冴えない彼女が普通の俺と一緒に暮らす事になった件について

紅狐(べにきつね)

第1話 家族会議


「それでは、恒例の家族会議を始めます!」


 テーブルに家族全員が揃い、母さんの用意した茶菓子を食べながら父さんの話を聞く会議だ。

いつも会議と言いつつ、父さんの話を一方的に聞かされ終わる会議。

これって会議じゃなくて、ただの報告会じゃないのか? と思いつつも、最後まで話を聞いている。


「父さん、今日は短めの頼むよ」


「ん? 何か予定でもあるのか?」


「まぁ、そんなところ」


「お兄、どうせゲームでしょ? 確か今日イベントあったよね?」


 ニヤニヤしながら俺を見てくるのは妹のあおい

年下のくせに俺の事を兄と思っていない可愛くない妹だ。

見た目はそこそこ可愛いのに、まったく残念な奴である。


「卓也も本当にゲーム好きね」


 お茶をカップに注ぎながら母さんがつぶやいている。


「受験勉強も終わったんだ。志望校に入れたんだし、ちょっと位いいだろ?」


「ま、ほどほどにな。今日はかなり重大な発表がある。心して聞いてほしい」


 いつもおちゃらけモードの父さんが、渋い顔をしている。

なんだ、本当に真面目な話なのか?


「卓也、高校入学おめでとう。志望校に入れてよかったな」


「あ、ありがとう。どうしたの? 何か変だよ?」


 父さんの発言がおかしい。

いつもとかなり違う。


「葵」


「ひゃいっ!」


 葵も父さんの話し方や仕草に戸惑っているようだ。


「来年受験だな。志望校には入れそうなのか?」


「志望校って言っても、お兄と同じだしね。お兄が勉強見てくれれば大丈夫だよ」


 ジト目で俺を見るな。

俺だって相当頑張ったんだぞ?


「そうか。二人で何とかできそうか?」


 ん? 言っている意味が良くわからない。


「どういうこと?」


「じつは、父さん昇格して、来年度から課長になるんだ」


 なんだと。

万年平社員で結構節約しないとギリギリな生活をしていたのに、一気に富豪になれるのか?


「おー! 父さんおめでとう! やったじゃないか!」


「お父さんすごいね! おこずかいもアップしてくれるの!」


 俺も同じことを聞きたかったが、葵が先に聞いてくれた。


「毎月十万位なら出せるぞ」


「は? 十万? え? 十万円?」


 俺は葵とお互いに目を合わせ、互いの思考を読み取る。

俺達二人で分けても五万ももらえるのか! やった! 課長ってすごい!


「ほ、本当に?」


「あぁ、家賃込だが、何とかなるだろ?」


「家賃? え? なに?」


 父さんの言っている意味がまだ分からない。


「卓也、お父さんね来年の春に東京に行くの」


「東京? え? 引っ越すの?」


「父さんは東京の本社。お母さんもお父さんに着いて行こうと思うんだけど……」


 引っ越し。せっかく高校に受かったのに引っ越し?


「二人はどうする? 父さんに着いてくるか、ここに残るか。二人の意見を聞きたい」


 ここに残るか、父さんたちと一緒に行くか……。

頑張って高校に受かった。引っ越したら友人だっていなくなる。

ま、そんなに多いわけじゃないけど。


 でも、東京に行ったらイベントにも行けるだろうし、ここよりも遊ぶところが多そうだ。

ふと、葵の方を見る。こいつも悩んでいるな。 


「葵は、出来れば残りたい……。友達もいるし、この町嫌いじゃないし……」


「葵一人では残せない。卓也はどうだ?」


 父さんの目が真剣だ。

本気で聞いている。もし、ここで着いて行くと選択をしたら引っ越し確定だろう。

でも、葵は残りたいと言っている。俺達二人で生きていけるのか?


 ま、何とかなるだろ!

それに両親不在で好きなだけ遊べるし、それなりのお金もくれるみたいだし。


「残るよ。葵と二人で生活すればいいんだろ?」


「二人で大丈夫? 自炊できるの? 掃除や洗濯もしないといけないのよ?」


「ま、何とかなるよ。学校が始まるまで時間もあるし、自炊の練習でもしておくさ」


「お兄、いいの? 大変じゃない?」


 何その発言。

俺に全部任せるつもりか?


「葵と作業は分担で何とかできると思う」


「葵もするの? まだ中学生だよ?」


「しるか! 家庭実習位学校でしてるだろ?」


「してるけどさー」


 頬を膨らませながら文句を言ってくる。


「家族で引っ越すか?」


「はい、頑張ります。調理も掃除もできるだけ頑張ります」


 どうやら引っ越すのが、俺が思っている以上に嫌みたいだ。


「決まったな。では、来年度に向けて各々準備するように!」


「「はいっ」」


「あ、あと一つ。父さんたちの使っていた一部屋を貸すことになった」


「は?」


 俺は思わず口から声が出てしまった。


「会社の同僚が一人、父さんと一緒に東京に行く事になった」


「それが、なんで部屋を貸すことに?」


 父さんの話を聞くと、どうやら父さんと一緒に仕事をしている人も今回東京に行くらしい。

ただ、その人の子供も俺と同じ年で高校への進学が決まってしまっていると。

本人の希望で残りたいと言っているが、一人にさせるのは怖い。


 こっちには親戚もいないので、一人暮らししか選択が無い。

そこで、もし俺がこっちに残る様であればその子を家で同居させてもいいと。


 勝手に話を進めるなよ。

なんだよ、もし俺が引っ越すと言えばそいつも東京に行っていたのか。

知らない奴と同居って嫌だな……。


「向こうが引っ越すタイミングでこっちに荷物も届くようにする。父さんと母さんも準備をしないとな」


「俺、知らない奴の面倒も見るのか?」


「二人共高校生になるだろ? 何とかなる。むしろ、何とかしろ」


 半ば強制的に同居が決まった。


「分かったよ。で、どんな奴なの?」


「卓也と同じ学校で、なんと主席で入学したらしいぞ? 多分卓也よりも勉強できるんじゃないか?」


「本当! やったぁ! お兄よりもその人に勉強教えてもらおう! ごめんね、お兄」


 何だかイラッとする。

年上の勉強ができる男。もしかしたら妹と良い仲に……。

ま、考えるだけ無駄か。そもそも葵に恋愛はできない。

こいつの性格は――。


「お兄! 何か変な事考えているでしょ?」


 おっと、心を読まれた。


「ソンナコトナイ」


「はいはい。それじゃ、会議はここまでね。二人とも、父さんと母さんがいなくなる前に、出来る事をしっかりとするのよ」


「「はーい」」


「葵は母さんに料理を教わるんだな」


「分かってるよ……。お兄も洗濯と掃除と家周りの事全部覚えてよね!」


 そんな家族会議が行われ、俺達兄妹の生活がスタートする。

知らない奴の為に、部屋の掃除もするのか。


 仲良く、出来るといいけど……。

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