ホームビデオ

伊藤テル

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「というわけで、最終確認をするぞぃ」

 お母さんが得意の”ぞぃ”口調を繰り出す時は、やる気満々の時だ。

 私も気合いを入れようとしたその時、

「何のー?」

 ここでその気合いの流れをゆるく打ち砕いたのが、私のお兄ちゃんだった。

 覇気もマジパワーも無い、生の生返事。

 生返事パワーは1億くらいあるけども。

 私は少し怒りながら、お兄ちゃんに喝を入れる。

「ちょっ! お兄ちゃん、しっかりしてよ! 私達でホームビデオを制作することよ!」

 そんな私に同調するお母さん。

「そうだ、そして何かの番組でホームビデオ大賞を見事受賞し、賞金をもらう。その賞金でさらに大掛かりなホームビデオを作成して、最終的にはアカデミー賞をとるんだ」

「わぁっ! そんな壮大な計画は初めて聞いたけどもステキそう!」

 私は大きく芯から喜んだ。

 だってアカデミー賞ってステキだから。

 それに対して、お兄ちゃんはまたしてもゆるい返事をした。

「なるほどー」

 淡く頷き、本気で頷くなら首が脱臼するくらい頷け、と思った。

 そんなお兄ちゃんにお母さんも少しムッとしながら、

「おい、ケン。ほとんどオマエに掛かっているんだぞぃ。こういうのはお兄ちゃんが失敗して、それを妹が笑っているという図式のほうが面白いんだ。だから主役はケン、しっかり言われた通り動いてくれよな」

 私もお母さんの台詞に援護射撃をかます。

「そうよ! 私アカデミー女優になったらそういう学校を設立するんだから!」

 すると、お母さんが少し早口で、

「おいおい! どういう学校かイマイチ浮ばない上に、ホームビデオの自作自演を教える学校だったら止めて欲しいが、壮大で良いぞぃ!」

 と言ったので、私は驚きながら、

「教える学校はダメなのか!」

 と叫んだ。

 ダメとは思っていなかったので。

 じゃあ別に他の学校考えようっと。

 何故なら私は、私より年齢の低い男子に何か教えたい趣味の種族だから。

「じゃあその手順を教えてよ」

 お兄ちゃんがボーっとしながらそう言ったので、お母さんは語気を強めてこう言った。

「まあさっきも確認して、今からする説明は最終確認なわけだがまあいい。初めて聞いたみたいなリアクションで構わないぞぃ」

 その無限の構わないぶりに私はついツッコんだ。

「構えようよ! 出来が悪いお兄ちゃんのことをもう少し叱ろうよ!」

 そう言われたお兄ちゃんは、

「てへへへっ」

 と笑うと、お母さんが

「フフっ、出来が悪いと言われても笑って受け流す……ケンは変なとこ大人だな」

 そう言ってニヤリと笑ったので、私は

「大人だった!」

 と驚いた。

 そういう大人もあるんだって分かって、それはそれで私も大人になれた。

 まあそんな大人・大人の言葉大群はどうでもいいとして、お母さんがお兄ちゃんに改めて説明し出した。

「じゃあ説明するぞぃ、まずこの道を真っ直ぐ歩く、そして落とし穴にドボン」

 身振り手振り説明するが、イマイチ身振り手振りが合っていないお母さん。

 落とし穴にドボンのタイミングで、まるでズボンを履いたようなポーズをした。

 それに対してお兄ちゃんはツッコむかなと思っていると、お兄ちゃんは

「パラシュートをつけないと」

 とボケにボケを重ねる始末。

 お母さんは、

「そんなに深くないから大丈夫」

 と軽く制止するだけ。

 もうボケが渋滞している。

 私はたまらず、

「仮にすごく深いとしても事前につけていたら怪しいわよ!」

 そんな感じにパラシュートの件へハツラツとツッコむ。

 さすがにズボンはもう時を逸脱していた。

 お母さんが説明を続ける。

「そしてその落ちた振動で、落とし穴近くの木の上に乗っかっていたバケツが逆さになり、水が落ちてきてズブぬれ」

 私はここで良い感じの合いの手を入れる。

「何で木の上に水の入ったバケツがあるのか不明だけども、これは楽しそう!」

 最初にお母さんにこの部分を説明された時、不自然じゃないかなと思ったんだけども、人生って結局不自然の積み重ねかもしれないと気付いたその日から、これでもいいかと思うようになった。

