第1話 (1)

千歳南高校別館二階の奥の奥。

そこに恋部の部室はある。空き教室を使っているため、部室にしてはそこそこ大きめだ。


普通であれば、たったの四人しか部員がいない部活に割り当てられるような部屋ではない。それならば何故、恋部がそんな部屋を使えるのか。それは現生徒会長である恋部部長の力にほかならない。


部室の中にあるのは、図書室に置いてあるような大きな机が一つと、生徒用椅子が沢山、それと何故か畳が二枚。畳だけが妙に浮いているが、それ以外はまあ普通の教室だ。



現在、放課後。

恋部の部室を、一人の男子生徒が訪ねていた。


「あの、恋部ってほんとに悩み解決してくれるんですか?」

男子生徒は、恐る恐るというように、向かいに座る部員達を見た。きっちりと締められたネクタイと、シワひとつないワイシャツから、彼の几帳面さがうかがえる。


「尽力します、くらいのものでしかないが……。まあ相談に乗ることはできるな。解決できるかどうかはやってみないとわからん」

答える方は、堂々としたものだ。部長の飾らない回答に、部員達は苦笑している。嘘でもできますっつっとけばいいのに、と部員の一人が小声でつっこんだ。


まあ、まずは自己紹介でも、という副部長のアイデアで、とりあえずお互いに自己紹介をすることになった。


「えっと、二年三組の小高幸介です。部活は写真部で、一応部長やってます。……あの、えと、そんな感じです」


オドオドとした自己紹介を、部員達は真面目な顔で聞く。少なくともここに相談に来ている以上、相手は客だ。といっても、もちろん商売をしているわけではないが。


相談者の男子生徒に続いて自己紹介をしたのは、はっきりとした物言いの部長である。


「俺は、恋部部長の市川吉彦だ。知ってるかもしれんが、この学校の生徒会長でもある。クラスは二年七組。同学年なんだから、そんなに身構えないでくれ」


小高、と名乗った男子生徒が縮こまっているのを気にして、部長は軽く微笑む。小高同様、きっちりとした制服の着こなしをしているが、几帳面というよりは爽やかなイメージだ。整った顔立ちのおかげだろう。派手さはあまりないが、どうみてもイケメンの部類に入る。


「あと、恋部の部員には一人一人コードネームがあるんだ。つっても、部員同士で呼び合う時しか使わないけどな。一応俺は、ちぃ、って呼ばれてるから、頭に入れといてくれると助かる」


小高はそれを聞くと、微妙な顔をして、ちぃ、と呟いた。大方似合わないと思っているのだろう。確かに、彼の見た目にしては可愛すぎるコードネームだ。


「はい、じゃあ、次は私!」


部長ちぃの自己紹介が済むと、隣に座っていた女子生徒が小さい手を挙げてそう言った。


「副部長の篠宮鈴音です! ちぃと同じ二年七組だよ。コードネームは、くて。よろしくねー!」


ふわふわと笑いながらしゃべる彼女に、小高は見惚れた。それもそのはず仕方がない。大きな目元に、慎ましやかな鼻、血色のいい唇と頬、そしてサラサラとした黒髪。圧倒的に、ビジュアルがいいからだ。可愛いとも綺麗とも言える彼女の見た目に、惹かれる者は少なくない。ハーフアップに結かれた髪と、白のサマーセーターが表現する清楚さの魅力も相まって、今では地味にダサい二つ名すらついてしまった。


「……千歳南のマドンナ、ですよね」


その二つ名を小高が口にすると、くて本人は驚いた顔をした。


「それ、そんな広まってるんだ? なんか恥ずかしいね」


誰が言い出したのか分からないそれは、本人が気づいていないだけで、おおよそ全校生徒が知っている。くては、言うほど恥ずかしそうな素振りは見せずに、おかしそうに口元を手で押えた。


次に、自己紹介をしたのは、見た目からしてチャラい男子生徒である。校則は一応守っているようで、髪を染めたり、ピアスを開けたりはしていないが、生まれつきこげ茶色の柔らかい髪と着崩した制服が、そのチャラさを印象づけている。そして、ちぃとはまた違った種類のイケメンだ。


「一年一組桜田瑠衣。コードネームは、ふぁみ、っす。よろしくです、小高セーンパイ」


喋り方もどこか浮ついている。初対面の先輩に対してでも馴れ馴れしい。とはいえ、そこが彼の魅力でもある。ふぁみの社交性の高さは、部長であるちぃも買っているのだ。


ふぁみの隣、ショートヘアの女子生徒は、ふぁみを呆れたように一瞥し、それから口を開いた。


「同じく一年一組の海野心です。よろしくお願いします。あ、コードネームは、そら、です」


同じ一年ではあるが、ふぁみとは反対に落ち着いた口調で、彼女はそう言った。そらの見た目には、美人という言葉が似合うだろう。可愛いというよりは、綺麗な顔立ちをしている。重ねて、スラリと背も高く、女子人気もありそうな容姿だ。


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