第22話 修学旅行 6

「……わしは、悪魔に育てられた子供でなぁ」


 あのあと一階に戻ってきたわたしたちは、フードコートに入って早めのお昼ご飯を食べることにした。

 そしてポテトとハンバーガーを前にして、ひーちゃんが言ったのがそんなセリフだった。


「わしの父は非常に腕の良い魔法使いだったんじゃがな。魔法の使いすぎで悪魔へと堕ちた。堕ちたが……極めて稀な、人としての知性を保持した悪魔へと堕ちてしまったのじゃよ」

「……それって、前に少し言ってた厄介な……」

「うむ、まさにそれじゃ。そのため周りにまったく気付かれることなく、父だった悪魔はわしを悪魔として育てた。おかげでわしは世界一の使い手となり、結果として父が父ではなくなっていたことに気づいたのは皮肉と言えようが」


 はあ、とため息をつきながらひーちゃんはメロンソーダに手を伸ばした。中身をすすって、話を続ける。


「ともあれ、わしには悪魔に育てられた子供という結果が残った。そしてそれは、魔法界では歓迎されるものではなかったのじゃな」

「……そ、そんなの、ひーちゃんには関係ないじゃん。おかしいよそんなの」

「いやそれがのう。過去に悪魔に育てられた子供が色々やらかした事例は、いくつもあってな。実を言えば、わしにも前科がある。災厄の魔女というのはそういうところからじゃな。ゆえに仕方ないところもあるんじゃ」

「そ、そう、なの?」

「まあ、な……それについてはあまり触れんでほしいところじゃが」

「あ、うん。聞かないでおきます」


 聞いたらなんだかとんでもない話が出てきそうだし。

 別にそれを聞いても、ひーちゃんを嫌いにならない自信はあるけど……ショックは受けるかもだし。今ここで聞く必要はない……よね?


「ありがとう。ともあれ、そういうわけでな。わしは魔法使いどもから、ああいう扱いを日常的に受けておるわけじゃ」


 そう言うひーちゃんは、やっぱり普段と変わらない顔だ。全然気にしてないって感じだし、「迷惑なもんじゃよ」とか言いながらハンバーガーをもしゃもしゃしてる辺り、本当に気にしてないんだろうけど。


 でも話を聞いて、なんとなく思った。わたしから見たひーちゃんは、この通りオリハルコンの精神を持ってる子だけど……もしかして、順番が逆なの? って。

 何を言われても、何をされてもへこたれないんじゃなくて、色んな目に遭ってきたからへこたれなくなったの? って……。


 それは、そんなのって、あんまりだよ。いくらなんでも……。


「……そう悲しそうにしてくれるな。わしは気にしておらんし、気にするような暇もない」

「でも……友達がそんなことされてるのは嫌だよ……」


 だからそう言ったら、なんだか驚かれた。なんでさ。


 そりゃあ、わたしが思ってるよりとんでもないことをやったのかもしれないけどさ。もしかして、すごく悪いことだってしてるかもしれないけど。

 それでもひーちゃんは、やっぱり友達だもん。わたしにとっては、趣味が合っていつもノリがよくて、一緒にいてすごく楽しい友達だもん。


「ひーちゃんだってさ、さっきわたしが悪く言われたのが嫌だったから怒ってくれたんでしょ? おんなじだよ」


 だからそう付け加えたら、驚いた顔のまま固まられた。だからなんでさ。


「……いや。うむ。そうじゃな。その通りじゃ。すまんかった」

「? う、うん」

「とはいえ、気にしておらんのは本当じゃからのう。組織に対してあれこれ言うよりは、先に倒すべき敵もおることじゃし……ああいや、これ以上は堂々巡りになる。この件はこれで終いにしてよいか?」

