第六話 めがねの女、なんかこわい


「ゼラには人間のことは解りにくいかもしれんが、ちょっと聞いてくれ」

「ウン」


 この街、ローグシーの街があるのは父の治めるウィラーイン伯爵領。スピルードル王国の西方にある。この地は魔獣深森に近く、昔より魔獣の被害が度々ある。

 スピルードル王国の更に東方には、至蒼聖王国がありそちら側をまとめて中央と呼んだりする。

 スピルードル王国とその北と南にある国は、魔獣の害より中央を守る、盾の三国と呼ばれている。


「そして俺達の国というのは、この魔獣深森の魔獣から中央を守る為に、昔から戦ってきたわけだ。ハンターギルドも魔獣対策のひとつで、魔獣の素材なんてのを利用したりもする。それで中央からは盾の三国は頼りにされながらも、魔獣の皮や牙を剥いで使う野蛮人の国、なんて言われたりもする。王立魔獣研究院は、魔獣対策の為の機関。魔獣の生態を調べて王種誕生の兆候を探したり、魔獣の弱点とか調べたりする魔術師の集まり、という訳だ」

「ンー?」


 ゼラは首を傾げてる。テーブルの上に地図を広げてざっと説明してみたが、解らないか。

 アルケニーは知能が高いという。ゼラも頭はいい、と思う。ただ、人と違い国とか街とか関係無く暮らしていたのだから、そこから話をしないと解らないのだろう。人が集まり国となる。人は群れで暮らす生き物だ。これまで群れることも無くひとりで生きてきたゼラには、理解しづらいことか。

 俺のことをこっそり見守っていたということで、まるで解らないということも無さそうなんだが。俺以外の人間にはさほど興味は無さそうでもあるし。

 必要なとこだけ話すとして。


「これから来る魔獣研究院の者というのは、魔獣を調べるのが仕事。それでゼラのことを調べることになる」

「ウン、ゼラ、調べる、人が来る」

「おかしなことはさせないし、ゼラが嫌がるようなこともさせない。そこの魔術師にゼラの身体を調べることを、少しだけ許して欲しいんだ」

「ンー、調べる、の、よく解らない」

「俺も具体的に何処までどんなことをするか解らないんだが。身長測ったりとか、体重測ったりとか、得意なことが何かとか、苦手なものは何かとか。そういうことじゃないか? 嫌だったらすぐに俺かエクアドに言ってくれ」

「ウン」

「向こうは調べるのが仕事だから、ゼラと話をしたがるだろう。そのときは俺か母上が側にいるようにする」

「解った、お話する」

「偉いぞ、ゼラ」


 手を伸ばすとゼラの方からひょいと頭を差し出してくる。下半身の蜘蛛の腹を地面に着けても、ゼラの背は俺と同じくらいだ。頭を下げてもらわないと撫でられない。

 最近は褒めて手を伸ばすとゼラの方から頭を差し出してくるので、サラサラした黒髪の頭を少し強めに撫でる。

 ゼラが俺に合わせてくれるのだが、なにやら俺の方がそのように調教されてきたのか? という気もしてくる。目を細めて嬉しそうにするゼラを見たいというのもあるが。

 ゼラにざっくりと説明してその翌日。


「改めまして、王立魔獣研究院、アルケニー調査班、班長となりました、ルブセィラ=カリアーニスです」


 庭で出迎えて挨拶する。かつてこの庭でエルアーリュ王子と共に来てた眼鏡の女性。あのときと同じく、好奇心を抑えられない目で俺の後ろのゼラをチラチラ見ている。ゼラは眼鏡の女の視線が嫌なのか俺を盾にするように後ろにいる。

 母上、エクアドと並び順に名乗る。


「カダール=ウィラーインです。ゼラ、挨拶を」

「アルケニーの、ゼラ、です。ヨロシク」


 ゼラが名乗るとそれだけで、ルブセィラ女史もその後ろの四人の女性も、おー、と声を上げる。妙に嬉しそうだ。王立魔獣研究院のローブを羽織ったのは、ルブセィラ女史も入れて五人の女性。経験豊富な年配の魔術師が来ると予想していたが、皆、意外と若い。


