最果ての村の魔法使い

坂東太郎

短編『最果ての村の魔法使い』


「ようこそ旅人よ。ここはデッドエンドの村だ」


 魔王軍と諸国連合軍が戦いを続ける最前線を迂回して、魔王の支配領域を隠れ進むこと二ヶ月。

 僕たちは、山あいの小さな村にたどり着いた。


「ここが『最果ての村』か! 本当にあったんだな!」


「あいかわらず声がデカいわね。ちょっと落ち着きなさい」


 戦士だけあって地声の大きなウォルを、いつものように賢者のウィズがなだめる。

 ウィズの声も大きいけど、それを言うと嫌な顔される。

 女の子は声が高くて通りやすいせいよ、一緒にしないでって。

 それにしても。


「ようこそ旅人よ。ここはデッドエンドの村だ」


「デッドエンド、かあ。不吉な名前だなあ……」


「勇者さまの元の世界の言葉なのでしょうか?」


「あ、うん。いままでもこういうことはあったし、単なる偶然かもしれないけど」


 独り言だったのに、エスタには聞こえてたらしい。

 気遣い上手な僧侶は、僕の浮かない顔に気づいてたのかもしれない。


「はじめまして、旅人のみなさま。長旅でお疲れだったでしょう」


 顔の見えない全身甲冑フルプレートメイルの門番さん?の横にいた人が声をかけてきた。

 フードつきの長いローブを着てるところを見ると、この人は魔法使いかな。


「はい。本当に、長い長い旅でした」


 思わず、しみじみと呟いてしまう。

 頼れる人の少ない場所を、二ヶ月も旅した。

 最初は抵抗を続ける人族の街やエルフの隠れ里なんかもあったけど……ここ一ヶ月は人里さえなかった。

 隠れ潜みながら進む旅は、想像以上にキツかった。

 そう言おうとして。


「ようこそ旅人よ。ここはデッドエンドの村だ」


「ちょっと? いま勇者と村人さん?が会話してたんだけど?」


「私のことは『魔法使い』とでも呼んでください。村で唯一の魔法使いですから、それで充分通じます」


「わかったわ魔法使いさん、っていまそういう話じゃなくて!」


「ようこそ旅人よ。ここはデッドエンドの村だ」


「ここで重ねてくるの!? アンタ人の話聞いてた?」


「落ち着いてウィズ。ほら、ひょっとしたらNPCなのかも」


「えぬぴー……?」


「ウォル、私もその言葉を知りません。おそらくこれも、勇者さまが元いた世界の言葉なのでしょう」


「歓迎します、勇者さま。小さな村ではありますが、私が案内いたします」


「あっはい、ありがとうございます」


「魔法使いさんも無視するのね!? 大丈夫かしらこの村……」


「仕方ないと思うよウィズ。とにかく行こう」


 旅の疲れなのかようやく人里を見つけたからなのか、なんだか興奮した様子のウィズをなだっめる。

 魔法使いさんに続くと、ウィズも、ウォルもついてきてくれた。


 けど、なんだかエスタが門番さんをじっと見つめている。


「ようこそ旅人よ。ここはデッドエンドの村だ」


「これは……もしかして……」


「どうしたのエスタ? 行くよ?」


「……はい、勇者さま」


 首から下げた聖印をぎゅっと握って、ようやくエスタも歩き出す。



 魔王軍と諸国連合軍が戦いを続ける最前線を迂回して、魔王の支配領域を隠れ進むこと二ヶ月。

 魔王城にもっとも近い、ラストダンジョン前の最後の人里。

 僕たちは、ついに『最果ての村』にたどり着いた。



「ようこそ旅人よ。ここはデッドエンドの村だ」



 * * * * * * * * * * * * * * *



 僕がこの、ゲームみたいな世界に飛ばされてきたのは五年も前だ。

 なんの取り柄もないただの高校生だった僕は、「特別な力を宿した勇者」になった。


 なんでもこの世界の人族——エルフやドワーフなんかの多種族——は、魔王と名乗る勢力の侵攻を受けているらしい。

 モンスターやアンデッドの軍勢を指揮する魔王が目指してるのは、他種族の根絶。

 とうぜん、ほかの種族が受け入れられるはずもない。

 諸国連合を組んで魔王軍に対抗してるけど、人族の旗色は悪い、らしい。


 別の世界からやってきた、「特別な力を宿した勇者」に頼らなくちゃならないほどに。


 最初は帰りたいって、魔王を倒すってなんで戦ったこともない僕が、って思ってたけど、何年も暮らしたら友達も知り合いもできる。その、こんな僕に優しくしてくれる恋人、なんかも。

