第1話(2)

一通り、全員の自己紹介が終わったところで、本題に入ることになった。小高は、悩みを言うことに未だ躊躇していたが、今更退けないと思ったのか、ポツポツと話し始めた。


「……俺、写真部内に好きな子がいるんだけど、話したくても、き、緊張しちゃって……。向こうから話しかけてくれたりするから嫌われてはないと思うけど、どう思われてるのかわかんないし……」


恋部の面々は、頷きながらメモを取った。その顔にお遊び感はない。それに安心してか、小高は肩に入った力を少し抜く。


「えっと、だから、このまま情けない自分ではいたくないなって思って。……そんでここに来た」


状況は違えど、恋部を訪ねてくる人達は皆何かを変えようとしている。小高のような性格の人がここに来るには、相当の勇気が必要だっただろう。その勇気に応えることは部員たちの義務だ。


「とりあえず状況は分かった。具体的には目標は何だ? その子と話せるようになることか? それとも、恋人関係になることか? あるいは他の何かか?」


基本、相談を受けるときの進行役はちぃが務める。聞いた話から的確な質問を考え、それをはっきりと聞けるのが彼の長所だからだ。他の部員も、ちぃの質問に同意するように頷いた。


小高は、四人の目に見つめられながら、少し考えた。付き合えるのなら付き合いたい。それが本心だ。だが、到底そんなことが可能だとは思えない。相手にとって自分はおそらく、ただの部の仲間であり、それ以上でも以下でもないだろう。恋部ことを信用はし始めたが、信頼はしていないのだ。どれほどの能力があるのか知らない人たちを信頼など、そもそもできるはずもない。むだに動きすぎて相手との関係が悪くなったら、という心配が胸に生まれる。何事もほどほどがちょうどいい。今まで生きてきた経験が彼にそう伝えていた。


「……じゃあ、話せるようにし」


そこまで言って、小高は口を閉じた。ほんとにそれでいいのか、という思いが頭を掠めたからだ。わざわざ恋部に足を運んで、それだけで終わらせて、自分は満足できるのだろうか。情けない自分を変えるために来たのに、ここで臆してしまえば何も変わらないのではないか。そんな考えが脳内を支配する。


「まあ、今決めなくてもいんじゃない? 小高くんもまだ迷ってるみたいだしねー」


なかなか口を開かない小高を見かねてそう言ったのは、くてだった。彼女の一言で固まった空気がほぐれる。恋部にとってはいつものパターンだ。


「私もそう思います」

「くて先輩の言う通りっすね」


くての主張に賛同するのは後輩二人。そらとふぁみは、基本的にくてに逆らわない。それは彼女の意見が真っ当だからだというのもあるが、それ以上に彼女の持つ魅力には従わずにはいられないからだ。


「そうだな。今決める必要はない」


そして、それは部長であるちぃにとっても同じである。この恋部において絶対権力を持つのは、圧倒的にくてなのだ。


「じゃーあ、小高くんさぁ、次はいつここ来れる?」

「あ、え、あーっと、金曜日だったら」

「りょーかい、金曜ね。あ、ちなみに、そのお相手の名前聞いてもいいかな?」

「……杉浦亜子さん」

「うん、おっけー、杉浦亜子ちゃんね。そしたら、金曜までにどんな目標にするか考えてきてくれる? 私たちはそれまでにできることしとくから」


くては、さらさらとメモをとりながらぱぱっと伝えた。普段はのんびりふわふわしている彼女だが、こういうときの仕事は速い。小高は少し動揺しながらも、くての言葉に頷いた。



さて、そんなこんなでとりあえず小高のお悩み相談一回目は終わったのであった。恋部の部室を後にする小高の顔には、未だ緊張の色が見えていたが、どこかほっとしたようにも見える。恋部メンバーはそんな彼を優しく見送った。

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