第2話 不思議な転校生

 別に友達がいないわけじゃない。むしろクラスのみんなとは男子も女子も関係なくしゃべるし、それなりに仲がいいって思ってる。たぶん、周りからもそう思われてる……ハズ。


 でもなぁ。違うんだよなぁ。

 だって、みんな高学年になった辺りからマンガとかアニメとかの話をする人が減っていくんだもん。代わりにどこかのアイドルがどうのとか、ファッションがどうのとか、そっち方面が中心で。


 違うんだよなぁ。そりゃ、わたしも興味がないとは言わないけどさ。わたしはもっとマンガとかアニメとか、ゲームとか特撮とかの話をしたいのに!

 なんかかっこつけて、卒業とか言ってやらなくなっちゃうんだもん。それが悲しいんだ。


 もちろん全員がそうじゃないんだけど、少しずつ広がってる。中学生になったら、もっと増えるんじゃないかって思ってる。

 だから、そのうちわたししかサブカルの話する子がいなくなったらどうしよう……なんて、最近ちょっと思うんだよね。もしかしたら、この先同じ趣味の友達がいなくなっちゃうんじゃないか、って。


 一応、「卒業」してった子とすぐに何も話さなくなるなんてことはないけど。クラスのひ……ひ……ひえらるきー? が高い子がそういうの露骨にバカにしてくるから、あんまり大っぴらに言えないんだよね。それで周りからのけものにされるのもイヤだから、話は合わせてるけどさ。


 でもだからこそ、違うんだよなぁ、って思うわけで……。


 だから、「親友」がほしいって願ってみた。中学生になっても、高校生になっても、大人になっても。ずっとずっと、一緒に遊べる。一緒に同じ話題で盛り上がれる。そんな友達がほしい、って思って。


 ……まあでも、ダメだったけどね。


 うん、知ってた。知ってたもん。

 流れ星が願いごと叶えてくれるなんて、そんなの嘘だよね。


 だって理科の授業で習ったもん。流れ星は宇宙から落ちてきた石とかチリとかが、地球に入ったときの熱で光ってるものだって。

 そんなのが願いごとを叶えてくれるなんて、あるはずないじゃん。不可能だよ。だから何もないのが当たり前なんだ。


 ……でも、ちょっと凹んでるわたしもいて。なんだかなー、なんて思いながらも、二学期が始まっていつの間にか半月が経っていた。


 そんなある日。いつものように登校して、ランドセルから教科書を取り出してたら、朝一番で先生に呼び出されてた委員長が副委員長と一緒に机と椅子を持って教室に入ってきた。


