回顧録7
「最初からこうすべきだったか」
巨大隕石のクレーターのように広がった大地の裂け目を見渡せる天外で、ガイアは言った。
「生物も精神体も干渉していない自然が創り上げた〝特別な場所〟が、どういう条件で成り立ってるかは未知だからな。地形を変えすぎれば蒸気に効力がなくなるかと危惧したが」
解説した彼女は、正面を見据えた。
立ち上る幾筋もの土煙と蒸気の一つ。そのただ中に揺らぐ小さな人影を。
「お蔭で、てめぇも〝場所〟を得ちまったがな」
気紛れな風が霞を退かせた。そこに浮いていたのは、テルスだった。
「……彼がいなくなったのは残念だけど」
足元に視線を落としながら囁いた彼女は、面を上げて敵対する同胞を睨んだ。
「仇はとらせてもらう!」
そうのたまうや、戦闘機に姿態を変えた。ガイアも間髪入れずにあとに続く。
タイプは違うが、どちらも垂直離着陸機だ。
若干のホバリング状態で対峙したあと、互いに直進し接近する。機銃照射を行いながら、それぞれが衝突寸前で回避した。
宙返りや旋回をしながら雲を引き、後ろを取ってはミサイルを打ち合う。
しかし。もはや気体などにさえ変身できる少女たちには被弾もなく、チャフもフレアも必要なく、闘争は意味をなさなかった。
「……埒があかねえな」
いったん少女に戻ってぼやいたあと、ガイアはロケットに変化して急上昇を開始した。
即座に、テルスも同様の姿形となって追いかける。
成層圏に近づく。オムファロスの蒸気が消えかかったところで、突如、ガイアは身体の構造を反転させた。そのまま、勢い余って停まれなかったテルスに突進する。
二人は少女の肢体に戻って抱き合う格好になった。
「……どういうつもり?」
予想外の密着のため、テルスは頬を赤らめながら尋ねた。力が入らなかったのだ。浮遊以外のほぼ全部の能力を、ガイアは相殺に注ぎ込んでいた。
その彼女が耳元で囁く。
「あたいたちはもう気体にさえなれるが、それはあくまで物質の一形態だ。霊媒の実体を素粒子レベルで変質させているのみで、肉体が消し飛べばただの精神体に還る」
いきなり相手の腕力が弱まったので、テルスはその身体を押し退けようとした。――そこで気付く。二人の間に、黒光りする円筒状の物体が浮いていることに。
「核爆弾だ。あたいと離れた時点で起爆するようにした。もちろん、ほっといても爆発するがな。この高度ならこれ以上大地の裂け目まで破壊することもない」
「心中するつもり!?」動くのをやめ、テルスは尋ねた。「あなたの霊媒も死ぬよ、完全霊媒化はできなくなる。特別な場所を残す益もないじゃない」
「ああ、特別な場所で特別な霊媒でもなければもう一度生命を育むなどという真似はまずできないだろう。だが、霊媒や場所の構造は謎だからな。調査のために残しておくのさ。霊媒みたいな生物ではない上に、惑星精神体になれば場所は身体の一部だ。研究には都合がいい。……じゃあ、いくぞ」
ガイアが告知すると、もはやテルスは覚悟を決めるしかなかった。二人が目を閉じ、核爆弾は狭間で炸裂しようとした。
そのとき。――聖地から光の線が昇天。
少女たちの僅かな隙間を抜け、雲から気圏までをも貫いた。それは核爆弾をも巻き込み、爆発するまもなく塵にした。
「……待てよ」
おれは、仰天するガイアとテルスを同じ高度のやや離れた地点で眺めながら声をかけた。
……繰り返すが、これは回顧録だ。
「竜太!」
距離を置いた二人のうちテルスがこちらを向いて、まるで人間の少女のような喜びを全身で表現しながらしゃべった。
「無事だったの? でも、どうやって……」
「……てめぇ」ガイアも喚く。「いったいなんなんだ。なんで特別な場所で完全霊媒になってるあたいが、生存を把握できなかったんだ。それに、今のは?」
「生物レーザー、らしいぜ」
おれは肩をすくめて解答した。
どうしてそんな知識があるのか不思議だったが、生物の細胞を利用してレーザーを発射する研究は成功している。それを模倣、発展させた未来の技術を自分が使用したと自覚していた。
大地の裂け目が陥没してからこれまで、わけもわからず、ここまで記してきたような彼女たちの動向を遥かに離れた奈落の底からぼんやり傍観するうちに理解したのだ。
どうやら、おれも特別な場所で霊媒に憑依した精神体のような能力を手に入れたらしいと。いや、それ以上かもしれないと。
「……事情はもういい。おまえにいてもらっちゃ困るんだよ!」
叫ぶガイアの周りに、無数の核ミサイルが浮遊する状態で構築された。
それらのロケットがいっせいに点火。こちらに向かって飛びだした。
「危ない!」
すぐテルスが案じ、おれを庇うように移動する。が、一瞬あとにこちらはそれより前に出た。
――突っ込んできた核ミサイルたちを灰燼に帰す。
唖然とする二人の少女を差し置いて、さらに刹那ののち、今度はガイアの目前に到達した。
「な! てめえ、いったいどういうつもりだ!」
仰け反って驚く彼女の瞳は、次の瞬間。違う意味で開かれた。
おれは彼女を抱きしめて、囁いていた。
「自覚してるんじゃないのか」
自分で書いてて床を転げ回りたい心境だが、実際そう口にした。
「おれを穴に落としたときも大地の裂け目を壊したときも、本気で攻撃するつもりはなかったと思うんだけど」
「うるさい!」
腕の中で、少女は真っ赤になって否定した。凶悪な精神体が、初めて普通の女の子に思えた。
「――肉体のせいだ! この、フィリナとかいう女の!」
「……やっぱり、君が憑依してる霊媒はフィリナだったのか」
それも、この能力を得てから知覚できたことだった。彼女の心情をこんな形で知れたのはなんとも皮肉だが、まだそんなことをゆっくり語れる状況ではなかった。
ガイアがそれを再認識させる絶叫を放ったのだ。
「生物は、絶滅しなければならないんだ!」
おれの身体を両腕で引き離し、二人の間にはまた核爆弾が構成されていた。別なことに集中していて察知するのが遅れた。
そこから閃光が放出されたとき。
「リュウ――――――ッ!」
テルスが悲痛な表情で近づくのが、視界の端に映った。
まもなく、灼熱の炎が一帯を呑み尽くした。それは雲を引き裂く地上の太陽のように、あらゆる意識を消していった。
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