第2話 一変した生活

「とりあえず、改めて挨拶をさせてもらうわね」

 と優花さん。


「私の事はさっき少し話したと思うけれど、念の為にもう一度。私は白石優花しらいしゆうかと申します。この度は貴方のお父さんと婚姻させて頂く事となりました。目依斗君にはもう許可を頂いていると聞いていたから、今日は驚かせてしまう形となってしまってごめんなさい。」


「いきなり母親になるなんて言われても目依斗君も困惑していると思うから、少しずつでも仲良くなっていきたいなと思っています。これから先、どうか宜しくお願い致します。」


 そう言って僕の方を見つめる優花さん。


 えっと、と続き、僕の隣に座っていた女性が立ち上がる。


「む、娘の白石空乃しらいしそらのと申します。え、えとっ……不束者ですが、これから宜しくお願い致します!」


 凄い勢いで会釈し、ゴンッッと爽快な音を立てて、またもやテーブルにおでこをぶつけた。


 またぶつけとる……。

 天然なんだな。


「あっれぇ~? 目依斗君もしかしてもう惚れちゃった~?」

 冷やかすように言うクソ親父。


「いや違うから!ただ真剣に自己紹介を聞いていただけだっての!」


 ニヤニヤしながらこちらを見ている親父。


「ニヤニヤすんなっての!」


 腹立つオッサンだな!


「次は目依斗の番だぞー」

 と促してくる。


「分かってるよ! えーっと、水崎目依斗と言います。いきなりすぎて話も何も聞いていなかったので、正直かなり驚いています。こんな駄目な父親と僕ですが、お二人が受け入れてくださるのでしたら、これからもどうぞ宜しくお願いします」


 一礼して席に着いた。


 その後は、お寿司の出前を取り、皆で他愛もない話をしながら夕食を楽しんだ。

 食卓を四人で囲むなんて、もう無い事だと思っていた。


 親父のこんな楽しそうな顔、久し振りに見たかもしれない。

 仕事で忙しい中、案外やる事はやってたんだな。


 そうそう、何故親父だけ自己紹介をしていないのかというと、三人はよく一緒に会っていたそうだ。どうしてその場に僕だけが呼ばれていないのか、少しというか、かなり疑問である。聞いてみればビックリさせたかったの一点張り。そういえば、いつかの日に俺が再婚するのは嫌かと冗談ぽく聞かれた事があったような気がする。


 直接は恥ずかしくてとても言えないが、こう見えて親父にはかなり感謝している。僕の事が足枷になってしまっているのなら、気にせず再婚でも何でもして欲しいと願っていた。


 正直な所、その為に早く自立しようと考えていたから結果的には嬉しい話だ。


 でもまさか、こんなに綺麗な人が親父とねぇ。

 人生分からんもんなんだなぁ。


 空乃さん、て呼ぶべきなのかな? 

 それともまだ白石さんでいいのかな?

 いくら今日から妹だなんて言われても、実際歳は一緒な訳なんだしなー。馴れ馴れしいって思われたら嫌だし、彼女の事は白石さんと呼ぶ事にしよう。


 妹を白石さんって呼ぶのも妙な関係だけどね。

 とりあえず今は白石さんで。

 そう自分に言い聞かせた。


 その白石さんが丁度席を外してトイレに行っている内に部屋へと戻るとするか。


 別に一緒にいるのが嫌な訳ではないんだけど、緊張というか気まずいというか、僕なんかとは別世界の人というか。この居心地の悪い気持ち、分かってもらえないかなぁ。


 可愛いのは間違いないと断言できるけどね!


