第五話 初めてのお酒、ドウテイ?


 夜の倉庫にブランデーを持ち込み、エクアドとゼラと三人でグラスをカチンと合わせる。昼間の一件でエクアドも少し凹んでいる。

 エクアド配下の女騎士の視線、エクアド隊長を見る目の温度が少し下がって冷ややかになった。俺も屋敷のメイドから生暖かい目で見られて、傷ついてる。視線の温度が俺達の心にひびを入れる。

 いや、別にモテたいとかじゃ無くて、騎士とは、貴族とは、民を守る者として恥ずかしく無いようにあらねばならぬということで。二十一にもなってエロいガキのように見られるというのは、その、なんというのか、堪える。

 エクアドがグラスを揺らしブランデーの香りを確かめつつ。


「いや、女の前で女の胸の話をした俺達が悪いんだがな」

「あれは失敗だった」

「しかし、カダールは今後もゼラと一緒に監視されるから、気が抜けないことになるのか?」

「そうなるのか。ゼラ、ブランデーはどうだ?」


 同じテーブルで同じブランデーを口にするゼラを見る。エクアドと酒を飲むにしてもゼラから目を離す訳にもいかず、ゼラを置いて酒場に行くこともできない。かと言ってゼラを連れて酒場に行くなど論外だ。

 なのでゼラを交えて酒盛りすることにした。ついでにこの機会にゼラが酒精を口にした場合どうなるのか、見てみることに。

 ゼラは両手でグラスを持ち、スンスンと匂いを嗅いで、澄んだ赤茶色の酒を口にして、ぺ、と舌を出す。


「ンー、にが」

「苦いか、飲みにくいか。いい酒なんだが」


 エクアドはグラスを手で暖めながらクイと飲む。俺も香りを楽しみ口に含む。エクアドが持ってきたこのブランデーは上物で飲みやすい。

 ゼラは眉をしかめて、


「ンー、カダール、なんで、こんなの飲む?」

「酒に酔うと気晴らしになるんだ」


 ゼラに応えながらハチミツを湯で溶かす。そこにすりおろしたリンゴを入れてブランデーを注ぐ。


「これなら甘くて飲みやすいか?」

「それ、ブランデーの飲み方としてどうなんだ?」

「酒好きには怒られそうだ。どうだ? ゼラ?」

「ウン、おいし」

「これなら飲める、と。甘いものはそこそこいけるんだよな」

「カダール、お酒、気晴らししたい?」

「人はたまにはこうして飲みたくなるもんなんだ。祭りのときとか、一仕事終えたときとか、酔って気分よくなりたいときに」

「ンー、ゼラのせい?」

「違う違う、ゼラのせいでも何でも無い。少し口が滑ったことを後悔してるだけだ」


 昼間に女性が見てるところで、エクアドとゼラのオッパイについて口にしてしまった。妙に熱く語ってしまった。俺もエクアドもオッパイマニアとでも思われてしまっただろうか。違うのに。嫌いでは無いが、そんないつもいつもオッパイの事を考えてる訳じゃ無いのに。

 チラとゼラの方を見るといつもの裸にエプロンの姿。見慣れてきてしまったが、白いエプロンの脇から褐色の半球がはみ出て見えてしまう。そこについ目がいってしまう。大きくて、柔らかそうで、魅惑的で、ポムンが、うむぅ。


「エクアド、男って、女ってなんだろうな?」

「そこは世界に男と女を創った神に訊ねてくれ」

「騎士として律しなければ、と思う程に誘惑に目が泳いでしまうのは、神に試されているのだろうか?」

「神が試してるんじゃ無くて、女に試されてるんじゃないか? これは男も女もどっちもどっちだが」

「どうにもその方面は苦手だ」

「そのテの話を続けて、またネタになるつもりか? 今も監視がいるが?」

「もう諦めた。気にすると酒が不味くなる」

「それに付き合う俺は、明日からもあの部下と仕事するんだが」

「すまんエクアド。巻き込まれてくれ」

「腐れ縁だ、付き合ってやる」


 斜め上を見上げて見れば、そこにある小窓からこちらを覗く女騎士と目が会う。倉庫に隣接した見張り小屋ができて、そこから交代でこの倉庫の中を伺っている。あとで王立魔獣研究院に出す観察日誌でもつけているのだろう。

