恵みの森の少年と犬人

風楼

第1話 恵みの森の少年と犬人



 ここは恵みの森。


 生命達が独特の巡り方をしている森。



 この森では足の速さだけが全てだとされていた。



 肉を食べたければ肉トカゲを走って追い回し、追いつき、捕まえることでいくらでも生え変わるそのコブか、その尻尾を分けて貰う。



 果物を食べたければ果樹オオカミを走って追い回し、追いつき、捕まえることでその背中に生えている果樹の実を分けて貰う。



 穀物、野菜を食べたければ畑甲羅カメを走って追い回し、追いつき、捕まえることでその甲羅に広がる畑の穀物、野菜を分けて貰う。



 それ以外の方法で食料を得ることは、その生命を奪ってまで食料を得ることは絶対の禁忌とされているその森で……その少年は自らの足の遅さに悩み、苦しんでいた。



 犬人のように素早く走ることも出来ず、狐人のように鋭く走ることも出来ず、猫人のように軽やかに走ることも出来ず、ただの人である少年は毎日を飢えながら暮らしていた。




 そんなある日のこと、こんな少年なんかに捕まるはずが無いと、肉トカゲが大きな油断をしてくれたおかげで、少年は見事に肉トカゲを捕まえて、その大きな尻尾を分けて貰うことに成功する。



 焼けば美味しい肉トカゲの尻尾、骨も皮も食べられる滋養に満ちた肉トカゲの尻尾。



 少年は久しぶりのその食料を存分に楽しんで食べようと考えて、精一杯に味わおうと考えて……そしてトカゲの尻尾に更に味を付け加えたら美味しいのでは? ということに思い至る。



(確かあの時舐めた石はとてもしょっぱかった。


 あの石を煮込んだ煮汁を使えば……しょっぱい味をつけたトカゲの尻尾が食べられるかも)



 それは食料を得られずに、あまりの飢えに耐えられずに、そこら中の物を口に入れてしまっていた少年だからこそ得られる発想だったのだ。



 そして少年はしょっぱい石を煮込むことで『塩』という物を作り出し、甘い木の皮を煮込むことで『砂糖』という物を作り出し……そしてその砂糖と塩を使うことで、今までに無い、最高に美味しいトカゲの尻尾焼きを作り出すことに成功したのだった。




 それは時に甘くて、それは時にしょっぱくて……あるいはとても甘じょっぱくて少年の舌を、心を存分に楽しませてくれた。



 少年はこの『料理』と呼ばれることになる手法のおかげで、手に入れた肉トカゲの尻尾を思う存分に味わうことが出来たのだった。



 そして、そんな少年のことをこっそり眺めていた一人の犬人が居た。



 その犬人はあまりに美味しそうに肉トカゲの尻尾を食べる少年のことを見て、自分も真似しようと、自分も料理という手法をしてみようと試してみたのだが……しかしどうにも上手く行かない。



 傍目にはとても簡単そうに見えるのだが、しかしいざやってみるとその作業一つ一つがとても難しくて、その上失敗したら最後、食料が不味くなってしまって、食べられなくなってしまって……折角手に入れた食料が無駄になってしまうのだ。



 そうして悩んで悩んで、悩みきった犬人は、少年にいくらかの食料を分け与えることで、少年に料理をして貰ってはどうかと思い至る。



 これは少年と犬人、どちらにとっても嬉しい、どちらもが幸せになれる発想だった。



 少年は苦手な追いかけっこをする必要がなく、犬人は苦手な料理をする必要がない。


 少年は得意な料理だけをしていればよく、犬人は得意な追いかけっこをしていれば良い。



 犬人は次から次へと少年の下へと食料を持って来て、少年はそれらの食料に次から次へと味を付け加えていく。



 少年も犬人も飢えることなく、美味しい味付きの食料を食べられる日々が続いて……そんな日々の中で少年は、食料と食料を組み合わせたらもっと美味しくなるのではないか? ということに思い至る。



 今まで自由に食料を得られなかったからこそ思いつけなかったその発想は、少年と犬人の毎日を劇的に変化させていく。



 複数の食料を組み合わせることで生まれる新たな味、新たな食感は、森の誰もが知らなかった未知の世界を拓いていって……それは森の誰もが羨むものとなる。




「なんだあの食料、すげぇ美味しそうな匂いしているぞ」



「あれは料理って言うんだそうだぜ」



「いくつかの食料を組み合わせれば作れるらしい」



「いやいや、そう聞いて俺も真似してみたんだが、あんな風にはならなかったぞ」



「ああ、料理ですか、私は上手くやれるんですけど、足が遅いので食料が手に入らないんですよね」



「なんだと、お前も料理が出来るのか! なら俺の食料を分けてやるから料理を作ってくれ!」




 そうして恵みの森に新たなルールが作られて、恵みの森は新たな世界に生まれ変わっていく。



 最早足の速さが全てではない。


 食料集めが得意な者が食料を集め、料理が得意な者が料理をする。


 そうして皆で美味しいものを食べて、皆が飢えることのない、皆で協力しあう新しい世界。




 そのきっかけとなった少年としては犬人としては、ただただ美味しい物が食べたかっただけで、そんな大それたことをしたつもりはさらさら無かったので、少年と犬人は周囲のことを気にせず相手にせず、今日も今日とて美味しい食事を楽しむ日々をただ送り続ける。




「おい、今日はどんな料理を作ったんだ?」



「今日はいくつもの木の実を摩り下ろして砕いて作った粉で、たくさんの野菜とお肉を煮込んでみたので、これを穀物にかけて食べましょう」



「なんだか茶色くて変な感じだなぁ、まぁお前が作る物なら美味いんだろうけどな」




 そうして今日も今日とて美味しい食事を食べることが出来た少年と犬人は、満腹のお腹を抱えて、夢を見ることも無く、ぐっすりと朝まで眠るのでした。





――――あとがき


お読みいただきありがとうございました。


♡や☆をしていただくと二人の下に食材が届くとの噂です。

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