「アルケニー調査班は全員女性なのですか?」

「もともと私の研究室は女ばかりです。頭の硬い尻の重い男の年寄りは、使えないので」

「なんというか、辛辣ですね。王立魔獣研究院の内部事情とか俺は知りませんが」

「何処も同じと思いますが、過去の名声にすがる老人には、新しいことは難しいでしょう。それにエルアーリュ王子より、アルケニーのゼラは蜘蛛の姫なので、関わるのも女性の方が良かろうと」

「蜘蛛の姫って」

「ルミリア様より絵本を戴きました。愛の力で人に化生する。良いですね、ロマンがあります」


 ルブセィラ女史が言いながらヒョイと出すのは、絵本『蜘蛛の姫の恩返し』

 ……おい、それは。


「ルミリア様がカダール様とゼラさんから聞いた話をもとにしているとのことで、参考にさせていただきます。魔獣と会話ができるだけでは無く、心も通じ合うとは、疑う気持ちもありますが、そこに興味もあります。お二人の馴れ初めなど是非ともお聞きしたいですね」


 母上ェ……、何処まで広めてるんですか? 母上の方を半目で睨むが無視される。母上はアルケニー調査班の魔術師に、


「ルブセィラさんと調査班の方は、我が屋敷に住んでもらうことになります。王都とは違い田舎でたいしたおもてなしもできませんが」

「いえ、お構い無く。宿を取らずにアルケニーの側で暮らせるとは、これ以上に良い環境はありません」

「部屋は空けてますが研究に使えるかどうか」

「大がかりな物は持ってきてませんので。では、運び入れても良いですか?」


 エクアドの部下が馬車に向かい、エクアドがルブセィラ女史の前に。


「一応、こっちで荷物をあらためさせて貰う。問題無ければそのまま部下に運ばせるがいいか?」

「アルケニー調査班はアルケニー監視部隊に入るので、エクアド隊長の指示には従います。ただ、器材は乱暴に扱わぬようにお願いします」


 ルブセィラ女史が後ろの四人に話をして、その四人も馬車の方に。荷物を下ろして中を開けて、エクアドの部隊でチェックする。王立魔獣研究院のローブを着た四人が、魔術絡みの道具だろうか? それを説明などして、チェックの終わったものから屋敷の中へと運び入れる。


「エクアド隊長、ずいぶんと厳重なことですね?」

「それだけアルケニーのゼラについては、気を遣うように、ということだ。アルケニーを調べる為とはいえ、ゼラの機嫌を損ねることは絶対に慎むように」

「そこはエルアーリュ王子よりも厳命されてます。希少なサンプルを損なうようなことはしませんよ。こうして会話もできる生きたアルケニーを側で見られる機会を失う訳にはいきませんしね。では、ゼラさん、これからよろしくお願いいたします」

「ウン、ヨロシク」


 よろしくと言いながらもゼラは前に出ようとはせず、俺の背中にペッタリくっついてる。ゼラがここまで人間を警戒するのは珍しい。いや、ゼラに積極的に近づこうとするルブセィラ女史の方が珍しいのだろう。