 エクアドが俺のグラスにお代わりを注ぐ。


「カダールの髭剃りの件があってから、いっそう目を離さないようにってなったからな」

「もう髭剃りは自分ではやらんようにする。次からは人に頼むことにする」

「そうしてくれ。しかし、ゼラは飲んでもぜんぜん酔わないのな」

「ンー? 酔う? ワカラナイ」

「ゼラにとっては酒精よりも、カダールの血の方が酔えるのかもしれん」

「俺はゼラ専用の酒袋か?」

「ある意味で似たようなもんだろ」

「ン? カダールの血、おさけ?」

「ゼラがカダールの血を飲むのと、俺達が酒を飲むのは似てるのかもなってこと」

「ンー、酔うが、少し解った。フワフワする? 気持ちいいこと?」

「カダール、やっぱりお前は生きた酒袋だ」

「それは光栄だ。もっとじっくりと寝かせた方が旨くなるんじゃないか?」

「十三年も寝かせておけば十分だろ。酢になる前に飲ませてやれよ」

「意外と使えるかもしれん」

「何が?」

「ゼラに何かあったとき、例えば暴れだしたときには、俺の血を飲ませたら止まるのかも」

「余計に暴走するんじゃないか? あまり試したくは無いやり方だ」


 ブランデーの適当カクテルをゼラはクピクピと飲む。かなり飲んでるはずだが、一向に酔う気配は無い。切ったチーズを指で摘まんで食べてツマミにしている。

 エクアドが次のブランデーの瓶を開ける。


「どうやらゼラに、アルケニーに酒精は効かないようだな」

「そのようだ。となると、果実水でも飲んでもらうか。あと、チーズも食べるの好きか?」

「ウン、これ、おいし」

「生肉が一番で、次がチーズに甘いものか」

「ンー? 一番は、カダール」


 けふ、ブランデーを吹きそうになってなんとか堪える。ごほ、少し気管に入ってむせる。ゼラはキョトンとした目で俺を見てる。

 エクアドは、ふう、と息を吐いて。


「……こういう直撃は人にはできんものかも知れんな」

「エクアド、俺は何て応えればいいんだ?」

「知るかよ」


 この倉庫生活で最初は緊張していたが、俺もずいぶんとゼラに慣れた。ゼラは暴れることも無いし、わがままを言うことも無い。

 俺の言うことは素直に聞いてくれる。運動不足になるのが嫌なのか、夜に倉庫の屋根に登ったりして動くことはあるが、今のところここから離れる気はまるで無いらしい。

 アルケニーになる前は遠くから俺の様子を窺っていたという。人に見つかれば騒ぎになるからと気を遣って。


「カダールにお礼言う、そのあと、離れるつもり。離れる、隠れる、見つからないよに、遠くから」

「それがカダールの結婚式見て飛び込んでしまったと」

「だってー、あれ、なんかヤダ」

「凄いな、女の本能。ギリで間に合うのも運命的じゃないか」

「これもゼラのおかげで助かったうちに入るのか?」


 エクアドとバカな話をしながら酒を飲むのは、昔からわりとある。そこにゼラがいるのは初めてだが、気楽な感じで杯を重ねる。エクアドもゼラの異形は見慣れてきたようだ。

 灰龍の脅威も去り、鉱山は復旧の目処がついた。気になることはいくつかあるが、ゼラも大人しいものだし肩の荷が下りたような気もする。そんな祝いの酒を飲みすぎたのか、かなり酔いが回ってきた。


