第34話

 村正が深々と敵の腹部に刺さる。


 その血が赤く滴り、地面が赤く染まった。


 ソウマはこの男に勝ったのだ。


 けれど、その刀傷は致命傷には至らず、その場で時が制止したかのような感覚だ。


「オレの勝ちだ…異世界の錬金術師≪アルケミスト≫…!」


 彼は力強くそう言うと、『村正』を引き抜いた。


「ああ…そうだな。私の負けだな…」


 彼の表情は仮面のせいか、読めなかった。


 だが、その声は実に感慨深げだった。


「そうか…」


 ソウマはそれを聞いて安堵したのか、膝からゆっくりと崩れ落ちた。


「ニー君!」


 それを見ていたルビアは心配そうに彼に駆け寄った。


「大丈夫」


 口ではそういうものの、彼の体力はほとんど限界だった。


 前身は切り傷まみれであり、至る所から出血をしていた。


「無茶しないでよ!」


 そう言って、彼女はソウマに回復魔法をかけた。


 みるみるうちにどんどんと傷が塞がっていた。


「さぁ、貴方も」


 同じく回復魔法を使えるエゼルミアも錬金術師≪アルケミスト≫に回復魔法をかけようとした。


 しかし、彼は首を横に振った。


「オレは大丈夫だ。女神の神聖が外傷ではオレは死なないようになっている。だが、神格の攻撃を受けれればひとたたまりもないだろう」


「そう…」


「錬金術師≪アルケミスト≫殿、少しよろしいかな?」


 そう言ったのはアレックスだ。


「どうした?」


「先程、貴殿は女神アヴァンドラを殺し、不死性を得たと言っていたが…」


「ああ、確かに。そこにいる娘がそうだ…」


 彼はそう言うと、懐かし気にルビアとソウマを見た。


(また会えただけでも幸せだよ、オレは)


「左様か、ではなぜ貴殿は女神アヴァンドラを殺したのだ?」


「それは…」


 錬金術師≪アルケミスト≫が何かを言いかけた時だった。


 彼は何かにはっと気づくと、猛スピードでソウマたちの方へ動き、彼らを突き飛ばした。


 気が付くと、彼の体は光の槍で全身を貫かれていた。


「ぐっ…!」


「錬金術師≪アルケミスト≫!一体誰だ!」


 その言葉に呼応するように何者かの足音が奥からやってきた。


 その人物は地上にいるはずのディアナ大司教であった。


「大司教様!なぜここに!?」


 ルビアが大きく驚いた。


 ディアナ大司教は表情を少しも変えずに、冷たい雰囲気を醸し出しながらこう答えた。


「ルビア…」


「貴様…ディアナ大司教!なぜここに!?」


 光の槍に刺されている彼を冷たく見ると、彼女は冷徹にこう言い放った。


「別の時間軸のソウマ・ニーベルリングですね。まさか、あなた程の実力者がこんな簡単に仕留められるとは思いませんでした。女神殺しの罪を受けなさい」


「なんでそれを!」


 紗季の言葉にディアナ大司教はこう答えた。


「神託が下ったのですよ。最高神のニャルラトホテプによって」


 彼女がそう言うと、もう一人の人物が足音も立てずに出てきた。


 あの時の黒い神父だ。


「貴様は…!」


「久しぶりだね、ソウマ・ニーベルリング。いくら君でも同じ神の神聖では自慢の不死性も無効化されるというわけだ」


 黒い神父は不気味な笑みを浮かべながら、ディアナ大司教の横に立った。


「お前は…あの時の…!」


「おや?こちらの世界のソウマ・ニーベルリングか。教会であって以来だ。改めてましてはじめまして。私は自分を最高神だと思っている一介の神父。人は私を“ナイ神父”と呼んでいるよ」


 ナイ神父と名乗った男はそう不気味にそう告げると、にやりと笑ってみせた。


「ニャルラトホテプ!何しに来たのだ!」


 錬金術師≪アルケミスト≫は苦痛に悶えながらも、ナイ神父をしっかりと睨みつけてこう言った。


「ん?ああ、ここまで頑張って来れた矮小な人間に残酷な真実を告げにな。この女も私の言葉を信用してここまで来たのだよ」


「真実…?」


「ふふっ、気になるかね?いいとも教えてやろう。この迷宮に『迷宮の謎を解き明かした者はその者が生き続ける限り、永遠にその望みを叶え続けるだろう』というデマを流したのはこの私だ。この迷宮にそんな都合がいいものがあるわけないだろ?」


 その言葉に全員が言葉を失った。


 ナイ神父はその様子が愉快に感じたのか、さらに意地悪気にこう続けた。


「この迷宮には私の親とも言える神…と呼べるのかわからないが、私と同時に生まれた神がここに眠っているのだ。不運にも通りすがりに異世界から来た人間に愚かにも封印されたそうだが…。私はここにそいつを連れ帰しに来たのだ。同時にこの女の願望を叶えるためにな」


「ディアナ大司教!どうして!」


 ルビアのその驚きの声にディアナ大司教は何も言えなかった。


「ふふっ、この女はかつて失敗した女神降ろしを自身にもう一度するために私の力を借りたのだ。アヴァンドラの目的などあの深部でのんびりしている馬鹿の力を奪い、最高神になるためにな。それを知ったそこのお前の未来が勝手に殺害したのだ。全ての生命を消し、新たな世界を作るという愚かな野望を阻止されたのだよ、あれは」


 その言葉に誰もが言葉を失った。


 ナイ神父はその様子を愉しむと、彼は聞き慣れない音節を唱え始めた。


「実に愉快なショーであったが、ここまでだ。ソウマ・ニーベルリング。貴様の出番はここまでだ。私自ら消してやる」


 彼はそう言うと、強烈な雷を錬金術師≪アルケミスト≫に放った。


 錬金術師≪アルケミスト≫はそれをかわせないと判断したのか、ソウマの方を向き、小さくこう呟いた。

 

「お前が奴らを止めろ」


 彼はそう言い残すと、大きな爆発共に姿が消えた。


「錬金術師≪アルケミスト≫!」


「実にあっけない」


 ナイ神父はそう言うと、踵を返した。


「ここまで来れた褒美だ。深部に何がいるか、知りたいとは思わないかね?来るがよい。真実の神がそこにいる。貴様たちの知っている神など所詮紛い物に過ぎない!外なる神“ンガァラヅァドラ”がこの世界を終焉に導くだろう!」


 彼はそう言うと、転移≪ゲート≫の呪文で作られた門の中に消えて行った。


「ディアナ大司教!」


「言葉はいりません。私が阻止して見せます」


 彼女もそう言うと、門の中へと消えて行った。

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