フウタと魔女の夏

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フウタと魔女の夏

「助けてください!」

 突然声が聞こえた。声のした方を見ると、女の子がいた。


 俺は、フウタ、中一、十三歳だ。今は夏休みで、この家、いや薬局の店番を頼まれている。店に誰も来ないのをいいことに漫画を読んでいたら、えらいことになった。


 目の前の少女は、服も顔も泥だらけ、息も絶え絶え、今にも倒れそうだった。


「大丈夫か?」

 俺はすぐに彼女の元まで走って行って体を支えてやった。とりあえず、奥の部屋に連れて行こうとした。

 すると少女は、

「敵が近づいています。結界を張らないと……」

と言って、指で床に何か描こうとしている。


「待てよ、クタクタじゃないか。結界なら俺が貼っとく。君は中で休めよ」

 俺はそう言って彼女を奥へ連れて言った。彼女を寝かせると、俺は自動扉の電源を落とし、なおかつありったけの椅子を積んでバリケードにした。


 俺は一通りの作業を終えると、少女の寝ている部屋へ行った、

 少女の年齢は俺と同じくらい。髪は長く、前髪だけ三つ編みしている。服は泥だらけだが、ブラウスもスカートもそれなりにいい品物だろう、家柄の良さを感じさせる。しかし「結界」という言葉を平気で使うあたり、俺はゲームや漫画でよく見る魔女なのではないかと睨んだ。

 その時、彼女が

「う……」

と声を漏らした。そして、目を開いた。

「大丈夫か?」

彼女が目を覚ましたので、俺はきいた。

 彼女は一瞬、俺のことを敵と見間違えたらしく、ハッと身構え、すぐにホッとしたように全身の力を抜いた。そして、

「助けてくれて、ありがとうございます」

と言った。


「何があったのさ?」

と俺が聞くと。彼女は語り始めた。

「私は、モミと言います。うんと遠くから来ました。この度は、敵に追われていたところ……」

「その『敵』ってさ、冗談じゃないよね?さっきも『結界』とか言ってたけど……?」

 俺は思わず口挟んだ。すると、モミは、

「はっ、結界!」

と言って、慌てて部屋から飛び出した。俺は後を追った。

 モミは、バリケードの隙間から外を見ていたがすぐに、

「”裏口”はありますか?ここを出ます」

と言った。

「ま、待てよ、まだ全快してないじゃないか」

俺はモミの様子を見てそう言った。


「このバリケードじゃ持ちませんし、長居するとあなたに迷惑がかかります。」

 モミがそう言ったので、

「あいにく、ここに裏口はないぜ」

と俺は言った。

「”裏口”が……無い?」

 彼女は愕然として言った。

嘘だった。モミを今外に出すのはまずいと考えての適当な嘘だった。敵がいるのならなおさら。

「逃げるなら、そのバリケードと自動ドアを突破するんだな……それか、俺に結界の張り方でも教えるとか……」

と俺が言ったら、

「そうしましょう!」

と言ってモミは張り切って俺に結界の張り方を教えようとした。

「あんた、魔女なの?」

と俺が聞くと、モミは

「はい」

と言った。

 俺はモミに教えられて、初めて魔法を使った。

「あなたは元気なので、力が有り余っています。次の呪文を言ってください。」

 俺はモミの言った呪文を復唱した。

 すると、モミが床に描いた魔法陣が光って現れた。


「すごい!効きました。最低限の結界だけれど、無いよりはましです。あなたには、魔法の才覚がありますね!」

 モミは喜んで言った。

「よせ、人間の学校だってまともにこなせていないのに」

 俺は苦笑しながら言った。でも、魔法が使えたのは、素直に嬉しかった。

 結界を張って落ち着いた俺たちは、少し話をした。誰に追われているのか、どうして追われているのか、などだ。話によると、モミはどうやら魔女狩りにあっていて、ハンターという魔女狩人に追われているようだった。

