個人情報

「三等星のフルド。吸血鬼として三百年を生きた後、元一等星シリウスと、狂医者マッドドクターシナンテの施術により人間化。天狼という武闘組織で竜二と名乗り十年を過ごす。戸籍上は現在三十一歳。電気街四丁目二号二番地のマンション曙、四◯二号室を借りてはいるが、ほとんど帰らず。寝食は質屋満々金の空き部屋を利用する事が多い。虫が嫌い」


 熊の人形が振り向く。


「二等星アダラ。吸血鬼として三百五十年ほどを生きる。三十年ほど前までは、どこの組織にも属さず、一人ラブホテルを経営していたが、従業員の男に吸血鬼だという事がばれ、ホテルを燃やして逃走。天狼として活動し始めたのは七年ほど前。このタイミングで人間化を行う。以降マリアと名乗り、アダルトショップの雇われ店長をしながら、様々な案件を武力で片付けてきた。戸籍上は現在二十六歳。たこ焼と金目の物が好き。爆乳。虫がめっちゃ嫌い」


 熊の人形が振り向く。


「……ただのコウタ。彼の人生は特筆出来ることが何もなく、ただただ、貴重な地球の資源を食い尽くす、害虫のような存在。全知全能の神様が罰として、この害虫を島送りにしたのが地球。よって、害虫が地球の資源を食い尽くすか、害虫の寿命が先に尽きるかで、全人類の運命が決まる。しかも彼の活動は現実世界だけにとどまらず、仮想空間にまで及んでおり、ゾンビーゾンビーにてアルキオネ城の攻略にまぐれで成功すると、すぐに調子にのって粋がり始めた。そのせいで吸血鬼アルキオネのブラックリストにのる。結果として吸血鬼アルキオネは、そんな害虫を駆除するために獅子奮闘しているのだから、天狼のお二人は、決着が着くまで静かに見守っていて欲しい。お願い。わりと真剣にお願い。現在二十歳。課金中毒者。ゴキブリと一緒に暮らしているが、本人は気が付いていない」


 長々と誰が喋っているかだって?

 アイツです。アイツ。

 ちっちゃい熊の人形です!


 軽快に身体を揺すりながら、適当な言葉を吐き続ける熊の人形。

 色は派手なピンク。

 目の前の地面にいきなり出現ポップして、大声で喚き散らすからびっくりした。

 酷いダミ声で、聞きづらい所もあったが、間違いなく俺の悪口を言っていたな。

 許すマジお人形。

 例え高貴な幼女の持ち物だったとしても、木っ端微塵にしてやるのは確定だ。

 

 吸血鬼アルキオネは、俺を指差して笑っている。

 どうやらツボに入ったようだ。

 大きな翼がよじれて、先端が地面を叩いて埃が舞う。

 くそ、腹が立ってきたぞ。


「おのれ! 奇っ怪な! どりゃぁぁ!」


 俺は魔法の鉄パイプを振り下ろす。

 勿論狙ったのは吸血鬼アルキオネじゃない。

 また何か余計な事を言い出しそうな熊の人形だ。


「ムギュ!!」


 分かりやすい殺られ声を出して潰れる。

 熊の人形は、そのまま発光を伴って、すぐに消えてしまった。

 ざまあみろ。二度と出てくるんじゃないぞ。


「ああ! もう! なんで潰すかな」


「うるさいわ!」


 遠くからアルキオネが翼をバタつかせて抗議してくる。そんな鳥人間に、俺はすかさず言い返した。


「何だったんだよ! あの熊の人形は!」


「え――! 知らないの? あんたも冒険者でしょ? レアアイテムですよレアアイテム! 貧乏そうだから、ガチャも出来ないのかな?」


「貧乏言うな! 馬鹿にしやがって!」


 人を小馬鹿にする性格の悪い女だ。

 だが、そんなことはどうでもいい。

 待ってろよ、救世主。

 このプライドの高い粘着野郎をぶっ倒して、絶対仇を取ってやるからな!


 足に力を込めて、十メートルは先にいる吸血鬼アルキオネに飛び掛かってやろうと思ったら、竜二さんとマリアさんが、銀色の刃を目にも止まらぬ速度で振り回し突撃を開始した。

 竜巻のような二人が吸血鬼アルキオネを巻き込んで、一瞬で勝負が決まってしまいそうな予感がしたが、そうはいかない。

 鋭い金属音がして、二人は独楽こまのように弾かれた。


「このッ! 小娘が!」


 恨み節を吐いて、再び突進するのはマリアさん。

 大腸産コヨーテのナイフが鈍く煌めいたが、吸血鬼の丸めた翼が勢いよく広がって、上半身を打たれて吹き飛ばされた。

 人間サイズを空に浮かべるだけあって、その翼には信じられない程の力が秘められているようだ。

 下手に武器を扱われるより、よっぽど驚異。

 地面を転がったマリアさんに一瞥くれると、吸血鬼アルキオネは大きな声を出した。


「お前ら、虫が嫌いか! 面白い。ちょうどいいのがいるぞ! レッツ! ゾンビーゾンビィィィー!! キャハハハハ!」


 耳鳴りのような高音が響き渡ると、吸血鬼は黒い翼を目一杯拡げた。背丈の倍はあるかと思われる第三の手足。

 波紋のような現象が、翼の表面に無数に起こると、その波紋を潜り抜けて大量に何かが現れては地面に落ちた。


 ちょっとまってくれ。

 展開が早い。

 吸血鬼アイツ、今、ゾンビーゾンビーって言ったよな?