 思わずぎょっとしてそっちに目を向ける。わたし以外のほとんどのクラスメイトも同じように思ったみたいで、何人かが二人に声をかける。

 答えたのは、机を運ぶ副委員長のほうだった。


「転校生が来るらしいぜ!」

「マジ!?」


 その返事で、クラス全体がざわついた。

 そのまま結構な人数……の男子が副委員長たちに殺到する。


「男子? 女子?」

「女子だってさ!」

「おーっ、やったー!」


 さらに、副委員長の宣言で盛り上がる男子たち。

 男の子は単純でいいなぁ。


 と思ったところで、委員長がメガネの奥でジト目を作って割り込んだ。


「……ちょっと男子、そこどいてよ。運べないじゃない」

「あ、ご、ごめん!」


 別に声を張り上げたわけでもないのに、この反応。さすがは鬼の委員長だ。


 なんて感心してたら、彼女がこっちを見た。

 えっ、なんだろう。わたし何かしたかな……何も言ってないと思うけど。


平良たいらさん、あなたの後ろに置くように言われてるの。ちょっとだけ前にずれてもらえる?」

「えっ? うん……これくらいでいいかな?」

「うん、大丈夫。ありがとう」


 委員長から急に名指しされると心臓に悪いんだよね。でも言われてみれば納得だった。わたしの後ろ、結構スペースあるもんね。


 ということでわたしは頷きながら、どうぞとばかりに今座ってる椅子を前に引いた。

 するとすぐに、空けたわたしの後ろに机と椅子が設置される。


「ふー、朝から疲れた。先生も人使い荒いよな」

「何言ってるのよ、委員長も副委員長もそういうお仕事でしょ。ほら、そろそろ先生も来るしみんな席に着きましょ!」

「委員長は相変わらずまじめだよなぁ……いや、ナンデモナイデス」


 じろりとにらまれた副委員長が、すごすごと自分の席に向かうのを見て他のクラスメイトもそれにならう。


 余計なこと言うからそうなるんだよ。副委員長は懲りないなぁ。

 でもあれは、お父さんに言わせれば尻に敷かれてる、ってやつらしい。わたしもそう思う。ああいうやりとり、結構色んな作品で見るよね。


 まあ、わたしにはまだあんまり関係ない話だ。そう思いながら教科書の移動を再開したけど……何気なく後ろに目を向ける。

 まだ誰もいない席がそこにある。当たり前だけど。


 いやさ、ここに来て急に転校生なんてよく考えたらヘンだなって思って。普通転校生ってさ、学期の最初とかに来るものじゃない?

 二次元だと、色んな作品で見かけるけど……っていうかむしろ多い気がするけど……あれ、もしかしてこれはそういう展開だったりするのかな?


 お父さんの影響で順調にそっちのレベル上げが進んでるわたしは、そんな風に思っちゃったりもしたけど……ふとあることが頭に浮かんで思考がとまる。


 今度は窓の外に目を向けて、そのままさらに上のほうに視線を上げた。今はまだ朝で、九月とはいえ穏やかな青空が広がっている。

 その向こう側に、こないだの不思議な青い流れ星が見えたような気がした。


(……まさかねぇ)


 だけどわたしはすぐに首を振って、浮かんだその考えを否定した。


 うん。そんなはず、ないない。

 だって流れ星は、宇宙から落ちてきた石とかチリとかが、地球に入ったときの熱で光ってるものなんだから。


 自分で自分にそう言って、わたしはやれやれとため息をつく。

 そうして先生が来るのを待つことにした。


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「今日は、みんなに新しいお友達を紹介します!」


 朝の会で教壇に立った先生は、真っ先にそう言った。

 みんなとっくに知ってるからか、まるでライブみたいに歓声が上がる。で、委員長が怒って「はーい」と静まるまでがワンセット。


 先生もそれについてはいつものことだから、何も言わずにニコニコしてるだけだ。

 それで完全に静かになってから話始めるのも、いつものこと。


 今回もそんな調子で、タイミングを見計らった先生が「さあどうぞ」とクラスの外に声をかける。


 その呼びかけに応じて中に入ってきたのは、小柄な女の子だった。まあわたしよりは大きいと思うけど、それでもわたしよりちょっと大きいくらいだと思う。


 だけどそんな女の子の姿に、クラス全体が言葉を失った。

 胸を張って堂々と歩く女の子は、別に何かおかしな格好をしてるわけじゃない。わたしたちと同じ、何も変わらない学校の制服だ。

 なのになんでか、女の子が光ってるように見えた。もちろんそんなことはないんだけど。


 それはたぶん、ポニーテールになってる黒い髪がCMで見るようにつやつやしてて、それが光ってるように見えたんじゃないかな。

 おまけに女の子は、すごいかわいい顔をしてた。うちのクラスにはモデルをやってる子がいる(今日は撮影とかで休みらしい)けど、その子にも負けない……どころか、普通に上回ってるんじゃないかって思っちゃったよね。

