第7話


 今、俺とゼラはウィラーイン領の街、我が家の倉庫の中にいる。倉庫の周りは騎士と魔術師が包囲し、実質監禁状態だ。


「ゼラ、閉じ込めることになってしまって、すまない」

「ウン、だいじょぶ」


 俺は屋根の上からできるだけの説明をした。この魔獣、アルケニーは人を襲わない。人語を解し会話ができ、何故か俺の言うことを聞く。このアルケニーが灰龍を倒したと言うので、灰龍の現在の状況をすぐに調べて欲しい。アルケニーの言うことが真実であれば、このアルケニーは灰龍よりも恐ろしい魔獣だ。だが、人を襲わないというのでこちらからは手を出さないように。灰龍を越える脅威が街に現れたことを王に報告、と。

 下で聞いていた者達は混乱した。いや、俺も混乱している。


「灰龍のことを調べる間、そのアルケニーを大人しくさせることはできるか?」


 父上が言うことに俺はできる限りのことをする、と、応えた。


「王と王立魔獣研究院にすぐに報告。判断を仰ごう。アルケニーが入れて頑丈な建物は……」


 こうして俺とゼラは倉庫の中に入ることになった。

 暗い倉庫なのでランプを持ち込んだが、ゼラが指を振って、みー、と一言。それだけで五つの光る玉が宙に浮かび倉庫を照らす。

 人の使う魔術では無く、魔獣や聖獣が使う魔法。呪文の詠唱も無く行う妖しき力。ゼラが魔法を使うところを初めて見たが、このアルケニーがどれだけの魔法を使えるのか解らない。

 ゼラが倉庫の中に座る。蜘蛛の足を曲げて蜘蛛の腹を倉庫の床に着ける。それでもゼラの下半身、七本足の蜘蛛の身体は大きく、座った? 状態で立った俺と目線の高さが合うぐらい。

 俺は倉庫の扉を叩き、外にいるエクアドに声をかける。


「どうした、カダール?」

「テーブルをひとつ入れてくれ。足の高いやつを」


 先ずは食事、安易だが腹を空かせて無ければ機嫌も良くなるだろう。倉庫の中にテーブルを運び入れて、そこに料理を並べる。

 魔法の光る玉に照らされた料理の数々。本来であれば結婚式で出る予定だったご馳走。


「ゼラ、好きなだけ食べてくれ」

「ウン……」


 手でケーキを掴み口に運んでモソモソと食べるゼラ。テーブルで下半身が隠れると、踏み台に上った日焼けし過ぎた肌の裸の少女に見える。

 ……そうだった。ゼラはずっと裸だった。首を振って視界から褐色の双丘を引き剥がす。

 もう一度、扉を叩いてエクアドを呼ぶ。


「女物の服を持ってきてくれないか?」

「あのアルケニーに着せるのか? 倉庫の中は寒いのか?」

「あ、あぁ、だが上だけでいい」


 胸だけでも隠して貰わないと、目のやり場に困る。食事を食べ終えたのか俺を見るゼラに、持ってきて貰った服を着せることにする。


「んー、やー、」

「どうしても嫌か?」

「ん、ムズムズするの」


 野生の魔獣が服を着ることなど無いか。ゼラに服を着させるのは難航した。袖のあるものは嫌がる。それでもいつまでもプルンとしたものを出されていると、俺が困る。何とか妥協点を探してゼラに服を着て貰う。

 袖が無く、肌に触れる部分が少なくて、身体の動きを阻害しないもの。胸とかお腹とか隠せるもの。

 ゼラがこれなら我慢して着る、と選んだ物は白いエプロンだった。

 倉庫の中に裸エプロンの美しい少女がいる。

 服を着させれば人に近く見えて、ただの魔獣とは扱われないだろうと俺は考えた。その結果がいかがわしいものを産み出してしまった。

 違う。俺には断じてそんな趣味は無い。違うんだ。


「カダール?」

「い、いや、なんでも無い」


 屈んでキョトンとした顔で俺を見るゼラ。魔法の光に照らされた白いエプロンがまぶしい。

 視線を外すようにテーブルの上を見れば、料理の方はあまり減ってはいない。アルケニーは少食なのだろうか?


「ゼラ、ご飯はもういいのか?」

「ンー、」

「口に合わなかったか? いつもは何を食べているんだ?」

「ンー、ンー、」


 あごに指を当てて言葉を探している。動作のひとつひとつが妙に可愛らしい。魔獣、のはずなのだが。


「いつも、オオカミ、イノシシ、ゴブリン、コボルト、オーク、とか、食べる」

「そ、そうか。スワンプドラゴンに灰龍も食べたんだよな。では、ゼラ。今、食べたい物は?」

「なまのお肉、食べたい」


 テーブルの上にあるのは結婚式で出る予定だった料理。人が食べる予定のものであり、人は生の肉は食べない。あるわけが無い。

 テーブルの上にあるローストビーフをナイフで切り分ける。

 

「これなら生の肉に近いんじゃないか?」


 指でつまんだローストビーフの一切れをゼラに向ける。ゼラがまじまじとローストビーフを見て、小さな口をあーん、と開ける。尖った犬歯が見える、赤い舌が見える。何か艶かしく見えてドキリとする。

 不意に昔、こんな風に子タラテクトにコオロギを与えていたな、と思い出す。ゼラはあのときとは違い、俺の指を噛まないように気をつけてゆっくりとローストビーフを口に入れる。


