我慢していた理由

お風呂からあがると、縁側に一緒に腰を下ろした。


涼しい夜の風が火照った躰にとても心地がよかった。


「ねえ、勇ちゃん」


炭酸水を口にしている勇ちゃんに、わたしは声をかけた。


「何だ?」


そう聞き返してきた勇ちゃんに、

「我慢していたって、どう言うことなの?」


わたしは聞いた。


勇ちゃんはピクリとキレイな形の眉を動かした。


「…それ、本気で聞いてるのか?」


「本気も何も、そう言ったのは勇ちゃんだよ?」


わたしが返事をしたら、

「口実みたいなものだったから、何とも言えなかったんだ」


勇ちゃんは言った。


「口実?」


「――明日美を、俺の手の届かない場所へ行かせたくなかった」


「えっ…?」


勇ちゃんの手の届かない場所へ行かせたくなかった、って…。


「あいつらが誰がお前を引き取るかで揉めて…もし場所が決まったら、明日美は俺の手の届かない場所へ連れて行かれるとそう思った。


それが嫌だったから、あんな提案を思いついたんだ。


俺と結婚すれば明日美は俺と一緒にいることができると、そう思ったから」


勇ちゃんはそこで話を切ると、喉を潤すために炭酸水を口に含んだ。


「半分は明日美から離れたくないと言う口実で、もう半分は…」


「もう半分は?」


勇ちゃんはわたしを見つめると、

「明日美がずっと好きだった、俺の気持ち」

と、言った。


「わ、わたしが好き…!?」


それって、そう言うことなんだよね!?


「好きだから、結婚したいって思ってた…」


勇ちゃんはそう言った後で、顔を隠すようにしてうつむいた。


「ゆ、勇ちゃん…?」


「例えウソだったとしても、嬉しかった。


あいつらのところに行きたくないって言う口実のために結婚したとしても、俺は嬉しかった」


「ウソなんかじゃないよ!


ましてや、口実で結婚した訳じゃないよ!」


わたしは下から勇ちゃんの顔を覗き込んだ。


「バカ、顔を見るな…!」


そう言って後退りした勇ちゃんの顔は真っ赤だった。


「わたしがウソや口実で勇ちゃんと結婚したと思ってたの?」


わたしは聞いた。


「そんな訳ないじゃない!


わたしは勇ちゃんが大好きだから、勇ちゃんと離れたくないから結婚したの!」


宣言するように言ったわたしに、

「まあ、それも半分だな」

と、勇ちゃんは言った。


「えっ、また半分?」


わたしは聞き返した。


「半分」


首を縦に振ってうなずいた勇ちゃんに、

「勇ちゃんって、半分が好きだね」


わたしは言った。


「別に半分が好きだから、半分を使っている訳じゃない。


ちゃんとした理由で使っているんだ」


勇ちゃんは言い返すと、息を吐いた。


「もう半分は、年齢の問題だ」

と、勇ちゃんは言った。


「年齢?」


「明日美は18歳とは言え、当時は未成年だっただろ?


23歳の男が未成年に手を出すなんて、完全に犯罪になるだろ」


「は、犯罪って…」


それはちょっと、言い過ぎのような気がする。


「だから我慢していたんだよ、明日美がちゃんと成人するまで我慢していたんだよ」


勇ちゃんは息を吐くと、

「我慢していたのに、お前ってヤツは…」

と、呟いた。


「えっ、わたしのせい?」


何でわたしのせいにされたの!?


よくわからなくて聞き返したら、

「好きとか愛してるとか、何をされてもいいとかって…」


この間の送り間違えのことを呟いていた。


「あ、あれは、本当に間違えちゃったんだってば!


六花に送ったつもりが間違えて勇ちゃんに送っちゃって…!


でもそう思っていたのは本当なんだけど…」


「それ以上、俺の理性を崩壊させることを言うな」


わたしの話をさえぎるように、勇ちゃんが言った。


「えっ?」


それに対して聞き返したら、

「明日美に何をするか、俺もわからない」

と、勇ちゃんが言った。


「勇ちゃんだったら、何をされてもいいよ」


わたしは言った。


「勇ちゃんが大好きだから、勇ちゃんと結婚したんだもん。


だから、勇ちゃんには何をされてもいいから」


「…明日美、それ本気で言っているのか?」


確認するように聞いてきた勇ちゃんに、

「本気だよ」


わたしは答えた。


「だから、お願い」


わたしは勇ちゃんの頬に手を添えると、

「――わたしを、抱いて…?」


勇ちゃんをじっと見つめた。


見つめられた勇ちゃんは顔を紅くすると、

「それ、本当に反則だから…」

と、呟いた。


「もう、我慢しなくていいから」


「いいんだな?」


「勇ちゃんなら、何をされてもいいから」


勇ちゃんは、わたしの頬に自分の手を添えた。


「もし…もし、“やめて”って言っても止めないからな?」


「言ったとしても、止めないで」


勇ちゃんはフッと口角をあげて笑うと、端正な顔を近づけてきた。


「――ッ…」


お互いの唇が、重なった。


「――ッ、んっ…」


チュッチュッ…と、感触を確かめるようにして何度も重ねられる。


角度を変えたり、押しつけるようにしたり、啄むようにしたり…と、何度も重ねられる。


だんだんと、頭の中がフワフワとしてきているのがわかった。


「――少し、口を開けて」


勇ちゃんに言われて、わたしは少しだけ口を開いた。


「――んっ…!」


わたしが口を開けたのを待っていたと言うように、口の中に舌が入ってきた。


「――んっ、んんっ…!」


口の中を動き回るその舌に、わたしはどうすることもできなかった。


勇ちゃんのされるがままである。


「――んっ…!」


もう無理だ…。


これ以上は、息ができない…。


そう思ったわたしの心を読んだと言うように、勇ちゃんの唇が離れた。


「――明日美…」


勇ちゃんがわたしを見つめている。


「その顔は、反則過ぎる…」


「――は、反則って…」


「最後まで押さえることができる自信がない…」


ちょっと何を言っているのかよくわからないのですが…。


「――本当に、いいから…」


そう言ったわたしに、

「寝室に行こうか」


勇ちゃんは言った。

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