 こうして王立魔獣研究院の一団が我が屋敷に来た。俺とゼラはずっと屋敷の隣の倉庫暮らしだが。アルケニー監視部隊にアルケニー調査班、だんだんと賑やかになってきた。

 母上は屋敷の方に行き、荷物運びに部屋割りを仕切りに。エクアドも馬車の荷物の方へと。エクアドの部下が数名、俺とゼラの周りにいる。

 ルブセィラ女史にアルケニーについて聞いてはみたが、


「やはりアルケニーについては、ほとんど解らない、と?」

「もともと目撃例が少ないですから。そのわりに半人半獣の姿に恐怖やロマンがあるのか、お伽噺で伝わったりと知名度があるという変わった魔獣です」


 首だけ振り向いてゼラを見る。ゼラは俺の背中で俺の両肩に手を置いて、ルブセィラ女史の盾にしている。好奇心を隠そうともしない眼鏡の女史は、俺もちょっとやりにくい。


「アルケニーは肉食、知能は高く魔法を使う。蜘蛛の脚で壁や木を登り、糸を自在に操る。蜘蛛の爪に毒がある。魅惑の魔眼で男を誘惑して食べる。というところですね」

「ゼラ、人は食べない!」

「そのようですね。それと資料に残るアルケニーの姿と比べて、ゼラさんの蜘蛛体の部分はかなり大きいのです。人間体の部分も肌や髪の色は違いますし」


 ルブセィラ女史の取り出すアルケニーの絵図を見て、ゼラと比べれば細かいところで違いがある。絵図のアルケニーの方は下半身の蜘蛛のところはゼラより小さいし、上半身の肌の色は白い。


「また、オスやメスがいるかどうかも不明です。上半身の人の部分は女性体で、これが男性体のアルケニーというものは目撃例も伝承にもありませんね」

「ハーピーやセイレーンのようにオスがいない魔獣、ということですか?」

「繁殖方法も不明ですね。下半身の蜘蛛体から見ると卵生ではないかと」

「解らないことばかりですね」

「お役に立てず申し訳ありません。ですが、今後の為にも調べておきたいのです」


 肩の上のゼラの手を触る。この手の爪に毒は無い。ゼラの蜘蛛の脚の爪にも毒は無いんじゃないか? その爪で獲物を捕まえるところは見たことは無いが。


「ゼラは他のアルケニーと会ったことは?」

「ンー? 無い」

「そうか、ゼラの場合、進化してアルケニーになったんだから、もとからアルケニーでは無いのだし」


 ゼラとは実に希少な魔獣、ということか。振り向くと赤紫の目が俺を見下ろしている。このゼラのような美少女姿の魔獣が大量発生とかしたら、俺は戦えるのか? なんだか無理そうだ。それにそんな奇妙な事態がそうそう起きることは無いか。

 ルブセィラ女史が眼鏡をキラッと光らせる。


「もとがタラテクトで、アルケニーという種から産まれたものでは無い、ということですが、アルケニーという魔獣が蜘蛛型の魔獣の進化種、と考えると希少な魔獣という説明がつきます。進化種についても、強い魔獣を食べることが条件というのも、実際に進化するところを見た者はいないので仮説止まりですね」

「まぁ、伝説の進化する魔獣が頻繁に現れては、人は滅びそうですからね」

「できれば進化するところをこの目で見たいのですが」

「その探求心の為に国に災いを招くようなことはやめて下さい。研究もできなくなりますよ」

「それは困りますね」

「それと、ゼラを調べたいならゼラに気に入られないと難しいのでは? 先程からゼラが貴女の視線を嫌がってるようですが」

「希少な進化種ですので興味を抑えきれませんね。ところで、ゼラさんは何故エプロンを着ているのですか? ゴブリンやコボルトは独自の文化を持ち服を作り着ていることもありますが、ゼラさんのエプロンにはどういう意味が? どうして裸に白いエプロンを? 何か特別な意味や理由が?」


 興味津々といった感じで訊いて来やがった。それを説明しろと? 俺が? いや、俺以外にいないのか。周りを見てもエクアドも母上も屋敷の方に行ってしまったし。

 残っているエクアドの部下、アルケニー監視部隊の女騎士を見たら、ついっと視線を逸らされた。その顔をよく見たら吹き出さないように我慢して、唇がピクピクしている。ちくしょう。


「外で、裸、ダメ。カダール、教えたくれた」


 ゼラ! なんていい子なんだ。やはり俺の窮地を助けてくれるのはゼラなのか。ありがとうゼラ。

 ゼラは背後からエプロンに包まれた褐色の双丘を、俺の頭にポフンと乗せて。


「ゼラのオッパイ、カダール専用」


 ゼラああああああ!!

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