 実際、何であんなことが私に……の連続だもんね、人生って。

 しかしそんな面白そうな仕掛けにもお兄ちゃんは余計な一言を言う。

「じゃあ酸素ボンベをつけないと」

 お母さんが言う。

「そんな穴の中で溺れないから大丈夫」

 さらに私がさっきと同じようにツッコむ。

「だから事前につけていたら怪しいわよ!」

 お母さんは説明を続ける。

「そして、それを見てヨウコが大笑いしながら泥を穴に投げ入れる」

 私の出番はここだ。

 私は意気込みを言う。

「悪役に徹するわけね! やってやろうという気しか沸いてこない!」

 役割としても楽なので、私は楽しみしかない。

 そんなウキウキでいると、お兄ちゃんから衝撃の一言が飛び出した。

「じゃあ火縄銃を持っていないと」

 お母さんが慌てる。

「それは何でだぞぃ!」

 淡々とお兄ちゃんが答える。

「やり返すための攻撃道具」

 それに激しくお母さんがツッコむ。

「やり返さなくていいんだぞぃ! 何そこで兄の攻撃性を出しちゃうんだぞぃ! 笑われているだけでいいんだってぇっ!」

 いやでも。

 私は、

「いいわよ、火縄銃を持っていても」

 そんな私のほうへグワァッと首を向かせたお母さんは、

「何挑発しているんだヨウコ!」

 と、私を叱る。

 さらにお兄ちゃんは、

「磨ぐ、意志を磨ぐ」

 と呟き始め、お母さんは大慌てで、

「何か変なこと言っているぞぃぃぃいいいいいいいいい!」

 と、強ぞぃを繰り出した。

 いやでも。

 だって。

「どうせずぶぬれになった時、火縄銃は使い物にならなくなるんだから大丈夫よ」

 私がフンスと鼻息を弾かせながら、そう言うと、お兄ちゃんは悔しそうに、

「うぐぅ」

 と、言って俯いた。

 それに対してお母さんは、

「うぐぅて! そもそもウチに火縄銃なんて危ないモノは無いから! とにかくっ、言われた通りに動けばいつの間にかアカデミー賞を受賞しているから大丈夫だぞぃ!」

 と、叫んだ。

 私は、

「その発想が大丈夫なのかは一抹の不安を覚えるけども、そうなったら嬉しい!」

「じゃあ善は急げだから、やる」

 お兄ちゃんもやる気になったみたいだ。

 私とお兄ちゃんの様子を見て、お母さんも一段と気合いが入り、

「いいぞぃ、良い日本語だぞぃ、お母さんもビデオカメラを構えるぞぃ」

 と、言葉を込めると、お兄ちゃんが

「構える……火縄銃?」

 また火縄銃と言って、あまりにも火縄銃という日常生活で使わない単語を乱発するので、私は強めにツッコんだ。

「お兄ちゃんは何でそんな火縄銃に固執しているのよ!」

 すると、お母さんがハッと何かに気付いた表情をしてから、こう叫んだ。

「この固執具合……お母さんのあのビデオ! 見たなぞぃ!」

「何のビデオ!」

 私が脊髄反射でツッコむと、

