第十三話「アドベ区」

 二週間が過ぎた。

 今日も噴水広場で野外営業をして二人は帰路につく。


「モリオー! 今日もたくさんお客様が来てくれましたね」


 キュリは串焼き片手に満足げに歩を進める。帰りに串焼きを買うのがキュリのルーチンとなっていた。

 しかし満足げなキュリとは逆にモリオは頬の内側を噛んでいる。自分も串を食べたいというわけではない。


「今日は5人か」

「なんでそんなに元気ないんですか? 5人も来てくれたんですよ?」


 二週間の平均来客は5人だった。


「いいかキュリ。このままだと貧乏生活になってしまう。今は国からもらった金でなんとかなっているけど……もし毎日5人だったら月の稼ぎは金貨15枚。これは僕たちの生活費ですべて消える」

「生活できるならいいじゃないですか?」


「まあそうなんだが。残っている貯金が大金貨15枚だ。これまでの食費に生活用品とヘナの実験で結構使ったからな。あと野外用の備品とか」

「でも貯金もあって生活できる分は稼ぎの分で補えているのですよね? なら問題ないじゃないですか?」


「この仕事はな、安定するまでが大切なんだ。もしかすると来月は誰も来てくれない可能性だってある」

「じゃあカットの料金を高くしましょう!」


「それは出来ない。ただでさえ美容文化のない世界。手軽にカットしてもらって広まるまではね。仮に料金を上げたとしても、カットのみなら銀貨二枚が限界だ。これ以上は僕が許さない」

「じゃあどうするんですか?」


「サービスメニューを増やす」

「さーびすめにゅー??」


「僕の世界でも今やっているようなメニューがカットだけの美容室はある。でも生き残るために一日20人も30人もカットする」

「そんな嘘は通用しませんよ! 一日に20人も来るなんてありえません!」


「本当だ。ちなみ20人30人は一人の美容師がカットする人数だ。三人営業なら一日に60人から90人来るぞ」


 キュリは信じないといった半眼の目つき。口を尖らせている。


「本当だぞ? それだけのお客様が来ないと成り立たないからだ。ただ、これはカットだけの美容室の話。一般的な美容室は違う」

「……あ! 私分かりましたよ! カラーですね!」


「うん。正解。でもカラーはまだできない」

「なんでですか!? ヘナもいっぱいあるのに」


「頭を洗う場所がないからだ。噴水に頭を突っ込んでもらうわけにもいかないだろ?」


 キュリは自身がカラーしてもらったときのことを思い出して納得した。


「カラーじゃないならなにをするんですか?」

「シャンプーだ。頭を洗ってあげること」


「はえ? いまさっき洗う場所がないって言ったじゃないですか!!」

「移動式のシャンプー台を作る」


「作る!? 鏡を運んでいるみたいに頭を洗う場所を運ぶってことですか!?」

「そうだ。それとシャンプーするのはキュリ。君だ!」


「へ?」


****


「という案を思いつきまして。どうかキュリにご指導していただけませんか?」

「ふむ」


 モリオとキュリはラーン城敷地内にあるアモス宅に訪れていた。


 モリオの想い描いている絵は移動式シャンプー台。

 シャンプーは美容室では必ずあるサービスである。シャンプーというメニューが増えればシャンプーカットとして単価を上げることが可能になり、さらにカラーなどの洗髪が必要なメニューも増やすことが出来る。