 

 立ち上がったマリアさんが、一際ひときわ高い奇声を上げながら、こっちに向かってくる。

 何だ何だ?

 また巨大なゾンビでも現れるのか?


「私のお城を警護する衛兵達よ~♪ お馬鹿な侵入者を食べちゃって~♪ キャハハハハ!」


 最高潮に御機嫌な吸血鬼アルキオネは鼻唄まじりだ。だが、そのフレーズを搔き消すようなザワザワとしたノイズが大きくなる。ノイズの原因は翼から大量に出現してくるあれ。

 もう、この頃には正体はバッチリ分かっている。

 それは、ウネウネとうごめく虫という虫。 

 しかもサイズが半端なくでかい。

 確認できるのは、蜘蛛とムカデか?

 黒々とした蜘蛛は全部が顔面サイズ。

 ムカデは丸々としていて、大人の肩から指先ぐらいまでの大きさがあるぞ。

 そういや、ゲームの中で見たな。

 ゾンビに混じって、あんなのが居たなぁ畜生!


 震えが止まらない。

 気持ち悪くて寒気が止まらない。

 吸血鬼アルキオネを中心に、駅前の広場が虫で埋め尽くされていく。

 世界の終末を見ているようだ。

 心の底から帰宅したい。


「きゃぁ――!」


 この黄色い声はマリアさん。


「うあああ!!」


 この低い声は竜二さん。


「だ、だずgwで~!!」


 そして聞き取れないゾンビみたいな声を出しているのが俺! 虫が足元に迫って来ている! 逃げないとヤバイぞ! 普通に人間を食べてしまいそうだ! 

 竜二さんが駆け出しながら叫んでいる。


「水か! 噴水に飛び込め!」


 もう何の考えも無しに、言われた通りに行動を起こす。俺の左前方に噴水があった。

 飛び込みながら確認すると、虫達は噴水の低い壁をよじ登る事は出来るようだが、水の中にまで入ってこない。

 今まで居た場所が、一瞬で虫で埋まってしまったが、三人ともずぶ濡れになりながらも、取り付かれる前に、難を逃れたようである。


「嫌よ嫌よ嫌よいやぁぁっぁぁ! 竜二! 何とかしてよ――!」


 さっき熊の人形が言っていたな。

 マリアさんは、虫が超嫌いだって。

 半狂乱で泣きじゃくっている。


「えええ!? むちゃ言うなよ! そうだコウタ! お前が行け」


「いやいや、このミッションは竜二さんで受け止めてよ! あんなの歩く隙間もないじゃない」


 即効で俺に難儀を押し付けてきた竜二さんに牽制を入れると、外の様子を確認する。

 ちょっと目を離した隙に、とんでもない事になっていた。

 広場が虫を敷き詰めた動く床に変わっていた。

 絶望感が半端ない。

 無数の虫達は人間サイズの獲物など屁にもならないようで、証拠に、まばらにいた草原ゾンビさんに取り付いてボリボリ補食している。何でも食べる育ち盛りのようだ。

 そんな中を、多くの通行人達が駅の改札を目指して歩いていく。このホログラムのような人達は、元の世界の住人達だ。こちらの状況は見えていないし、触れ合う事もない。なので大丈夫なんだけど、混沌カオスを極めたようなこの現場を平然と歩いていくのは、物凄い違和感だ。

 案外、何食わぬ顔で一緒に歩いて行ったら、虫達は気が付かないかも知れない。


 前後左右、首がもげちゃうぐらいに辺りを確認していたが、唯一確認出来ていない場所があった。それが上、まさに俺の頭上。

 両肩に抗えない力と激痛が走ったと思ったら、身体が宙に浮いていた。

 見上げるとアルキオネの足が、鳥の爪のようになって肩に食い込んでいる。新調したての外套コートが破れずに頑張ってくれているが、単純に超痛い。

 いつの間にか俺は、巨大な怪鳥に拐われようとしているようだ。

 (そして心配しないで欲しい。見上げてもパンツは見えていない。もう吸血鬼アルキオネは鳥人間になっているからスカートは履いていない。倫理的にはオッケイだ! 

 安心したかい? 打ち切りはないぞ!)


 竜二さんが刀を振り下ろすが、それよりも早く、俺の身体は宙へ舞い上がった。

 吸血鬼アルキオネの声が降ってくる。


「空の散歩しよ?」


「俺は嫌だぁぁぁぁっぁ!!」

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