むかしむかし 2

 長者の屋敷の庭を風がさっと流れた。

 屋敷の主人が辺りを見回すと枯れ葉が宙を舞っている。今の時期は葉がほとんど落ち幹と枝のみである。庭の木々の様子は様子は、彼がまだ炭焼きをしていた頃に見た冬の山を思い出させた。

 (若い頃は山で炭を焼いては町に売りに行くか、たまに来る行商に売って生計を立てたものだ。)

 今では白髪まじりに年老いた。彼は人々に炭焼き長者の小太郎と呼ばれている。炭焼き長者といっても今も炭を焼いている訳ではない。今は田畑を持ち、牛馬を飼い慣らしている。稲や麦、茶、桑を育て、酒も造っている。昔の貧しさを伝えるのは主人の不思議な体験談のみとなった。

 ふうっと息を吐くと冬の寒さで息が白くなった。

 ふと顔を上げると一人の少年に目を留めた。

 主人から見て二間先ぐらいを歩いており、年は十ぐらいだろうか。少年は顔も着物も煤だらけで薪を両手で抱えていた。主人に気が付かないのか素通りしようとしている。

 「おおい。そこの子。」

 主人が呼び止めると少年は振り返った。ようやく主人の存在に気づいたのか慌てて頭を下げた。

 「はい。旦那様。何か御用でしょうか?」

 少年の小汚い見た目から想像できなかった丁寧な返事が返ってきた。

 「お前、どうしたんだ。煤だらけじゃないか。」

 「これは風呂焚きの仕事をしているからです。」

 「風呂焚き…そうか…」

 主人は妻から新しい風呂焚きの小僧を雇い入れたと聞かされたことを思い出した。

 「どうかなさいましたか?」

 「いや、煤を見て炭焼きだった頃を思い出しただけだ。」

 「そういえば、その話私はまだ聞いたことがありません。確か奥の間には炭焼きをしていた頃に手に入れた漆塗りの箱があるとか。」

 「ああ、あそこには梅の絵がある箱を飾っている。大事な宝のある部屋だから召使もめったに入れてない。それより儂の話を聞いたことが無かったのか…じゃあ今から話そうか…」

 主人は嬉しそうに語りだした。

 「ところでお前名前は?」

 「藤吉と申します。」

 「新しい風呂焚きだな。」

 「ええ。他にも新しく屋敷に来る者がもう一人います。」

 「そうか藤吉。儂がまだ貧しい炭焼きだった頃。川に花を投げ入れたら姫様が現れたんだ。嘘じゃない本当の話だ。そして姫様は儂に不思議なお札をくれたんだ…。」

 主人の喋りに興奮が感じられた。

 「村に帰ると皆にお札を見せたんだ。まあ皆といっても儂を入れて三人しかおらんかった。子どもの頃は人がもっといたんじゃが、いつしか人が少なくなって…。

儂、吾平という横柄な男が…。そうそう、もう一人弥次郎がおった。その三人だけが寂しく山奥で暮らしていて、外から来るのは権助という行商くらい。それ以外は外とのつながりはなかった。おまけに権助が来るのはたまにだけで…。おっと話がずれてしまった。」

 主人は軽く咳払いをして気を取り直した。久しぶりに昔の話を語り聞かせるのが嬉しかったんのだろう。

 「お札を見せると吾平は馬鹿にした。吾平は儂らよりも二十ばかり年上で威張り腐っていて儂と弥次郎はそいつを嫌っていた。特に小太郎…儂とは仲が悪くて。その吾平はこういったんだ。『そんな話信じられるか』って」

 

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