 ここで第一に当たる壁が水源の確保。シャンプーは水が無ければ不可能。


 そこで目を付けたのが水魔法。

 最初は魔石式コンロのように火型を持っていなくても使える魔石製品がないか探した。魔石式温水シャワー的なもの。しかし、存在しなかった。

 あったのは魔素契約による魔素供給型蛇口のみ。これは蛇口であり水道に繋ぐ必要があった。

 魔石製品というのは元の世界でいう電池式に似ていて、交換可能な魔石をはめることで魔法が発動するもの。魔石にも魔型が存在していてコンロの場合火型の魔石が必要。

 魔素製品はコンセント式に似ていて、電源なる魔素源に繋ぐ必要がある。ちなにみ魔素契約による魔素供給は全ての魔型が供給される。


「つまり、キュリに水魔法で温水をじょうろのように出す練習を見て欲しいというのじゃの?」

「はい。水圧は弱くては意味がありませんので強めに。あと、両手で同じように出来ないといけません」


 アモスは窓を開ける。そして外に手をかざして水魔法を放つ。手からは広角に勢いよく水を散布した。


「こんな感じかのう?」

「もう少し一点集中に出せますか? 広がる感じではなく滝のような感じです」


 アモスはもう一度水魔法を放った。

 モリオのイメージしているシャワーそのものだった。


「今のは完璧でした。後は圧の調整ですね」


 そして水圧の感じも伝えたモリオ。


「あとはシャンプー台の確保なんですが、この辺りの家具店を回ってみても代用できそうなものはありませんでした」

「まあ作るしかないじゃろうな」


「腕の良い家具職人とか知り合いにいたりしませんか? さすがに自作は自信がないです」

「ふむ。まあいなくはないぞ。少し変わり者で家具職人ではないがな。ただ腕は確かじゃ」


 モリオは首を傾げる。


「何職人ですか?」

「まあ会ってみろ。変わった物を作らせるのならあいつの右に出る者はおらんじゃろう。今紹介の手紙を書いてやるから待っておれ」


 こうしてアモスから紹介状を貰ったモリオ。

 キュリをそのまま預けて早速向かうことにした。


 着いた場所はアドベ区。

 ラーン城裏に位置する最も人の出入りが多い区でラーン王国の正門がある。

 正門を抜けると王国の外、イーバ平原が広がる。その奥にはクレイドラ大陸を南北に分断するクレイドラ山脈がそびえ立つ。


 イーバ平原に棲む魔物は比較的弱く冒険者入門には人気の場所。

 奥にある森やクレイドラ山脈には屈強な魔物も棲んでいるため、上級冒険者はそちらへ赴く。

 冒険者にとってラーン王国近辺は恰好の稼ぎ場であるため、アドベ区は冒険者が多く住む区である。


 冒険者とは討伐した魔物の素材を売ったり憲兵を生業とした者を指し、この世界では最もメジャーな職業。


 アドベ区には噴水公園のような穏やかさはない。

 皆武器を携えていて荒々しい雰囲気。服装も革鎧などの防具を付けている。

 武器屋もディスプレイ方法が樽に突っ込んだ状態であったりと乱雑さが目立つ。


 モリオは教えられた住所へと向かった。

 着いたのは正門がある通りの脇に入った場所。

 木造の店でがらくたが積み上げられた入口。看板が扉の上に付けられていた形跡があるが、今は付いておらず日焼けによる変色が残る。

 窓からもがらくたが積み上がっているのが覗ける。


 モリオは扉をノックした。すると「開いてるから勝手にはいれ」と男の声。


 中に入ると足を踏む場もないほど散らかっていた。金属版や工具。積み上げられている本。壁に立てかけられた沢山の木の板などあらゆる物が乱雑に置かれている。

 しかし声の主の姿はない。


「あのーすみません。作っていただきたい物があるのですが」


 すると奥から男の声が返ってくる。


「こっちだこっち」


 声は奥の扉から聞こえてきた。

 モリオは物を踏まないように慎重に奥へ向かって扉を開けた。


 そこは広い工場こうばとなっていて様々な工具が置かれていた。しかし散らかり具合は手前の部屋とほとんど変わりない。


 工場の大きなテーブルに腰かけている男と目が合う。


「わりいな兄ちゃん。今は立て込んでてな」


 男は焦っている様子。