 だから僕は、みんなを守るために、いまは力があるんだからって、旅に出た。


 少数精鋭で、魔王の支配領域に潜入して、魔王を倒す旅に。



 * * * * * * * * * * * * * * *



 パッと見は普通の村なのに、『最果ての村』はどこか変わっていた。

 ちらほら家も畑もあるのに、遠目にしか人を見かけない。


「だいたいの村人は働いている時間ですから」


「はあ、そういうものですか」


「ウチの村でもそうだったぞ勇者!」


「はいはい、ウォルは静かにしてね。それにしても人が少なすぎるんじゃない? 畑にもいないけど?」


「何人かいましたよ、ウィズ。……一定の動きを繰り返していましたけど」



 村には宿屋がないらしくて、宿泊場所は教会だった。

 教会のシスターは、門番さんと同じで話が通じない。


「こちらが教会です」


「村や町にたどり着いたら最初に向かう定番ですよね」


「え? そういうものなのかしら?」


「俺に聞くなウィズ! 難しいことはお前らに任せる!」


「ただ、シスターは沈黙のぎょうをしています。祈祷きとうにかかわることしか喋りません」


「はあ、沈黙の行。聞いたことがあります。教えてくれてありがとうございます、魔法使いさん。いきなり行ってそれだったら困るところでした」


「ようこそいらっしゃいました、旅人のみなさん。教会にどのようなご用でしょうか?」


「そんな、まさか!? 先生!?」


「ちょっ、どうしたのよエスタ?」


「知ってる人、だったのかな?」


「私が紹介する必要はなかったようですね」


「先生! 私です、わかりますか!? 先生が孤児院の先生だった頃にお世話になって……先生?」


「ようこそいらっしゃいました、旅人のみなさん。教会にどのようなご用でしょうか?」


「沈黙の行……ううん、いいんです。先生、あとでゆっくりお話しさせてください。私が一方的に喋るだけでも……」


「お祈りでしょうか? お泊まりでしょうか?」


「えっまたこれ? 門番さんみたいに会話にならないタイプ?」


「『沈黙の行』なのに喋るんだな!」


「えっと、僕たちは泊まりに、あ、けど最初にお祈りした方がいいかな。ここまで来るの大変だったし」


「お祈りですね? では神の前にこれまでの行いを告白なさい」


「そうでした、私としたことが興奮して……すみません先生。みなさん、まずは祈りましょう」




 人族の領域から離れてるのに、強力な武器や防具がよろず屋で普通に売られてる。


「た、大変だ勇者! これはいかづちの剣だぞ!?」


「この村は魔王城の近くにあります。強力な武器や防具がなければ村を守れません」


「それにしたって程度があるわよ! こっちには賢者の杖、水の羽衣はごろもも!?」


「使い手のいない装備に意味はねえ。ここで装備していくかい?」


「しかも、こんなに安い……」


「この村にお金があっても仕方ありませんから。もしお持ちなら食料や素材を分けていただけると助かります」


「やっぱりラストダンジョン直前だと、村でもいい武器を売ってるんだなあ」




 魔法使いさんが、やけに魔王やキーアイテムに詳しい。


「ご存じかと思いますが、魔王はアンデッド系統です」


「そうなのか! 大変そうだな!」


「そんなの知らないわよ!? ウォルもあっさり受け入れるんじゃないの!」


「アンデッド……不死者の王とかそんな感じでしょうか?」


「すべてのヴァンパイアを統べる者、すべてのヴァンパイアの始祖。『ヴァンパイア・アンセスター』と呼ばれています」


「アンデッドの討伐は僧侶たる私の役目です。先生ほどではありませんが、力を尽くします」


「ヴァンパイア……魔法使いさん、その、ヴァンパイアの弱点は変わらないんでしょうか? 太陽の光とか十字架とか」


「たいていの弱点は克服しているようです。が、しょせんはアンデッド、攻略法はあります」


「エスタ、えっと、僧侶の祈りや女神の祝福とか?」


「それよりもっと効くものがあります。あの山の頂上にある『光の塔』、雲を越えたその最上階に『太陽のかけら』という宝玉が安置されています」


「は、はあ」


「『太陽のかけら』をかざすと、アンデッドである魔王は弱体化するようです。それがなければ何人なんびとも、魔王を倒すことは叶わないでしょう」


