第23話 突然の告白

 楽しかった修学旅行も終わって、二学期が進んでいく。うちの学校は春に運動会をやるから、イベントらしいイベントはそんなに多くはなかったけど。

 それでも、みんなと一緒に遊ぶことが多かったこの二学期は、とてもとても……今まででも一番ってくらいに楽しかった!

 クリスマスはみんな用事があって集まれなかったから、それがちょっと残念だけどね。


 そんな感じで気がついたら、もう大晦日。久々に早く学校始まらないかなぁ、みんなに会いたいなぁなんて思いながらも、わたしはお父さんと大掃除に追われていた。


「……また地震だ」

「今日はなんか多いなぁ。何もないといいが……」


 ちまちまとした地震が朝から何回もあって、いまいち気分が乗らない。ただでさえ大掃除なんて面倒なのに。

 おまけにいつ大きな地震が来てもいいように、テレビをつけてやってたからそりゃもーはかどらない。揺れるたびにお父さんとテレビの前に集合して、なんやかんや話して……ってやってたら、そりゃあ進まないよね。


 で、結局大掃除が落ち着いたのは夕方になってからだった。

 いつの間にか天気は崩れてて、結構派手に雨の音が聞こえてくる。どうせなら雪ならよかったのにな。


「はー、疲れたー」

「お疲れさん。よーし、そんじゃあお父さんは蕎麦を打ってるから、泉美はゆっくりしてなさい」

「そうするー」


 リビングのこたつでぐてんと横になりながら、お父さんにひらひらと手を振る。


 蕎麦にちょっとうるさいお父さんは、大晦日は必ず蕎麦を打つ。だから我が家の年越し蕎麦は、いつもお父さんお手製だ。

 でもわたしとしては、一日中掃除をしてたのに蕎麦打ちができるとか、ちょっと信じられない。お父さん、見た目より体力あるんだよなぁ……。


 まあそれはともかく。


 台所から聞こえてくる音を聞き流しながら、タブレットを開いて最近ハマってるアプリを立ち上げる。

 ひーちゃんがカードゲームをやりたいって言ったから、紹介するのも兼ねてそれのアプリ版をやるようになったんだよね。現実のと違って、使えるカードが限られてるからなかなかデッキ構築が進まないのがアレだけど。それでも歴代アニメのキャラがオリジナルキャストで集合してるから、なかなか楽しい。


 そうやってしばらく、お父さんの蕎麦打ちと雨の音をBGMにしてぽちぽちやってるときだった。

 ぴこん、と画面の上からメッセージアプリの通知が現れた。差出人は……。


「ん……ひーちゃん?」


 なんだろう。リアルタイムで対人戦をしてるわけじゃないし、早速開こう。


 ちなみに、ひーちゃんは別にタブレットやスマホを手に入れたわけじゃない。このメッセージアプリでのやり取りは、テレパシーを変換してアプリでやり取りできるように魔法でアレコレした結果だったりする。

 魔法って便利だよね。仕組みは全然わかんないけど。


「……今からうちに……?」


 ひーちゃんからのメッセージは、今からうちに来たいってことだった。ひーちゃんのメッセージはわりといつもあっさりしてるっていうか、テレパシーを変換してるものだからスタンプとかは基本つかないんだけど、それにしても今回のメッセージはいつもよりもずっとあっさりしてる。


