第八話 カダールのしんたいけんさ


 そのあとの検査は特に何事も無くスムーズに。身長、体重などを測り、巻き尺で細かく身体の部位を測る。髪に爪の先など切っても問題無いところを切り取り、専用の小瓶に入れてラベルを貼る。小さなスプーンで口の中、頬の内側の粘膜も少し取る。

 小瓶に入れた切った俺の爪を、ルブセィラ女史は手に持って見ながら。


「採取できるものは何でも欲しいですね。体液も、汗に涙に唾液。あとは排泄物、小水に大便と」

「出せと言われてもすぐに出るものでは」

「容器をお渡ししておくので、こちらに入れて下さい」


 渡されたガラス容器にはラベルが貼ってあって、そこに『カダール様お小水』『カダール様お大便』と書かれている。これに、入れろと。


「あとは血液ですね」


 管のついた針を腕に刺される。随分と色々な器具があって見てるのも面白い。ルブセィラ女史が詠唱すると俺の腕から出た血が管を通って、小さなガラス瓶の中に落ちる。


「変わった魔術ですね」

「圧の変化で吸い出しています。実験用、研究用の魔術で器具と併用するものですから、王立魔獣研究院以外では使う者はまずいませんね」


 ゼラが俺の血を見ても大丈夫なのか心配だった。それで血液採取のときはゼラを倉庫の外に出そうとしたのだが。


「ヤ! ゼラ、魔法で治す」

「でもゼラは俺の血を見ると、その、危うくなるだろう?」

「ガマンする! ガマンするー!」


 こぶしを握ってブンブン振って必死な感じがするので、仕方無くゼラも立ち会うことに。ただ、ちょっと離れて見ていることにして。

 エクアドがゼラの前で両手を開いて立つ。


「ゼラ、終わるまでここから前に出るなよ」

「ウン!」


 エクアド一人で止められる気はしないが、エクアドのいるところから近づかないように、という目安で。

 距離をとったゼラは俺の腕に刺さった針と、ガラス瓶に溜まる血を真剣に見てる。目を爛々と赤紫に輝かせて見詰めている。両手で自分の両肩を抱きしめるようにして、音が聞こえそうな程にギリギリと爪を立てている。歯を食いしばってガマンしてるのか、プルプルと震えている。

 この血液採取のときだけが倉庫の全員が緊張していた。いや、ルブセィラ女史だけはゼラの表情を見て、ほう、ほう、と楽しそうだったが。

 検査に必要な分の血をとって、ゼラの目から隠すように手早く瓶も器具も袋にしまうと、ゼラは、ふー、と息を吐く。それを見て倉庫の全員が、ふー、と息を吐く。皆の気持ちが同じになった奇妙な連帯感がある。ゼラも前もって心構えができていれば、耐えることができると解ったのは収穫だろうか?


「本当にカダール様の血には、過剰に反応するのですね。他の人では?」

「エクアドが試してみたときは、特に何も無く」

「他の人で試してみましたか? 他に比較したものは?」

「そこはこれからルブセィラさんが調べることでは?」

「そうでしたね。では、カダール様の血以外にゼラさんが反応するものは、今のところは無し、と」


 ルブセィラ女史が凄い勢いでメモを取っている。実に楽しそうだ。アルケニー調査班の女性陣も研究好きが揃っているようで、和気あいあいとした雰囲気の中で、俺の検査は終わる。

 ずっとパンツ一枚だったが、服を脱ぐ必要はあったのだろうか? 調べるためということだが、触診だからと妙にペタペタ触られたし。無事に検査が終わったので服を着直して。


「どうだゼラ。血を取るのに針を刺すときだけチクッとしたが、あとは痛くも怖くも無いぞ」

「ンー」

「まだ何か不安なことでも?」


 ゼラは俺の腕、針の刺した跡を魔法で治してからは俺にしがみついて離してくれない。また人形のように持ち上げられている。血を抜いたのもたいした量では無かったはず。では、何がゼラの機嫌を悪くしたのか?


「女が、カダールを、いっぱい触る。ヤ!」


 言ってぎゅうと俺を抱き締め直す。ルブセィラ女史が楽しそうに。


「これは嫉妬ですか? アルケニーのゼラさんは嫉妬深いと。ほうほう。ですがそうでなければ聖堂の天井から飛び込んだりはしませんか」

「ですが、ルブセィラさんも研究院の皆さんもやたらと俺に触ってましたが?」

「それはカダール様が私好みの細マッチョですから。これまでの戦歴でついた身体のキズ跡も、野性的な感じで実に良いです」

「まさか、その為に脱がせたと?」

「いえいえ、もちろん検査にも必要ですとも。ですが剣雷のモデルになったカダール様を、一度は触ってみたかったので」


 ルブセィラ女史が満足したような笑顔でそう言うと調査班の女性四人も顔を合わせて、楽しそうに、ネー、とか言っている。剣雷って、アレか? この五人はアレを読んでるのか? ちょっと目眩がしてきた。

