◆NPCの情報屋娘と、状態異常の戦士の恋。※リアルの彼は※◆

 オンラインゲームの運営側。それはプレイヤー達からしてみればまさしく神の見えざる手。ここはそんな神々が待機する【本社】である。


 ここでは大勢の【プログラマー】と呼ばれる神々がオンラインゲームという膨大な神話の描き手として、日夜変わり行く世界と向き合っていた。


「ん? なんだこりゃ、悪戯かぁ?」


「え、どうしたんですか先輩?」


「おー……ちょうど良いわ、何かお前が最初に受け持った不出来な情報屋娘にご執心の“二十三時の戦士君”からメール来てんぞ」


「えぇ!? 僕なんかやらかしました?」


 まぁ、大勢の神々が集う訳ですからその中にも大なり小なりの能力差がある訳だが――。


「知んねぇよ、そんなの、自分で読めって。後輩のお前が作ったアレがあの出来なもんだから、ただでさえ他の奴に無駄にリソース食ってるから消せって言われてんだよ。ちゃんと謝っとけよ?」


 “無駄なリソース”というフレーズにこの中ではまだ年若いこの神様は、先輩の神様に少しだけムッとした。自分が創造したキャラクターを無駄呼ばわりされたのだから当然である。


 けれど神様であろうと格差があるのも道理。超がつくほどの美麗キャラクターの創造チームに抜擢される先輩の神様に楯突くなどもってのほかだ。


「分かりました……先方さんの要望が聞けそうな感じならどうにかして、あんまりにも斜め上なクレームだったら“アカバン”しといてもらいます……」


 “垢バン”とはすなわち、神の創造したこの楽園からの追放である。


 せっかく自分の創造したキャラクターにご執心だったプレイヤーを追放することは若い神様には気の進まない仕事だ。とはいえこの世界の平和を乱すものであるのなら、鉄槌を下すのも仕事のうち。


 気乗りしないものの、自分の座に戻った若い神様はプレイヤー達の声に耳を傾けることにした――のだが。


「先輩、この提案……ちょっと面白くないですか?」


「あぁ? 忙しいんだよ、オレは」


「まぁまぁ、そう言わず。このメールの内容がどこまで本当かは分かんないんですけど……このイベントって、最近みんな忙しくてあんまりやってなかったゲリライベントとして受けそうだと思いませんか?」


「――まぁ、悪かねぇか。たまには何かやっとかねーとうちみたいな新参者はすぐ消えちまうしな。ここらで大手に出来ない小回り見せてやろうぜ。上に通してもらえるかは別としても、ちょっと耳に入れとくわ」


「ハイッ!!」


 先輩の神様はそう言うと、主神の座に歩いていく。


 確か先輩の神様はこの世界を立ち上げる“三神”のうちの一神であるにも関わらず、いつまでも上に行こうとしないワーカーホリック。


 下の神様達からの信頼も厚い彼の頼もしい背中を見送った若い神様は、自分の創造したキャラクターにご執心のプレイヤーの彼から届いた“声”に、本物の加護とやらがあれば良いと願わずにはいられなかった。



***



 あー……うん、良いことしたよな俺。大盛り上がりの街の入口をそっと物陰から見守る俺はかなり怪しいプレイヤーだろう。


 実を言えばこのイベント見たさに、運営から届いていたメールの日にちに合わせてログインしたのだ。それが今日の二十三時。時間まで合わせてくれるとは粋な計らいだ。


 しかし初ログインの日に物陰からこんなことをしていて良いのか、俺。


 今のプレイヤーキャラクターの姿は以前の戦士とは違い、初期も初期レベルのハンターだ。軽装のキャラクターを使うのは初めてだが悪くない操作性で気に入っている。


 しかし……まさか運営側があんな悪戯まがいのメールを真に受けてくれるとは思っていなかったから、少し驚いた。いくら余命が短いことを冒頭に記述したからといって“自分が死んだらあの娘が一人になってしまう”だなんて馬鹿げていると一笑されてもしかたのないメールだったのに。


 ――きっとまだ若い奴らが多い職場なんだろうな。羨ましい。


 あのメールを送った翌日、俺は思い立って前に医者から進められたが一度は断った“あるもの”に賭けてみることにした。まだ規模的にはさほど大きくないとはいえ、数万人いるプレイヤーのメールの中からあんな悪戯メールを読んで、なおかつ実行してくれる人間がいたことに賭けたくなったんだよ。


 生きる希望なんつーものは今だってある訳じゃないが、まぁ、一か八かで受けた新薬が俺にあって良かった。でもなきゃ、なけなしの貯金崩し損だからな……。


 最初は一回の投薬で百万以上した薬も国の薬価調整で四十万まで落ちてくれてて万々歳だ。まぁ、まだ一回目の投薬が済んだだけなので楽観視も出来ないが――次の半年後の投薬までは様子見だ。