 あっさりっていうか、最低限? 本当に用事だけって感じだ。

 いつもなら、あっさりしててももうちょっと色々ついてるんだけど。


 と思ってたら、続きが来た。


「泊めてほしい……?」


 なんでまた急に。

 そう思ったら、また続きが飛んできた。


「……え、家出?」


 なんだかひーちゃんがやるようなイメージないけど……家族とケンカしたのかな。おうち、いつ行ってもひーちゃんしかいないから、どんな人なのかいまだにわかんないけど。


 でも、そういえばみんなでお泊まり会ってしたことなかったなぁ。うちは部屋とか余ってるし、ありだよね。いつかみんなでやりたいな。


「ねえお父さん。ひーちゃんが今から泊めてほしいって言ってきたんだけど、大丈夫?」


 ともあれわたしは、身体を起こして台所に声をかけた。

 返事はすぐに来る。台所からひょっこり顔を出したお父さんは、不思議そうな顔をしてたけど。


「え、今からかい? 俺は別に構わないが……親御さんの許可はあるんだろうね?」

「なんか、家出したらしいよ」

「ええ? なんでまた。というか、親御さんの許可がない子供を泊めたりなんかしたら、お父さん警察に捕まっちゃうじゃないか」

「いつかやると思ってました、って言われるやつ」

「くぅ……っ、娘の塩対応がツライ……! いやでもな泉美、これはわりと冗談でもなんでもなくて……」


 と、お父さんがそこまで言ったときだった。ぴんぽーん、とチャイムが鳴った。


「え、もう来たのかい?」

「かな? わたし出るよ」

「あ、泉美……はあ、やれやれ」


 どことなくそんなに困ってなさそうなお父さんの声を背中に受けながら、わたしはインターホンの前に立つ。


「はいはい?」

『泉美……』

「って、ひーちゃん!?」


 画面に映ったのは、予想通りひーちゃんだった。だったけど、その格好は全然予想通りじゃなかった。

 わたしはインターホンをそのままにして、慌てて走り出す。途中で洗面所に寄ってタオルを引っ張り出して、玄関へ。

 スリッパを引っかけてドアを開ければ……そこには、雨で全身がぐしょぐしょに濡れたひーちゃんが立っていた。その後ろに、いつもならあるはずの黒い車は見えない。


「おう……すまんな、急に」

「いや、そんなことよりずぶ濡れじゃん! ほら、中入って!」

「ああ、助かる」


 玄関の中に入ってきたひーちゃんの身体のあっちこっちから、すごい勢いで水がこぼれてくる。まさかこんな雨の中、傘もささないで歩いてきたの!?

 慌ててもう一枚タオル出してきたけど、これでも全然足らないぞ!


 そんな騒ぎを聞きつけて、お父さんも玄関までやってきた。そして目を丸くする。


「これは幸一殿……突然押しかけて申し訳なく」

「いやいや、そんなこと言ってる場合じゃないと思うなおじさん。とりあえずお上がんなさい。でもって、君はすぐお風呂だね!」


 お父さんはそのまま手際よく、お風呂の準備を整えていく。


 そうやってるうちに、なんとかずひーちゃんから水がこぼれないくらいにはできた。これでとりあえず、靴を脱いで上がるところまでは……うわ、靴の中水びたし! 靴下なんてそれ、雑巾みたいに絞ったらめちゃくちゃ水出るやつ!

 なんて思わずそれをガン見してたら、ひーちゃんが苦笑いした。


「いや、本当に申し訳ない……」


 その顔は、いつものひーちゃんとは違った。いつも自信たっぷりで、大胆で。かっこかわいい彼女とは違う、疲れたような、すごくさみしそうな顔だった。


「……いいよ。それより風邪引いちゃうよ、お風呂入ろう?」


 だからわたしは、色々言いたいこと、聞きたいことがあったけど、でもとにかく、まずは元気になってほしくて、そう言っていた。


▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽


 うーん、ホテルのお風呂と違って、家のお風呂で二人一緒はやっぱりちょっと狭いや。

 ひーちゃんと二人で浴槽につかったわたしは、そんなことを考える。


 流れでなんとなく一緒にお風呂入ることになったんだけど、ひーちゃんがあんまりしゃべらない。いつもならもっとおしゃべりなのに。やっぱり何かあったんだろうな……。


「……ねえひーちゃん? その……そろそろ何があったか聞いてもいいかな……?」


 とりあえずやらなきゃいけないことも終わったし、そう聞いてみる。

 ここでようやく、ひーちゃんと目が合った。彼女のきれいな青い目が、少し揺れているように見えた。


「そうじゃな。少し長くなるが……」

「いいよ、全然。ね、家出って言ってたけど……」

「うむ。実は今日は、朝から大規模な作戦があってな……組織総出で異形の集団と戦っておったんじゃ。たぶん、こちらでも地震という形で影響が出ていたと思うが」

「あれってそういうことだったんだ……」


 どうりでニュースでも原因がわからないとか、やけに浅いとかって言われてるわけだよ。魔法が関係してたらわかるわけない。


「で、それはよい。想定よりも手間取ったが、無事に終わった。そこまではよかったんじゃがな」


 うん、と頷いて続きを待つ。

 するとひーちゃんは、いきなり深いため息をした。お湯の上に息が当たって、少しだけお湯がはねる。


「組織がな。これで柊市の問題はすべて解決したと判断したんじゃ」

「……? それって、何かダメなの?」

「駄目も駄目、大駄目じゃ!」


 よくわからなくて聞き返したら、随分オーバーなリアクションと一緒に身体の向きを変えられた。そのままわたしとひーちゃんは、正面から向き合う形になる。

 びっくりしたけど、ひーちゃんの顔は真剣だ。真剣で、どこか悲しそうでもある。


「ここの問題は片付いたから、早く次の場所に行けと言うんじゃぞ! 今日中にこの街から撤収しろと! そんな馬鹿な話があるものか!」

「……えっ?」


 そして怒った調子で声を上げたひーちゃんに、わたしはちょっとマヌケな声を返すことしかできなかった。


 えっと、ちょっと何言ってるかわかんない。

 いや意味はわかるんだけど。

 だけどわかりたくないっていうか。


「ま、まさか、まさかだけど、ひーちゃん……いなく、なっちゃうの?」

「そうしろと言われたんじゃよ! それも、今日中に柊市から消えろとな!」

「な……なにそれ! 意味わかんない! そんなの、そんなの絶対おかしいよ!」


 思わず前のめりになって、ひーちゃんとぶつかりそうになる。でもそれが気にならないくらい、わたしは、ううん、わたしも頭に来た!