「なんだかやけに具体的ね? ちょっと勇者、これ信用していいの?」


「魔王城は山を越えた向こう側にあります。『太陽のかけら』は時が経つほど効力を失ってしまいますから、そのまま向かう方がいいでしょう」


「おお、ここに戻らない方がいいんだな! わかったぞ!」


「ウォルはちょっと黙ってなさい。ひと息ついた方がいいと思うのだけど」


「はは、ウィズ、ラスボス前に連戦になるのはよくあることだよ」


「けど勇者、なんでこんなところに、こんなに魔王に詳しい人が」


「魔王城までの最後の村だからね、当然なんじゃないかな」




 普通の村なのになんだか変わっていた『最果ての村』で一泊して、装備を整えて、情報を集めて。

 僕たちはすぐに旅立った。


 目的地は『光の塔』。

 魔法使いさんから教わった、魔王を倒すためのキーアイテムが眠る地だ。


 そして、そのまま『魔王城ラストダンジョン』へ。


 魔王の支配領域に潜入して二ヶ月、僕がこの世界にやってきてから五年。

 魔王ラスボスとの最後の戦いラストバトルはもうすぐだ。


「絶対に、魔王ラスボスに勝ってみせる。最前線で戦ってるみんなのために。街で待ってる、あの子のために。それで、ハッピーエンドを迎えるんだ」



 * * * * * * * * * * * * * * *



「ようこそ旅人よ、ここはデッドエンドの村だ」


「『最果ての村』? 僕たちは魔王と戦って……うっ、頭が」


「目が覚めましたか、勇者さま」


 体を起こす。

 やけにぼんやりした頭を振る。

 思考がはっきりしない僕の目の前に、最果ての村の魔法使いさんと門番さんがいた。


「みんなはどこに」


「あちらにいらっしゃいますよ」


 振り返る。

 戦士のウォル、魔導士のウィズ、僧侶のエスタ。

 一緒に旅をしてきた仲間がいる。

 僕と同じようにぼーっとしてるみたいだ。


「まだ目覚めたばかりです。しばらくはそっとしておきましょう」


「はあ……あの、僕たちはどうなって、あれ? 魔法使いさん、どこかに出かけるんですか?」


 魔法使いさん、門番さん。

 それに、よろず屋の店員さんとシスターが近づいてきた。


「はい、少し出かけてきます」


「どちらへ、ってあれ? それは、『太陽のかけら』? え? けど僕たちが『光の塔』から持ち出して魔王と戦うときに使っ」


「ええ、ですから『光の塔』に安置しに行くのです」


「え? だって僕たちが魔王と戦うのに必要で、あれ、魔王とは戦って」


「目覚めたばかりで混乱しているのかもしれませんね。もっとも、目覚めたばかりで『太陽のかけら』の影響が薄いのですが」


「え? え?」


「では、行ってきます。しばらくしたら戻ってきますから。私は」


「え? 『私は』? 門番さんと店員さんとシスターは」


 うまく状況が把握できない。

 見ると、シスターは僧侶のエスタに微笑みかけて、自分の聖印をそっと手渡していた。


「お祈りですね? では神の前にこれまでの行いを告白なさい」


 えっそれいま関係ありましたっけ。


 うつむいたままのエスタから涙が落ちる。

 ぼーっと見てると、最果ての村唯一の魔法使いさんが魔法を使った。


「みんな、最後の協力をお願いします。いつかあの魔王を倒すその日のために。『死者の行軍デスパレード』」


「え? その魔法は!」


 門番さんの全身甲冑が黒く染まって、兜の奥から赤い光が漏れる。

 よろず屋の店員さんから肉が落ちて黒い骨になる。

 シスターの肌がはがれ落ちて干からびた本体があらわになる。


 『死者の行軍デスパレード


 それは、を強化する魔法だ。

 魔法が切れたらアンデッドが消滅するかわりに効力が絶大な、とある系統の魔法使いの切り札らしい。


 ——「ようこそ旅人よ、ここはデッドエンドの村だ」


 NPCなんじゃない。

 アンデッドは知能の低いものが多い。


 ——「お祈りですね? では神の前にこれまでの行いを告白なさい」


 沈黙の行の最中さなかなのに僕たちの祈りに協力した。

 僕たちに、この地にを呼び戻せるように。


 ——「使い手のいない装備に意味はねえ。ここで装備していくかい?」


