第3話 非日常的出会

自宅に着き、時計を見るとPM6:00を回っていた。


「二人共まだ帰ってないみたいですね」


「そうみたいですね」


自室に入り、よっと持っていたバッグを下ろす。


「春だから暖かいなんて思ってたけど、やっぱりまだ朝と夜は少し冷え込むなー」


コタツのスイッチを入れて、ぬくぬくとコタツに入る。


「そうですねー」

と当たり前の様に一緒に入ってくる空乃。


いやいやいや!

付いてこなくて大丈夫だからね!

自分の部屋に戻って大丈夫だから!


因みに空乃の部屋は僕の部屋の目の前、元本当の妹の部屋だ。


「自分の部屋戻らないんですか?」


「邪魔……ですかね?」


いかん!これじゃあまるで遠回しにあっち行ってくんない?って言ってる様なもんだったか。


確かにその通りっちゃ、その通りなんだけど。


だってねぇ。

ずっと二人って息が詰まっちゃうでしょ?


そりゃあ空乃は可愛いし、良い子だし、他人から見たら羨ましがられるシチュエーションなんだろうけど、僕にとっては妹だからね?空乃フラグが立つ事はないんだからね?


ほら、基本僕って独りが好きなタイプだから。

だって人に気遣ったりするの疲れるし。


僕に彼女がもし出来るとしたら、気を遣わなくていい素の自分でいられる彼女がいいな。もっとも彼女が出来る要素は、今のところ全くと言っていい程ないけれど。


「邪魔な訳ないじゃないですか!」


必死で本心ではない言い訳をする。


「ほら、僕なんかといるのもつまらないでしょうし。気を遣って僕なんかと無理に一緒にいなくても大丈夫ですよって事ですよ」


これは素直な僕の本心だ。


「さっきから僕なんか僕なんかって……もっと自分に自信持ってください!私は無理して目依斗さんと一緒にいる訳じゃないですから!!私がいたいからいるんです!いけませんか!?私が邪魔なんでしたらそう言ってください!!」


さっきまでの穏やかな表情から一変して、迫力ある言葉でそう言い放ち、部屋から出て行ってしまった。


やばい……。

怒らせちゃったみたいだ。


空乃も怒るんだな……当たり前だけど。


つーか、またやっちゃったよ……。


さっき謝ったばかりだってーのに。僕ってこりない奴だな。


自分で呆れてしまう。


自分に自信を持てって言われても、それは無理ってもんだよ。顔だって中の下位だし、性格だって良くはないし、誇れる事なんて何もないし。



――でも

そんな僕にも空乃は優しくしてくれた。空乃の事だからきっと、僕だけ特別って訳じゃなく、他の人にも平等に接するのだろうけど、そこが彼女の良い所なのだろう。


一生懸命僕に近付いて、早く仲良くなろうとしていた空乃に僕は、本心では邪魔扱いしていたなんて。


そんな彼女に僕は……。


駄目だね。どう考えたって僕が悪い。早く謝ろう。



――コンコン


「……空乃?」


空乃の部屋をノックし、そーっと開けて中に入った。


部屋は真っ暗だった。

中央で空乃が体育座りで顔を膝に埋めているのが薄ら見える。


その姿を後ろから眺めながら

「ごめん……」

と呟いた。


「確かに僕は空乃に言われた通り、自分に自信がなくってさ。顔もこんなだし、性格だって良くないし、空乃には釣り合わないって思ってるよ。だから遠回しに、遠ざけてしまってる様な事を言ってたんだ」


「それなのに空乃は僕に近付いてきてくれて……本当の所を言うと嬉しかったんだ。だからさっき空乃が私がいたいから一緒にいるって言ってもらえたのも凄く嬉しかった」


「僕ってひねくれ者だからさ。正直になれないっていうか。だから今度は、僕から歩み寄っていこうと思う。空乃と……早く仲良くなりたいから」


「今更嫌だって言われても、もう手遅れだからな。覚悟して……」



――バッ


空乃がいきなり抱き付いてきた。


「わっ!!?」


「嬉しいっ!!宜しくお願いしますねっ!!」


すげー笑顔じゃん!僕ってひょっとして嵌められた!?


「嵌めたな?」


「何がです?」


天然なのかよ!!

余計に質悪いな!


そしてまた当たってるよおっぱい!ヤバイ心臓が張り裂けそう!!