「じゃろ! 思わず組織の連中をぶちのめして飛び出て来てしもうたわ!」

「え……い、いや、それはやりすぎなんじゃ」


 ひーちゃん、最強の魔法使いなんでしょ? 何もないといいけど……。


「……でもなるほどね、それで家出なんだ?」

「うむ! ……いや、実のところおかしいわけではないんじゃがな。わしは今までそうやって生きてきたからのう。世界に仇なす怪異を倒して回り、あちこちを転々としてきた。ただ……」


 わたしが同意したからか、ちょっとテンションを落ち着かせてひーちゃんが言う。なんだか言いづらそうにしてたけど、すぐに決心したみたいに続けた。


「ただ、こう、今回はうっかりお主らと深く付き合うてしまった。それはまったく後悔しておらんし、得難い時間と経験であったと即答できるが……。お主らに黙って消えるのは、……それは、寂しくてな……」

「ひーちゃん……」


 話してるひーちゃんの顔が、だんだん暗くなっていくのが見ててよくわかった。声も小さくなっていったし、相当気にしてるんだな。

 それは嬉しいことではあるんだけど。みんなのために戦うだけだったひーちゃんが、わたしたちといる時間をよく思ってくれてるわけだから、とっても嬉しいんだけど。


 でも、だからこそ……。


「……本当に、他のところに行っちゃうの?」

「……ああ、それは変えられん。お主らが思っている以上に、この世界には脅威が多いのじゃ」

「…………、そ、っか……」


 仕方ない、仕方ないんだってのは、わかる。わたしだってもう六年生だもん。ひーちゃんじゃないとどうにもできないことはきっとたくさんあって、この街だってきっとそんな場所の一つだったんだろうなって、それくらいのことはわかるよ。

 だから、ひーちゃんを待ってる……ひーちゃんが助けに来るのを待ってる人たちがいるってことだって、わかるもん。


 でも……でも、そうだってわかってても、それでもやっぱり……。


「……やだよひーちゃん……。せっかく、仲良くなれたのに、もうお別れなんて、そんなの……」


 自分でもびっくりするくらい、震え声だった。なんだか鼻の奥がツンとしてて、痛いくらい。


 そんなわたしの身体を、ひーちゃんは正面から抱きしめて来た。もちろん、それを払ったりなんてしない。


「……すまぬ。じゃがどうかわかってくれんか。わしとて、同じ心持ちなのじゃ」

「うう……うん……」


 あ、ダメだ。なんか目の前がぼやけてきた。


 ううう、急にこんな話するなんて困るよ……。大晦日にこんな悪いニュースなんて、聞きたくなかった!

 そりゃあ、三学期に登校したらひーちゃんがいなくなってた、よりはマシかもだけどさぁ……。


 わたしたちはそのまましばらく、何も言えないままお風呂の中でぼんやりとしてた。何を言えばいいのかわからなくて、ただ外から雨の音だけが聞こえてくる。


「……まあ、とはいえ」


 どれだけ経ったかはわからない。のぼせるほどじゃないから、案外そんなでもないのかも。


 ふと、ひーちゃんが口を開いた。そしてゆっくりわたしを引き離しながら、言う。


「わしの見立てでは、この街の事件は終わっておらんのでな。組織がなんと言おうとわしはまだ居座るぞ」

「えっ」

「ふふふ。組織の言うことなんぞ知ったことか。わしはわしのやりたいようにやる。じゃから泉美」


 ぽかんとするわたしの前で、ひーちゃんはにやりと笑った。

 さっきまでの、さみしそうな暗い顔はいつの間にか消えていた。そこにあったのは、いつものいたずらっ子みたいな勝気な笑顔。

 普段通りのひーちゃんがそこにいた。いつもの青い目が、まっすぐわたしを見つめている。


「もう少し。もう少しだけ……せめて、卒業式までは。何があってもそこまでは、わしはお主たちの隣にいることにする。良いじゃろう?」


 そんな彼女にわたしは、


「あったりまえだよ!」


 目元をこすりながら、大きく返事したんだ。


 イエス、って!

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