「なんで?」

と俺がきくと、

「盗んだからです」

とモミは言った。

「何を?」

「薬草……」

 モミは、罰が悪そうに俯いた。しかし、急に勢い込んで、

「でも、必要だったんです。母が病気で…どうしても、欲しかった。薬草を持っていた人は、病気もしていないし、その薬草をたくさん持っていたんです。だから、少しくらい盗んだってあの人は困らない……」

と言った。

「でも、なんだって盗んだんだよ、買えばよかったのに」

 俺がそう言うと、

「あの、私……」

 モミは今までよりさらに気まずそうに、

「お金を持っていないんです」

と言った。

「なるほどな…魔女だからか?」

と俺がきくと、

「はい、私のいた国では、物々交換が主流でした。」

と言った。

「だったら物々交換してくれって頼めばよかったじゃないか」

と俺が言うと、

「だって、そんなの恥ずかしくて…それに、私が魔女だと知ったら、薬草をくれるわけないじゃないですか…」

とモミは言った。

「そんなに盗みの理由になるかよ、聞いて見てもいないくせに。あのさ、もし薬草をもらえなくても、病気だったらここにある薬でなんとかなるんじゃない?その薬草、謝って返してきなよ。その方が道徳的にも正しいし、追われる理由もなくなるよ」

と俺が言うと、モミは

「そうしたほうがいいでしょうか……」

と言った。

「当たり前だろ、盗みは良くない。盗んだと言う罪状がなければ、敵も追ってこないんだろ」

と俺が言うと、

「多分……」

とモミは言った。

「じゃあ、返しに行こうぜ。その薬草、どこから盗んだんだよ?」

と俺がきくと、

「ここの近辺です」

とモミは言った。

「じゃ、話は早い。妹のチャリ貸すから、すぐ行こう」

と俺は言った。すると、

「『行こう』って、フウタさんも来るんですか?」

とモミは言った。

「乗りかかった船とでも言うのかな、一人より二人の方が安心だろ?」

俺がそう言うと、

「でも、なんで…?」

とモミは言った。

「正直のところ、俺暇だったから」

と俺が言うと、「……ありがとうございます!」

とモミは言った。

 俺たちは結界を自分たちの周り半径一メートルに張って、とりあえずバリケードの椅子を元に戻し、しばらく留守にしますという貼り紙を自動ドアに張った。そして、結局さっきモミに無いと嘘を言った裏口から外に出た。


 自転車で向かったのは俺の家から十分離れたある家だった。しかし、いくら十分とはいえ真夏の真っ昼間はひどい暑さだった。ようやく着く頃には、俺はかなり汗をかいていた。しかし、モミは涼しそうな顔をして、ここです、と言っただけだった。

 その家は四角くて新しそうな家だった。家の前には小さな畑がある。俺が

「この畑から盗んだのか?」

ときくと、

「違います。この家には屋上があって、そこのプランターに植わっているのを盗んだんです」

とモミは言った。

「どうやって屋上に?」

と俺がきくと、

「空から飛んで、ですけど」

とモミは言う。なるほど、魔女ってのは本当にすごいことをやってのけるんだな、と俺は内心舌を巻いた。

 

 俺たちは家のドアの前に立つと、ドアベルを鳴らした。

「はい」

 インターホンから、若い女性の声がした。

「あの、話したいことがあってきました。その……」

 俺がまず最初に話すと、ガチャっと扉が開き、

「暑いでしょう、中へ入って」

という声がした。

 ドアの後ろには声の主と思しき女性がいて、俺たちが中に入るのを待っていてくれた。

 俺たちは新しくて広い部屋に案内された。中はひんやりと涼しくて、少しハーブみたいな匂いがした。

「何が用かしら?」

 女性はきいた。

 女性はパーマのきいた茶髪に、外国の民族衣装みたいなワンピースを着て、それがよく似合っている。年は二十代から三十代と言ったところ。

 俺たちはソファに座るように促された。女性もローテーブルを挟んだ向かいのソファに座り、俺たちが話すのを待った。

 