「じゃあ、僕そろそろ寝るから」

 そう告げてその場から立ち上がる。


「あっ、目依斗! 俺達明日には出掛けるから!」

 と親父の声。


「空乃ちゃんとしっかりやるんだぞ~?」


 はいはいといった感じで適当にあしらう。この酔っ払いが。


 リビングを出る直前、今度は優花さんが僕を引き止める。

 優花さんならあしらう訳にはいかないなと目線を向け、はいと聞く。


「ごめんなさい……。空乃を宜しくお願いしますね」

 と、そう告げた。


 優花さんまで変な事を言う。


「はい」

 と言うしか出来なかった。


「それじゃあお休みなさい」

 軽くペコッと頭を下げて自分の部屋へと向かった。


 ボスンッ。

 ベッドへとダイブする。


 今日はなんだか色々あって疲れたな。

 この一日だけで家族が二人も増えるなんて誰が予想出来ただろうか。


 誰も予想出来る訳が無い。


 ふぁー。

 なんだか眠い。

 そういや、まだ風呂入ってないな。

 まぁ、明日の朝入ればいっか。


 とか考えていたら意識が段々と遠く……。


 コンコンッ。


「んぁ!?」


 扉をノックする音にビクッとして、間抜けな声を上げ飛び起きる。


「……あのー」


 と弱々しい声を発しながらそーっと扉を開け、こちらの様子を伺う白石さん。


 仲間になりたそうにこちらを見ている。

 じゃないじゃない。


 一瞬ドキッとして、どうかしましたか? と尋ねる。


 パジャマ姿になっていた。

 どうやらトイレに行っていたのではなくて風呂に入っていた様だ。


 しっとり濡れた髪の毛に、身体からほんのり湯気が立ち上がっていて、頬が赤く染まっている。シャンプーなのか、良い匂いも漂っていて……。


 エ……エロス!


 違う違う。


「実は……荷物は後日届く事になっていたのを忘れていて……」


 ふむふむと頷きながら聞いていた。


「お布団がないんです。だから、一緒に寝てもいいですか?」


「あー、なるほど。そんなの僕ので良ければ……」


 ん?

 なんだって?

 布団を貸してくれって事?


「えーーっと……すみません。もう一度言って貰っても良いですか?」


「私と一緒に寝てもらえませんか!?」

 顔を真っ赤にして強めに言い放った。


 ん……?


「あ、ええぇえぇ!!? 一緒!? 一緒っていうと一つの布団に二人寄り添い合ってって事、事でございましょうか!?」


 パニックパニック!


「えと……」

 恥ずかしそうに頷く白石さん。


「ムリムリムリムリムリムリ! 絶対無理ですって!!」

 必死に断る僕。


「そ――そんなに私とじゃ嫌ですか……?」

 酷く落ち込んでしまった。


「いやいやいや! 嫌とかそういう事じゃなくて! ていうか嫌な訳がなくて! 逆に良いんですか!?」


「良かった……勿論です」

 ほっとした表情を見せる。


「……イエスッッ!!」


 ってガッツポーズなんて取ってる場合じゃなかった。


 そういう問題じゃなくて。

 二人きりになっただけでも僕的にはかなり気まずいというのに、一緒に布団て……そんなシチュエーション色々な意味でチキンな僕には耐えられる筈がない。


 白石さんは妹なんだし、妹と一緒に寝る位どうって事ないよ。


 なんて思えるかあぁ!!

 こちとらもう二十歳じゃ!

 高校時代は青春とは無縁で童貞をこじらせてるわ!


 本当の妹ならまだしも、今日妹になったばかりの、しかも同い年の女の子と一緒になんて寝れる訳あるか!! 理性とパンツが吹き飛ぶわ!


 頭の中で必死に葛藤していた。


「分かりました」


「ありがとうございます!」

 と喜ぶ白石さん。


「僕はリビングで寝るんで、今日はこの部屋を使ってください」

 そそくさとリビングへ持っていく物を準備する。


「……えっ?」


「全然気にしなくて大丈夫ですから。今日は疲れたでしょうからゆっくりと休んでください。それじゃあ、お休みなさい」


 クールを装って部屋から出た。


「私……!」


バタンッ。


 何か言い掛けていたな……。

 でも格好付けて出てきてしまった分、今更戻れない。


 あー……疲れた。


 さてと、リビングで寝るとは言ったものの……。

 まだ親父達がいるだろうからな。


 どうしようか考えた挙句に、足を進めた先は親父の書斎だった。

 ここならソファーもあるし、一晩寝るだけなら問題ないだろう。


 よっ。


 ソファーの上に横たわり、部屋から持ってきたブランケットをかけて眠る体制に入る。冬だったら寒くて眠れなかったかもしれないが、今は春だ。こんなもんで何とかなるだろう。