 男子なんて、たぶん全員一目惚れしちゃったんじゃないかな。だって女のわたしでも見惚れるしかなかったんだもん。


 そんなかわいい転校生さんは、チョークで文字を書く姿も様になっていた。先生よりもきれいな文字を黒板に大きく書き上げる姿は、どこかの芸術品みたいだった。


 光藤子。やがて黒板にはその三文字が書き込まれて、女の子は満足げにこちらに振り返る。


「やあやあ諸君、お初にお目にかかる。これなるは、姓をひかり、名は藤子とうこと申すもの。短い間ではあるが、今よりこちらで世話になる。よろしゅう頼むぞ」


 ところがどっこい。彼女の口から出てきたのは、時代劇でしか聞いたことがないような喋り方だった。

 これにはわたしも、クラスメイトもみんなびっくり。今まで見とれてて静かだった教室の中が、別の理由で静まり返った。

 だけど先生は顔合わせをとっくに終わらせてるからか、どこか楽し気に笑っていた。


 そして困惑する教室を置いてけぼりにして、女の子……光さんに声をかける。


「それじゃあ光さんの席は、平良さんの後ろになります。窓際の、一番後ろの空いている席ですね」

「ふむ、あそこじゃな。了解した」


 先生に促されて、光さんが壇から下りる。そのまままっすぐわたしのほうに向かってくる。

 わたしの後ろが指定席だから当然なんだけど、まだ混乱を引きずっていたわたしは不意打ちを受けたみたいに感じてちょっと驚いちゃった。


 そうこうしているうちに、目の前まで光さんがやってくる。


「お主は平良というのじゃな。よろしゅう頼むぞ」

「あ、う、うん……よろ、よろしく……」


 至近距離で見た彼女はやっぱりあまりにもかわいくて、わたしは思わずどもってしまう。


 だけどそれだけじゃなかった。確かにその見た目が良すぎるのも原因ではあるんだけど、それよりわたしはもっと気になるものを見つけてしまっていて。だからこそ、まともな応対ができずにおろおろしてしまったんだ。


 だって、彼女の目。近くで見たからこそわかったんだけど、彼女の目は青かったんだよ。

 大げさなって思われるかもしれないけど、違うんだってば。ただ青い、ってだけじゃないんだ。


 彼女の目は……瞳は……なんていうか……そうあれ、あれだよ。理科の資料集に載ってる、地球みたいな感じ。ほら、宇宙ステーションから撮った地球の写真とか、そういう感じで……。

 まるで……輝いてるみたいだった。宝石よりもっともっとキレイで、そのまま吸い込まれちゃいそうに感じるくらい、透き通った青だったんだよ。


 おまけにそれは、どことなくあの日見た流れ星に似ていて。


(もしかして。もしかして、本当に?)


 彼女が着席する音を聞きながら、わたしはそう思わずにはいられなかった。

 だけどすぐに一時間目が始まっちゃって、わたしは今までで一番集中できない一時間を過ごすことになった。


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 転校生は人気者だ。それは現実もお話も変わらない。

 休み時間になると、クラスの多くが光さんに殺到した。そしてあれやこれやと質問をしていく。


 もちろんわたしも! だって前の席なんだもん、この特権は使わなきゃ損ってものだよね。


「ちょっとちょっと、そんなに一気に質問したら光さんが困っちゃうじゃない!」


 なんて委員長がたしなめてたけど、当の光さんは笑ってた。


「構わんよ。時間の許す限り好きなだけ聞くがよい」


 そしてそう言って、一気に言われたはずの質問にちゃんと順番に答えていくのだ。

 これには委員長もびっくりで、「聖徳太子みたい」って言って目を丸くしてたのがなんだかちょっとおかしかった。

 光さんはそのつぶやきにも律儀に返答してたから、本当に一気にされた質問を聞き分けて理解できてるんだと思う。なにそのハイスペック。


 でもそんな光さんでも、時間は増やせない。休み時間は短くて、気づいたら次の授業が始まっちゃう。

 みんな普段から短いって言ってるけど、今日は本当に短く感じられて。逆に授業が本当に長く感じられてものすごくしんどかったよ。


「光さんはどこの学校から来たの?」

「光さんはなんでそんな喋り方なの?」


 で、わたしが聞けたのはこの二つだったんだけど。


 光さんからの答えはそれぞれこんな感じだった。


「遠いところじゃな。ま、海外とだけ言っておこうか」

「なんでと言われても、生まれ育った環境ではみながこのように喋っておったからなぁ……深く考えたこともなかったわい」


 うーん、意味深!

 二つ目なんて何がなんだかわかんない。今の時代に、そんな喋り方してる一家なんてあるのかなぁ?

 そりゃ二次元だとそういう家もあるだろうけど。二十一世紀だよ? さすがにちょっとないと思うんだけど。お父さんが聞いたら「のじゃロリじゃないか最高かよ!」って喜びそうだけどさ。


 ……まあでも、わたしとしてもアリ。アリ寄りのアリ!

 だって面白いじゃない。光さんが実際どうかは置いといて、こんなお話の中のキャラみたいな子がいるなんて楽しいに決まってるよ!


