本懐果たすべし

naka-motoo

仇を討ち果たす

 シンプルな話だ。

 やられたらやり返す。

 仇を討つ。

 恥辱をすすぎ尽くす。


 それは、基本的人権さ。


『仇討ち制度の復興を!』

『憲法改正するなら復讐法制定が先だ!』


 二本のプラカードを両刀のようにして力強く体操競技者の吊り輪のバランスのように掲げる。大抵の人が通り過ぎて行く中、質問する小学生の男の子が居た。


「おじさん、復讐って、誰かを殺された人だけがやるの?」

「違うよ。殴られた人も復讐していいんだよ」

「じゃあ、いじめられた人も?」

「そうかい・・・ぼうやはいじめに遭ってるんだね・・・」

「うん・・・」

「辛いかい?」

「つらいよ」

「死にたいかい?」


 男の子は泣き出した。


「ずっとこのままなら死んじゃった方がいいよ」

「わかった。ぼうや」


 俺は、怒鳴り始めた。

 朗々と。


「聞いてください!この世には二種類の人間しか居ない!それは『殴る人間』と『甘んじて殴られる人間』です!」


 俺は自分の体格と人格が発揮しうる最大限の迫力をぶちまけた。

 デパートの前で、拡声器など使わず、政治家どもの空虚な演説なぞには唾棄し、代わりに、ロック・シンガーになりきったつもりで声を絞り出した。


「わたくしは5年前の春、妻と子を強盗に殺されました。平日の真昼、犯人は宅配便を装って妻が開いたドアの隙間からサバイバルナイフを妻の首に押し当てました。その隣で泣き出した3歳の娘を見ていきなり妻の目の前で喉をまず刺した!喉をです!これが人間の所業でしょうか!」


 ひとり、ふたりと立ち止まる人が居た。まだ、足りない。


「その強盗は本来的には金の強奪が目的だった。だから部屋から逃亡する際には妻の財布を奪っている。だがそんなことはもはやどうでもいい。犯人は俺の妻も殺した!サバイバルナイフを下腹部に突き立てて!そして突き立てたまま、それを秘部に向けて、引いた。裂いたんだ!」


 集まって来た人たちが10人ほどになった。程遠い。


「わたくしはもっと根源的なことを言わなくてはならない。犯人は妻を殺す前に、乱暴した。俺の女の貞操を汚したんだ!」


 俺の隣に立っている男の子が語彙や話している内容のどこまでを理解しているだろうか。だが、俺は続けなくてはならない。


 世に正義を取り戻すために!


「聞いてください、人々よ!わたくしの妻子がされたように肉体を殺さずとも他人の魂を殺し続けている輩たちが跋扈している!そいつらは学校にあってはいじめをし、公道にあっては煽り運転をし、職場にあってはパワハラし、歳を取ればすべてリセットしたかのように公的年金を受給する。こんなことが許されるかあっ!」


 まばらにだが拍手が聞こえた。

 だが、向こうをせせら笑うようにして通り過ぎる、俺の女房を犯した下衆野郎のような風貌の若い男が居た。


 俺は、一喝した。


「貴様の彼女がヤられてそれでも薄笑いしてられんのかよ!」


 男は止まった。

 ゆっくりとこちらに歩いてくる。

 俺はブラカードをごわん、と倒して代わりに拳を握り込んだ。


 だが、男は阻止された。

 無言で聴き入っていた人たちに。


「な、なんだお前ら!あんなイカれた野郎の話をまともに聞いてんのかよ!」

「イカれてるのはあんただろ」


 3人に手足をつかまれ、尻を蹴り上げられ、その男は半泣きになって走って逃げて行った。

 俺はおおいなる充足感と連帯感でもって叫び続けた。


「さあ、話は核心です!恥辱を負わされたならば実力でそれをすすぐ。いじめられたならば全精力を注ぎ込んで自分の尊厳を取り戻す。だって、わたくしたちにはその権利がある。最低限の幸福を勝ち取らねばならない!それを侵す勢力をわたくしは打ち負かしたい!自分が生きるために!」


 拍手が増した。

 見ると大人だけでなく、制服を着た中学生や高校生の男子・女子も混じっている。このひとたちは理由も根拠もなく虐げられている人たちだと俺は信じる。


「仇討ちを現代に蘇らせるんだ!復讐を法的に認めるんだ!だがそれをなすには本当に精神が正義でできた支援者が必要だ。誰の仇討ちが正当で誰の攻撃が不当かを判別するための!」