 更に色々なやり取りをしたせいで僕の眠さはMAXに達している。

 脳が眠れという信号を送ってきている。


 あぁ、今度こそお休み……。



 ドサッ。


 この日の朝は、ソファーから落ちて起床するという、実に不快でベタな起き方だった。

 ソファーから落ちて起きるなんて人生で初めての体験だ。


「今何時だ……?時計時計……」


 漫画やアニメで眼鏡を落としてしまった時に、メガネメガネと探している様な感じに手探りで探す。


 そして途中で、ここ僕の部屋じゃないからある訳ねーじゃんという事実に気が付く。ムクッと起き上がり、壁に掛かっている時計を見る。


 十一時三十分。


 結構寝たな。

 というより寝すぎたな。


 顔でも洗いに行こう。

 あ、その前に昨日風呂入ってなかったから入ってくるか。

 廊下に出て、着替えを取りに自室へ向かう。


 なんか静かだな。

 いや、静けさでいったらいつもはこの時間帯、僕しかいなかったから変わらないっちゃ変わらないんだけど。昨日から家族が増えた訳であるから、もうちょっとは何らかの音があってもいいと思うんだけど。


 そういや昨日、優花さんと出掛けるって言ってたっけ。だからか。


 でも白石さんはどうしたんだろう。

 まさかまだ寝てるなんて事は……。


 そーっと自室の扉を開く。

 だが、そこには誰も居なかった。


 心なしか少し部屋が綺麗になっている様な気もするけど。

 あれは夢だったのかな。

 これが噂の夢オチって奴?

 ベッドの前まで歩いて布団の匂いを嗅いでみる。



 断言しよう。


 夢じゃあない!!

 だってめちゃ良い匂いするも~ん!

 僕の布団で女の子が寝ていたというのは揺るぎない事実!

 もう駄目だ! これは興奮せざるを得ない!


 誰だ! 今変態って思った奴は!


 違うぞ!

 変態違う紳士!


「僕の場合は変態という名の紳士ではなく、変態と書いて紳士と読むのだ!!」


「う~~っ……! しゃらぁああぁああっ!!!」

 握り拳を天に掲げた。



「あの……」

 時が止まった気がした。


 部屋の入り口から白石さんがポケーっとした顔をしてこちらを見ている。


「い――いつからそこに……?」


 えーと……と続けて言う。

「僕の場合は変態という名の紳士ではなく、変態と書いて紳士と読むのだ!! っていう所からです」


「そうか……」


 ショックのあまり掲げた拳を降ろす事も出来ない。


 ちゃんと声真似までしてくれるんデスネ。

 それに仕草マデ……。



 ハアァー……。

 深い溜息をついた。


「よし! 死のう!」

 ガラガラッと窓を開け、飛び降りようとする僕。


「な、何してるんですか! 危ないからやめてください! そもそもここ一階だから死ねませんよ!?」


 必死に止めようと後ろから抱き付く形で両手を抑えてくる。


 白石さん、当たってますって胸が!


 おっぱいおっぱい。


「はい! やめます!」

 紳士な僕は聞き分けも良いのだ。


「どうしたんですか、いきなり」


「いや、おっ……」


「おっ?」


「じゃなくて、あんな所を目撃されてしまったので死のうかと」


「どうしてですか? 私何とも思って無いですよ?」


「何とも……ですか?」


「はい、なんとも。それに紳士なんですよね?」

 ニコッと微笑む。


 お互いに見つめ合って沈黙が流れる。


「どうしても気になるんでしたら私、見なかった事にします!」


「見なかった事に……?」


「はい、私は何も見ていませんでした。これでこの話は終わりです! そんな事よりも昨日はありがとうございました」


 こ、この子。

 凄いええ子や。


 おっぱいとか考えててごめん。

 これからも多分考えちゃうけどごめん。


「いやいや! そんな事気にしなくていいですよ」


「でも、無理やり追い出してしまったみたいで」


「大丈夫ですって! ほら、春だしもう暖かいし。それに僕なんかと一緒に寝る訳にはいかないでしょ」


「そんな事っ! 私は全然気にしないですから!」


 それにしても警戒心無さ過ぎだって。危ないって。

 人はちゃんと選んだ方が良いって。


 チキンな僕だったら大丈夫だけど、世の中僕みたいなチキンだけじゃないからね? ビーストもいるからねビーストも。


 ていうか全然気にしないって……。

 僕は男にカウントされていないって訳ね。


 まぁ、確かに白石さんにとって僕は兄貴って事になってるんだから、そりゃそうなんだろうけどさ。


 なんかちょっと……。


 思った事は沢山あったが、それを全部言ってしまうと大きなお世話だと言われてしまいそうなので。


「人はちゃんと選んだ方が良いですよ。男って馬鹿ですから」


 とだけ言っておいた。


「私だってちゃんと選びますよ! だから……!」


「分かりましたよ」


 はいはい、どうせ僕みたいなチキン兄貴なら大丈夫ですよっと。


 少しだけ意地悪く言葉を遮る。


「ちょっと風呂入ってきます」

 着替えを取り出しその場を去った。


 あーあ……僕って嫌な奴だな。

 白石さんは、あんなにも良い人だっていうのに。

 自分で自分に腹が立つ。


 僕何考えてんだろ?