このままだと理性を保てなくなりそうなので空乃を引き離した。


「改めて、宜しく!」


「はい!宜しくお願いします!」


と、ここで本当の本心での自己紹介を終える事が出来たのだった。



――時計はPM9:00を回った。


あの後また僕の部屋に戻り、空乃とコタツに入りながら談笑し、テレビを見ていた。お互いに使っていた敬語が徐々に取れ始めていた。


「遅くない?」


「確かに遅いですねー」


空乃は元からこういう喋り方の様で、敬語とタメ口が入り混じる様になった。


「ちょっと電話してみるよ」


持っていたスマホから父親へかけてみる。



――おかけになった電話は電波の通じない所にあるか電源が――


「駄目だ、通じないや」


「じゃあ、私もかけてみます」




「こっちも繋がらないみたい……」


「まぁ、せっかく二人きりなんだし楽しくやってるんじゃないの?」


「そうですよね!」



「きっと美味しい物食べて、ホテルにでも泊まってくるんじゃないかな」


「かもしれませんね。そういえば私達も何も食べてないですね」


「よし!お昼は空乃に作ってもらったから晩ご飯は僕が作るよ!」


「作れるんですか~?」

と、おちょくる様に言ってくる。


「言ってくれるねー?まぁ空乃はお風呂にでも入って来なよ!その間に作っておくからさ!」


「じゃあお言葉に甘えて……」

と席を立ち、部屋を出て行く。


だが途中で立ち止まり

「それとも」

と言って振り向き

「一緒に入ります?」

と一言。


「えっ!!!?」


「冗談ですよ」と笑いながら走って行った。



空乃も言う様になったな。

次に聞かれたら入るって即答してやろう。


そう思いながらリビングに向かった。



「ふぅー、いい湯加減でした。目依斗さんは入んないんですか?」


お風呂から上がった空乃が戻ってきた。


「いや、ご飯食べたら入るよ!人を不潔みたいに言わんといて!」


あははと笑う空乃。


「さぁ、僕が作った晩ご飯をご覧あれ!」



目玉焼きにスクランブルエッグに、お昼に空乃が作ってくれたスープの残りを自慢気に指差す。


「朝ご飯ですか!?」



「おいおい、何を言っているんだね。今は夜。立派な晩ご飯ですよ」


「分かってますよ!?ただ、朝ご飯みたいなメニューだなって思って」



目玉焼き=朝ご飯と思い込んでいるようだが、それはとんだ思い込みって奴だ。そんなん目玉焼きに失礼じゃないか!


「細かい事は気にしない!さっ!食べよ」


と空乃を促す。


「美味しいでしょ?」


「美味しいですけど」



そうだろう、そうだろう。



ご飯を食べ終えてお風呂に入り、自室に向かう。


と、その前に空乃の部屋の前に立ち「おやすみ」とドア越しに挨拶をした。


返事がない。ただの屍のようだ。


じゃなくて。

もう寝ちゃったのかな?まぁ確かに今日は色々あり過ぎたしな。

疲れてたんだろう。


納得して自室に入った。


するとそこには

「遅かったですね」

と僕の布団に入っている空乃がいた。


そうだった……。

完璧に頭から抜けていた。

昨日一日だけ布団を貸せばいいと思っていたけど、荷物が届くまで布団がないから、それまで貸さなきゃいけないって事だったんだよな。


なんて事だ……。

まだしばらくは親父の書斎の、あのとてつもなく寝にくいソファーで寝なくちゃいけないのか僕は……。


なんて事を考えていると、また空乃が昨日と同じ台詞を言ってきた。


「一緒に寝ましょう?」



これは冗談なのか?昨日より仲を深めた今なら冗談な気がするけど、昨日会って数時間でも言ってたからな。どっちなんだよ空乃さん?


まぁいいや。冗談だと受け止めてみるか。


「よし!じゃあ一緒に寝よう!」


さぁ!どう返す?


「はい!どうぞ?」

と隣においでと言わんばかりに布団をポンポン叩く。


そ……そうきたかぁ!!


一体どこまでが冗談なんだよ。この時点で超胸がドキドキしてるんですけど!


いいだろう。その冗談に乗ってやる!僕がただのチキンじゃないって事を証明してやろうじゃないか!


言われた通りに隣に行き、布団に入る。


「じゃあ、おやすみなさい」


とリモコンのスイッチで電気を消す空乃。


随分と手慣れてますね。ここ一応僕の部屋なんですけどね。


「あ……あぁ、おやすみ」



「…………」




冗談じゃなかったァアァアアァ!!!


この子マジだったよ!本気と書いてマジだったよ!!