「それは……うん、そうだね。そうしよう」


 言いたいことはまだある。同じ組織の中にいるなら、先に誤解を解いたりなんなりするほうがいいんじゃないの、とか。

 でも、案外ひーちゃんも頑固みたいだし。これで言い合いになってケンカ、なんて嫌だ。本人がいいって言うなら、ここで終わらせといたほうがいいんだろうな。


 ということで、わたしも今まで手をつけてなかったハンバーガーを取った。


「で? よく見ておらなんだが、お主は何をしておったのじゃ?」

「カードゲームの新規カード試作と、テストプレイだよ。自分で色々設定できる上に、自分の絵がカードの絵柄になるってやつでさ」

「ふむ? カードゲームとはまたわしの知らんやつが出てきたな。トランプや花札の類ではなく?」

「あー、そっかその辺もカードゲームか。でも残念、違うよ。細かく言うと、トレーディングカードゲーム、ってやつなんだけど……」


 バーガーをもぐもぐしながら、大雑把に説明する。わたしも細かい話はそんなに詳しくはないから、知ってる範囲になるけど。

 でもまあ、ひーちゃんの頭ならすぐにわかってくれるよね。


「ふーむ、それは……なんというか、財力が物を言いそうなゲームじゃのう。新しいカードが出るたびに、強い弱いがガラリと入れ替わるのではないか? そしてそのたびに出費を強いられるのでは……」


 ほらね。


「そうなんだよね。だからおこづかいが厳しくってさ、最近はあんまりやってなかったんだ」


 アニメ自体は見てるんだけど、やっぱりずっと続けてってなると厳しいんだ。

 でもやるなら勝ちたいし、かといって古いカードだけで勝てるものでもないし。

 たまに古いカードとの組み合わせでとんでもないコンボに繋がったりするけど、そんなの滅多にあるものじゃないしなぁ。


「お主、新作が出たらあるだけ買おうとする性質じゃしなぁ」

「それを言っちゃあおしまいだよ……」

「あれだけものにあふれた部屋で生活していて何を言うか」

「くそう、何も言い返せない!」


 おかげで部屋にマンガとかフィギュアが増えていくんだよね!