 いきなり可愛い子が一緒に家に住む事になって、舞い上がっちまったみたいだ。


 それで急に妹とか言われちゃって、でもやっぱりどうしても妹には見れなくて。僕が勝手に意識していただけで、白石さんにとって僕はただの兄貴だって分かったから。


 だから少し腹が立って、白石さんに当たっちまうなんて……。

 本当最低な奴だな、僕って奴は。


 シャワーを浴びながらもそんな事ばかり考えていた。


 割り切っていこう。

 今から白石さんは、僕の中でも妹だ!


 もう決めた。

 どんな事があっても恋愛感情は抱かないと、ここに誓う。


 この瞬間から僕は、新しく生まれ変わったNEW目依斗だ。

 風呂から上がったらまず最初に謝ろう!


 そう意気込んで白石さんの元へ向かった。


 どこ行ったんだろう?

 リビングかな?


 リビングの方へ向かうと、何やら良い匂いがしてきた。

 美味しそうな食欲をそそられる香りが漂っている。


 匂いに誘われるように部屋へ入ると、そこにはエプロン姿で料理を作っている白石さんの姿があった。


「あっ、お風呂上がったんですね。良かった、丁度今出来た所なんですよ?」


 と、食事の支度をしてくれていた。


 そういやお昼時か。

 髪の毛を後ろでくくり、ポニーテールにしていた。


 か――可愛ええ。


 おっと、ここで変な誤解が生じるといけないから説明しておくが、可愛いと思うのと恋愛感情は別だからな。恋愛感情が無くても可愛いとは思うからね、そりゃ。


 これからは妹の事を可愛いと思っている兄貴だと思って僕の事を見るように!


 そしてミニスカにエプロン……。

 中々に僕の事を理解している組み合わせだ。


 一応言っておくけどエロスと恋愛感情も別だからね。


 これからは、妹の事をたまにエロい目で見ている兄貴だと思って僕の事を見るように!


 だって男の子だもの!

 でも、恋愛感情だけは抱かないから!

 それだけは本当!


 というか白石さん、どんだけ良い子なの?

 あんな態度を取ってしまったというのにも関わらず、お昼ご飯を作って待っててくれてるなんて。


「ごめんなさい!」

 頭を下げた。


「どうしたんですか! いきなり?」


「さっきはあんな態度取って本当にごめん!」


「そんな、私は気にしてないですから」


「いいや、それじゃあ僕の気が収まらない。許してくれるなら何でもしますから」


「それじゃあ……私ともっと仲良くしてください。いっぱいお話して、もっとお互いの知らない部分も分かり合いたいんです」


「そんな事でいいなら。僕だって白石さんの事知りたいですし」


「……それでは白石さんは無しでお願いします」


 そういえば、今まで脳内の中でしか白石さんって呼んでなかったんだっけ。


「じゃあ何て呼べばいいですかね?」


「ん~、空乃がいいですかね~」



 いきなり呼び捨てはきついっすよ~。


「それはちょっと、いきなりハードルが高すぎるかと……」


「さっき何でもしてくれるって言ってくれていた様な気がするんですけど……」


「分かりました! 空乃で!」


 子供みたいに嬉しそうな笑顔を見せる空乃。

 何がそんなに嬉しいんだろうか?


「では、私は何てお呼びしたら良いですか?」


「んー、呼びやすい様に適当に呼んでください」


「お兄さん……とかですか?」



 ほう……。

 実の妹にも何て呼ばれていたのか覚えてないけどこれは……。

 なんかこそばゆい感じがするな。照れくさいっつーか。


「僕も空乃って呼ぶ訳だから、お互いに不公平なく目依斗でいいですよ」


「わわわ……! 良いんですか……!?」


「良いも何も。まさかとは思いますけど、僕にあんな事を言っておいて自分は恥ずかしいから無理とか言わないですよね?」


 軽くからかった調子で聞く。


「はい! 無理です! ごめんなさいっ!」


 無理なんかい!