何この状況!?

なんで僕は、こんなにもドキドキしてるのに空乃は普通なの!?


おかしいよね?絶対変だよね?


困惑していると、布団の中で空乃が手を繋いできた。

そして横になったままこちらに顔を向け、ニコッと微笑んだ。



惚れてまうやろぉおぉおおぉ!!!!


それから空乃は

「ありがとう……」

と言って、こちらに顔を向けたまま眠ってしまった。余程眠かったのだろう。


勿論手も繋いだままで。


なんなのこのシチュエーション!?悶え死にそうだよ!超至近距離だよ!


伝わってくる暖かいぬくもり。耳元に当たってくる吐息。パジャマの隙間から見えてしまいそうな胸元。



あぁあぁああ!!!

ドキドキが止まらない!!


エロ可愛いすぎるーー!!!



空乃は妹だ空乃は妹だ空乃は妹だ空乃は妹だ空乃は妹だ空乃は妹だ空乃は妹だ空乃は妹だ空乃は妹だ



どーすんの僕!!?


①揉む

②触る

③撫でる

④ちゅうする



ああああ!!駄目だ!全部の選択肢がエロゲみたくなってる!!



冷静になるんだ。

深呼吸するんだ深呼吸。


――スゥーハァー

よし!落ち着……く訳がない!!たかが深呼吸位で!


ドキドキなめんな!!



でも、いかんぞこれは。

こんな状況で眠れる健全な男子がいる訳がない。


空乃は僕を信頼して、一緒に寝ようって言ってくれたんだと思うからな~。



ここはやっぱりその信頼に応えないと。


始まっていきなりBADENDとか笑えないし、こればっかりは謝って済む問題じゃないし……。


無心だ。

無心になるんだ僕。


悟りを開けば煩悩も消えていくはず。



――今更になって繋いでいる手が恋人繋ぎだったって事に気が付いた。



ある意味で悟りが開けちゃったよ。



空乃が手を離してくれたのは明け方の頃だった。窓から零れる日の光が僕の顔を照らす。


こんな調子で悶々と朝を迎え、とうとう一睡もする事が出来なかった。

僕はベッドから抜け出し、空乃を起こさない様にそ~っと着替えて部屋を出た。


スマホで時刻を確認すると、まだAM5:00だった。



――ふぁーぁ……

あくびをして、どうするか考える。


書斎でもう少し寝るか?

いや、今更また寝ちまうと多分、昼位まで爆睡だろうから、また空乃が朝食を食べないで昼まで待ってくれている可能性が高い……。


散歩がてらコンビニで朝食でも買ってくるか。


また目玉焼きを作ってもいいんだけど、空乃に

「お前、目玉焼きしか作れねーのかよ?wwwゴミ男だなwwwww」

とか言われちまうかもしれないからな。


まぁ実際空乃はそんな事は言わないし、確かに目玉焼き位しか作れない訳なんだが。



うーん、やっぱりまだ朝は少しだけ冷え込むな。

寒過ぎるって訳じゃないから別にいいけど。


そよ風に木々が揺らめいている。


たまにはのんびりと朝の散歩ってのも悪くないな。眠気が覚めていく気がする。

ぼーっと空を眺めながら近所のコンビニへと歩いていく。

無心で歩いていたせいか意外にも早くコンビニに着く事が出来た。

サンドイッチやらおにぎりやら、適当にカゴに放り込み会計を済ます。



コンビニを出て

「ん~~、目的達成」

と背伸びをする。


せっかくこんな時間に家を出た事だし、少し寄り道でもしていくかな。

遅寝遅起きの僕にとって、こんな機会は滅多にないしね。


そう思い、いつもはあまり行く事が無い土手の方に向かった。


土手に着いた僕は、覚めかかっていた目が一気に覚めた。


「うっわー!!超綺麗ー!!!」

思わず声が出てしまう。


土手に沿って桜の木が満開に咲いていたからである。

下には川が流れていて、それもまた癒される


ここってこんなに穴場だったのかー。

ほ~っと感心してしまう。


桜の並木通りをテンションが上がりながら突き進む。


後で空乃にも見せて上げたいな~。喜ぶかな?

僕が感激したんだから、空乃なんて僕の五倍位喜ぶぞきっと~。


と、空乃が驚く姿を想像して独りにやけていると、この気持ちをぶち壊してくれる一言が聞こえてきた。


「何一人でニヤニヤしてんの?気持ち悪っ!!」


ん?今なんか聞こえたよね?幻聴じゃないよね?

