お題:夏の思い出

「兄様!」

「ノワール!」

「「海に行きませんか(行くわよ)!」」


 普段は仲が良くない(同族嫌悪をしているだけ)二人が、突然、海に行こうなどと言い出した。

 ……何で君達、こういうときだけ息が合うのかな?


「一応聞いておくけど、なんで?」

「あら? ノワールは私の水着が見たくないの?」

「そうは言ってないよ」


 この我が儘お嬢様は、何を言い出すかと思えば、ただ単に、僕に水着姿を見せたかっただけ。

 と言うことは、ソフィはルミナに対抗して言い出した感じか。


「……まぁ、いいんだけど……僕、水着持ってないよ?」


 ──キランッ


 ……やばい、地雷踏んだかも。


「なら、一緒に買いに行くわよ!」

「一緒に買いに行きましょう、兄様!!」

「い、いや、一人で」


 逃げようと、【空間跳躍】を起動しようとすると、ルミナお嬢様が「ユイ! ノワールを捕まえなさい!」と大声を上げる。


「!? ちょ、ユイさん!?」

「失礼します、ノワール様」


 気が付けば、メイドのユイさんが僕の魔術を封じ込め、後ろから羽交い締めに

 してきていた。

 ……僕の魔術を封じ込めるなんて、流石【結界使いの魔女】を冠するメイドさんだ。

 ほんと、何歳なのか……!?


「ノワール様?」


 その後、僕は恐怖を感じさせる様な満面の笑みを浮かべているユイさんと我が儘お嬢様達に引きずられて服飾店で着せ替え人形になるのであった。


 ☆★☆★☆


「う~~~みだ~~~~~~~!!」


 そう叫ぶのは、僕の初弟子、イリーナだ。

 どこから聞き付けてきたのか、僕たちが乗っていた汽車に同乗していた。


 彼女は、無駄にハイテンションに、そして楽しそうにふりふりの付いたワンピースで海に飛び込んでいた。

 勢い余って海を凍らせそうだ。


「海を凍らせないように気を付けろよ~」


 可愛い愛弟子にそう忠告して、後ろから近付いてくる気配に声を掛ける。


「ルミナお嬢様、着替え終わったのですか?」

「次にお嬢様って言ったら、殺すわよ?」

「それは怖いね」


 僕は軽口を叩きながら振り向く。

 そこには、水色の水着を着た、肌が白く、可愛らしい、お嬢様がいた。

 彼女の髪は、不自然に靡いているため、風系統の魔術で演出していることが分かる。


「どう?」

「うん、君に似合ってて、とても綺麗だよ」


 僕がそう言うと、顔を少し紅く染めながら満足したように頷く。


「あれ、ソフィは?」

「あんな小娘のことなんて知らないわよ。そんなことよりも、泳ぎましょ♪」


 ルミナが僕の腕を抱え込んで海に引きずっていく。


「エルミアナ様!! 抜け駆けはダメですよ!!」

「チッ」


 ルミナが露骨に舌打ちする。

 二人とも、仲良くね?


 僕はそう言いながら【空間跳躍】をしてイリーナの所まで逃げるのであった。


 ☆★☆★☆


 どうしてこうなった。


 僕は言いたい。

 楽しかったはずの海水浴。それなのに、海の一部が凍ったり、雷痕が残ったり、聖痕が残ったり、殺傷度A級の軍用魔術が飛び交ったり。

 海水浴って、戦争だっけ?


 一応、何があったのかというと、始めは皆で楽しく海水浴とかビーチバレーとかやってたんだよ。

 そのビーチバレーが問題だった。始めは普通のビーチバレーだったんだけど、次第にエスカレートして、身体強化魔術を使うようになったり、牽制として軍用魔術を撃ち込み始めたりした。

 それが更にエスカレートして、魔術の模擬戦に。いつの間にか、僕と一日、二人きりで過ごす権利を掛けて魔術戦が始まってた。

 僕の隣では、その権利を手に入れたルミナが機嫌良く、僕にもたれ掛かっている。


「あのね、ルミナ」

「なぁにー?」

「ちょっと大人気ないんじゃない?」

「恋の勝負は常に本気で……それが私のモットーよ」

「ああ、そうですか」


 ……まぁ、あの子達へのフォローは、また今度するとして、今はお嬢様のご機嫌を取りましょうか。


 こうして、僕たちの短い夏休みは終わりを告げたのであった。

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短編集 月夜桜 @sakura_tuskiyo

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