 モミが話し始めないので、俺はモミを肘で小突いた。

 「すみません。私、あなたのプランターから、薬草を盗んでしまいました。すみませんでした!」

 そう言ってモミは、カバンから薬草を取り出すと、女性の前に差し出した。すると女性は、

「そうだろうと思った。変だと思ったのよ。数が足りなかったもの。間違いはなく植えたはずだったのにって思ってたわ。ところで、あなた、どうやって屋上から薬草を盗んだの?それから、盗んだわけも聞きたいわね。」

と言った。

「本当にすみませんでした。実は……」

 モミはおずおずと全てを説明し始めた。自分が魔女で母が病気のこと、魔女ゆえにお金がなかったこと、そして、空を飛んで薬草を盗んだこと……

 女性はしばらく目を丸くして話を聞いていたが、話が盗みの段階に入ると、真剣な顔になった。そして、

「そう、そうだったの。正直に謝りに来てくれたこと、嬉しいわ。でも本当は一度だってやっちゃいけないことよ。でも、ここまで話を聞いてしまったら、もう薬草はあなたにあげる。ええ、もちろんよ。病気のお母様が心配よ。早く行ってあげて」

と言った。

「でも、私、何か償わなければ……」

とモミは言った。

「じゃあ、病気の母親が元気になったらまた会いに来て。私、一人でいることが多いから気が滅入るのよ。会いに来て話してくれる、それだけでいいわ。でも、仕事の合間にね。私、花やハーブを扱う自営業をしていてね、いつも家にいるから」