声がした方へ振り向く。


「――ワンワンッ――ワンッ」


犬??

犬がこっちに近寄って来た。


なんだこいつ。可愛いじゃないか。ひょっとして、さっきのはお前が言ったのか?お前だったら許す。

と頭を撫でる。


「勝手に触らないでくれない?キモいから!」



……え?なんだって?

犬が喋った!?

そんな訳あるかーい!


と、心の中で独り馬鹿みたいなノリツッコミをした。

さすがの徹夜テンション。


この犬の飼い主は……。

犬が繋がれていたリードを目で辿っていく。


その先には、両足をリードでグルグルに巻かれ、身動きが取れずに地面に俯せに倒れている女の子の姿があった。


大方ワンコに自分の周りを走り回られて、足をグルグル巻きにされちまったってとこだろう。



「何見てる訳?気持ち悪いから早くどっか行ってくれない?」



く、口悪ぃ……この女。


見た目は可愛らしいくせに……


髪の毛は茶髪に肩くらいまでの長さのツインテール。顔は童顔で、幼さが残った顔立ちから見るに、中学生位だろうか。


最近の中学って茶髪いいわけ?これだからゆとり教育は駄目だとか言われんだよな。


まったく……ツインテールには黒髪が一番似合うって事を知らんのか。


手元にいた犬を抱き抱え、その女の所まで歩いていく。


「はぁっ?なんで近付いてくる訳?言ってる意味分からなかった?キモいからあっち行ってって言ったんですけど!」


と倒れたまま罵倒してくる女。


「見ず知らずの僕に、気持ち悪いとキモいを交互に連呼するのは止めろ!!!さすがに傷付いちゃうだろ!!」


と言いながら犬を下ろし、足に絡まっていたリードを解く僕。


「な――何してんのよ!?」


「何って絡まったリードを解いてあげようとしてんじゃねーか」


「誰もそんな事頼んでないっていうの!キモいから足触らないでよ!この変態!!」


「僕は変態じゃない!!紳士だ!!!」


「はぁっ!?どっからどー見てもキモいド変態じゃん!」


「おいっ!さっきよりも変態のレベルが上がってるぞ!!親切なお兄さんの間違いだろうが!!」


年下には強気な僕だった。



「さっ、解けたぞ」


「だから別に頼んでないっての!」


と言って、服に付いた泥をパンパンと叩きながら立ち上がった。


服装は赤をベースに黒いボーダーラインが引いてあるシャツを着て、黒いネクタイを締めている。その上から毛皮が付いた茶色いコートを羽織り、下は短パン。


まさしく今時のお洒落中学生といった感じだ。

先程は倒れていたから分からなかったが胸が大きい。


このロリおっぱいが。

お礼位素直に言えんのか。


別にお礼が言われたくてやった訳じゃないけどさ。


「アンタこそ感謝すれば?私の生足に触る事が出来たんだから」

と鋭い目付きでこちらを見てくる。


うん、分かった。

僕この子嫌いだ。

つーか、生足って。


「僕はエロ親父か!」


フンッと向こうを向く女。


……ったく。

「はいはい、余計な事して悪かったよ。今度は気を付けろよな」


そう言って、また桜の並木通りを歩き出した。


人がせっかく良い気分に浸っていたというのに。ロリおっぱいのせいで気分が冷めちまったよ。もう帰ろ。


とゆっくり歩き出していたら後頭部に何かが当たるのを感じだ。


振り向くと犬に引っ張られてダッシュで走り去っていく女の姿が見えた。


アイツまたやりそうだなーとか思いつつ足下に目をやると、飴玉が一つ落ちていた。お礼のつもりか?