 しかもこれだけじゃない。光さんはまだまだ二次元のキャラみたいなことをするから、わたしのテンションは上がりっぱなし。隠すのに苦労したよ!


 何せ光さん、授業でもすごかった。先生に当てられたところは教科に関係なくすらすら答えてたし、しかも全部正解だった。

 英会話の授業でもアメリカ人の特別講師と英語でぺらぺら会話してた(しかも盛り上がってた!)し、体育なんて徒競走させたら県の記録を更新しちゃったくらいだ。


(なんかこういうの、アニメで見たことある……!)


 運動が苦手で最初から戦力外通告不可避のわたしは、グラウンドの端のほうでそれを眺めてたわけだけど。

 テンションを上げたクラスメイトが、光さんを囲んで盛り上がってた。気持ちはわかる。

 朗らかに彼ら彼女らに対応する姿は、わたしの知ってるアニメとはちょっと違うけど……でも違うのはそれだけだ。


(本当にアニメからキャラが出てきたみたい!)


 おかげでますます、光さんへの好奇心が膨らんでる。普段ならこんなに他人が気になることなんてないんだけど、こんなサブカルの化身みたいな子に興味がわかないはずがないじゃない。


 あとは、こないだの願いごとのこともある。

 わたしは親友がほしいって流れ星にお願いした。叶えるのが無理でも、ちょっとだけ手伝ってくれたらいいなぁって思いながら。


 そのあとに現れたのが光さんって。すごくお膳立てされてるような気がする。ここまで気になる子が現れたら、誰だって声をかけたくなるでしょ!


(よぉし、放課後になったら誘ってみよう!)


 おかげでわたしはすっかりその気になっちゃって、いつもより何倍も放課後が楽しみになったんだ。


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 で、待ちに待った放課後なんだけど。

 光さんはここでさらに属性を追加してきた。


「光さん、よかったら一緒に帰りましょ?」


 先にそう声をかけた委員長に、わたしがずるいって声を上げようとした直後、


「む。申し出はありがたいのじゃが、まだ引越しの荷ほどきが終わっておらんくてな。片付けやら何やらたくさんあるんじゃよ。家のものも待たせておるゆえ……」


 なんて答えながら、窓の外を指さした光さん。


 その先には、なんとこれまたお話の中でしか見たことがないような豪華な黒塗りの車が待機していた!

 おまけに後部座席の前には、いかにも執事さんっぽい格好のお兄さんが不動の構えで待機してて。


 これには委員長だけじゃなくて、クラスメイト全員があぜんとした。


「え、ええっと……そ、そういうことなら仕方ないわね……」

「うむ……少ししたら落ち着くじゃろうから、そのときまた誘ってくれ」

「わかったわ。じゃあまた明日ね」

「うむ、お先に失礼するぞ」


 そして光さんは、風のように去っていった。


 彼女の背中を見送ったあとは、みんな誰からともなく窓にかじりついて外を眺め始める。

 だってあんな見るからに高級そうな車で送り迎えなんて、普通にしてたら絶対見れないよ。それが見れるってなったら、誰だってそうすると思うんだ。

 だからわたしもみんなと同じように窓の外に目を向けてた。


 光さんはすぐに校舎の外に現れた。そのまままっすぐ高級車に向かうと、それが当たり前って感じで執事さんにランドセルを持たすと後部座席に乗り込んでいく。

 執事さんはすごく丁寧にそれに対応して、運転席に入って……ゆっくりと車を発進させていった。


「……光さんって、もしかして貴族のお嬢様だったりすんのかな」

「かもしれないわね……。光って確か、ニュースとかでもたまに聞く名字だし……」


 それを見送った教室で、副委員長と委員長のそんな会話がやけに響いた。


 うーん。


 勉強もスポーツもできて、語学も完璧。口調は時代劇みたいで、おまけにお嬢様。

 どれだけ属性を盛り込めば気が済むんだろう。突拍子もないキャラがたくさんいる二次元ですら、彼女に太刀打ちできるキャラなんてなかなかいない気がする。


(そこまでしなくってもいいのに)


 だからわたしは、今朝まで信じてなかった流れ星に対して心の中でつぶやいた。

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