 うおーっ!と拳を突き上げるバンドマンがいてくれた。俺の声にも更に力が込もる。


「為政者が無能で理不尽な犯罪や暴力行為や陰湿ないじめをなくすだけの器量がないならばわたくしは要求する。『俺にやらせろ!』と!俺に妻と子の復讐を果たさせろと!この俺の隣に立つ勇敢な男の子が、卑怯にも彼をいじめる輩どもを全員完膚なきまでに自らの拳で殴りたおしても罪に問われぬ法律を作れと!それさえやってもらえれば後は権力などには頼らぬ!俺は妻子の復讐を果たし、この男の子の仇討ちに加勢する!」


 うおおおーーっ!とどよめきと拍手が起こる。驚いたことに群衆の7割ほどは女性だった。

 でも分かる。

 ほんとうに戦っているのはいつも可憐なものたちなのだ。

 そこに女子男子の区別などなく、真に正義を貫き甘んじていたぶられながらも正しくあろうと戦っているのはずっと昔の神代からわれらのごとく可憐なものたちなのだ。


「角田ぁ」


 へらへらと俺を呼ばわるゲスい声に俺はほくそ笑んだ。さっきのチンピラなどとは比べものにならない悪党。


 かかったな。


「角田ぁ。てっめえ、無能なサラリーマンのくせに、ウゼえんだよ!てめえがどんなに吠えようが俺は責任能力なしで無罪確定してんだよ!」

「森良。お前は都合の良い時だけ未成年を振りかざした。そして身内の医師の指南で完璧に精神異常を装える応答をして精神鑑定医の目を欺いてきただけの話だ。究極の卑怯者だ、お前は」

「はははは。角田!てめえの女房、ぜ!」


 堪えろ。


「てめえのガキもな、もうちょっと歳いってりゃ女房と一緒にヤってやったのによ!」


 まだ、耐えろ。我慢しろ。


「ふはははははっ!てめえは何もできねえ根性なしだ!他人にアゴでこき使われるリーマンだ!少ねえ給料もらうだけで自分の女房も子供も守れやしねえ!」


 まだだ。まだかんにんしろ。もっともっと、マグマを溜めろ!


「角田。てめえ、自殺でもなんでもしろよ。俺なら生きてらんねえよ、自分の女房犯されて娘をオモチャみてえに刺し殺されたらよ!」


 俺よ。

 よく我慢した。

 小出しに爆発させずに、よくかんにんした。


 だから、これから解き放つ。


「な、なんだそれ」

「短刀だ」


 俺はスーツの内ポケットに鞘だけ残して、懐刀ふところがたなと呼ばれる短い日本刀を抜いて右手で握り込み、左手を添えて胸の下あたりに構えた。


「森良。俺のずっと昔の先祖は武士だった。この懐刀の持ち主はその妻だ。隣国の侵略を受け、男は有無を言わず首を撥ねられ、女は凌辱されたあと殺される。その世のならいにあってこの懐刀を手にした若き棟梁の妻、おんな武士はな。雪崩れ込む敵どもに恐れおののく城内の女子たちの前に仁王立ちしてこの短刀で奮戦した。力尽きてもはやこれまでという時、泣いている女子たちの心臓をひとりずつ、すっ、すっ、と貫いて極楽へと送ったあと、自らも喉を突いて自害したのだ」

「はっ・・・だ、だからなんだってんだ!中二病かてめえは!」

「強がるな。森良。お前はもうダメだ。俺はこの懐刀の持ち主だったそのおんな武士の遺志を継ぐ。そして俺の妻と娘の遺志も継ぐ。今からお前を殺す」


 森良が逃げようとした。


「な、なにすんだ、お前ら!」


 俺の話を聞いてくれていた人たちが、森良の手足を押さえた。


 じっと黙ったまま、森良を動けなくし、俺の共犯者になろうとしてくれている。


 俺の仇討ちに加勢しようとしてくれている。


 俺はゆっくりと歩み寄り、片手で森良のジーンズをひきずりおろした。


「な、なにしてんだっ!?」


 無言でそのままブリーフ・パンツもずり下ろした。


 公道に晒された森良の急所の付け根に、とす、と切っ先を突き立てた。


 何か訳の分からぬ種類の獣が絶叫するような音が聞こえたが俺の脳内とココロとは静寂だった。


 そのまま刃を彼の内臓までサクサクと貫くように押し込み、それから、肛門の方に向けて裂くようにして刃を滑らせた。


 俺が五年間、待ちわびた瞬間だった。

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