 体格のいい中年で革の胸当てに腰には剣、背中には大きな盾。長い茶髪を後ろでまとめている。


 モリオは男を見て不審に思う。

 アモスから聞いていた男と見た目が違っているからだ。


「あの、ウエスキンさんの店はこちらで合っているでしょうか?」


 男はため息を吐いて立ち上がる。


「ウエスキンの店だが俺は違う」


 モリオは右手ですぐにレーザーを出せるようにして警戒した。


「あなたは?」

「あ? ちょっと待ってくれ」


 男は工場内を歩きまわって何かを確認している。


「くそ。帰ってきてないのか?」


 つぶやく男の様子をモリオは静かに覗う。

 すると店の入り口から誰かが入ってきた音がした。


「ダン! いるのか?」


 女性の声。この声を聞いた男は返事をした。


「ここだ! ウエスキンは帰ってきていないらしい!」


 店内の物が崩れる音と共に女性が工場に入ってくる。

 モリオはすぐに身構える。


 入ってきた女性はそこの男のような冒険者風で二本の斧を背負っている。


「やばいな。ダン、どうする? もう一度探しに向かうか?」

「そうしたいが、今から火型魔法使いを探すのか?」


 ここでモリオは女性と目が合った。


「お前だれ?」

「えーっと。ウエスキンさんに会いにきた者です」


「残念だがウエスキンは今いない。出直してきな!」

「そうですか。ところであなたたちは?」


 モリオは最初空き巣の疑いを感じていた。しかし、そうではない様子。


「あたしらかい? ウエスキンの護衛だよ。5日前にダンジョンに行きたいと依頼があってね。でもダンジョンではぐれちまってさ。かなり探したんだけどね」

「ローレル! あまりべらべらと喋るな!」


 男が大声でローレルと呼ばれた女性を止める。


「別にいいじゃないか。こいつがウエスキンの客なら何か知ってるかもしれないしさ」

「残念ですが僕はまだ客じゃないです。今日初めて訪ねましたし」


 ローレルは頭頂部のお団子で留めた髪を触りながら座れそうながらくたを探して腰かけた。


「ダン。どうする? ダンジョンに戻る?」


 ダンと呼ばれた男は頭を掻いている。


「つってもなぁ。あのダンジョンに潜った所で暗すぎる。持っていった魔石式ランプも魔物の魔法ですぐにダメにされたし」

「確かに、あんな魔物がいるとかあたし聞いてないし。ウエスキンの野郎先に教えておいてくれれば火型の一人くらい連れていけたのに」


 放置されているモリオは傾聴している。


「でも仮に火型を連れていっても魔物の水魔法ですぐに消されちまうんじゃねーか? あいつら真っ先にランプを破壊してきたし」

「消されたらまた魔法出せばいいんじゃね?」


「そんなことしてたらすぐに魔力枯渇しちまうぞ?」

「うーん。明かりがないんじゃ探しにも行けないか。……ウエスキンの野郎死んでるかもな」


「めったなこと言うんじゃねーよ。ウエスキンは頭が回る。もしまだダンジョン内にいるとしてもなんとか生きてるはず。食料もまだ足りているはずだ」

「でもどうするよ? 火型を四五人連れてくか?」


「火型は人気だからすぐには集まらんだろう」

「ちっ、詰みじゃねーかよ!」


 モリオは二人のやり取りを聞いて自分なりに整理していた。

 ウエスキンは護衛としてこの二人、ダンとローレルを連れてダンジョンに潜った。

 しかしダンジョン内の魔物は賢く、水魔法を使って明かりとなるランプを破壊。結果視界を奪われウエスタンとはぐれる。

 先に帰ってきている可能性を考えてここに足を運んだが、いない。

 捜索のために明かりの確保として火型の魔法使いを雇いたいが、火型は人気ですぐに見つからない。手詰まり。


「あの。明かりがあれば探せるんですかね? そのダンジョン内を」


 急に話を割ったモリオを睨むローレル。


「そうだよ! でも魔物が火を消しちまうんだ。お手上げだよ」


 モリオは手を出して光魔法を見せた。ぼんやりと光る玉。


「それはなんだ!?」

「光の玉!?」


 驚く二人にモリオは説明をした。

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