第4話

 言っている意味が分からなかった。

 俺の肉って、何をバカな。俺は縛られてこそいるけど、ちゃんと五体満足でいると言うのに……。

 わかってはいたけどコイツ、やっぱり頭がおかしいのか? そう思いながらも、ゆっくりと首を動かして、自らの身体を確認してみると……。


「あっ……あっ……ヴァああアアァァぁァっ!?」


 目にしたソレが信じられなくて、パニックになる。


 下半身に目をやってわかったのだけど、俺は今ズボンを脱がされてパンツ一枚にさせられていた。だけど、問題なのはそこじゃない。


 パニックを起こした原因、それは自らの右足。

 そこにあったのは、いつもの見慣れた足ではない。なければおかしいはずの肉が膝くらいまですっかり無くなっていて、むき出しになった白い骨が、その姿を見せていた。


 削ぎ落としたのか、俺の足の肉を? じゃあ、さっき食わされたのは……。


「あ゛あああーーーーっ!」


 受け入れがたい現実に、絶叫を繰り返す。

 公子がどうなったかを知った時の方が、まだ冷静だった。結局、恋人の安否よりも我が身の方が大事だったのかもしれない。


 だけど頭がおかしくなってしまいそうな俺とは違って……いや、元々頭がおかしかったであろうアリサは幸せそうに笑いながらまた一口、美味しそうに肉を口へと運んでいる。


 やめろ……俺の肉を、食べないでくれ……。


「私ね、久留米さんのことも食べることも大好きよ。一番好きな人と一緒に一番好きな人を食べるのが、ずっと夢だったの。はい、あーん」


 訳の分からない事を言いながら、俺の口にも肉を押し込めてくる。口の中に広がるのは、俺の肉の味……。


 アリサは、自分を拒絶した俺を怨んでいるのだろうか? いや、多分違う。最悪な事にコイツにとって、この異常としか言いようの無い行為が、愛情表現なのだろう。

 その証拠にアリサの笑顔には一片の曇りもなく、幸せいっぱいと言った様子だ。


「久留米さんってば体が大きいから、食べごたえあるわ。とても一日じゃ食べきれないわねえ」

「やめろ……」

「もう片方の足までは今日食べるとして、残りは明日以降かな。腕やバラ肉、ホルモンも早く食べたいなあ。そうだ、骨を切り落として、煮込んでみましょう。きっと美味しい人骨スープができるわ」

「やめろ、やめてくれ……」

「アナタはアナタ自身を食べて、そんなアナタを私が食べる。そして久留米さんは、私の血や肉になるの。そうしたら永遠に、私達は一緒にいられるのよ」

「やめろおおおぉぉぉぉぉぉっ!」


 アリサの語るビジョンを聞きながら、俺はみっともなく泣き叫ぶ。

 冗談じゃない。このままなす術無く食べられて、アリサの血肉になるだなんて、そんなの嫌だ!


 だけどそんな俺の叫びも虚しく。アリサはどこから取り出したのか、キラリと光る鋭い刃物を手にする。あれはたぶん、医者が手術の時に使うメスだ。


「さあ、今度は左足をいってみましょうか」

「やめろぉ、俺を殺す気なのかぁ?」

「ふふふ、大丈夫よ。だってお生け作りの要領で切ってるもの。そう簡単には死なないし、痛みは感じないはずよ」


 そう言って容赦なく、足にメスを突き刺してくる。

 だけど不思議な事に、本当に痛みなんて無かった。それが何かの薬によるものなのか、それとも特殊な方法でもあるのかは分からない。

 ただ一つ言えるのは、自らの肉が切り取られていく様なんて目の当たりにしたら、痛みが無かったとしてもまともな精神状態ではいられないと言うこと。


 足の皮をきれいにはがされて、それから少しずつ肉が削がれていき、徐々に骨が見え始める。これはもう、発狂せずにはいられない。


「嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ―!」

「大丈夫、痛くないでしょ。私、先生にちゃんと習ったんだもの。筋が良いって褒められたわ。さあ、今度はお刺身よ」


 生のまま食べると言うことか。薄くスライスされた肉を指でつまみながら、俺の眼前へと持ってくる。

 やめてくれ。もうこれ以上、俺に俺を食べさせないでくれ。誰でもいい……誰か助けてくれ。


 そう願った瞬間、不意に玄関の方から、ドンドンと激しく、ドアを叩く音が聞こえてきた。そして……。


「すみません、警察の者です!」

「先ほどこの部屋に、血まみれの女が入って行ったという目撃情報がありまして。中を確認させてもらえませんか!」


 警察だって⁉

 次の瞬間、俺はありったけの力を振り絞って、大声で叫んだ。


「助けて! 助けて! 助けてくださーい! 死ぬ―! 殺される―!」


 何でもいいから、アリサの魔の手から俺を救ってくれ。

 涙を流し、嗚咽交じりの声を上げながら、俺はただひたすら、助けを求めた……。

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