interlude‐2‐


「……はい」


 整理された一室。月明りだけがその部屋に差し込む静寂の空間で、一人の男が携帯用の通信機を片手に誰かと会話を交わしていた。


「……はい。こちらの準備は依然変わらず」


 どこか緊張したその声色。もとより朴訥な声が緊張でより剣呑さを帯びている。


 僅かに開けた窓から風が吹き込み、彼が手元に置いてあった書籍のページがパラパラとめくれ読んでいた部分が分からなくなるが、それすら気に留めず彼は通話に意識を傾けていた。


「……準備ができた、ですか」


 その報告に男は息を飲む。5年に渡り待ち続けてきた好機が訪れた喜びと消して失敗できない緊張、どう転んでもこの国の未来が変わってしまう不安と高揚に彼の喉が渇き、彼は机の上に置いてあった水を音を立てて飲み干した。


「失礼。……はい、緊張しています。この作戦が成功するか否か、ではなくこの革命の先にどういう世界が待っているのか、という不安から」 


 もとより失敗など考えていない。成功することでしかこの国の未来は拓かれない。そのために人を集め、最も信頼している人に相談を仰ぎ、機会を伺い長い年月を費やしてこの時を待っていたのだから。


 「はい。では、国王の飼っているを放す、と。しかし、現存の騎士団の戦力では……はい。学園生を使う、ですか」


 その声に不安の色が宿る。そんな彼に、電話の先の声は優しく諭すように説明をした。


「『錬金術師アルキミスタ』を巡回に……なるほど。その名前は伺っています。……いえ、貴方がそれで良しと仰るのであれば、私に依存はありません」


 その声を聴いて彼の震えは止まった。誰よりも強く、誰よりも正しかったあの人がそれで間違いないと言うのだから、この選択は間違っていない。そう確信し、通信機を持つ反対の手を強く握りしめる。


「では二日後の夕刻に。はい。……いえ、全く。それでは、良い夜を」


 激励の言葉を貰った後に通話を終え一息吐いた。身体の震えは止まったが、依然強張った身体から零れる吐息は震えていた。


 風により最後のページまでめくれてしまった本を手に取るが、思い直したかのように男はそっと本を閉じて机の上に優しく置いた。


「……」


 興奮は未だ冷めやらぬ。眼を瞑り心を落ち着けようと眼を瞑るが、その熱量が消えることは無い。心に燻る焔を吐き出すような呟きが部屋の中に響く。


「……ようやくだ」


 覚悟は決まった。一週後の今には終止符が打たれるだろう。この10年に渡る憎悪と悲劇の輪廻から抜け出し、希望へとこの国が進み始める未来が訪れる日がようやく来るのだ。


 燃え盛る感情の炎を消すことが出来ず、彼は再び寝室の椅子に座りなおす。せっかく閉じた本を再び開き自身が読んでいたページを探して、この炎が収まるまで静寂の中で本を読んでいようと頭からパラパラとページをめくり始めた。



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