 ラストダンジョン直前だからいい武器を売ってるんじゃない。

 これは、使武器だ。


 ——「ご存じかと思いますが、魔王はアンデッド系統です」


 魔王城までの最後の村だから魔王に詳しいわけでも、キーアイテムに詳しいわけでもない。

 きっと、魔法使いさんは、魔王を倒せるようにこの村を維持してきたんだ。

 だって。


 ——「みんな、最後の協力をお願いします。いつかあの魔王を倒すその日のために。『死者の行軍デスパレード』」


 それはを強化する魔法だ。

 たぶん一時的に、アンデッドの門番さんと、シスターと、よろず屋の店員さんが、『太陽のかけら』に打ち克てるように。


 ——「『太陽のかけら』は時が経つほど効力を失ってしまいますから、そのまま向かう方がいいでしょう」


 魔王を倒すキーアイテム、『太陽のかけら』は時が経つほど効力を失うから。

 無理してでも、『光の塔』に戻すつもりなんだ。


「ここは、この『最果ての村』は、ひょっとして」


 魔法使いさんを見つめる。

 『死者の行軍デスパレード』。

 死霊術師ネクロマンサーの切り札を使った魔法使いさんは、寂しそうに微笑んだ。


「ここは、アンデッドの村で。『最果ての村』の魔法使いさんは、死霊術師ネクロマンサーで」


 倒れた勇者たちから『太陽のかけら』を回収して『光の塔』に安置するための。

 ヴァンパイアの魔王攻略キーアイテムを守るための、勇者たちに武器を、ひと時の休息を提供するための。


 魔王を倒すための、『最果ての村』なんだ。


 気づいたことはもう一つある。

 違う、気づいたんじゃない。

 思い出した。


 僕たちは、魔王に負けた。殺された。


 ここにあるのは、シスターに呼び戻された体で。

 ここにいるのは、死霊術師ネクロマンサーさんに喚び戻された魂で。


 僕たちは、アンデッドになっている。


 なら僕は、僕たちは————


 戦士のウォルの肩を叩く。

「ようこそ旅人よ、ここはデッドエンドの村だ」

 故郷の村をモンスターに滅ぼされたウォルは、村を守る新たな門番になる気みたいだ。


 魔導士のウィズの手を握る。

「ちょっと、そんな武器で魔王に挑むつもり? 買ったらちゃんと装備していきなさいよ?」

 幼い頃から魔法を鍛えて貴族として生きてきたウィズは、よろず屋をやるつもりらしい。


 僧侶のエスタを見る。

「ようこそいらっしゃいました、旅人のみなさん。教会にどのようなご用でしょうか? 先生、先生の役目は、私が引き継ぎ、ぐすっ」

 孤児院で「先生」の慈愛に触れて回復魔法を覚えたエスタは、シスターを継ぐんだろう。


「ごめん。ごめんね、みんな。僕にもっと力があれば……」


 僕も、覚悟を決めた。

 アンデッドのこの身で、どこまでできるかわからないけど。


「魔法使いさん。僕は『最果ての村』を離れます。この村の存在を教えるために。魔王の情報を教えるために。それと——」


 ずっと一緒に旅をしてきた三人は、微笑んでくれた、気がする。


「次の勇者の、仲間になるために」


 最果ての村の魔法使いさんは、頷いてくれた。


 この世界にNPCはいない。

 神の奇跡はない。

 強力な武器や防具は魔王を倒すために受け継がれた武器と防具で。

 魔王の情報もキーアイテムも、魔法使いさんが集めたもので。

 魔王城のすぐ近くにある『最果ての村』は、魔王に対抗するための拠点だ。


 ゲームじゃない世界で、ラスボスじゃない魔王に敗北した、過去の勇者の。僕たちのデッドエンドだ。


「ありがとうございました、魔法使いさん。僕はがんばります。たぶんみんなも。だから、がんばりましょう——」


 魔法使いさんの温かな手を握る。

 ウォル——門番さんと、エスタ——シスター、ウィズ——店員さんが、冷たい手を重ねる。



「——いつかあの魔王を倒す、その日のために」



 僕は、最果ての村の魔法使いさんと、誓った。



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最果ての村の魔法使い 坂東太郎 @bandotaro

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