「どうだ?」

「んむんむ……、ウン」


 少しは気に入ったようで、手掴みでローストビーフを食べ始める。今晩のところはこれで何とかなりそうだ。

 俺は倉庫の扉を叩いてエクアドを呼ぶ。


「どうした? カダール?」

「エクアド、アルケニーの食料についてだが、明日からは絞めたての新鮮な鳥か山羊か牛を頼む。アルケニーは肉食らしい。生の肉が食べたいと言っている」

「解った。だが、明日からでいいのか?」

「なんのかんのとあってもう日暮れだ。今晩のところは大丈夫そうだ」

「おいおい、今、倉庫の中にいる生の肉はカダール、お前だけだぞ? 外に出た方がいいんじゃないか?」

「だが、ゼラ、このアルケニーは俺の言うことしか聞かない。近くで俺が監視していなければ。目を離すのは不安だ」

「そいつが進化する魔獣というのは、本当なのか?」

「嘘を言ってるとは思えない。俺とエクアドがスワンプドラゴン討伐で見たジャイアントウィドウ、あれがこのアルケニーの進化前の姿だと本人は言っている」

「進化する魔獣がここに実在するとなると、手に負えなくなる前に始末するしか、」

「やめろエクアド。このアルケニーは灰龍を食い殺すほどの怪物だ。見た目のサイズはジャイアントウィドゥより小さいが、もう既に手に負えないものになっているんだ。アルケニーについてはどうだ?」

「目撃例も討伐例もほとんど無い魔獣だ。探してもたいした資料は出てこない。王立魔獣研究院を頼りにするしかないとこだ」


「人語を解し話ができる魔獣は、いると聞いてはいても出会うのも話すのも初めてのことだし。知ってる者も少ないか」

「アルケニーと言えば、子供のお伽噺のあれか?」

「魔法で人に化けて王をたぶらかした、傾国の美女の魔獣、か」

「それだ。それでカダールはアルケニーに“魅了チャーム”か、“誘惑テンプテーション”をかけられたと疑うのもいるぞ」

「そう見られてしまうのか。だが、エクアド、灰龍を食い殺すような魔獣をどう扱えばいい?」

「暴れだしたら手に負えないどころか、王国存亡の危機、か。俺もご機嫌とって大人しくして貰うぐらいしか思い付かんな。カダール、何か必要な物はあるか? 酒か? お菓子か?」

「酔わせるのも恐ろしいか。そうだ、絵本をもって来てくれ」

「絵本?」


「このアルケニーは俺の言ってることは解るようだが、話すのは不慣れらしい。子供に読み聞かせるような絵本でもあれば、人語にも慣れさせることができる。会話の通りが良くなれば交渉もしやすくなる」

「解った、絵本だな。ついでに読み書きが練習できるようなものもあればいいか?」

「頼む。外の方はどうだ?」

「異常は無い。アルケニーの群れとか現れてはいない。そいつはどうやら単体らしい。ウィラーイン伯爵は会議中で、街の住民の避難は取り止めたとこだ」

「今のところ被害は聖堂の屋根くらいしか無いか。これでは避難する気にはなれんか」

「街に侵入した魔獣は捕獲した、昼間の騒ぎはけりがついた、ということになっている」

「それを事実にしなければならん」


「布団は足りるか? 昼間、お前が屋根から飛び下りる為に集めてクッションにしたのを適当に放り込んであるが」

「十分だ。また必要なものがあれば呼ぶ」

「そうしてくれ。しかし、灰龍を倒すような化け物となると、ここの騎士と魔術師では抑えきれんな。アルケニーの様子は?」

「今は……、レバーペーストを指ですくって舐めてる。落ち着いているようだ。暴れる様子も無い」

「お前をお姫様抱っこして屋根から屋根へと跳んでいたから、見た目以上の怪力がある。気をつけろよ」

「……やっぱり、あれ、見られていたのか?」

「当然だろ。街中に見た奴が多い。結婚式に乱入して花嫁を拐うなんてのは、女向けの物語だと思っていたが、まさか花婿の方が魔獣に拐われるなんてな」

「また、騒がれてしまうのだろうか」

「カダールはどんな窮地からも生還する不死身の騎士、とか言われてるから、今回も吟遊詩人にはいいネタになるんじゃないか」

「それが全てあの蜘蛛のおかげだったらしい」

「信じられん話だが、それが本当だからそのアルケニーはカダールの言うことを聞くのだろう? カダール一人に任せることになってしまったが、お前は大丈夫なのか?」

「今のところは。だが、俺に何かあってもゼラ、アルケニーには手を出さないように言っておいてくれ。これは人がどうにかできる魔獣では、無い」

「伝えておく。まったくどうすりゃいいのか解らんが、何とか上手くやってくれ。街の平和はカダールにかかってしまっている」


 まったく、誰か代わってくれないだろうか。エクアドと話を終えてテーブルに戻る。俺も腹が減っている。

 足の高いテーブル、ゼラの正面に立ったまま冷めたシチューに口をつける。俺が食事をしているところを、ゼラは赤紫の目を細めてずっとニコニコと見ていた。

 白いエプロンが褐色の肌に映えていて、目のやり場に困る。

 ……裸に白いエプロン、いや、違う。ちょっといい、とか思って無い。考えて無い。これしかゼラが着れるものが無かっただけだ。すっ裸よりは服を着ている方が文化的だ。たぶん。


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