真意は分からないが、貰っておくとしよう。


飴玉を拾い上げ、ポケットに入れて家路にへと向かった。



――自宅に着くと、丁度起きたばかりなのか、空乃が顔を洗っていた。


それを見た僕は、そーっと後ろから近付き

「おはよう!!!」

と声をかけた。


「ひゃうぅっ!!?」

と声を上げてビクッとなり、すぐ後ろにいた僕の腹部にエルボーを入れてきた。


「おぶっ!!!」

持っていた袋を床に落とした。



ふむ……誤算があったが期待を裏切らない良いリアクションだ。

慌てて顔を拭き、こちらに振り向く空乃。


「あっ!目依斗さんだったんですね!おはようございます」

とペコッと頭を下げた。


「お……おはよう」

と腹を抑えながら返事する。


「どこか行ってたんですか?」



あ、エルボーについてはスルーなんですね空乃さん。


「うん、早く目が覚めちゃったからさ。コンビニで朝食買ってきたんだ」


まぁ一睡もしてないんだけど。


「そうだったんですか?朝食なら、また私が作るのに」


「うん、ありがとね。でも、たまにはいいかなって思ってさ。もしかしてコンビニのじゃ嫌だった?」


「そんな事ないですよ!ありがとうございます」

と律儀にもまた礼をする。


「そっか、なら良かった。じゃあ、早速食べない?なんかお腹空いちゃって」


「私、着替えてきますから先にリビング行っててください」

と自分の部屋へ戻って行った。



ここでサービスシーンのイベント発生って奴だな。

とか思っちゃう僕はゲームのやり過ぎですね、分かります。



――その後、着替えを終えてリビングに戻って来た空乃と、軽く朝食を済ませた。ソファーに寝転がり、うだうだとテレビとか見ている内にあっという間に時間が過ぎていった。


僕は自分に、もっと時間を有効的に使いなさい!と言ってやりたいね。


空乃も僕の向かいのソファーにちょこんと座り、雑誌を読みながらコーヒーを飲んでいた。


空乃は、ただ単に僕に合わせくれているのだと思う。


「そう言えば……」

「そう言えば……」


言葉がかぶった。


「何?空乃から言っていいよ」


「あっ、目依斗さんからどうぞ!」


空乃の性格からして、このままだと延々と譲り合いになってしまいそうだったので、僕から言う事にした。


「いや、昨日の店に電話してみようかなって思って」


「あ!私もその事を言おうと思ってました!」


「そうだったんだ。じゃあ電話してみるね」


「じゃあ私も」



――えっ!!?私も!?


「……えっと、私もって?」


「私もそのお店でバイトします」


「一緒の所でバイトするの!!?」


「駄目ですか!?」


「いや!駄目って事は、ないけれど……!」


「じゃあ早く電話しましょうよ」


「う……うん」



どうなんだこれは?有りなのか?


僕、空乃の順で立て続けに電話をし、今日の夕方に丁度他の人も面接があるとの事で、二人共夕方に面接に行く事となった。


他の人もいるって事は集団面接かな?やべー、ちょっと緊張するな。


「空乃、履歴書持ってる?」


「持ってないんですよー」


「じゃあ僕の一枚あげるね」


「いいんですか?」


「勿論でしょ」


「ありがとうございますっ!」

と嬉しそうにする空乃。


履歴書位でそんな喜ばんでも。



――お互い黙々と履歴書を書き上げる。


「出来た!」


「私も!」



大体同じタイミングで書き終わり、ジャーンと互いに見せ付け合う。

これで後は面接の時間を待つだけだ。

だが、ここである事に気が付いた。


「空乃?」


「はい?」


「顔写真は?」


「あ……」


その前に証明写真を撮りに行く必要がありそうだ。



――空乃の証明写真を撮りに行く事になり、僕達は昨日案内したショッピングモールへと来ていた。


「確か、あそこの薬局の前にあったはずなん……あっ!あったあった」


「本当すみません……」


「いいっていいって。気にすんなよ」


「僕、ここのベンチに座ってるから撮ってきなよ」


「はい、すぐ撮って来ますね!」

と証明機器の中に入っていった。


あー……なんだか眠くなってきたかも。やっぱさすがに一睡もしないのはキツいなぁー。意識がしだいに薄れていった。



――ピトッ


「おわぁっ!!!」


頬に当たる冷たい感触で飛び起きる。

見ると、空乃がジュースを持って戻って来ていた。


「朝のお返し~」

と笑っている。


おかしいな?お返しならエルボーというものを既に貰った気がしたんだけど。

まぁ可愛いから許そう。


「はい」

とジュースを手渡してくる空乃。


「あぁ……ありがと。もう撮り終わったの?」


「はい。ありがとうございました」

と、いつもの礼をする。


「じゃあ帰ろっか。もうすぐ面接の時間だし」


「はい」


と歩きだした。


モールの中を帰る方向に進んでいると、空乃が急に立ち止まった。


「どうしたの?」


見るとそこはゲーセンだった。


「入りたいの?」


「あの……」


「ん?」


「写真撮りません?」


「写真って今撮ったじゃん」


何言ってんだろ?


「そういうんじゃなくて!一緒に……!」



一緒にってまさか……

ここはゲーセンだし……恋人同士とかで撮るアノ写真の事を言っているのか!?


