[2] ベルリンの防衛体制

 ヒトラーは1945年2月にすでにベルリンを要塞フェストゥンクとすることを決心した。だが、都市の防衛にどの部隊を任じるのかを指定することは出来なかった。国内に置かれた多くの大管区が敵の手に落ちるか、最前線になっている戦況では当然の帰結であった。ベルリン防衛地区司令官という誰もが避けたい職に就いたのはライマン中将だった。

 ライマンが直面したのは絶頂に達したナチの組織的混乱だった。就任して分かったのはヒトラー、宣伝相と首都防衛帝国委員を兼任するゲッベルスをはじめとしてヒムラー指揮下の補充軍、空軍、ヴァイクセル軍集団、SS、ヒトラー・ユーゲント、国民突撃隊を管轄する現地のナチ党組織など、実に多くの相手と折衝しなければならないことだった。

 ヒトラーもゲッベルスも「手遅れにならぬ内に首都を防衛する方針」を少しも示そうとはしなかった。ヒトラーはライマンに防備準備を命じておきながら、防衛のためにいかなる部隊も配置しようとはしなかった。敵が首都に到達したならば、十分な兵力を提供する。ライマンに対してそう約束しただけだった。ゲッベルスも敗戦の現実を直視していなかった。敵はオーデル河で食い止められる。ゲッベルスはそう信じ込んでいた。

 ベルリン防衛地区司令部は市街地の南西部―ホーエンツォレルンダムの堅牢な建物に置かれていた。ライマンと幕僚たちはどれだけの兵員と武器を当てにできるか算出を試みた。参謀長レフィオール大佐はすぐに「ベルリン防衛地区」という名称が有名無実であることに気づいた。それは「要塞」という名称と同じく、それを勝手に死守するものと考えて、総統司令部がひねり出した言葉の綾に過ぎなかった。

 外周線の防衛だけでも10個師団が必要だったが、ベルリン防衛地区が保有する建前になっているのは高射砲師団1個、グロースドイチュイラントSS連隊の中隊が9個、警察大隊2個、召集しただけで訓練されていない国民突撃大隊20個だけだった。市が包囲された場合、さらに20個大隊が召集されることになっていた。ベルリンの国民突撃隊の総数は6万人とされていたが、これには多少の武器を保有する「国民突撃隊Ⅰ」と兵器を全く持たない「国民突撃隊Ⅱ」が含まれていた。

 ベルリンで最も重武装の部隊は第1高射砲師団だったが、これは戦闘開始まではライマンの指揮下に入っていなかった。この空軍師団はティーアガルテンの動物園ツォー防空施設、フンボルトハイン、フリードリヒハインの3か所にある大きなコンクリート製の防空タワーに布陣していた。128ミリ、88ミリ、20ミリ高射砲とそれに見合う必要な弾薬を保有していた。ところが、ライマンの砲兵はこれまでの戦争でフランス、ベルギーなどの各地から鹵獲した様々な口径の旧式砲しか持たなかった。砲弾の保有量が1門当たり半ダースを超えることは稀で、それより少ないのが普通だった。

 ベルリンのナチ党は市民を大量動員して、市街地から30キロの外周防御線と市街外周の防衛線の構築工事にあたらせると言っていた。しかし1日に動員できた最大の人数は7万人で、普段は3万人を超えることがなかった。輸送手段と土木工具の不足が主な問題だったが、それ以外にもベルリンで大多数の工場や会社が通常通り仕事を続けていたという事情があった。

 市の防衛に戦闘部隊を回してくれるはずの野戦指揮官たちと連携しようとしても、あまり成果は上がらなかった。レフィオールはヴァイクセル軍集団参謀長キンツェル中将を訪ねたが、キンツェルは提示されたベルリン防衛計画を一瞥してこう言った。

「こいつらベルリンの狂人どもには自業自得というものだ」

 ヴァイクセル軍集団はナチ指導部と異なった計画を持っていた。ハインリキは市民のために首都における防衛戦を避けたいと思っていた。軍需相シュペーアはハインリキに対して、第9軍はベルリンを素通りしてオーデルから撤退すべきではないかと持ちかけた。ハインリキは原則的に同意して「自分はベルリン防衛のために長期抗戦するつもりはない」と言った。

「赤軍が早くやって来て、ヒトラーとナチ指導部に奇襲を掛けてくれた方がまだマシだ」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る