24話.黒い雪。

 雪が降る。真っ白な雪が降る。でも私の目にはその雪が真っ暗に見える気がする。雪はもう見たくない。雪はもううんざりだ。もう見たくない。でも私がこれを見て見ぬふりをするということは、見ないようにするということは忘却を意味する。それはだめだ。私は私に残った事実を、空っぽの空間を直視しなければならない。記憶しなければならない。

 今すぐにも千花との思い出が手からこぼれそうで、それを忘れないように頑張るしかない。忘れてはならないから。忘れてはいけないから。私にはそれしかないのだから。

 つらい…。



 「花沢さん。もうすぐ後輩ができるかもしれませんよ。」

 唯一の女子の先輩である古谷さんがいきなり話題を出してきた。

 「もう花沢さんも先輩になるんですよ。頑張らなければいけませんね。」

 五つ年上の古谷先輩がなぜか自分が自慢げな笑顔をしながら私に言った。先輩か…。もう先輩じゃなくなってからも千花はしょっちゅう私を先輩を読んでたな。

 「花沢さんはあまり嬉しくなないですか?」

 古谷さんが昼ご飯のハンバーガーを手にしたまま聞いてきた。

 「そうですね。期待半分、不安半分って感じですかね。」

 これは嘘だ。実は後輩なんてどうでもいい。あまり興味がない。ただ私が教えるべき人ができて私の仕事が増えるだけだ。



 家に帰って昼に聞いた先輩になるという話がふっと思い出す。でもすぐにその考えは千花との思い出を思うことに変わる。千花が私を先輩と呼んでくれたあの声を思い出す。活発なあの声をもう一度思い出す。でもうまくできない。だんだん忘れていく。もっと必死に思い出す。でもあの声は薄れていく。いやだ。忘れたくない。忘れたくないのにだんだん忘れていく。こんな私が嫌だ。家に帰る時に買ってきた牛丼が冷めていく。でもあまり食べる気分にならない。


 十年前の私は生きる意味を探せなくていた。でもつらくはなかった。意味がないから目的がなく、執着がなかったからである。ただ空っぽなだけだった。でも今の私は違う。千花のことを知り、生きる意味を探して、目的を見つけ、それに執着していた。でもそのすべてを一気に失ってしまった。満たされていた人生が、心が、一気に空っぽになってしまった。虚しさ、空虚さ、すべてが私を押し詰めてくる。

 もし神様が本当に存在するとしたら、ここは地獄で間違いない。私はただ、千花に会いたいだけなのに。

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