 そこは意地を張って、そんな事ないって言う所でしょ。


「無理無理無理っ! 絶対無理です!!」


 そんなに無理って連呼せんといて!

 なんか僕自身を否定されている気分になってくるから!


 遠回しにお前の名前なんか呼べる訳ねーだろ! って言われている気分になってくるから!


「ふぅ……」


 深く深呼吸をし、落ち着きを取り戻した空乃。


「私は、目依斗さんって呼びますね」


 なんかずるくない?

 僕だって空乃って呼ぶの、めちゃくちゃ恥ずかしいんですけど。


「じゃあ僕も空乃さんで」


「それは駄目です」


 ええぇー……。

 何その理不尽。


「目依斗さんが妹の私を呼び捨てにするのは分かりますけど、妹の私がお兄さんの目依斗さんを呼び捨てにするのは変じゃないですか?」


 そう言われるとそうかもなんだが。

 そういう家庭だってありますよ。


 まぁいいか。

 これ以上このやり取りを続けた所で空乃は引きそうもないしな。

 ああ見えて意外と頑固なんだな。


「分かりました。じゃあ呼び方はそれでいきましょう」


「はい!」

 と、またもや無邪気な笑顔を見せる。


「それでは、お昼ご飯食べましょっか」


 手際よくテーブルに運んでくれた。

 メニューはオムライスとコンソメスープ。


 これまた僕の大好物。

 この子将来、良いお嫁さんになるね。

 しみじみ思った。


「いただきます」


「はい、召し上がれ」


 そう言って僕の食べる様をじーっと見つめている。


 この子見つめるの好きだな。

 今思えばよく見つめられてるよね僕。


 これからは僕の大切な本を読む時も気を付けよう。

 読んでいる時は集中しているからな。


 また扉から見られていた時には、今度こそ死ぬしかなくなる。

 あっ! というか、昨日部屋を貸した時に見つかってないよね!?


 やべー、迂闊だった。僕とした事が……。


「……食べないんですか?」

 痺れを切らして聞いてきた。


「あっ! いや、違うんです! 本の事を考えていて!」


「本……?」


「いや何でも無いです! いただきます!」


「うまっ」


「本当ですか? 良かった~!」

 ほっと安堵の溜息をつく空乃。


「うん! めちゃ美味しいよこれ!」

 お世辞抜きで。

 ついタメ口になってしまった。


 クゥ。


 小さく空乃のお腹の音が鳴り、顔を赤くして俯いてしまった。

 どうやら空乃もお腹が空いていたみたいだった。


 僕の事を待ってくれていた様だったし、思うに朝ごはんも食べていなかったのだろう。


 僕は寝ていたし、親父と優花さん達はいないしで、こういう性格の空乃の事だから、勝手に一人だけ食べるのは気が進まなかったのだろう。本当に良い子過ぎだろ。


「一緒にたべよう?」

 腹の音には触れない。


「はい」

 照れ隠しをするように笑う空乃だった。


「ご馳走様でした」

 両手を合わせる。


「お粗末様でした」


 黙々と食べ進めたおかげで割と早く食べ終えた。


 とは言っても食べるスピードは空乃に合わせたので、二人同時に食べ終わったんだが。相変わらず二人きりの空間は気まずさが取れない。


 これって僕だけなのか? 空乃はどう思ってるんだろう? 僕的には食べていなくちゃ間が持たないといった感じだったんだが。


 呼び名も決めて少しは打ち解けたと思ったんだけどな。

 まぁ、昨日初めて会った訳なんだし、しょうがないか。


「じゃあ、僕ちょっと出掛けてきますから」

 食べ終わった食器を片しながら空乃に伝える。


「どこ行くんです?」


「バイト探し」


「私も一緒に行っていいですか?」


 食器を洗っている僕の横に、私がやるからいいですよと空乃が近付いてきた。


「えっ! 来るの!?」


 意外な言葉が返ってきたので、ストレートに返してしまった。


「駄目ですか……?」


 これは僕が悪い。


 そもそも空乃って僕と同い年だけど、普段は何してるんだろう?

 やっぱ大学生かな?


