26話.子犬。

 「猫は好きなんですか?」

 千花とよく行っていたカフェに行くとそこには佐々木がいた。

 「まあ、好き嫌いで言うと好きかな。」

 そして何故か私に絡んでくる。普通休みの日に会社の上司と出会すと避けるべきでは?

 「そうですか。なるほど。参考にします。」

 何に参考にすると言うのだ?

 「ここにはよく来る?」

 「初めて来ました。ここに引っ越してあまり経ってないので、いろいろ探していましたよ。そんな中、よさそうなカフェに先輩がいるのが見えて入ってみました。」

 この佐々木という後輩は少し別種のようだ。またここで出会すことになるのかな。少し嫌だな。だからといって私がこの千花との思い出の場所を諦めるわけにはいかないし。どうしよう。

 「先輩はここによく来るんですか?」

 悪意のない純粋な質問。でも若干腹が立つ。

 「よく来るよ。好きな人との思い出の場所だから。」

 でもいつものように冷たく言う。私の感情を他人にばれたくないから。

 「え。先輩好きな人いたんですか。」

 何故かちょっと驚いた顔をする佐々木を見て隠し事でもないから素直に言う。

 「うん、いるよ。でも死んだ。」

 そう言った瞬間、佐々木の顔が暗くなった。

 「ご、ごめんなさい。そんなことも知らずに…。」

 「いいよ。今更どうにもならないことなんだから。」

 「で、でも私…。」

 「本当にいいよ。だからその話はここまでにしよう。」

 「はい、ごめんなさい…。

 佐々木が凹んだ声で答えた。まるで叱られた犬のようだ。この後輩がほんの少しだけだけど、千花に似てる気がした。

 気まずい空気を耐えられなかったのか佐々木が明るい声で話題を変えた。

 「そういえば先輩はここの人ではなさそうなんですけど、いつここに来たんですか?どこ出身なんですか?」

 妙なところで感がいいなこの人。

 「そうだね。もうここに来て5年も経ってしまったな。東京から来たの。」

 「ええ、私も東京生まれですよ。一緒ですね。」

 それが何故そんなに嬉しいのか私にはわからなかったが、とにかく佐々木は嬉しそうだった。

 「じゃあ、ここには一人で来たんですか?それに何でよりにもよってここに?」

 「二人。恋の逃避。もう一人なんだけど。」

 あの時の私たちを思い出す。幸せだったな。

 「あっ、ご、ごめんなさい…。」

 こいつは話題を選ぶセンスがないなと思ってしまう。

 「佐々木はどうしてここに来たの?」

 「あ、私ですか。私はですね。ドラマが面白かったんですよ。」

 ミスったことを忘れようとするようによけいに明るく応える。

 「え?ドラマ?」

 その返答はあまりにも唐突なものだったので、ついアホみたいな反応をしてしまった。

 「はい。ドラマでここを背景をしたものがあったのですが、それがとても面白かったので一人暮らしするならここがいい。せめて北海道にしたい!と思って結局来てしまいました。」

 少し理解が追いつかない。こんな人もいるものだな。


 それから私たちはもっと話した後にそれぞれの家に帰った。その帰り路に私は千花じゃなくて、佐々木のことを考えた。ヤンチャな子犬のような人だなと思った。

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