 前のアカウントは消去してもらった。少し入院していたせいでログイン出来なかったせいもあるが、どうせなら新しいアカウントを作ってこの世界をプレイし直してみたかった。レベルは一に戻ってしまったのに、不思議と惜しくない。世界観はもともと気に入っていたゲームだが前よりも意欲的に遊ぼうという気になっていた。


 ――ただなぁ……。


「やっだー、サトウさんたらああいうフワフワ系女子が好きなんですか? リアルだと強面のオッサンなのに意外と女の子に夢持っちゃうタイプ? ギャップ萌ってやつですね」


「おい、リアルではポッチャリ系のくせにゲームキャラは細身にしてるお前が言うな。だいたい三十代はまだ青年だ、なめんな。それより何でお前まで来てんだよ? あとゲーム内で個人情報ぶちまけんな。お前の勤めてる病院にクレーム入れんぞ?」


「ゲ!? ちょっと、二十代前半の乙女からの可愛らしいお茶目くらい受け流せなくてどうするんですか~! それに私は元からこのゲームやってるんですから、今日ここにいたっておかしくありませんよ!」


「何が乙女だ馬鹿。だいたい俺ほど優しい人間がいるかよ。毎回人の腕穴だらけにしやがって、この採血ド下手くそ看護師が。病院内だけで飽きたらずゲーム内までストーカーする気か?」


「あーあー! キコエマセン~!」


 俺は背後でピョンピョンと飛び跳ねるコマンドを連打しまくっているアサシンの女プレイヤーキャラクターに、若干うんざりしている。


 そもそも、どうしてこんなことになってんだ?


「よしよし、お答えしましょう!」


「訊いてねぇよ」


「お答えしますよ! いまそういう感じの間がありましたもん。サトウさんたらかまって欲しいアピール? 私、愛情過多なタイプだから受けて立ちますよ!」


「いらんわ。愛情過多なタイプならなおさら現実世界で採血うまくなれ。あの病院で採血下手な看護師なんてもうお前ぐらいだぞ?」


 前までは他の患者が嫌がるコイツの採血を受けてやるのは俺ぐらいしかいなかったし、俺も余命が短いから、少しくらい他人の役に立つかぐらいの気分で付き合ってやっていたんだが……。


「同期の子達は皆うまくなったってのに……そこのところどう考えてるわけよアオキさんは」


「うぅっ!? 今きっとPCの前で人埋める前みたいな悪い顔してるでしょうサトウさん!」


 そうログ残しながら後ろで大袈裟にのけぞるコマンドいれんな。


 余命が延びたとあれば話は別だ。最近では俺が文句を言わないのを良いことに、コイツばっかり回される。採血だけでなく点滴までコイツ。冗談ではなく地獄だ。


「あのなぁ、お前が液漏れさせたせいでこないだ右腕腫れたんだろうが。本当に悪いと思ってんのか?」


 と、さっきまで後ろで跳ねていたキャラクターの姿が見えない。小言が嫌で逃げたのか? だが、視点を変えるボタンを押してグルリとカメラアングルを変えると地べたに土下座するアサシンの姿がそこにはあった。


 おぉ、このゲームの中で土下座コマンド使う奴を初めてみたな……って、周囲のプレイヤーからの視線が……。これだとまるで俺が悪いみたいな感じじゃねぇか?


 勘違いするなよ? リアルの関係性を知ってる人間がいたら絶対俺の擁護をしてくれるはずだぞ、たぶん。


「あーあー、何だって今日こんなとこで知り合いに会ったりするんだ……どんな確率だよ」


 わざとらしく説明っぽいログを吐き出すと、立ち止まっていたプレイヤー達が「何だ、知り合いか」「カツアゲかと思った」などとログを残しながら去っていく。


 とりあえず初日から通報される危険は脱したな……。


「おい、いつまでそうやって土下座してるつもりなんだよ?」


 これ以上下手な芝居……じゃない、下手なログを残す前にとっととここから離れよう。


 そう思った俺はまだ目の前で土下座している、いつか現実世界でアサシンにジョブチェンしそうな看護師・アオキに手を差し伸べる。勿論ただのコマンドだけどな。


 しかし土下座していたアサシンはその手を素通りして抱きついてきやがった。あぁ、これは全く反省してないな。傍目には俺のキャラクターに技を決めているようにしか見えないアサシンを引き剥がして、チョップをくれてやる。直後にへたり込むコマンドを入れているあたり、確かに良くこのゲームをやっているんだろう。


 俺もいつもはソロプレイしかしていないので、あの情報屋の娘以外にこんなにコマンド入力をしたのは初めてだ。そんなことを考えていたら、段々と新鮮な気分と愉快な気分が徐々に湧いてきた。