「いや、駄目っていうか。僕、バイトを探しに行くだけですから」


「ですから私も一緒に」


「いや、あの。僕大学行かなかったんですよ。特にやりたい事も見付かってなかったんで、バイトでもしながら探そうと思って」


「知ってます。私も一緒ですから」


 親父から聞いてたのか?

 というか、一緒なの?

 こんなに良くできた子が?


「大学、行かなかったんだ?」


「はい、私もやりたい事がまだ見付かってなくて。目依斗さんと一緒です」


「へぇ~、そっか~。奇遇ですね~」

 と微笑む僕。


「えへへ~、そうですね~」

 と微笑み返す空乃。


 何この偶然。

 一緒に行くしかないじゃん。


 やっと一人になれると思ったのに、また気まずさMAXで過ごすのか……。気疲れして死んじゃうよ。


 仕方なく一緒に行く事になり、見慣れたいつもの街並みを二人並んで歩く。


「ふふっ、なんかデートみたいで照れますね」


 それはね、君が付いてくるって言ったからなんだよ?


「そうですかね」

 反応に困るから、そういう事言わないで欲しい。


「どこ行きます? というよりも、私こっちに来たばかりなので全然分からないんですけどね」


「んー」

 って言われてもなー。

 最近毎日来てたから、あんまし行く所ってないんだよな。


 ただ一人になりたかったからっていうのが正直な気持ちだったんだけど。


 でもさっき仲良くしてくださいって言われたばかりだし。この際、街案内でもするかね。


「それじゃあ、バイト先を探しつつ街の案内でもしますかー」


「いいんですか?」

 嬉しそうにする空乃。


 そんな顔されたら案内するのも悪くは無いなと思ってしまう。


「まぁ街案内する程、何か特別な場所がある訳じゃないんですけどね」


 それでも良いとばかりに期待の眼差しでこちらを見て、うんうんと頷いている。



 それから僕がいつも行っているショッピングモールやら、公園やら、ファーストフード店等に連れて行った。その間、ただ黙っている訳にもいかないので色々とお互いの事を話した。衝撃的な話も聞けたんだが、それは今話す事では無さそうだ。


「ご満足して頂けましたかな、お姫様?」


「ええ、とっても。ありがとうございました王子様」


 こんな冗談も言い合えるようになったあたり、少しは関係がほぐれたのかな? 傍から見たらバカップルっぽく見えてしまっているだろうが、周りには人もいないし、そこは勘弁して欲しい。


 先程買ったシェイクを飲みながら家路に向かう。


 すると、ある建物に目が止まり、その前で立ち止まる。以前ゴルフショップだった店の中を工事業者の方達が改装していた。


「あれ、ここ潰れたんだ」


「以前は何屋さんだったんです?」


 隣から空乃がピョコっと僕の顔を覗き込む。


「あぁ、えっとね。ゴルフショップだったん……」


 声がする方に振り向く。



ちょおっ!?

近い近い近い!!

顔との距離何センチだよ!


 僕あんまり女の子との免疫ないんだから、不意にそんなに近付かんといて! 心の中ではそう思ったが、言葉にできずにバッとその場からバックする。


「?」

 と首を傾げている空乃。


 全く……無防備だな、このお姫様は。

 ちゅうしちゃうぞ、このやろう。

 あ、紳士的な意味でね。


「まぁ、ゴルフショップだったんですよ」


 ふーんと視線を建物に移す空乃。


「確かにお客あんまり入ってなかったっぽいしなぁ」


 独り言のように呟き、建物の入り口付近に貼ってあった貼り紙を読むと、そこには大きな文字でこう書いてあった。



 オープニングスタッフ募集。


 オープニングスタッフ大募集中! 未経験者大歓迎! 本、ゲームが好きな方も大大歓迎! 弊店ではやる気のある方や人柄を重視します。社割、社員登用制度有。こちらまでお気軽にお電話を。採用担当、日下部まで。



 おぉっ! これは良いかもしんない!

 詳しい仕事内容は載っていないけど、どうやら本屋というかゲームショップというか、そんな感じらしい。


 オープニングって事は皆一から始める訳だから平等だし!

 貼ってあった広告をスマホの写真に収めた。


「ここに決めたんですか?」


「本とかゲーム好きだし、なんか面白そうかなって」


「なるほど、良いのが見つかって良かったですね」

 と微笑む空乃。


「うん!」


 意気揚々とその場を後にした。

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