「フフフっ」

 と、怪しく笑ったお兄ちゃん。

 それに対してお母さんは、

「不敵な笑い方……間違いない、あのビデオを見ていたようだな……」

「だからどのビデオ!」

 またしても脊髄反射でツッコむと、お兄ちゃんはやる気があるんだが、無いんだが、分からない声でこう言った。

「じゃあやりまーす」

 そしてお兄ちゃんは少し遠めのスタンバイ位置まで歩いていき、お母さんは

「来い!」

 と、叫んで、何かもう私は驚きながら

「説明はしてくれないのねっ!」

 ……いや、本当に説明してくれないみたいだ。

 一体どんなビデオなんだ……なんて、気にしている暇はもう無いみたいだ。

 本番スタートの空気になった。

 まさかこんなタイミングで本番スタートの空気になるなんて。

 刹那、お母さんが声を上げた。

「……スタート! ウチの自慢の息子、ケンくんが歩いています。何でこんなところを歩いているんでしょう」

 お母さんの違和感のある発言に、私はついツッコんでしまう。

「何か理由が無いと不自然よ! 設定が作り込まれていなかった!」

 それに対してお母さんが、少し小声で、

「ちょっと、ヨウコ、声を出すにも静かに。まあ音声は後から付けたり出来るから、どうにでもなるけども」

「妙なところハイテク! もっと大切な部分もあると思うけども!」

 ついまた大きな声でツッコんじゃったけども、まあ音声は後からどうにでもなるみたいなので、まあいいか。

 私は脊髄反射でツッコんでしまうところがあるので、しょうがないよねっ!

 お兄ちゃんはちょっと歩いてから一言。

「何か落とし穴に落ちそうだなぁ」

「ダメだコイツ!」

 またしても反射中の反射でそうツッコんでしまった私。

 しかしお母さんは、

「いや、予知キャラだ、予知キャラ、うまいなぁ、作り込んでいるなぁ」

 と、言いながらも、くぅーっと唸った。

 いや、

「どんだけ自分の子供がかわいいのよ! 一周回って私も嬉しいわ!」

 私は破顔しながらそう言うと、お母さんが私を睨みながら、

「ちょっと、ホント、ヨウコうるさい。後、そろそろ笑う準備、早くしろ」

 と、言ったので、私は怯えながら

「ゴ、ゴメンなさい……私は違った……」

 と、言ったその時だった。

「うわぁぁああああ!」

 お兄ちゃんが落とし穴に落ちた。

 それを見たお母さんが早口で叫ぶ。

「あぁぁぁあ! ケンくんが落とし穴に落ちた! 誰が仕掛けたんだ! あっ! 妹が笑っている! 妹め! よくそんな小さな体で大きな穴を作ったな! 誰だ! 誰の力を借りたんだ! お母さんか! お母さんがシャベルで二時間半頑張ったのか! お母さんは頑張り屋なのか! えっ? 今独り身? 離婚しているのかい? 再婚してくれる人募集中? お母さんは頑張り屋なんだって! すごいね! お母さんすごい!」