女性はここまで言い切ると俺に目を向けて、

「ところで」

と言った。

「よくこのこの話信じたわねー」

 女性が関心したようにそういうので、俺は

「まあ、魔法の本とかゲームとか好きな質なんで」

と言った。すると

「あら、私と一緒!」

と女性は言って笑った。


 女性はマキさんというらしい。俺たちも自己紹介して、薬草の代わりに後でこの家にマキさんに会いにくる約束をして今回の訪問は終わりとなった。


「いい人でよかったな」

帰り道の途中、俺は言った。

「ありがとうございました。一緒に来てもらったおかげで、落ち着いて話せました。それで……」

「それで?」

「私はフウタさんに何をお返しすれば良いですか?」

 びっくりした。

「お返し?いらないよ。そういうつもりでやったんじゃないから」

「でも、こんなにお世話になって、何か返さないことには……」

「俺もマキさんと同じでいいよ。それより、あの人たちか?ハンターっていうのは」

 ハッとしてモミが振り向いた。後ろから数人の赤い警察官みたいなのがすごい速さでバイクに乗って追いかけて来ていた。

「そ、そうです。どうやら、結界の効果が切れていたようです」

「それに、罪状がなくなっても追いかけてくるようだな」

「どうしよう、捕まっちゃう」

「全力で自転車をこげ!」


 俺たちはこいだ。普段なら危なくて絶対に出せないスピードで。こういうのを、激チャリというのだろう。

 しかし、バイクは速い。すぐに追いつかれてしまいそうだ。

「あの裏道に入ろう」


 俺たちはどうにかバイクを撒いて薬局の中に入った。その時にはもう、俺はクタクタだった。それなのに、モミときたら

「フウタさん、どいてください。私、この”裏口”から帰ります」

なんて言いやがる。

「どういうことだよ?今外に出たら面倒なだけじゃないか」

と俺は言って止めようとした。しかし、モミだってクタクタだったので、一歩も動けないようだった。

 ずっとここに居たって、きっとハンターたちはここを嗅ぎつけるだろう。今すぐ魔法で結界を張る力は多分俺にも残っていないし、どうしたらいい……

 そう思って居た時、ドアの前にいたモミが、覗き窓を見て言った。

「誰か、この建物に入ってこようとしています!」

 俺は急いで、窓に近寄って誰がくるのか確かめた。それを見た俺は、体から力が抜けた。


「ば、ばあちゃん!」

「どうしたフウタ、おや、そこのお嬢さんは?」

 ばあちゃんが裏口から中に入ってきた。俺は、ばあちゃんに

「実は、相談があるんだよ」

と言って、事の経緯を説明した。

 ばあちゃんは意外とすんなりとことを受け入れて、

「なるほど、魔女狩りか。迎え撃ちたいところじゃが、時間がない。ここから逃げて早くうちに帰りぃ」

と言って、裏口を指差した。

「どうして?今外に出たらまずいだろ」

と俺は言ったが、ばあちゃんは

「このフウタは今になっても何も知らんのかぇ?フウタ、ここは、秘密の”裏口”なんじゃよ。私も昔は使ったものじゃ」

と、呆れ顔で言った。

「ここから、異界に行けるんです」

 モミが、真面目な顔で言った。

 俺は、今度こそは信じられなかった。

「じゃあ、モミ、お前は……」

「はい、異界から来たんです」

 モミは、黙っていてすみません、と言って頭を下げた。

「モミ、お前は知っていてここに逃げて来たのよなあ。それなのに居たのが領事の私でなくこのボンクラですまなんだ。私がいればすぐにあちら側へ返してやったものを……。しかし、フウタ、お前が居なければモミは盗人となっていたじゃろう、お前が居てよかった。しかし、狩人は盗人だろうとなかろうと追ってくるみたいじゃな。母上も待っておられる。急いで魔界へ送る準備をせんとな」

 そう言ってばあちゃんは何やら緑色のメモ用紙に書き物をして、それをモミに渡して、言った。

「これを持っていけば大丈夫じゃろ、さ、行かんかい」

「ありがとうございます」

 モミは、大事そうにそのメモを受け取り、裏口の取っ手に手をかけた。

「母の病気が治ったら、きっとすぐ帰って来ます。そのときに全てのお礼をします。」

と俺たちに言ってドアを開けた。

 

 その時だった。

 ドアの向こうに広がっていたのは、まばゆいばかりの光だった。

 もみはその中に歩いて行き、ドアは閉まった。


「驚いたかぇ?」

 ばあちゃんが、俺に聞いた。

「うん……」

俺はしばらく呆然としながら、裏口のドアを見つめていた。

「ま、あの子はすぐに帰ってくる。それに、機会があれば、お前もこの扉を使うことになるじゃろうて」

 そう言ってばあちゃんはケタケタ笑うと、部屋の奥に行ってしまった。

 

 それから後のことは、よく覚えて居ない。

 あれから薬局にハンターが来て、事情聴取しようとしてきたけれど、全員ばあちゃんが追い払った。あの時、俺は今までで一番ばあちゃんすげぇって思った。あの時、俺は思ったんだ。ばあちゃんこそ、魔女じゃないかって。 


 それから、いつも通りに店を再開して、俺とばあちゃんは店番を交代した。

 それからは、俺は二階の自分の部屋に行って、寝転がってずっとぼんやり天井を見ていた。

 

 それから二ヶ月が過ぎた。もう冬も近づく秋のことだった。

 怒ったことはだいたい覚えて居たが、その後あんまり何も起こらないんで、あれは夢だったんじゃないかと思いかけていた。ばあちゃんにはしょっちゅう会ったけれど、モミにもマキさんにも会っていなかった。それにしても、変な魔女だったなぁ、魔力はあるのに、気が弱くて、一人じゃ何もできないんだもの


 ある日、薬局の裏口に一通の手紙が来た。それにはこう書かれていた。



 母の病気が治りました。今すぐそちらに向かいたいのですが、構わないでしょうか。

 もしよろしければ、OKに丸をつけて、”裏口”の郵便受けに投函してください。 

       OK /  NO

               モミより

 

俺は叫び出したい気分だった。やっぱり全て夢じゃなかったのだ。

 俺はOKに丸をつけて、”裏口”の郵便受けに入れて見た。すると……

 ガチャッ

 ”裏口”が開いて、まばゆい光が差し込んだ。目の前には、モミがいた。


 俺たちは再会を喜ぶと、急いでマキさんに会いに外へ飛び出して行った。


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