「写真ってあの……?」


コクリと頷く空乃。



僕達カップルなんかじゃないんだからね!!!?


と思ったけど、別段これといって断る理由もなかったので素直に一緒に撮る事にした。だって、この機会を逃したら一生女の子と一緒に撮る機会なんて無さそうだもん。


嫌そうに引き受けた割には、ルンルン気分で撮影に臨む僕だった。

空乃もなんか照れてるみたいだし、案外僕の事意識しちゃってんじゃないの~?

何コレ何コレ~?カップルなんじゃないの~?


「撮れましたね」

と恥ずかしそうに言って、画面に文字を書き込んでいく空乃。


うんうん書くよね普通。

大好きーとかさ。知ってる知ってる。やった事ないけど。


僕のテンションは、どんどん上がっていく。



空乃が書き込んだ文字を見ると―――


僕の顔の下に[兄]

空乃の頭上に[妹]

の文字。



違ぁあぁああう!!

こんなん思ってたんと違ぁあぁああう!!


空乃は普通に兄妹でっていう風に考えてたぁあぁああ!!


僕の事、微塵も意識なんてしてなかったぁあぁああ!!


あぁあぁああーー!!

恥ずかしいぃいぃい!!!


僕は、とんだ勘違い野郎だった。


撮影を終え、ゲーセンから出る僕達。

空乃は、写真を嬉しそうに眺めている。

まぁ、考えてみれば空乃は僕にとって妹だしね。

別に落ち込んでなんていませんよ。


分かってたし。

カップルとか冗談だし。

だって、空乃が恋愛対象になる事はないって誓った訳だし。


空乃はなんか満足しているみたいだから、兄としては本当それだけで充分だし。

本当だし。



「ずっと大切にします!」


「うん……僕も」


こんな感じで自宅へと帰宅した。


家に着くや、すぐに自分の部屋に入っていく空乃。

履歴書に写真でも貼りにいったのだろう。


つーか、もうこんな時間か。すぐ面接の時間じゃん。

色々ブラブラとしてたし、当然と言えば当然か。


「空乃ー?帰って来て早々だけど、すぐ面接の時間だよー」

と空乃の部屋の前から呼び掛ける。


「今行きまーす」



今日は慌ただしいな―。

履歴書を持って、またすぐに家を出た。



歩きながら目的の店へ向かう。


「そういえばさ」


「なんです?」


「僕達、一緒に住んでるって言わない方がいいかな?」


「どうしてですか?」


「いや、なんとなくなんだけど、その方がいいのかなって思って」


「でも、履歴書に住所書いてあるから分かっちゃうんじゃないですか?」


「あ、そっか」

そうですよと笑う空乃。


「じゃあ、もし二人共受かったら、店長に他の人には内緒にしておいてもらおう」


「別にいいですけど……」

と少し不満そうにしている。



「だって、実の妹じゃない訳なんだから、他の人から見たら怪しい目で見られそうじゃん」


「実の妹じゃないかもしれないけど……それでも私は目依斗さんの妹です!」


「うんうん!そうだよね!そうなんだけどさ……!」


「分かりました。それでいいです。他人のフリをすればいいんですね?」

僕の言葉を遮る様に空乃が言う。


そこまでは言ってないけど。

「なんか怒ってる?」


「別に怒ってませんけど」



怒ってるよね?僕何か怒らせる様な事言ったかな?空乃の為にもその方が良いって思ったんだけど……。


「でもまぁ、二人共受かったらだからさ。僕だけ落ちるかもしれないし」


「そうですね」


なんか冷たくないですか空乃さん?

空乃の怒るポイントが理解出来ないんですけど。


なんとか空乃の機嫌を回復させようと、僕の面白かった体験談を話していたおかげで、少しずつ空乃の機嫌が良くなってきた。


フゥー。

お兄ちゃんも楽じゃないぜ。

店に着くまでには無事、機嫌を取り戻す事に成功したのだった。


まだ改装中の店内に入っていき、奥の部屋にいた人に面接に来た事を告げる。

名前を聞かれたので素直に「水崎です」「白石です」と答える。


どうやら僕達が最後だった様で、待っていたよーと二人別々の部屋に案内される。


空乃と僕は別のグループで面接を受ける様だ。



僕が案内された部屋には、面接を受けるらしき人が既に三人程、パイプ椅子に座って待機していた。


……していたのだが、その中に見知った顔の奴が一人いた。


部屋に入った瞬間三人共、僕の方に振り向いたので、向こうも僕に気が付いた様だった。


互いに目が合い、同時に「あっ!!」と声を漏らした。

案内してくれた方が「何?知り合いかい?」と声をかけてくる。


「あっ、いえ……」

と否定し、その見知った顔の奴の隣の席に座る。

横目でチラチラ見てくる視線がとても気になる。


その見知った奴とは、早朝に会ったばかりのロリおっぱいの事だ。


世間せめーなー。

ていうか、中学生ってバイト出来なくね?いいの?