 またお父さんがそこらへんあまり気にせず買ってくれるものだから、余計に……いや、お父さんのせいにするのもダメだとは思ってるけどさ……。


「……まあそういうわけだよ。ゲーム自体は嫌いじゃない……っていうか、わりと好きなジャンルではあるんだよ? 普通のゲームと違って、運でも結構勝ち負け変わるしさ」

「ふむ、わしはそういうのは結構好きじゃ。機会があったら教えてくれんか?」

「もっちろん!」


 ひーちゃん頭いいから、やり始めたらすごく強くなりそうだなぁ。

 ま、わたしが言った通り運でも勝ち負け変わってくるし、アニメと違って絶対なんてないからそれはそれだけど。


 せっかくだからみんなでやれたらいいんだけどなぁ、はーちゃん辺りは嫌いそうだなぁ。ふーちゃんはお金がかかり続けるってところを気にしそう。

 うーん、わたしたちってつくづく同じ趣味がないな。四人で一緒に楽しめた話題って、ネズミーくらいしかない気がする……。


「……そういえばさ」

「なんじゃな?」

「あそこにいた子たちって、みんな魔法使いなの? お仕事の内容自体は、完全に普通のカードゲーム作りだったっぽいけど……」

「その卵じゃな。魔法学校はわりと各地にあるんじゃよ。そしてこの施設も、そういう魔法使いの卵向けの設備を備えた提携組織ということじゃな」

「あー、だからアニメみたいにカードの絵が出たんだ。なんていうか、意外と魔法って身近にあるんだね」

「というよりは、時代の変化によってそうならざるを得ない、が正確かのう」

「そういうものなのかなぁ」


 よくわからなかったけど、本職の魔法使いが言うならそうなのかな。


 って思ったところで、ちょうど買ったものを全部食べ終わった。まあ、まだコーラが残ってるから動かないけど。


「ところで」

「んー?」


 包み紙を一つにまとめて、残りのコーラを飲んでると思い出したように声をかけられた。

 ストローをくわえたままそっちに目を向けて続きを促す。


「新しいカードを作る仕事だったんじゃろ。どんなものを作ったんじゃ?」

「お、それ聞いちゃうー?」


 ひーちゃんの言葉に、わたしはにまっと笑う。

 コーラを置いて、いそいそとカードを取り出す。もちろん、絵柄のほうをひーちゃんに見せながらね。


「じゃーん!」

「おお、魔法少女……んんん?」


 それを見たひーちゃんは、楽しそうに……なりかけたところで首を傾げた。


「……これ、もしかしなくてもわしでは?」

「うん、そうだよ!」


 だからわたしは、にんまり笑う。


「魔法少女を描くってなったとき、最初にどうしてもひーちゃんが頭に浮かんだんだよね。だからついモデルにしちゃいました」

「なんとまあ。いやそれは別に構わんが、わしこんなかわいらしい服なんぞ着たことがないぞ」

「そうだね、ひーちゃん変身もしないし。でもやっばり魔法少女って言ったら衣装だって特別なのほしいじゃん! だからせめて絵の中でもと思って着せちゃいました」

「くそう、今やお主のその主張が理解できてしまう。わしも染まったもんじゃな……」


 どうやら言い返せないらしい。ひーちゃんが少し悔しそうに、でも楽しそうな複雑な顔をしてる。

 ふふふ、ひーちゃんはわたしが育てた!


「なんだったらそれ、あげようか?」

「いや、これはお主が作ったものじゃろうに」

「そしてもしよかったらその服を着てもらえると、わたしがとっても喜びます!」

「……そういうことか」


 わあ、めっちゃ苦笑いされた。


「まあ……そのうち考えておこう」


 でも苦笑いしながらも、わたしからカードを受け取る。


「なにそれツンデレ? ツンデレなの?」

「……今までこういう扱いを受けたことがなかったから、嬉しいんじゃよ。言わせるな恥ずかしい」

「わあ、すごい破壊力」


 カードをしまって腕を組んで、そっぽを向くひーちゃんのかわいさときたら。


「ふふふ、期待してる」

「そのうちな。そのうち」


 にまにましながら言ったら、適当な感じで流された。手をひらひらさせて、いかにも言うだけ言っておいたみたいな感じ。

 うん、わたしとしても無茶振りだったなとは思うし、期待しないで待ってようかな。


 と、ここで後ろから声をかけられた。


「お、イズ子たち見っけ」

「はーちゃん、ふーちゃん」


 振り返ったら、そこには食べ物をトレイに載せてる二人がいた。


「二人はもうお昼食べたのね」

「うむ、少々早めに終わったのでな。ならば混む前に、とな」


 ふーちゃんの言葉に、間違ってないけど正しくもない答えを返すひーちゃん。

 こういうときの彼女は本当に上手だなって思う。嘘は言ってないんだもんなぁ。


「まだここにいるなら一緒に食おうぜ」

「いいよー」

「うむ、異議なし」


 ということで、テーブルに二人が加わる。

 そこからわたしたちは、さっきの出来事は忘れてこのキッズランドの話で盛り上がった。


 でもって、午後からは魔法関係のあれこれに巻き込まれることはなく普通に楽しむことができた。

 ひーちゃんがあとからこっそり教えてくれた話によると、わたしが普通じゃないほうに案内されたのは、例の指輪が魔法使いの道具に間違えられたのが原因だったんだって。だから少しだけ改良しておいた、とかなんとか。


 いつの間に、とかは言わない。ひーちゃんのそういうところにツッコむのは今さらだもん。

 ただそれはそれとして、ちょっとだけ残念だなって思ってるわたしもいる。だってひーちゃんの指輪があるなら、わりと安全だって今回わかっちゃったんだもん。


 なんて言ったら、ひーちゃんには怒られたけどね!

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る