「カダールはなんで女が苦手なんだ?」

「苦手というよりは、慣れてないだけだ。騎士団は男ばかりだろう」

「女騎士団の紅団と交流戦とかあったろうが。そこで剣のカダールって人気もあって」

「槍のエクアド程では無かったろうに」

「夜遊びとかあんまりしなかったか。だがその歳で女と付き合ったことも無いというのは」

「遊びで付き合うというのも不実じゃないか?」

「そういうとこは不器用だよなカダールは。喜んでいいぞゼラ、カダールは童貞だ」


 ゼラはキョトンと首を傾げる。


「ドウテイって、何?」

「エクアド、ゼラに変なことを教えるな」


 ゼラは赤紫の瞳で俺をジーっと見る。いや、そんな無垢な眼差しで見ないでくれ。俺は童貞の説明とかしたくない。


「カダール、ドウテイ?」

「それは、そうだが、ゼラ、そういうことは外では言わないようにしてくれないか?」

「ウン、解った。でも、ドウテイ、何?」

「エクアド、お前が言い出したんだ。ゼラに説明してくれ」

「俺に回ってくるのか? えーと、童貞というのは女としたことが無い、純潔の男のことで」

「女としたこと? 女となにした?」

「なんだこの浮気を責められるような会話? つまりだ、カダールはまだ女と子作りをしたことが無いってことだ」

「子作り、まだ、カダール、ウン、解った。それなら、ゼラもドウテイ、同じ」

「女の場合は呼び方が違うんだが、良かったなカダール。ゼラは処女だ」

「それの何をどう俺に喜べと言うんだ。何でこんな話になった? ゼラ、外では処女とか童貞とか口にはしないようにしてくれ」


「ウン、解った。オッパイと同じ、外では隠す。中なら出してもいい」

「気軽に出していいものでは無いのだが」

「カダール、オッパイ、好き?」

「嫌いでは無いが、その、女の胸が嫌いな男は少ないんじゃ無いか? エクアド?」

「そこはちゃんと言ってやれカダール。他の女の胸よりもゼラの胸がいい、と」

「ンー、エクアドも男、オッパイ、好き?」

「あー、そうだな、ゼラのは大きいし形もいい。そこは自慢していいぞ」


 ゼラはチーズをあむあむと食べながら眉を寄せる。


「カダール、ゼラのオッパイ見る。でも顔を逸らす。でもまた見る。これ、他の人間の女と違う? ゼラ、裸の人間、女、近くでちゃんと、見たこと無い」


 言いながら白いエプロンを自分でパサリと外す。ゼラが自分で自分の胸を手で持ち上げる。慌てて目を逸らすと同じように顔を背けたエクアドと目が合う。


「これは、どうする? エクアド? お前の部下の女騎士に頼んで、裸をゼラに見せて貰うか?」

「俺が部下にそんなことを命令しろって? オッパイ見せろって? できるかよ」

「ゼラは人の半身持つアルケニーに進化してから、まだ一月経ってないんだったか? それまでがギガントディザスターウィドウとかで、ずっと蜘蛛の身体だったのだし。人間の女の身体というのも解って無いのか」

「無垢な精神に凶悪な色気、国が傾くのも解る気がしてきた」


 ゼラは自分の胸をタプタプと手で弄んでる。下半身は大蜘蛛の異形、でも上半身は黒い髪を長く伸ばす美しい少女。自分の手で自分の胸をまさぐる様は、色気があるというか、淫靡というか。褐色の双丘が柔らかく形を変えて、まろやかで、張りがあって、なんというのか、その、凄く、いい。目を奪われて、ゴクリと唾を飲む。


「ふ、ウン? こうしてると、気持ちイイ、なんで?」

「ゼラ、その辺りで止めてくれ、頼む」


 俺が言うとゼラはハッとして顔を上げる。なんだ? 怯えたような顔で俺を見てる。


「ゼラの、人間と違う? カダール、怖い?」


 なんだって? いや、俺は怖がってはいない。違う意味で腰は引けているが。そうだ。ゼラは自分が人間とは違うところで、俺に怖がられるように見られることを嫌う。嫌うというか、怯えるというか。だからこそ半分人間のアルケニーに進化するまでは、俺に姿を見せないようにしてたのだろうし。

 ゼラを見ると手で胸を隠していまにも泣きそうな顔をしていて、大きな目が潤んで、こんなことで泣かせるわけには、


「怖くないぞゼラ! ゼラのオッパイは最高だ! なぁ、エクアド?」

「あ? あぁ、そうだな。こんなに大きいオッパイは見たことが無い」

「大きくて張りがあって、そこは少し人とは違うのかもしれんが、だからと言って怖くも何とも無い。むしろ好きだ!」

「この大きさで垂れてなくて、実に立派だ!」

「凛々しくて気品のある感じがいい。素晴らしい」

「堂々とした高貴さがある。人間の女の中にはゼラのオッパイを羨むものもいることだろう」

「だからゼラ、何も気にすることは無いぞ。泣くようなことは何もない」

「男ならついゼラのオッパイに目が行くが、それは魅力的だからだ」

「つい目を逸らすのは、俺が恥ずかしいからだ。ゼラは気にすることじゃ無い」

「そうだ、カダールだけじゃ無くて、人の男とはそういうもんなんだ」

「自信を持っていいぞ、ゼラのオッパイは素敵だ!」

「ゼラのオッパイに乾杯!」

「褐色の豊乳に乾杯!」


 エクアドと二人がかりでゼラのオッパイを褒めると、ゼラは泣き止んだ。ホッとした。


「エヘ……」


 俺達の誠意が伝わったのか、ゼラは笑顔を取り戻して呑みなおす。ただ、エプロンは外したまま、テーブルの上に褐色の双丘をポムンと乗せて。

 俺とエクアドは酔った勢いに任せて、オッパイ万歳、オッパイ最高、オッパイ乾杯、と杯を重ねた。わけの解らない酒宴だったが、妙に楽しかった。


 翌日以降、エクアドの部隊の女性陣が、俺達を見る目が更に冷ややかになった。

 あの晩、ゼラのオッパイを褒め称えながら酒を呑んでいた俺とエクアド。それを監視小屋から倉庫を監視していたのはエクアドの部下の女騎士。あの酒宴がそこから誰にどんな風に伝わったのか解らない。何処まで広まったのかも不明だ。

 それで、俺とエクアドは仕方の無いエロいガキを見るような、女性陣の視線の槍で刺され続けている。辛い。せつない。

 エクアド隊長はこの部隊をちゃんと指揮できるのだろうか? 不安になる。

 エクアド、すまん。本当にすまん。

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