「じゃあ履歴書いいかな?」


と案内してくれた方が手を差し出す。

どうやら僕達の面接を担当してくれる面接官の方だったらしい。


言われるがままにカバンから履歴書を取出して手渡す。

面接官の方が「じゃあ始めよっか」と席に着いた。


だから横目で見てくんなって!気になるだろうが!


なんとも居心地の悪い中、面接が始まった。


左に座っていた奴から順番に、面接官が質問をしていく。

面接官が質問、それに答える。また面接官が質問、またそれに答える。

この繰り返しで一人ずつ面接を終えていく。


前の二人の面接が終わり、次はロリおっぱいの番だ。


「では次の方、名前は音筆(おとふで)琴乃(ことの)さんでいいのかな?」

面接官が聞く。


「はい」


琴乃っていう名前なのか。

空乃と似た様な名前だな。奇遇っつーかなんつーか。


「歳は21歳で間違いないね?」


「はい」



何!!?21歳!?

中学生じゃないの!?ていうか僕より一個年上なの! ?

詐欺だろ、この顔!


「今は何をしてらっしゃるのかな?」


「あっ、えと……今は何もしてなくて、フリーターです」


お前もフリーターなのかよ!

僕がそんな事を考えている最中も、面接官はどんどんと質問していった。



――その後、面接の順番が僕に回ってきたので、可もなく不可もなくといった感じの無難な対応をして、集団面接は無事終了した。

結果は明日にでも連絡してくれるそうだ。


ハァーッとため息をついて店を出た。空乃の姿がない所を見ると、僕達のグループの方が先に終わったらしい。


「あのさ!何でアンタがいる訳!?」

後ろから付いて来ていたロリおっぱい……じゃなくて、音筆が僕に言う。


「いや、それは僕の台詞なんだけど。つーか、僕がいちゃ駄目なのか?」


「はぁっ!?そうは言ってないでしょ!?」


「じゃあ、どういう意味なんだよ!?」


「だ~か~ら~!何でアンタがこのバイトの面接を受けてんの!?って聞いてるの!!」


いちいち大声でうるさい奴だな。そんなに怒鳴らなくても聞こえてるっつーの。


「何でって……ここでバイトしたいからに決まってんじゃん」


「アンタ、ニートな訳?だっさ!!」


「お前に言われたくないんだけど!!?お前だってニートだろうが!!!」


「はぁっ!?アンタと一緒にしないでくんない!?それに、アンタにお前呼ばわりされる筋合いないんだけど!自己紹介聞いてなかった訳!?私には音……」


「音筆琴乃だろ?」

音筆の言葉を遮る様に続けた。


「ちゃんと聞いてたっつーの。馬鹿にしてんのか!それと、お前だって僕の事アンタアンタって言ってんじゃねーか。お前こそ、僕の自己紹介聞いてなかっ……」


「水崎目依斗でしょ!?馬鹿にすんなっ!!」


店の目の前でジリジリと睨み付け合う僕達。

本当コイツ腹立つ!!


「帰るっ!!」

クルッと反対側を向き、スタスタと足早に歩いていく音筆。


「音筆!!」

それを呼び止める僕。


「何よ!?」

その場で足を止め、こちらに振り向く。


「飴玉ありがとな」

とポケットから飴玉を取出し、音筆に見せる。


それを見た音筆は、顔を赤くして「フンッ」と去って行った。

何で僕がお礼言ってんだろうな。

そう思いながら飴玉をまたポケットにしまった。


それを何処かで見計らっていたのではないだろうかと思ってしまう程、タイミング良く空乃が出てきた。


「どうでした?」


「うん、ぼちぼちかな?」


空乃にわざわざ音筆の事を話す必要もないか。


音筆の話題には触れずに面接でどんな質問をされたのか等を話しながら、自宅へと向かった。



自宅に着くと、空乃はまたすぐに自分の部屋に入っていった。


あー、疲れたー。

僕も自分の部屋に行き、コタツに入って横になる。


空乃が来てから急に慌ただしくなったな。


また今夜も一緒に寝るのかと思うと……。

いつまでこんな生活が続くんだろ。


ファーァ……

そういえば今日寝てなかったんだっけ。


少し位寝てもいいよね?