「そこまで言っちゃダメだよ! 後半、夫募集のピーアールになっているし!」

 私はついツッコミを飛ばす。

 まあ音声は全部後からどうにかすればいい。

 今はお兄ちゃんの演技だ。

「助けてー、誰かー」

 なんか棒読みだけども気にせず、お母さんが叫ぶ。

「助けを求めている! って! あぁっ! バケツのなる木に実ったバケツが逆さになりそう!」

 それを聞いた時、私は背筋がゾッとした。

 まさかそんな設定だったなんて。

 スルーしていた不自然が牙を剥いてきた瞬間だった。

 私はハッキリ意識して、激しくツッコんだ。

「何そのメルヘン! 設定がもうグチャグチャよ!」

 そんな私のことは無視して、お母さんは続ける。

「あ、あぁぁぁああああああああああ!」

 というお母さんの叫び声とシンクロするかのように、お兄ちゃんの叫び声が聞こえた。

「ぐはぁぁぁあああああああああああ!」

 お兄ちゃんが頭に手をやって痛がり、そのままうつ伏せに倒れ込んだのだ。

 そう、

「水が入ったままのバケツごとケンくんの頭に直撃したぞぃぃいいいいいい! 大丈夫か! 大丈夫なのかぞぃぃいいいいいい!」

 私は声が出ない。

 お母さんは叫ぶ。

「重いぞ! これは重いぞ! ちょっとケンくん! 大丈夫か! 顔がカメラに写っていないけども大丈夫か! 顔を出して顔を!」

 あまりの事態に、震える私。

 なんとか声を振り絞り、

「……うつ伏せで倒れたまま身動きしない……ヤバイってお母さん……気絶しちゃったかも……」

「ちょ、ヨウコ! 笑え! 笑えって!」

 お母さんから指示が飛ぶけども、私はなんとか大きな声を出して、

「いやもう無理よ! 無理無理無理無理無理ーっ! 一旦助けよう! 一旦中止にしようよ!」

「じゃあヨウコが助けに行け、この落とし穴を掘ったのはオマエなんだからオマエが処理しろ」

「こんな時に本来の設定を表に出す必要は無いわ! もっ! もう! 助けないとっ!」

「頑張れ、頑張れ、ヨウコ、助けるシーン、いけるかもしれないぞ」

 そう言ってグッドマークを出すお母さん。

 いやいや。

「そそそそそそんなこと言っている場合じゃない! お兄ちゃんがうつ伏せになっている!」

「さっきそれ言ったじゃないか」

「そうだけどそうじゃないの! 落とし穴の底に水が溜まって、その水に顔面をつけてうつ伏せになっているから、このままじゃ溺死しちゃう!」

 そんな私にお母さんが厳しく言う。

「じゃあ早く助けろ!」

 私ももう、何が何なのか分からなくなり、

「ガ、ガスボンベ、ガスボンベ……」

 と、言うと、お母さんは半分キレながら、

「おい! 何テンパっているんだ! それを言うなら酸素ボンベだし!」

「お、お母さん、お母さん早く……」

「何穴の前でへたれこんでいるんだ! 早く救出しろ!」

「だ、だめぇ……」

 私は何もできずに、その場でお尻をついて、動けなくなってしまった。

 声もだんだん出なくなってきた。

 お母さんはまだカメラを構えながら、叫ぶ。

「おい! 最悪犯罪者になっちゃうぞ! 犯罪者の顔を収めたビデオになっちゃうぞ!」

「お、おおお、お母さん、も、もぅ、カメラ、い、ぃいから……だんだんだだんだん、あおく、あおく……」

「もうしょうがないな! 一貸しだからな!」

「じっ、実の娘に対して、一貸してぇ……」

 ギリギリの状態でも反射でツッコむ私。そんな能力、私あったんだ。

 お母さんはカメラをゆっくり地面に、大切に置いてから、走ってお兄ちゃんのほうへ駆け寄ってきて、

「おーい! ケン! 持ち上げるぞ! いいか! いいかどうか聞いているんだ!」

「返事できないでしょ……」

「仕方無いなぁ、一貸しだぞ!」

「実の息子にも一貸しした……」

 そしてお母さんはお兄ちゃんを救出した。地面に座らせた。

 一旦担いだにも関わらず、バケツの水が散らばっている地面に座らせた。

 お母さんは、お兄ちゃんの鼻や口に手を当てて、 

「よーしっ、大丈夫か、大丈夫だな、うん、さてとまた新しい計画を考えるか」

 と、言って、何か悩みだした。

 お兄ちゃんが大丈夫だと分かり、私は安心したせいなのか、また大きな声も出せるようになったらしく、結果的に叫んだ。

「ちょ、ちょっと……ちょっとぉぉぉおおおおおおおおおっ!」

「ビックリした! 急に大きな声を出すなよ、大きな声を出す大会に出てアカデミー賞をとる気か」

「それはいくらなんでも無理よ! というか救急車! 救急車呼ぼうよ!」

 私はお母さんに声でも目でも強く訴えかけると、お母さんは首を横に振って、

「ダメだ」

「何で!」

「救急車をタクシー代わりに使うなんて、モラルハザード以外の何者でも無い」

 いやっ!

「お兄ちゃんが倒れているのにっ?」

「モラルハザード以外の何者でも無い」

「何もしないお母さんのほうがモラル無いよ!」

「いや、むしろ、ホームビデオを自作自演するほうがモラル無い」

 私は最大出力の脊髄反射で叫んだ。

「もういいよ!」


(了)

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