母さんがいた。

学校の事、部活の事、勉強の事、進路の事。


 たまに怒られるけど、ちゃんと謝ったら許してくれて、最後は笑顔になる。

何時だって食卓は家族で過ごして、家族の時間を過ごしてきた。

葵とも喧嘩するしおやつの奪い合いにある事もあった。

それでも、葵とはそれなりに仲の良い関係だと思う。


 どこからどう見ても、普通の家族。

俺が養子でも実子でも関係ない。

俺の家族は、ここに居る。


「いや、そんな事ないよ。ごめん、急に電話して」


『卓也。おまえ、大人になったな』


「もう高校生になるんだ。十分大人だろ?」


『まだ子供だよ。葵の事、よろしくな。あと杜都さんの事も』


「わかってる。まだ喧嘩してないから心配しないでくれ」


 そんな話をして、父さんとの会話が終わる。

俺は父さんと母さんの養子だった。


 でも、何かが変わるわけではない。

ちょっと心臓の辺りがチクチクするけど、そのうち治るだろう。

さて、掃除の続きでもしますかね……。




――


 葵ちゃんに案内され、街を歩く。

中学の頃は友達も少なく、一人で過ごす時間がほとんどだった。

本を読んだり、絵をかいたり。


 授業が終わると、一人で美術室に行き絵を描いた。

そして、家に帰っても一人だった。

ご飯を作って、洗濯をして、お風呂に入って、勉強して寝る。


 寝る前に本を読むことが習慣だった。

でも、昨日は本を読まずに寝た。

色々と考え事をしていたら本に集中できなかった。

布団に入り卓也さんと葵ちゃんの事、これからの事を考える。

気が付いたら寝てしまっていた。


「陽菜ちゃん?」


 我に返る。

葵ちゃんは私を不思議そうな目で見てくる。


「どうしたの?」


「何か、悩んでる? 困ってたりする?」


 気が付かれた?


「ううん、何でもないよ。心配しないで」


 本当は、これからの事が不安だ。

でも、居候の身で心配を掛けさせるわけにはいかない。

それに、助けてもらう訳にはいかない。

私は一人でできるように、ならなければいけないのだから。


「本当? 困ったことがあればすぐに言ってね。私でもお兄でも」


「うん、ありがとう」


 いい子だ。

私なんかとは違って、まっすぐで素直。

明るくて、可愛くて、一緒にいると――。


 不意に腕を組まれた。


「っえ?」


「えへへっ。お昼さ、パスタとピザどっちがいい? 良いお店あるんだっ」


 もし、妹がいたらこんな感じなのだろうか?

もし、家族の仲が良かったら私もお母さんとこんな風に腕を組んで出かけるのだろうか。


 血のつながった親。

でも、その親は私を見てくれない。

私は一人だ。そして、この兄妹の邪魔をする、居候……。


「陽菜ちゃん、やっぱり何か考えているでしょ?」


「……」


「何も心配しなくていいんだよ? 折角一緒に暮らすんだし、毎日の生活を楽しまなきゃっ!」


 毎日の生活を楽しむって?

毎日一人のご飯。毎日一人の夜。

家族が来ない参観日、運動会、文化祭。


 どんな生活を楽しむって?

これが私とこの子の差。私は知らない。

胸が痛い、苦しい、助けて。

それ以上私を苦しませないで!


 気が付いたら涙が溢れていた。

街中で手を引かれ、周囲に多くの人がいると言うのに。


「ご、ごめん、なさい――」


 葵ちゃんの手を振りほどき、私は元来た道を走って戻る。

私にはあの子を真っ直ぐに見れない。

あの子は、私と一緒にいてはいけない。


 走って、走って、走って、走って――


 気が付くと玄関前に立っていた。

入っていいのか、それともこのまま消えてしまった方がいいのか。


 壁に背をつけ一人考える。

私は何をしているんだろう……。


――ガチャ


「よっ、お帰り。なにしてんだ? 早く入れよ」


 予想出来なかった。

彼が玄関を開け、私に声をかけてきた。


「どうして、いるのがわかったの?」


「んー、何となく誰かが帰ってきた気がした。葵は?」


 言葉に詰まる。


「まだ、街に……」


「なんだ葵の奴、一人で遊んでるのか。ま、とりあえず入れよ」


 彼の手が私の手首を握る。

握られた手から体温を感じる。温かい……。


 この兄妹は揃って同じような行動をする。

やっぱり本物の兄妹っていいな。

家族っていいな……。

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