 ――今までは楽しまないと決めて時間つぶしくらいの感覚でプレイしてきたゲームだが、この機会に誰かと組んでみるのも良いかもしれない。


「おい、今の非礼を許して欲しかったら、ちょっと今から俺の装備アイテム強化に使う材料集めに付き合えよ?」


 断られたら、それはそれで構わない。そんな気分だったのに――。


「え、嘘! 本当に遊んでくれるんですか!?」


「意外に食いつくな……」


「あったり前じゃないですか! 病院で見かけた時からそのつも――」


「あん? ちょっと待て。何か聞き捨てならないログが――」


「そんな細かいことは気にしない、気にしない! チャチャっと出かけてパパッとレベル上げて、ズバッとジョブチェンしちゃいましょう!」


 あからさまに怪しい言動と行動をとるアサシンに戸惑いつつも、人の良い俺はそれ以上言及しないことにした。


「分かった、分かった! 今さらかもだが、お前まさか明日早番じゃねぇだろうな?」


「勿論、遅番であります!」


「……じゃあ、明け方までみっちり俺のレベル上げに付き合えよ?」


 だいたいの人間が嫌がる低レベルの同行者に、高レベルのアサシンは何故か再びジャンプボタンを連打し始めやがる。止めるのを待つ時間が勿体ない。まだはしゃぐアサシンの首根っこをひっつかんだ俺は、テレポートエリアに引きずって行くのだった。



***



 こんな幸運があるならもっと考えてキャラクター選べば良かったなぁ、と隣で苦戦している新米ハンター・サトウさんを庇いながら思う私。だってまさか前回のキャラクターが重装備の戦士だったのに、今回選ぶキャラクターが軽装のハンターだなんて思わなかったんだもんな~。


 両者共に身軽さが売りの後衛ジョブ。敵は序盤の内は一発でも攻撃がかすったらアウトなリザードマンが三体。


 あ、あ、サトウさん止めて! 戦士の時の感覚を引きずったまま特攻をかけようとするサトウさんに、すかさず防御力アップと攻撃力アップの補助魔法をかける。


 「お、悪ぃな」とぶっきらぼうなログと同時に私に向かう攻撃を弾いてくれるサトウさんにトキメキが止まらない! ヤバイ、今ので今日の遅番超・頑張れそう!


 あぁ~、ここ数ヶ月地道にサトウさんがもう一回プレイしてくれるかもという希望を捨てずにレベル上げてて良かった!! 偉いぞ私!


 これも全部長い時間をかけて病院内でサトウさんのストーキン……趣味を調べ回った甲斐があったというものよ。まぁね、待合室の後ろからいつもスマホで何してるのかな~、とかってのぞき込むのが褒められた行為ではないのは分かってますけど……はい。


 無課金ガチャの時にだけこのゲームのホームページ調べてたからもしかしたら……と当たりをつけてプレイしまくってて良かったぁぁぁ!


 課金もかなりしたけど――お釣りが出るわあぁぁ! さり気なく後方の私に攻撃が向かないように、敵にレベルのまだ低いヘイトをかけまくってるのも男気感じちゃう! 格好良すぎかよ!!


 病院内じゃあ長期入院患者さんの賑やかし兼、愚痴相手くらいしかお役に立てない私にも優しいサトウさん。この場合の“優しい”は忍耐力になるけれど、似たようなものだよね?


 同期の子ですら練習に付き合ってくれなくなった私に毎回付き合ってくれる尊いサトウさん。何もかも諦めた目をしてるのに、他の患者さんに怒鳴られて影で泣いていた私に採血の練習をさせてくれるサトウさん。大好きです。


 半年前。生きる気力の薄いサトウさんが、前回は断った新薬治療に急に乗り気になってくれた時に、私は決めました。点滴も採血も絶対うまくなって、むしろ「お前でないと駄目なんだ!」くらい言ってもらって……は! もしも指名してもらっちゃえるようになっちゃったらどうしよう!


 今こそ奮い立て私の乙女心とまだ目覚めぬ技能! せっかく生きる気力を取り戻してくれたサトウさんを全力で補佐するんだから! って、あらら、いつの間にかサトウさんが被弾してる。


 「おい、コラ! 補佐どうしたんだ、この馬鹿!」と荒っぽいログが飛んでも嬉しいマゾな私。任せろサトウさん、骨は拾う――じゃなかった。


「フッフッフ、治療は私にお任せを!」


 愛しい人の為ならば、後衛のアサシンだって前衛に飛び出しちゃいます! リアルもゲームも、今度は私を頼ってよ。


 だから、ねぇ? 私のヒーロー。


「色々、覚悟しちゃって下さいね!」

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NPCの情報屋娘と、状態異常の戦士の恋。 ナユタ @44332011

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