僕はコタツに入ったまま意識を失った。



――不意に携帯の着信音が部屋に鳴り響く。


その音に目が覚め、寝ぼけたまま携帯のディスプレイを覗き込む。

時刻はPM9時過ぎ。


……知らない電話番号だな。


基本、僕は知らない電話番号は出たくないチキン野郎だから、番号だけ見て放っておく事にした。


もう一眠りしようかとも考えたが、眠気が覚めてしまったので起きる事にした。

超中途半端な時間に起きちゃったな。


どうでもいい事だけど、コタツで寝ると凄い喉が渇くよね。全身の水分が吸い取られたというか、そんな感じ。飲み物でも取りに行こうかね。


僕はリビングに向かった。


リビングに入ると、空乃が誰かと電話をしていた。


本当、誰と話す時も敬語なんだなーと、欠伸をして冷蔵庫から麦茶を取出した。

コップに注いだ麦茶を飲んでいると、電話を終えた空乃が近寄って来た。


「随分とよく眠ってましたね?」


「あ、うん。まぁね」


「昨日あんまり眠れなかったんですか?」


「うん……まぁね」

君のおかげでね。


「電話誰だったの?優花さん?」


ウウンと首を横に振り

「私、受かったみたいです」

と嬉しそうに答える空乃。


「受かったって何に?」


「さっきのお店の面接に」


へぇー、良かったじゃん……


……マジで!?

連絡って明日くれるんじゃなかったの?



「あれ?連絡って明日くれるって言ってなかった?」


「確かそのはずでしたけどね。でも明日から来てくれって言われましたよ?」


「あ……あー、そうなんだ?お――おめでとう」


ちっくしょおぉおお!!!

僕は落ちたのかよぉおお!!!

結構受かる気でいたんだけどなぁあぁあ!!!?


「あの……目依斗さんには、かかってきてないんですか……?」


「うん、まぁ……。でも僕の事は気にしなくていいからさ!明日から頑張ってきなよ!」


「……やっぱり私も断ります!」


「えっ!?いいっていいって!!僕に気なんか遣わなくていいから!!」


「でも……」


「本当大丈夫だからさ!」


必死で空乃の事を宥める。

そうは言ったものの、やっぱ落ち込むなー……。



――そこで、ふとある事を思い出す。


電話……?

そういや、さっき知らない電話番号から電話がかかってきてたっけ。

まさかと思い、自分の部屋に戻り、携帯を確認する。

不在着信が二件。


リビングに戻り、空乃に携帯の履歴を見せてもらう。



――やっぱりそうだ!


電話番号が同じだった。

ドキドキしながら、その電話番号に折り返す。


「……」

出た!


「あ、あの!先程お電話を頂いていた水崎と申しますけど……」


「はい、はい」


「本当ですか!?ありがとうございます!」


「はい、分かりました」


「はい、では失礼致します」

電話を切る。


僕の姿を心配そうに見守っていた空乃の方に振り向き

「受かったぁあぁあ!!!」

と両手を上に挙げた。


「良かったぁーー!!」

と一緒に喜んでくれる空乃。


受かってたよ!受かってたよ僕!

結構受かる気でいたとか言っておきながら、本気で喜んでいる僕だった。


……アイツも受かったかな?



「でも……二人共受かったから、やっぱり他人の振りをするんですよね……?」

空乃はまだ不満そうだった。


「んー……考えたんだけどさ。やっぱ別に隠す必要もないかなって思って」


「本当ですか!?」


「うん」


「じゃあ、目依斗さんの妹だって堂々と言っていいんですね!?」


「別に、あえて堂々と言う必要もないからね!?聞かれたら正直に答えるって感じで」


「はい!分かりました!」

了解といった風に右手をおでこの前に持っていき、敬礼をする。


「じゃあ、明日も朝早いし寝ましょっか?……一緒に!」


「う……うん」


やっぱりそうなるのか。


ドキドキして眠れないのプラス、さっきまで寝ていたから眠れないという最強のコンボの中、布団に入らなければいけないとは……。


これはしんどいぞ。



――こんな状況下で、たいして眠れなかったという事は言うまでもないが、こうして今日という日がまた終わり、明日からは新しくバイトという項目が加わった生活が始まるのだった。


そして、父と優花さんは今日もまた、帰って来る事はなかった。

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