第10話 葵の決意


 葵ちゃんと一緒に近所の商店街にやって来た。

歩いて十分くらい、駅前のお店は思ったよりも多くの店舗が並んでいる。


「陽菜ちゃん。ここのお肉屋さん、メンチカツがおいしいの」


「そう、いい匂いがするわね」


 一生懸命お店の案内をしてくれるのはありがたいけど、買い物はほとんど通販で済ませてしまう。

必要なのは髪を切るところ。この商店街にあるかしら。


「あ、あのさ。陽菜ちゃんはお兄の事、どう思う?」


 どう思う? それは何を意図して聞いてくるのだろうか?

これから生活するうえで、問題ないのか確認されている?


 正直に言えば『どうでもいい』。関わり合いを持つとろくなことが無い。

それに、私は女で彼は男。同性ならともかく、どう接していいか分からない。


 だけど、ここで変な回答をしたら変な空気になり、生活に支障が出る。

それは避けなければならない。


「そうね、いい人だと思いますよ」


 無難な答え。いい人とは非常に便利な言葉だ。


「じゃ、じゃぁさ、第一印象でね、お兄の事好き? 嫌い?」


 葵ちゃんは何を考えているのだろうか?

この子の行動や言葉があまり理解できない。


「そうね、そのどっちかだったら好き、かな」


 とりあえず、軽く笑顔を見せておけば嫌われないだろう。

当たり障りなく、余計な事はしないように、静かに過ごす。

私に与えられた使命のようなものだ。


「そっか。うん、わかった」


 少し寂しそうな表情を見せる彼女。

私の言葉が間違ったのかしら?

お兄さんを嫌いと言った方が、正解だった?


「葵ちゃん?」


「私、これからもがんばるよ。陽菜ちゃん、負けないから!」


 何を頑張るんだろ?

そろそろ受験だし、お家の事もあるし、頑張る事は多い。


「うん、応援するよ。一緒に頑張ろうね」


 適当な言葉。

一緒に頑張るか……。私は何を頑張るんだろ?


「あ、あそこの美容院はおすすめ! お値段も安いし、綺麗にカットしてくれるの」


 やっとお目当ての店を紹介してくれた。

外観はオシャレなカフェみたい。

でも、大きな窓の中には女の人が何人も椅子に座り、カットされている。


「ありがとう。今度来てみるよ」


「その長い髪、切っちゃうの?」


「そうね、肩くらいまでは切ろうかなって」


 ずっと伸ばしっぱなしだったので、髪の長さが腰まである。

長い髪のせいで男子にからかわれた事も何度も。


 だけど、切ろうとするとお母さんが止める。

髪は女の命、長い方がいいのよって。


 自分は一ヶ月に一度、美容院に行き髪型を変える癖に、私には今のままが一番だと。

本当にそう思て言った言葉だったのか、今ではその真意は分からない。


「そっか。残念、真奈ちゃんは綺麗だから、もう少しケアするだけでいいと思うんだけどな……」


「そう、なの?」


 良くわからない。

服にもあまり興味が無い。

髪型もアクセサリーも。


 私にあるのは、勉強だけ。

勉強ができなかったら、私には無いも残らない。


「うんっ! あのさ、今日一緒にお風呂入ろうよ!」


 どうしよう。ここで断ったら、溝ができてしまう?

一度くらいなら、いいか……。


「そうね、折角だし一緒に入ろうか」


「やったー! じゃぁ、帰りにちょっと買い物を」


 手首を掴まれ、葵ちゃんに引っ張られる。

私よりも年下なのに、しっかりと前を見て自分の力で歩いているのを感じる。


 私は自分の力で、何を考えて、何を見て、どこに進んでいるの?

誰か私に教えて……。誰か……。


「まずは、ここ! おすすめのクレープ屋さん。デラックスストロベリーミックスが美味しいの!」


 笑顔で私に話しかけてくる葵ちゃん。

私もそんな笑顔を、自然に出せる日が来るのかしら。

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