 俺はエクアドの方を見て、


「おい、エクアド。槍風のモデルのお前もサービスしたらどうだ?」

「やめろ、俺を巻き込むな」


 エクアドの部下のアルケニー監視班の女騎士も、あー、あれか、という顔でニヤニヤしてこっちを見てる。うぬぅ。


「モデル?」

「それは、また今度」


 ゼラが無邪気に聞いてくるが、人の多いところで俺から説明したく無い。エクアドも眉をしかめているし。


「じゃあ、ゼラ。検査に協力してくれるか?」

「うー、ウン……」


 不承不承仕方無いって感じでゼラが頷く。嫌だけど俺の頼みだから我慢する、というのが顔に出てる。反対にルブセィラ女史がニッコニコだ。この人に任せて大丈夫なのか?


「それではゼラさんも女の子なので、男性陣は外へ」

「解りました。母上、お願いします」

「ええ、ゼラ、私が側にいますからね」

「うー、ハハウエー」


 眉を下げて不安そうなゼラの頭をポンポンとして、俺とエクアド、男は全員倉庫の外へ。俺にした検査と同じことをするのなら、問題は無いと思うが。

 倉庫の外でゼラの検査が終わるまで、新しく建てる屋敷の設計図を見る。屋敷だけでは無く、アルケニー監視部隊の宿舎に、アルケニー調査班の研究室。随分と規模が大きくなった。

 エクアドが図面を見ながら、


「予算については心配無いか」

「エルアーリュ第一王子もよく出してくれる」

「灰龍対策と考えれば安いが」

「問題は資材か」


 ウィラーイン領を悩ませてる問題がこれだ。ローグシーの街で最も大きい商会、バストルン商会が商会長含めた上役にその家族が行方不明。バストルン商会が分解してしまった。後釜を狙う商会が売り込みをかけてきてるが、まだ安定していない。

 ローグシーの街を中心に流通を担っていたバストルン商会が実質無くなってしまったことで、混乱が残っている。バストルン商会にいた者で残っている者は、小さな商会で独立したり、他の商会に移動したり。

 かつてのバストルン商会も悪い噂のあるところでも無いし、ウィラーイン家ともそれなりに付き合いのある、問題は無い商会だった。だからこそ、俺とバストルン商会のフェディエアの婚姻という話が出たのだし。

 バストルン商会が黒幕だったのか、それとも利用されたのか、フェディエアは無事なのか。

 フェディエアも俺が苦手意識で見ていただけで、どんな娘かよく知る前に行方不明。心配というか、気にはなっている。巻き込まれただけなら不憫だろう。父上の方の調査で何か進展は無いのだろうか。


「どうするエクアド? 資材の搬入含めて何処の商会とやり取りする?」

「これまでバストルン商会だったからなぁ。エルアーリュ王子に頼んで、王都の商会の支部でも引っ張ってくるか?」

「そこまで王子に頼るというのも」

「しかし、今後はゼラのこともあるから、信頼できる商会にローグシーに来て貰わないと」

「建物が大きくなるなら、建築は急がず確実に進めるということにしておこうか」

「新居を造るのを遅らせても、カダール城は落城寸前じゃないか?」

「寸前どころか落ちたも同然の気はするが、それならそれで新しい城は快適に暮らせるようにしておきたい。エクアドも身を固めてみたらいいんじゃないか?」

「俺はもう暫く気楽に過ごしたい。それにゼラの相手も楽しくなってきたとこだ」


 エクアドと新しい屋敷に宿舎をどうするか、と話をしていると。


「ヤあー!!」


 倉庫の中からゼラの叫び声が聞こえる。ついで倉庫の扉がドカンと中から吹っ飛んで、ゼラがこっちに突っ込んできた。ゼラは泣きながら、大蜘蛛の脚が扉を蹴り飛ばして、シャカシャカと動いてもの凄い速さで。検査で脱いだかエプロンは外して素っ裸で、真っ直ぐ俺に突っ込んで来た。


「ヤー!! カダールー!!」

「あたたたたた!」


 ゼラに持ち上げられて抱き締められて、褐色の双丘がムギュッと押し付けられて、肋骨がミシミシッと嫌な音を立てる。いつもより加減ができて無い? 苦しい、折れる、何がどうした?


「ゼ、ゼラ! どうした、何があった!」

「ヤー! ヤだぁ! カダールぅ! あーん!」


 ゼラがポロポロ泣いている。吹っ飛んだ倉庫の扉の奥では、ルブセィラ女史が仰向けに倒れている。母上が慌ててゼラの後を追いかけて来る。俺の肋骨が今にも折れそうになってる。

 いったいなんだ? 何が起きた?

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